OEKfan > 演奏会レビュー
バロックオペラ・音楽寓話劇「オルフェーオ」全5幕
2006/12/09 石川県立音楽堂邦楽ホール
モンテヴェルディ/音楽寓話劇「オルフェーオ」(プロローグと全5幕,日本語ナレーション付き)
●演奏
音楽監督,演出,ナレーション台本:牧野正人

ムジーカ(音楽の精),スペランツァ(希望):長澤幸乃(ソプラノ)/
オルフェーオ:牧野正人(バリトン)/エウリディーチェ:野上聡子(ソプラノ)/シルヴィア,プルセルピーナ:安藤明根(メゾソプラノ)/ニンファ:佐生理恵(ソプラノ)/牧人I:与儀巧(テノール)/牧人II,アポロ:辻康介(バリトン)/牧人III:渡辺真太郎(カンター・テノール)/カロンテ,プルトーネ:押見春喜(バス)/霊1:宮丸勝(テノール)/霊2:橋本俊彦(テノール)/霊3:長穂尚武(バス)/長老:山腰茂樹/語り:太郎田真理 その他

合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指導:表まり子),バレエ(森の妖精たち):エコール・ドゥ・ハナヨ・バレエ(指導・振り付け:徳山華代)

器楽演奏:オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー(坂本久仁雄,上島淳子(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ,通奏低音),今野淳(コントラバス)),丸杉俊彦,渡辺真知子(リコーダー),佐藤亜希子(テオルボ),岩淵恵美子(チェンバロ,オルガン),子供リコーダーアンサンブル(指導:氏家友夫,谷内直樹,清水徹)
Review by 管理人hs
この日の日中は石川県立音楽堂コンサートホールでのオーケストラの演奏会,夕方からは邦楽ホールでのバロック・オペラの公演ということで,演奏会を”ハシゴ”してしまいました。これまで,別ホール間でのハシゴはしたことはあるのですが,音楽堂の中でのハシゴは初めてかもしれません。

さて,今回,石川県立音楽堂開館5周年記念として邦楽ホールで上演されたモンテヴェルディの「オルフェーオ」の公演です(チラシでは「オルフェオ」だったのですが,プログラムの方では「オルフェーオ」という表記に変更になっていました)。これは,本当に素晴らしい舞台でした。邦楽ホールは,花道,スッポン,セリ,回り舞台など歌舞伎にも対応できるようないろいろな仕掛けを持った中規模のホールなのですが,その機能を生かし切った公演でした。もちろん,大規模編成のオーケストラが入るスペースはないのですが,室内楽編成の伴奏によるバロック・オペラを上演するには丁度良い空間なのではないかと感じました。

今回上演された,モンテヴェルディの「オルフェーオ」は,現在上演される機会のある最古のオペラと言われている作品です。ただし,近年,バロック・オペラについては,古楽器演奏の流行とともに,世界的には演奏される機会は増えてきていますが,金沢で上演される機会は滅多にありません(私の記憶にはないのですが,プログラムの記述によると十数年前に金沢の能楽堂でこの「オルフェオ」が上演されたことがあるとのことです。)。今回の公演は,その意味で挑戦的な企画だったと思うのですが,いろいろな点で成果を挙げていました。何よりも素晴らしかったのは,プログラムに書いてあったとおり,邦楽ホールで上演することで,他の都市には真似することのできない「金沢版オルフェオ」に仕上がっていた点です。金沢発のオペラということでは,今年の夏に天沼裕子さんが中心となって上演した「小さな魔笛」と並ぶ財産になったのではないかと思います。

演出を含めた演奏全体については,バリトン歌手の牧野正人さんが中心になっていましたが,いたるところで地元の人々が参加していたのが素晴らしい点でした。合唱,バレエ,器楽アンサンブル,演奏前に開幕ベルの代わりのような感じで演奏していたリコーダーアンサンブルなど,聴衆と出演者がオーバーラップするような熱い空気が会場の中にはありました。

