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オーケストラ・アンサンブル金沢第212回定期公演F
2006/12/11 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部 明治〜大正の歌
1)源田俊一郎編曲/ふるさとの四季(故郷,春の小川,朧月夜,鯉のぼり,茶摘み,夏は来ぬ,我は海の子,村祭り,紅葉,2)冬景色,雪,故郷)
3)田中穂積(鈴木行一編曲)/美しき天然
4)滝廉太郎(土井晩翠詞,鈴木行一編曲))/荒城の月
5)多忠亮(竹久夢二[西条八十補作]詞,鈴木行一編曲)/宵待草
6)中山晋平(吉井勇詞,鈴木行一編曲))/ゴンドラの唄
7)佐々木すぐる(加藤まさを詞)/月の砂漠
第2部 昭和の歌
8)成田為三(林古渓詞,鈴木行一編曲))/浜辺の歌
9)山田耕筰(北原白秋詞,鈴木行一編曲))/この道
10)服部良一(久保田宵二詞,鈴木行一編曲))/山寺の和尚さん
11)越谷達之助(石川啄木詞,鈴木行一編曲))/初恋
12)中田喜直(江間章子詞)/夏の思い出
13)中田喜直(内村直也詞,鈴木行一編曲))/雪の降る街を
14)団伊玖麿(江間章子詞,鈴木行一編曲))/花の街
15)いずみたく(永六輔詞,鈴木行一編曲))/見上げてごらん夜の星を
16)(アンコール)中村八大(永六輔詞)/上を向いて歩こう
●演奏
永六輔(話),五郎部俊朗(テノール*4,5,9,11,13,15,16),アンサンブル・アウスレーゼ(大阪音楽大学院オペラ研究室:小川響子,二星美紀(ソプラノ),中西麻梨,福島彩(メゾ・ソプラノ),諏訪部匡司,藤川晃史(テノール),東平聞,山川大樹(バス)*1,8,10,12,14-16)
ジャン=ルイ・フォレスティエ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート:松井直)

Review by 管理人hs
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ファンタジー定期公演は,永六輔さんをゲストに迎え,日本の明治以降の唱歌・歌曲の歴史をたどるようなプログラムでした。これまでのファンタジー公演では,特定歌手の「オン・ステージ」というパターンが多かったのですが,今回は「日本の歌」という選曲に焦点を当てた公演ということで,いつもと一味違うパターンのファンタジー公演となりました。

とはいえ,やはり今回の主役は,永六輔さんでした。永さんは,演奏される曲ごとに,その曲にまつわる面白い話をされた上にプレトークも担当したのですが,このプレトークもまた独特でした。プレトークというよりは,もう既に本番に入っているような感じで,「開演まであと10分」と言いながら,そのまま本番に流れ込んでいました。永さんは,ベストセラーになった「大往生」をはじめ,有名人・無名人がしゃべった言葉を書き抜いたような本をよく出されていますが,今回のトークもまた,人と人とのかかわりの中から生まれた面白い言葉の数々を集めたようなものでした。恐らく,この日のトークを集めるだけでも,ちょっとした音楽エッセー集になるのではないかと思います。

今回は,第1部が明治から大正にかけての歌,第2部が昭和の歌ということで,唱歌から始まり,滝廉太郎,山田耕筰の歌曲,戦後のラジオを通じて流行った曲と続き,最後は永さんの詞による「見上げてごらん夜の星を」で締める構成になっていました。どの歌も日本の歌の歴史の中では欠かせない曲ばかりですが,この日は,特に「美しい詞」ということにも拘っていました。「うさぎ追いし,かの山」が「うさぎ美味しい,かの山」と勘違いされないように,この日はステージ両脇に電光掲示板を立てて,歌詞を表示させていましたが,このことによって,改めて詞の良さを再認識された方も多かったと思います。

