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クリスマス・メサイア公演
2006/12/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)榊原栄編曲/クリスマス・ソング・メドレー(諸人こぞりて,もみの木,赤鼻のトナカイ,ホワイト・クリスマス,サンタが街にやってくる,天には栄え,ジングルベル)
2)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」(抜粋,7-9,19,21,24-27,31-32,34,37,41,49-52曲は省略)
3)(アンコール)きよしこの夜
●演奏
延原武春指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
北陸聖歌合唱団(合唱指揮:朝倉喜裕)*2-3,OEKエンジェル・コーラス,北陸学院高等学校聖歌隊(1,3)
朝倉あづさ(ソプラノ*2),池田香織(メゾ・ソプラノ*2),君島広昭(テノール*2),安藤常光(バリトン*2 )

Review by 管理人hs
年末恒例のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と北陸聖歌合唱団によるクリスマス・メサイア公演に出かけてきました。この合唱団は半世紀以上に渡って,メサイアばかりを歌っている合唱団ですが,私の方も,知人が合唱団で参加していることもあり,この5年ぐらい毎回聞きに行っています。この公演は日曜・祝日の午後に行われることが多かったのですが,今回は平日の夜ということで終演時刻がかなり遅くなってしまったのですが,例年通りの「正しい金沢のクリスマス気分」を味わうことができました。

今回は,何と言っても指揮に延原武春さんを招いた点がいちばんの注目でした。延原さんは10月のOEKの定期公演に登場されたばかりですが,今回のメサイアでも「さすがバロック音楽の専門家だ」と思わせる味わい深い演奏を聞かせてくれました。特に古楽器風にこだわった演奏ではなかったのですが,きりっとしたフレージングとか,過度にドラマティックに盛り上げ過ぎない感じなど,「大人のメサイア」という印象を持ちました。曲間のトークでの「粋な関西弁」とあわせ,大曲の充実感とともに「わび・さび・軽み」のような洒脱さを感じさせてくれました。

まず,メサイアに先立って,昨年同様,OEKエンジェルコーラスと北陸学院高等学校聖歌隊によるクリスマス・ソング集が歌われました。かなりの大人数で歌われた割には,おとなしい感じの歌でしたが,「今聞かなくて,いつ聞くか?」という馴染みの曲ばかりで,しかもところどころ,華やかな振りを付けてくれていましたので,演奏会の気分を十分に高めてくれました。

その後,引き続いてメサイアが演奏されました。今回は,「メサイア」の第1部の後に休憩を入れていましたが,第2部の途中で区切るよりは,この形の方が良いと思いました。

序曲は,強弱のメリハリがきっちりと付けられているけれども,ドラマティックに過ぎず,バロック音楽にぴったりの雰囲気を持っていました。その後,テノール独唱が入ってきます。毎年思うのですが,この瞬間がとても良いですね。昨年同様,君島広昭さんがテノールでしたが,その声はとても軽やか,かつ清潔で,神聖なクリスマスな雰囲気にぴったりでした。その他の4人の独唱者も昨年と全く同じ方々で,非常に充実した歌を聞かせてくれました。

パンフレットに昨年の公演の写真が掲載されていましたが,合唱人数は,今年の方が一回り少なくなった感じでした。特に男声の方は,ちょっとパワーに不足する面もありましたが,その分,しみじみとした暖かさを伝えてくれました。延原さんの指揮は,力強さを強調するような感じではありませんでしたので,合唱とソリストとオーケストラとが一体となって,じっくりとクリスマスを祝うような気分が出ていたと思いました。

第1部の後半は特にクリスマスにぴったりの場です。OEKのみでさらりと演奏された田園交響曲の後,この公演には欠かせないソプラノの朝倉あづささんの歌となります。毎度のことながら,その可憐で艶のある声は素晴らしく,レチタティーボ→アリオーソ→合唱(いと高きところに栄光)→”Rejoice, rejoice..."とスムーズに繋がる部分を聞くたびに,毎年「クリスマスだなぁ」と感じます。合唱の「いと高きところに」では,文字どおり「いと高き」オルガン・ステージからトランペットの響きが降ってきました。

第1部最後のアルト→ソプラノと続く,3拍子系の曲もとても好きな曲です。アルトの池田香織さんもすっかりお馴染になりましたが,その気品と落ち着きを持った歌はいつ聞いても見事です。続いて,オクターブ高くソプラノが入ってきて同じメロディを歌う辺りにもゾクっとする美しさがあります。

休憩の後の第2部は,暗い気分で始まります。昨年は,アルトの出番が少ない感じがして少々残念だったのですが,今年は23番のアルトによる長いアリアが入っていたのが嬉しかったですね。この曲は恐らく,メサイア中で最も長い曲だと思いますが,この日のテンポは,我が家にあるCD(トレヴァー・ピノック指揮のものです。アンネ・ゾフィー・フォン・オッターが歌っています)よりはかなり速目で,中間部もキビキビとした感じでした。そのことによって,池田さんしっとりとした声がスッと耳に入ってきて,とても聞きやすい演奏となっていました。