今回の上演は,まず,音楽堂のイベントではすっかりお馴染になった太郎田真理さんのナレーションで始まりました。この点も今回の上演の特色の一つでした。「オルフェーオ」は有名なギリシャ神話を題材にしてはいるのですが,やはり,いろいろと難解な部分もありますので,今回のように最初の部分であらすじを説明するというのは,このオペラを全くの準備なしで見ようという人にとっては,大きな助けになったのではないかと思います。今回,字幕も付いていましたが,このあらすじをきっちりと頭に入れておけば,必要がないぐらいに思えました(実は,今回の私の座席はあまりにも字幕の直前でしたので,字幕だけを見ていると演技を全く見られなくなるような状況でした。そのため,ほとんど字幕は見ませんでした)。太郎田さんのナレーションは,「愛」「希望」といった,オペラの核となる言葉を交えた文学的な雰囲気のもので,オペラの雰囲気を全く壊すことなく,作品全体の骨格を作るような役割を果たしていました。

幕間の休憩は,第2幕と第3幕の間に1回だけ取られました。プロローグと5幕ということで,非常に長い内容を想像していた人もいらっしゃったようですが(以下,幕間に聞こえてきた会話です。「これで,まだ1幕やぞいね。終わるのは10時やぞ?」。金沢弁です。),実際には,2幕構成でしかも一部カットを行っていたようなので,全体で丁度2時間ほどにまとまっていました。この点については,プログラムに休憩の入る場所を書いてあった方が良かったかなと思いました。このオペラは,天上,地上,冥界...とあれこれ場面が変わる,文字通り「スペース・オペラ」という感じなのですが,これだけ間延びすることなく,すっきりとまとめることができたのは,やはり,邦楽ホールの持つ,施設の素晴らしさだと思います。以下,この点について触れながら,今回の公演を振り返ってみたいと思います。

まず,開演に先立って石川県ジュニア・オーケストラのメンバーによるリコーダー・アンサンブル(+打楽器,ギター)によってトッカータが演奏されいました。このトッカータは,開演ベルの代わりに使っていたようで,開場直後,15分ほど前にも演奏されていました。演奏されていた場所が,1階入口付近→2階ロビー→ステージ上手と段々とステージに近づいていったのも面白い演出でした。私が予習用に聞いたCDにも,全く同じトッカータが入っていたのですが,それでは金管楽器のアンサンブルによって華やかに演奏されていました。つまり,開演のファンファーレのような感じなのですが,今回のリコーダー・アンサンブルも良い味を出していました。「今から旅芸人による演芸が始まりますよ」とお知らせしているような素朴な感じがありました。

その後,チェトラという小型の竪琴だけが置いてある暗いステージにスポットライトが当たり太郎田さんが登場しました。上述のようなナレーションを行った後,プロローグとなり,下手側にいる器楽アンサンブルが演奏を始めました。今回の伴奏は,弦楽四重奏+コントラバス+リコーダー(2本)+テオルボ(ギターが大きくなったような感じの楽器です。これまで見たことのないような楽器でした)+チェンバロ/小型オルガン(1人の奏者が兼務)という編成でした。オリジナルの「オルフェーオ」の伴奏の編成とは違うようですが,小規模ながら変化に富んだ伴奏を聞かせてくれました。この中で,中心になっていたのは,チェンバロ,オルガン,テオルボと通奏低音を担当していたチェロで,それ以外の楽器は,これらの上に彩を添えるような感じでした。例えば,プロローグは,リトルネッロ形式で書かれており,歌の間に何度も何度もも同じメロディが出てくるのですが,そのたびに担当する楽器が変わっており,少ないメンバーでありながら,多彩な表情の変化を付けていました。


不正確な部分もありますが,この日に舞台イメージを描いてみました。
このプロローグでは「音楽の精」だけが登場するのですが,ふと気付くと私の座席のすぐ隣の通路にソプラノの長澤幸乃さんが立っており,いきなり歌い始めたのには驚きました。これだけ間近で歌手の声を聞く機会は滅多にありません。バロック・オペラというのは,声を張り上げるオペラではないのですが,それでもその生の声の力をダイレクトに感じることができました。

