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第10回筒井裕朗サクソフォーンリサイタル
2006/11/24 金沢市アートホール
ヘンデル/ソナタ第1番op.1-3(原曲:ヴァイオリン・ソナタ)
ブトリー/ディヴェルティメント
デニゾフ/ソナタ
ウッズ/ソナタ
デュボワ/組曲形式による性格小品集
(アンコール)谷山浩子/映画「ゲド戦記」〜テルーの歌
(アンコール)プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜誰も寝てはならぬ
(アンコール)ラヴランド/ユー・レイズ・ミー・アップ
(アンコール)ガーシュイン/ラプソディ・イン・ブルー
●演奏
筒井裕朗(アルト・サックソフォン),堺洋子(ピアノ)
Review by 管理人hs

金沢市アートホールで行われた筒井裕朗サクソフォーン・リサイタルに出かけてきました。筒井さんは1998年の石川県新人登竜門コンサートに出演以来,金沢を中心に活躍されているサクソフォーン奏者です。このOEKfanの演奏会情報コーナーにも,筒井さんからたびたび情報をお知らせ頂いていたのですが,これまで出かける機会がありませんでしたので,筒井さんのソロ・リサイタルを聞くのは今回が初めてということになります。実は,サクソフォーンのリサイタルを聞くこと自体も初めてのことだったのですが,その音の迫力と表現力の多彩さを味わいながら,改めてサクソフォーンという楽器の完成度の高さと潜在力の大きさを実感しました。

今回は筒井さんの10回目の自主リサイタルということで,過去約10年間に渡って続けてきたリサイタルの中から「これだけは吹きたい」「こだわりの一品」といった5曲が選ばれて演奏されました。まさに集大成となるような充実したプログラムとなっていました。演奏された曲は,どの曲も初めて聞く曲ばかりでしたが,バロック音楽,フランス音楽,前衛的な曲,ジャズ風の曲,楽しげな組曲とバラエティに富んでいました。

最初のヘンデルの曲は,ヴァイオリン・ソナタ第1番をサクソフォーン用にアレンジしたものでした。数年前,テレビCMなどで,サクソフォーンで演奏されるバッハの無伴奏チェロ組曲の演奏を聞いたことがありますが,サクソフォーンによるバロック音楽というのも良いものです。緩−急−緩−急という楽章の配列でしたが,静かな部分の柔らかさと急速な部分のダイナミックさの対比が鮮明に付けられており,オリジナルのヴァイオリン版よりも分かりやすいのではないかと思ったりしました。トリルを演奏するときに,パタパタというキーを動かす音が聞こえてくるのも,管楽器らしくていいな,と思いました。

サクソフォーンと言えば,「ムード歌謡→夜の音楽→ブランデー・グラスを片手にソファーで...」とひたすら不健康な方に連想が向かってしまうのですが(陳腐な発想で申し訳ありません),この曲はとても朗らかに響き,サクソフォーンは朝のような音楽にも合うと実感しました。

次のブトリーの作品もとても聞きやすい作品でした。クラシック音楽のサックソフォーンといえば,やはり甘く洒落たフランス音楽というイメージがあります。今回演奏された曲の中では,その雰囲気にいちばん合っていた気がしました。ジャズをテーマにした曲ということでしたが,”ディヴェルティメント”というタイトルどおり古典的なまとまりのよさを感じさせてくれる曲でした。ブトリーさんはオーケストラ・アンサンブル金沢も何度か指揮されており,フランスのギャルド吹奏楽団の指揮者としても有名な方ですが,作曲家としても素晴らしい方だと思いました。3つの楽章の中では,ピアノの堺さんとの息がぴったり合ったキレの良い最終楽章が特に印象的でした。

前半最後のデニゾフの曲は,特殊な奏法に満ちた凄い曲でした。楽譜無しで滅茶苦茶に吹くならば私にもできるかも(?)と一瞬思いましたが(そんなわけありません),まず,譜面があるのがまず信じられないような曲でした。一体どういう楽譜なのか見てみたいと思いました。第1楽章はピアノの連打が特徴的な激しい曲でした。サクソフォンの方は,単純に言うと「ヴ〜」という感じで,「騒音」のような音を出すのですが,それがまた面白い味を出していました。フリー・ジャズの世界にも近い「何でもあり」といった雰囲気があるのですが,筒井さんの演奏で聞くと,とても格好よく響きます。

第2楽章は,微分音という半音よりもさらに微妙な音程を使った静か目の曲で独特の雰囲気を持っていました。この楽章も楽譜で表現するのが難しい曲だと思うのですが,同じ管楽器つながりで,武満徹のノヴェンバー・ステップスの尺八パートなどを思わせるようなミステリアスなムードをもった曲だと思いました。第3楽章もまたフリー・ジャズのような世界でただただ音の迫力に圧倒されました。というわけで,非常に前衛的な作品でしたが,それを音楽として聞かせてしまうのが,サクソフォーンという楽器の素晴らしさであり,筒井さの演奏の素晴らしさだと思いました。しかし,聞いていて結構疲れる曲ではありました。