今回登場したテノールの五郎部俊朗さんの歌もまた素晴らしいものでした。私自身,五郎部さんの声で日本の歌を聴けることを,今回最も楽しみにしていました。五郎部さんは,いわゆる「ナツメロ」ばかりを集めたアルバムを作られていますが,実は,私はこの手の音楽が結構好きです。私の父は,藤山一郎の歌などのナツメロを聞くのが大好きで,その父親のためにFM放送から録音し,オリジナルの「ナツメロ・ベスト」を作ったことがあります。五郎部さんのCDは,そういったナツメロをクラシック音楽の歌曲として真面目に歌ったものです。この姿勢は素晴らしいと思います。

今回,生で聞いた五郎部さんの声は,本当に軽やかでした。これだけ軽やかな声のテノール歌手はこれまで他に聞いたことがないような気がします(ただし,よくよく調べてみると五郎部さんとOEKは,過去にモーツァルトのレクイエムで共演をしており,私もこの演奏会を聞いていました)。しかも大変丁寧で律儀な歌いぶりでした。あまり律儀に歌うと,「教科書のようだ」と半分揶揄されるように言われることがありますが,今の時代,こういう律儀で折り目正しい歌こそ,もっと聞かれるべきだと思います。聞いていて惚れ惚れとするような爽やかな歌でした。その他,大阪音楽大学のメンバーによるアンサンブル・アウスレーゼという8人編成の合唱も加わり,じっくりと日本の歌曲を楽しませてくれました。

以下,永さんのトークの内容を交えながら,演奏された各曲の印象を箇条書きでご紹介しましょう。
ふるさとの四季
前半は明治から大正の曲が歌われました。最初に歌われたのは,有名な唱歌をメドレーにした作品でした。この源田さんのアレンジは,合唱の演奏会でよく使われているものだと思います。OEKもいろいろな合唱団と数回演奏しているのではないかと思います。「村祭り」で本物の和太鼓が入ったり,大変楽しめる編曲でした。今回は8名編成の合唱団との共演ということで,とてもすっきりとした印象を残してくれました。
美しき天然
チンドン屋が演奏する曲として有名な曲です。が,今回のように静かにゆったりと演奏すると,「ドナウ川のさざなみ」か何かのように優雅に聞こえるのが面白い点です。最初の方の松井直さんによるソロ・ヴァイオリンも美しかったのですが,途中から入ってきた,ミュート付きトランペットの響きも曲の雰囲気にぴったりでした。コレだ!という感じの響きでした。
荒城の月
ここで五郎部さんが登場しました。「荒城の月」の舞台となっている城は仙台説と大分説があること,作詞の土井晩翠の読み方は「ツチイ」でも「ドイ」でもどちらでも良いこと(本人がそう語っているそうです),ニュースキャスターの筑紫哲也さんと滝廉太郎さんは血のつながりがあること,そのつながりで滝廉太郎記念館の名誉館長を務めている...など面白い薀蓄話が次々と登場しました。
宵待草
竹久夢二作詞の曲として有名な曲ですが,今回は,2番の歌詞で西条八十による珍しい詞が歌われました。五郎部さんの声は,冒頭の「待てど暮らせど...」の部分で,高音にぐっと上がっていく部分の美しさが絶品でした。
ゴンドラの唄
黒澤明監督「生きる」の中で歌われた名曲です。OEKのみによる演奏でした。
月の砂漠
こちらもOEKのみによる演奏でした。木藤さんのクラリネットが主旋律を演奏していましたが,どこかエキゾティックがムードの漂うアレンジでした。
ここで前半が終了しました。後半が始まる前,永さんは,プレトークの時同様,早目にステージに登場されて,おしゃべりを始めました。ここで語られたのが,永さんが,音楽関係者のパーティに招かれたときのエピソードでした。このパーティで,永さんが成り行きで歌を歌うことになったそうです。永さんが歌い始めた後,ピアノ伴奏が付いてくる...というはずだったのですが,結局,ピアノ伴奏は付いて来ず,永さんのア・カペラになってしまいました。そうなった理由なのですが...「ピアノの音の中に合う音がなかった(!)」からなのだそうです。非常に面白い話でしたが,故岩城宏之さんはこの話を聞いて「こういうところに日本の音楽界の問題がある」と語ったそうです。「ぴたり合う音がなくても,その辺の音で良いじゃないか」と永さんは語っていましたが,そのとおりですね。