音楽の精がステージ上のチェトラを手に取り,プロローグは終わるのですが,ステージ上はまだ暗く,何となく霞んで見えるなぁと思った瞬間,半透明のスクリーンが上がり,ぱっと明るくなり,第1幕となりました。今回,このスクリーンも非常に効果的に使われていました。転換の鮮やかさは,舞台を生で観る醍醐味の一つです。第1幕は,オルフェーオとエウリディーチェの結婚を祝うシーンということで,ステージ上には,非常に沢山の人が立っていました。簡素な舞台でしたが,人間が立体的に配置していたこともあり,近くで見るとなかなか迫力がありました。

最初は,牧人たちやニンファたちによる独唱や合唱となります。独唱や重唱のある牧人役はI〜IIIまでの3人でしたが,その中では,Iの与儀さんの声が特に爽やかで新鮮でした。IIIの渡辺さんは,何と言っても風貌が個性的でした。どこか俳優のピーターを思い出させるような中性的な雰囲気を出しており,カウンターテノールの声にもマッチしていました。こういう群集の場だと,人物が埋没してしまいがちですが,こういう個性的なキャラクターの人が一人いると,見ていて楽しくなります。

合唱が始まると,花輪を持ったバレエ・ダンサーも入ってきて,結婚式に相応しい華やかな気分がさらに盛り上がります。その後の第3〜4幕では,暗い冥界の場へと移っていくのですが,この幕が大変華やかだったので,気分の対比が明確に付けられることになり,オペラ全体をスケールの大きなものにしていました。ただし,今回は指揮者がいなかったので,合唱が入る部分では,器楽の方も合唱の方もかなり合わせるのが大変だったのではないかと思います。私がCDで聞いた演奏よりテンポが遅かったのですが,室内楽編成とはいえ,かなり離れた位置に奏者・歌手がいましたので指揮者がいた方が良かったのかなと思う部分もありました。

その後,満を持したような感じで主役オルフェオの牧野正人さんの歌が始まりました。牧野さんは,体格の方も大変存在感があるのですが,歌の方にはさらに迫力がありました。大きく声を張り上げているわけではないのに,安らかな声がホールの中に朗々と響きました。まさに手に持ったチェトラに相応しい歌声でした。

エウリディーチェ役の野上聡子さんがこの歌に応えた後,婚礼の式が始まるのですが,何と何とここで,音楽堂の山腰館長が長老役として白い顎鬚を付けて登場しました。こういう演出は楽しいですね。第1幕の最後の方は重唱が続くのですが,いずれもしっとりと聞かせてくれるものでした。

第1幕の後は,..舞台が回転し...さらに出っ張っていた段がどんどん床下に下がっていきました。ステージが一気に広くなり,第2幕となりました。ここでは,エウリディーチェが毒蛇にかまれて死んでしまう部分の描写が見事でした。シルヴィアという友人がオルフェーオに向かって,死んだ時の様子をしみじみと歌うのですが,同時にスクリーンの向こうでその様子をマイムで演技しており,大変分かりやすく描かれていました。

絶望したオルフェーオが花道上で退場する途中に歌った歌も迫真の歌でした。続く,牧人I・IIによる重唱も大変美しく,追悼の歌のように響いていました。この後,休憩となりました。

後半は,まず,花道から入ってきた冥界の亡霊のダンスで始まりました。花道から入ってくる途中,ステージの奥の方からは怪しげな声色が聞こえてきましたが,これと合わせて,冥界の気分を見事に表現していました。この部分は,オリジナルにはない部分ですが,妖艶ささえ感じさせるダンスの素晴らしさによって,聴衆の気分を一気にオペラの方に集中させてくれました。その後,太郎田さんによって,これからオルフェーオの出会う試練が語られました。

第3幕の大部分が花道の7−3辺りでの演技が中心でした。その間,ステージ上には冥界の入り口を表現する呪文が大きくスクリーンに映し出されていました。オルフェーオは,暗闇の中,小さなランプを持った「希望」と一緒に花道を歩いて入ってきます。この花道の使い方も見事でした,暗い細い道を通るというだけで,心細さが表現されていたのですが,その途中でランプを持った「希望」と別れるというのも,大変象徴的でした。