後半は,筒井さんも堺さんも衣装をそれぞれ替えて登場されました。筒井さんは白から黒のジャケットに,堺さんは薄い緑色からワインレッドのドレス着替えられ,ステージは,前半とは違った雰囲気になりました

後半最初は,ジャズのサックソフォーン奏者のフィル・ウッズの曲でした。「サックソフォーンといえばジャズ」という連想が普通ですので,今回演奏された曲の中では,いちばん「サクソフォーンらしい曲」だったのかもしれません。それでいて,聞き終わるとやっぱり「これはソナタだ」という実感を持ちました。それだけ楽章間の緩急の配列がうまくつけられた作品でした。曲全体を通じての線の太い音の流れがあり,スローバラードと激しい部分との対比がしっかり付けられ,とても聞き応えのある作品となっていました。スロー・バラードの2楽章では,サックス自体をピアノの響板の中に突っ込みながら演奏した後,残響音を聞かせるという,これまで見たことも聞いたこともないような不思議な世界が広がりました。

演奏会の最後は(実はその後,アンコールが続いたので本当の最後ではありませんでしたが...),デュボワの組曲風の作品でした。各曲のタイトルからすると,チャイコフスキーのバレエ音楽に出てきそうな「ヨーロッパ舞曲めぐり」なのですが,それぞれの舞曲がダイレクトに出てくるのではなく,作曲者のフィルターを通して再出力されたような感じの曲でした。スペイン風といってもそれほどスペインではなく,「何となくスペイン」という感じでした。この中では,プロコフィエフの「キージェ中尉」の中の曲を思わせるような「ロシア風に」が面白く感じました(確かこの曲の中でもサクソフォーンが使われていたと思います)。最後の「パリジェンヌ風に」の終わりそうで終わらない感じもユーモラスでした。

ここまでの曲は,筒井さんのやりたい曲だけを集めただけあって,充実感があった反面,少々疲れたのですが,その後に演奏されたアンコールでは,短い曲やメロディの美しい曲が多かったこともありリラックスして聞くことができました。

そのアンコールですが,「私が選ぶ”Songs of the year"」という観点で,「あの曲」「この曲」が次々と4曲も演奏され,お客さんを喜ばせてくれました。最初に,アニメ映画「ゲド戦記」の中から「テルーの歌」が演奏されました。この曲は,今年の夏頃,やたらと耳にしたのですが,何となく陰気でしかも歌い方が素朴過ぎてあまり好きではありませんでした(映画の中で聞くと効果を発揮するのでしょう)。今回の筒井さんの演奏を聞いて,なかなか良い曲だと再認識しました。今回,筒井さんは全曲をアルト・サクソフォーンで演奏されていましたが,女声の曲を演奏するには甘さの加減からしても,丁度良いと思いました。

続いて,私自身も「今年の1曲と言えば,やはりこの曲」と思うあの作品が演奏されました。すっかり「金メダルの曲」という感じになってしまいましたが,生で聞くとまた格別です(ちなみに,今年の流行語大賞の方も「イナバウアー」でしょうか?)。続いて,「金メダルの曲」のB面(死語ですが)に当たるユー・レイズ・ミー・アップが演奏されました。この曲は,金メダル受賞後のエキシビションで使われた曲です。実は,私自身,この曲についてはよく覚えていなかったのですが,じっくり聞いてみると「ダニー・ボーイ」に似た感じの大変美しい曲でした。筒井さんは,この曲のタイトルにある「引き上げる」という言葉と掛けて,岩城宏之さんのことを語られていました。岩城さんは新人登竜門コンサートを通じて,沢山の若手演奏家をステージに引き上げてくれました。筒井さんの10回目の演奏会も岩城さんのアイデアがあってこそ,と思うと感慨深いものがありました。最後の部分は,ものすごい高音で演奏されていましたが,アルトサクソフォーンの音域の広さにも驚かされた曲でした。

その後,「今後のクラシック音楽界を元気づけることになる(だろう)1曲」として,現在,フジテレビ系で放映中のドラマ「のだめカンタービレ」のエンディング・テーマとして使われているラプソディ・イン・ブルーが演奏されました(抜粋された編曲版です)。もともとサクソフォーンで演奏するのにぴったりの曲ですが,中間部の美しいメロディを線の太い音で聞くと「たまらん」という感じです。この曲は中々生で聞くことのできない曲ですが,是非,サクソフォーン入りのビッグバンドぐらいの編成で全曲を実演で聞いてみたい曲です。

というわけで,アンコールの4曲を含め,筒井さんのこだわりの作品をぎっしり詰め込んだ,大変聞き応えのある演奏会となりました。筒井さんのように,大都市圏以外でクラシック・サクソフォーン奏者としての活動を続けることは,とても大変なことだと思いますが,この日の演奏は,その10年間のキャリアが十分に発揮されたものとなりました。サクソフォーンという楽器の持つ幅の広さに気づかせてくれたのが何よりも素晴らしい点でした。サクソフォーンは,まだまだ,大きな可能性を持った楽器だと思います。これからも,機会があれば,筒井さんに限らずサクソフォーンの登場する演奏会を聞きに行ってみたいと思います。それと,サクソフォーンの入る,ジャズも聴いてみたくなりました。(2006/11/25)