浜辺の歌
後半は昭和の歌となりました。最初に歌われた「浜辺の歌」は,永さんにとっては,「母の歌」とのことです。永さんの母上は,この曲ばかり歌っていたとのことで,この曲を聞くたびに,涙が出てしまうと,実際に涙ぐみながら語られました。私もこの曲は大好きです。木下恵介監督の映画「二十四の瞳」の最後の部分で歌われるのが大変強く印象に残っています。
この道
「そこにいるだけで雰囲気が豪華になる」という理由で帝国ホテルで暮らしていたという藤原義江さんの思い出話と合わせて歌われました。
山寺の和尚さん
永さんが,作詞の世界から足を洗うことを宣言した際,唯一引き止めてくれたのがこの曲の作曲者服部良一さんだったそうです。
初恋
この曲は,以前,錦織健さんの歌で聞いたことがありますが,五郎部さんの声にもぴったりでした。
夏の思い出
ここからは第2次世界大戦後の曲となります。この曲はラジオ歌謡として流行した曲です。
雪の降る街を
この曲もラジオから生まれた作品です。1949年の「えり子とともに」という番組の中で使われて以来,人気の出た曲とのことですが,この日の会場のお客さんの中にも,この番組のことを覚えていらしゃる方がかなり居て(挙手してもらっていました),半世紀以上前の番組なのにすごいなぁと感心しました。
花の街
この曲の作曲者・団伊玖麿さんを含む,「3人の会」という作曲者グループの話題が出ました。この3人というのは,芥川也寸志さん,黛敏郎さん,団さんです。永さんは,若い頃,このお三方と一緒に働いていたことがあるそうです。すでにスターだった3人ですが,それぞれに食事の奢り方が違っていたそうです。抱腹絶倒の話でしたが...ここではあまり詳細に書くのは止めておきましょう。それにしてもこの曲は美しい曲です。久しぶりに聞いて,懐かしさが込み上げて来ました。
見上げてごらん夜の星を
演奏会の最後は,永さんの詞による歌謡曲史に残るこの曲で締められました。一見個性的な坂本九さんの歌い方が,三味線の伴奏で歌うような邦楽の歌い方と通じるものがあることが面白く語られました。
その後,アンコールとして,「これがなければ締まらない」という「上を向いて歩こう」を全員で歌ってお開きとなりました。永さんがまず,外国で「スキヤキ・ソング」として知られている歌詞を日本語に訳したものを,「ア・カペラ」で歌われたのですが,涙とは無縁の「桜の下でスキヤキを食べよう」といった歌詞だったのが面白いところでした。

今回の永さんのトークを聞きながら,3人の会の作曲者たち,中村八大,いずみたく,坂本九,そして岩城さん...とお話の中に出てきた人たちが,すべて亡くなられてしまっているのが寂しいと感じました。逆に,音楽はいつまでも生き残ることを証明しているとも言えます。ちょうど1年前の12月のファンタジー公演は,岩城さんとジュディ・オングさんの共演だったこと思い出したのですが,永さんのトークの中に時折登場する,岩城さんのエピソードを聞きながら,永さんと岩城さんの共演も一度見てみたかったなと思いました。(2006/12/13)

この日のサイン会

永六輔さんからは,持参した「芸人」という岩波新書にサインをいただきました。



五郎部さんからも,持参したナツメロのCDにサインを頂きました。


ジャン=ルイ・フォレスティエさんのサインです。


下のサインは,アンサンブル・アウスレーゼの方のサインです(多分)。実は,どなたか知らずにサインをもらってしまいました。