続いて冥界の入り口の番人のカロンテが登場するのですが,これが何と花道途中のスッポンからセリあがってきました。これもまた見ていて嬉しくなる登場の仕方でした。歌舞伎では,「義経千本桜」に出てくる狐とか化け物系統がいきなり登場する時にスッポンを使うのですが,そういう意味で,まさにこのカロンテには最適の登場の仕方でした

その後,オルフェオの歌の力によって,カロンテを眠らせるのですが,この部分でのオルフェーオの歌は,日本の民謡を思わせるようなコブシ風の歌いまわしが入っており,どこか呪術的な力を感じさせてくれました。この”コブシは,他の歌手も使っていましたので,バロック時代の歌唱法なのかもしれません。

カロンテが眠った後は,今度はスッポンが下に下がって,花道から突如消えてしまいます。モンテヴェルディは,この仕掛けを意識して作ったのでは思わせるほどピタリとはまっていました。その後,ステージ上のスクリーンが上に上がり,第4幕の冥界の場になります。ここでは,結婚の場とは対照的な暗鬱な気分に満ちた照明となっていました。セット自体はほとんど変わらないのにうまく,切り替わるものだと感心しました。

ここでもオルフェーオの歌の力で,希望は叶えられるのですが,嫉妬心に駆られて「決して振り返ってはいけない」という約束を破って,エウリディーチェの方を見てしまいます。CDだとそれほどドラマティックには思えなかったのですが,素晴らしい歌の応酬は,見事にドラマの頂点を作っていました。

その後,ナレーションが入り,最終幕に入っていきます。ここで最初のプロローグと同じ寂しげなリトルネッロの音楽が出てくるのですが,これを聞いて,最初に戻ったような落ち着いた気分を感じました。この幕の最初の部分では,オルフェーオは,永遠に妻を失った絶望にひしがれて,うずくまっているのですが,父アポロの力によって立ち直ります。

ドラマの最後に突如新しい人物(人ではなく神様なのですが)が出てきて,問題が解決するというのは,「こんなのあり?」という展開ではあるのですが,それを納得させるのが歌の力です。水戸黄門の印籠が出てきて決着が付くのと似た,どことなく大らかな気分を感じました(ちなみに,この部分の歌詞を見ると,「歌いながら天へ昇ろう」ということで,ここは猿之助歌舞伎的に宙乗りを見たかった気もしました...が,そこまでケレン味があるのもバランスが悪いので,花道から退場ということで,やはり良かったのだと思います。)。

アポロ/オルフェーオ親子の退場後,ステージ上は楽しい合唱とモレスカという踊りになります。それほど大きく盛り上がる訳ではないのですが,合唱団やバレエ・ダンサーが第1幕の時同様に登場し,平穏な日常に戻ったような気分が出ていました。とても爽やかなエンディングでした。最後にチェトラが最初にあった場所に戻ったのも,ドラマ全体をきちんとまとめていました。「昔こういう物語があり,今も語り継がれています」というオルフェーオ物語の神話性をうまく象徴しているように思えました。

演奏後は,出演者が順に登場して,拍手に応えるのですが,これだけ沢山の歌手がいると,カーテンコールもなかなか豪華でした。バロック・オペラと言うともっと地味なものを予想していたのですが,とても楽しい気分の残るステージとなっていました。

今回の公演は,邦楽ホールを使った小規模編成の伴奏によるオペラ公演の実験だったと思うのですが,大成功だったと思います。今回は,地元の合唱,バレエ,子供たちも沢山出演していましたが,この邦楽ホールは,金沢発のオペラの表現の場としても有効に使えるのではないかと思いました。今後は,邦楽ホールを使った,「歌舞伎風オペラ」という企画などあれば是非観てみたいものです。

PS.邦楽ホールといえば,2階席前面にずらりと並んだ提灯がトレード・マークですが...クライマックスで,これを一斉に点灯させる,という技は使えないですかねぇ。ちょっと見てみたい気がします。 (2006/12/11)


今回の公演のチラシとパンフレットです。パンフレトの方は,各場ごとのあらすじと歌の概要が書いてあり,大変分かりやすいものでした。