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オーケストラ・アンサンブル金沢第211回定期公演PH
2006/11/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ショパン/ワルツ第6番変ニ長調op.64-1「小犬」
2)ショパン/ワルツ第7番嬰ハ短調op.64-2
3)モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
4)(アンコール)シューベルト/即興曲変ロ長調op.142-3
5)シューベルト/交響曲第6番ハ長調D.589
6)(アンコール)シューベルト/付随音楽「ロザムンデ」〜間奏曲第3番
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*3,5-6
スタニスラフ・ブーニン(ピアノ)*1-4
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,人気ピアニスト,スタニスラフ・ブーニンさんが登場しました。ブーニンさんが1985年ショパン国際ピアノ・コンクールで優勝し,その翌年日本に来日して「大フィーバー(この語は死語?)」を巻き起こして以来早くも20年になりますが,その人気は変わらず,会場はほぼ満席でした。その「20周年記念」ということに敬意を表してか,演奏会前半はブーニンさん中心のステージとなりました。オーケストラの定期演奏会の最初の曲がソリストの独奏で始まるというのは,プレトークで池辺さんが語られていたとおり,異例のことです。個人的には,「OEKの定期公演」というからには,やはりオーケストラのコンサート・マスターの挨拶で演奏会を初めて欲しかったなと思いました。

まず,ブーニンさんのピアノ独奏で,ショパンのワルツが2曲演奏されました。ショパンのワルツと言えば,ブーニンさんの「名刺」のようなものです。約20年前のショパン・コンクールを取材したNHK特集が日本でのブーニンさんの人気を決定付けたのですが,そのときにいちばん強い印象を残したのが,コンクールの演奏にも関わらず,自由自在の猛スピードで手を高く上げて演奏し,お客さんの盛大の拍手を受けていたブーニンさんの演奏によるショパンのワルツの映像でした。確か初来日のリサイタルでもショパンのワルツ集が演奏されたはずです。

というわけで,最初の2曲のワルツを聞いて「やはりブーニンだ」と,「フィーバー」が懐かしくなりました。最初の小犬のワルツは,最初の音をポーンっとしばらく延ばした後,急に動きまわるとても気まぐれな演奏でした。音の印象はとてもまろやかで,余裕たっぷりの演奏でした。最後の部分でリタルダントして静かに終わったのも独特でした。通常のように華やかに終われば,当然拍手の入る部分ですが,静かに終わったので,そのまますんなり,作品64の2のメランコリックなワルツに推移していきました。この曲も独特の強弱を持った演奏でブーニンさん独自の世界を作っていました。中間部で大きく盛り上がった後,最後は静かに終わるのですが,そのダイナミックな変化が印象的でした。

次のモーツァルトの時もそうだったのですが,ブーニンさんは,演奏中,弾ませるように素早く,しかしかなり高く,手を上げたり,足を踏み鳴らしたり(私の席からは何の音かはっきりわからなかったので推測ですが),独特の動作で演奏していました。今,テレビ放送されている「のだめカンタービレ」の中で,のだめの演奏を見ながら千秋が「ほら,飛んだ,はねた...」とか「ピアニシモの部分をフォルテで弾いている...」とか言っていましたが,ブーニンさんの演奏にもそのまま当てはまるな,と思いながら聞いていました。

その後,ブーニンさんが一旦引っ込み,OEKのメンバーが入ってきました。ここからが通常の演奏会になります。いつもは,オーケストラのチューニングの音を聞いて,演奏会が始まりますので,ここで何となく気分がリセットされたような感じになりました。やはり定期公演のソリストとして登場するならば,協奏曲のソリストとして登場するのが正しいと思いました。

モーツァルトのピアノ協奏曲の方もまた,「これぞブーニン!」という自在な演奏でした。こちらの方は,ショパンの時よりも,ピアノのタッチが硬質で全体にストレートな感じがしましたが,第1楽章の第2主題の直前に大きな間を入れたり,所々,床をかなり強く踏み鳴らしたり,生き生きと音を弾ませたり,どこかジャズ・ピアノを思わせるような雰囲気がありました。第2楽章を聞くと通常は,メランコリックな気分が伝わってくるのですが,ブーニンさんの演奏は,ストレートに切り込むような演奏で,むしろ強靭さを感じました。第3楽章はもともと急速な曲なのですが,音楽の流れに乗って切れ味良く演奏していました。精密さよりも即興性を感じさせる演奏でした。まさに「はねる,跳ぶ」という感じの演奏でした。ピヒラーさん指揮OEKの方の演奏もブーニンさんの演奏同様,引き締まったもので,ブーニンさんの演奏にピタリと寄り添っていました。