合唱が歌う曲は毎回微妙に違っており,今回は"Surely,surely...","We like sheep..."といった曲が入っていませんでしたが,必ず入っているのが"Lift up your heads..."という曲です。「もろびとこぞりて」の出だしを思い出させる曲ですが,恐らく,全曲の流れの中で欠かせない曲なのだと思います。私自身,聖書についての知識は皆無のようなものですが,毎年「メサイア」の抜粋を聞いていると,どの曲がポイントなのかが何となく分かって来た気がします。これも継続による力かもしれません。

その後,アルトとソプラノのアリアが出てきましたが,それぞれヴァイオリン,チェロ,チェンバロなど室内楽的な伴奏による静かな曲で,落ち着いた気分がありました。今回の通奏低音は,チェロの大澤明さんとチェンバロの藤井いづみさんが担当していましたが,そこに松井直さんのヴァイオリンも加わって,静謐な雰囲気を作っていました。途中,一瞬,音楽が止まりそうな感じがして,ちょっとヒヤリとしましたが,スケールの大きな合唱曲との対比を楽しむことができました。

スピード感溢れる伴奏に乗って,バスによって歌われる"Why do the nations..."というアリアも毎回必ず入っている曲です。この曲はとても技巧的でモーツァルトのオペラのアリアを聞くような感じで楽しめる曲です。すっかりお馴染になった,安藤常光さんがキレ良く歌われていましたが,ちょっと雰囲気が地味な気がしました。

第2部の最後は,ハレルヤ・コーラスで締めくくられます。この曲は大変有名な曲なので,指揮者による解釈の違いがとてもよく分かるのですが,今回の延原さんの解釈は,大げさな身振りを廃した,敬虔さを感じさせてくれるものでした。合唱はとても軽く暖かい声で歌い始め,"King of kings"という言葉が繰り返されるたびに少しずつ盛り上がってくるような演奏でした。この曲で加わる,トランペットやティンパニ(バロック・ティンパニを使っていました)も落ち着いた感じでした。

ここで一旦拍手が入りましたが,休憩にはならず,チューニングをし直した後,そのまま第3部に入っていきました。

第3部の最初のソプラノによるしっとりとしたアリアもとても好きな曲です。やはり各部の最初の曲は欠かせないなと思います。続く,合唱曲は最初の静かな部分がちょっと不安定な感じでしたが,力強く歌われる後半部分は,キリストの復活を表現しており,やはり欠かせない曲です。

そして,トランペットの見せ場となる,"Trumpets shall sounds"というバスのアリアになります。今回はOEKの藤井さんがソロを担当していました。このトランペットが本当に素晴らしい演奏でした。バロックのトランペットというと甲高い音という先入観を持っていたのですが,この日の藤井さんの音は,とてもまろやかで聞いていて穏やかな気分になりました。毎年,「今年のトランペットはどんな感じかな?」と期待して聞くのも「メサイア」公演の楽しみの一つです。

そして最後のアーメン・コーラスとなります。ハレルヤ・コーラスと対になるような曲ですが,こちらの方も大変じっくりと歌われていました。合唱団によるしみじみとしたフーガも良かったのですが,OEKの弦楽セクションによるフーガの透明感も素晴らしいものでした。大詰めの盛り上がりの前に,心を清めてくれるような美しさでした。最後の部分は,渡邉さんによる”バロックの音”のする力強いティンパニを交えて,さらに壮大な雰囲気となり,どっしりとした聞き応えを残して,全曲が締めくくられました。

今回の延原さんの指揮は,独唱曲などでは比較的速いテンポ設定だったのですが,最後のアーメン・コーラスをはじめ,合唱曲は大変しっとりと演奏されていたのが印象的でした。延原さんと北陸聖歌合唱団とは初めての共演ということですが,延原さんの持つ「粋な関西風」と半世紀に渡って金沢で歌ってきた心意気とがピタリと調和した,とても良い演奏だったと思いました。

最後は,参加者全員による「きよしこの夜」で締められました。最初に登場した子供たちと高校生も再登場しましたので(この時点で9:30を過ぎていましたので,まさに「お待ちどうさま」という感じでした),ステージは満員になりましたが,その全員が静かに歌う雰囲気というのも素晴らしいものでした。

毎年同じ時期に同じ曲を聞いていると,今年も無事に年末を迎えることができた,とほっとさせてくれます。恐らくそれは合唱団の皆さんも同様だったでしょう。そういう気分が伝わってくる演奏でした。

PS.今回は,休憩時間中にロビーでOEKメンバーによる,クリスマス・ソングが静かに演奏されていましたが,これは不要だと思いました。演奏も雰囲気も悪くはなかったのですが,やはりメサイアの途中に別の音楽が入るというのは,少々変な気がしました。休憩時間ぐらいは耳を休ませて欲しいと思いました。(2006/12/22)