というわけで,ブーニンさんの個性を十分楽しむことはできたのですが,私自身,モーツァルトのこの作品が特に好きなので少々抵抗を感じたのも事実でした。この曲には,もう少し力の抜けた純粋な明るさが欲しいなと思いました。ブーニンさんが初来日した時,評論家の吉田秀和さんが,その個性的な演奏を聞いて「アンファン・ガテ(Enfant gate;甘やかされた子供)かアンファン・テリブル(Enfant terrible;恐るべき子供)かまだ分からない」と語っていたのが今でも印象に残っているのですが,この評は今でも当てはまるような気がします(それにしても,この頃の吉田秀和さんは,ホロヴィッツを「ひびの入った骨董品」と評したり,舌好調でした。)。20年経っても円熟した感じがせず,鋭さが維持されている点は,ブーニンさんの凄さだと思います。今後,変わっていくのか?そのまま変わらないのか?これからもブーニンさんは目の離せないピアニストだと思います。

前半のアンコールとして,ブーニンさんの独奏でシューベルトの即興曲が演奏されました。この曲は,シューベルトが好んだ「ロザムンデ」の主題による変奏曲ですが,各曲ごとに多彩な世界が広がり,大変豪華な感じのする演奏でした。この曲は,後半に演奏されるシューベルトの交響曲への,「つなぎ」にもなっていました。この曲の演奏の時,ピヒラーさんは,フルート付近の空席でOEK団員と一緒になって「お客さん」として聞いていました。そういえば,この光景は,前回のブーニンさんとOEKとの共演の時にも見たことがあるなぁ,と昔のことを思い出しました。

後半に演奏されたシューベルトの交響曲第6番は,OEKが定期公演で演奏するのは2回目だと思います。聞く前は,「トリの曲としては少々地味かな?」と思ったのですが,ピヒラーさん指揮によるこの日の演奏は,その先入観を吹き飛ばす聞き応えのある演奏でした。ピヒラーさん指揮のOEKからは,いつもビシっと引き締まった音がするのですが,この日は前回の定期公演同様,シルヴィア・グァルダさんのティンパニの音が素晴らしく,それに2本のトランペットが鋭く加わり,要所で強いアクセントと付けていました。この曲は,シューベルトがベートーヴェンを意識して作った曲ですが,筋肉質でバランスの取れた演奏からは,この両作曲家の美点を兼ね備えたような魅力が伝ってきました。

曲の冒頭,ティンパニの深くえぐるような迫力を持った響きで始まりました。かなり音を短く切っていたのが独特でしたが,これで一気に曲の世界に引き込まれました。その後は,シューベルトらしく,親しみやすいメロディが次々出てきます。その一方で全曲を通じて,まるでベートーヴェンの第7交響曲を聞くような感じで緊張感が持続し,リズムが生きていたので非常に引き締まった感じがしました。第2楽章になって,穏やかな気分になるのですが,緩徐楽章にも関わらず,途中からティンパニなどが入ってくるのが面白いところです。この辺のメリハリの付け方も非常に鮮明でした。スピード感のある第3楽章のスケルツォも大変鮮やかでしたが,この楽章ではベートーヴェン的なしつこさ(?)も加わり,楽章の最後などは全曲が終わったような堂々とした響きがしました。第4楽章は,ロザムンデの序曲を思わせるような可愛らしい響きで始まります。この部分は,OEKの弦楽器の軽快な響きにぴったりでした。

というようなわけで,この曲は,シューベルト独特の親しみやすさとがっちりとした聞き応えとがうまく合わさった,とても良い作品でした。シューベルトのハ長調交響曲といえば,最後の「ザ・グレイト」が有名ですが,この曲などは,OEKの通常編成で丁度演奏できる作品ですので,これからも基本的なレパートリーとしていって欲しい作品だと思いました。

アンコールには,ロザムンデの間奏曲第3番が演奏されました。これまで何回も何回も聞いてきた作品ですが,この日の場合,前半最後にピアノ版のロザムンデが演奏されましたので,まるで韻を踏んだ文章を読むようにうまく呼応していました。もしかしたら,ブーニンさんとピヒラーさんで調整をしたのかもしれません。

この曲の演奏ですが,基本的にはさらりとしたテンポで演奏していながら,とても表情豊かな演奏となっていました。中間部では木管楽器が大活躍しますが,遠藤さんのクラリネット,水谷さんのオーボエを中心に,音による親密な対話が繰り広げられました。この曲の後,拍手がなかなか起きませんでしたが,最後の部分の名残惜しさも絶品でした。

この日の演奏会は,前半はブーニンさんが主役でしたので,オーケストラの演奏会としてはちょっと物足りない部分があったのですが,後半の充実したシューベルトでピヒラーさんとOEKが完全に主役になりました。今回の演奏会では,ブーニンさんとOEKの共演も面白かったのですが,個人的にはOEKによるシューベルト交響曲全集への期待が広がった公演でした。ブーニンさんの方は,11月27日にもう1回,金沢で公演を行いますが,こちらの方は,日本舞踊とのコラボレーションということで,こちらの方もなかなか斬新な演奏会となりそうです。(2006/11/23)