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オーケストラ・アンサンブル金沢第214回定期公演M
2007/01/26 石川県立音楽堂コンサートホール

オーケストラ・アンサンブル金沢第215回定期公演PH
2007/01/28 石川県立音楽堂コンサートホール
モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」(コンサートホール・オペラ形式)
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:マヤ・イワブチ)
尾崎比佐子(フィオルディリージ(ソプラノ)),福住恭子(ドラベッラ(ソプラノ)),谷浩一郎(フェランド(テノール)),迎肇聡(グリエルモ(バス)),田邉織恵(デスピーナ(ソプラノ)),安藤常光(ドン・アルフォンソ(バス)),竹崎利信(語り),佐藤明子(チェンバロ,レペティトゥーア)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団,アンサンブル・アウスレーゼ(安藤常光合唱指揮)
演出:林誠;舞台監督:岩崎由香,制作:大阪音楽大学大学院オペラ研究室,オーケストラ・アンサンブル金沢)
Review by 管理人hs  
今回の定期公演は,コンサート形式によるオペラ公演でした。これまでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,「こうもり」「カルメン」「椿姫」「トスカ」といったオペラを音楽堂で演奏したことがありますが,今回の「コシ・ファン・トゥッテ」は,登場人物が少なく,場面転換もほとんどなく,大掛かりなセットも出てこない作品ですので,コンサートホールで上演するのにもっとも相応しい作品と言えます。この作品が,マイスターとファンタジーの2回の定期公演を使って行われました。私は,そのうちの日曜午後に行われたファンタジー公演の方に出かけてきました。

コンサートホール・オペラという形式ですが,演劇的な華やかさは少なくなるものの,音楽自体をじっくり味わうことができるというメリットがあります。金聖響さんの場合,古楽器奏法を大々的に取り入れた演奏をされますので,ステージ上で演奏することによって,通常の演奏会を聞くのと同様のニュアンスの変化をじっくりと味わうことができました。

今回の上演は,大阪音楽大学オペラ研究室とOEKによる共同制作だった点も特徴でした。出演された歌手の大部分は大阪音楽大学出身の若手歌手ということで,私自身,初めてお名前を聞く方ばかりだったのですが,その若々しい声とアンサンブルの良さは,2組の若い恋人たちを中心とした重唱中心の作品には相応しい面もありました。

もう一つの特徴は,原作にあるレチタチーヴォをほとんどカットし(歌詞の字幕もありませんでした),代わりに竹崎利信さんによる語りによってストーリーを進めていた点でした。語りとは言っても,竹崎さんは,会場内のいろいろな場所から神出鬼没という感じでおどけながら登場し,動作を交えながら語りを入れていましたので,道化役に近い雰囲気がありました。関西弁を交えたセリフも大変親しみやすいもので,悪くはなかったのですが,この点については賛否が分かれたと思います。私自身は,やはり通常通りレチタチーヴォの入った形で観たかったというのが正直なところです。この辺については,後述したいと思います。

まず,ステージ上の配置について紹介しましょう。今回は以下の絵のような感じのセッティングがされていました。

音楽堂でのオペラ公演の場合,ステージ中央に通路が作られる場合もありますが,今回は,両袖からのみ出入りする形になっていましたので,オーケストラの配置は,通常の定期公演と全く同じでした。ただし,”通常”と言っても,金聖響さんの指揮の場合,古典配置が”通常”ですので下手側にコントラバスが来る,対向配置となっていました。

今回は昼の公演だったこともあり,金聖響さんは普通のスーツとネクタイで指揮されていました。また指揮台も使っていませんでした。これは,オーケストラの後方で行われる演技を客席から見えやすくするための意味もあったのかもしれません。

まず,序曲が颯爽と演奏されました。この日のティンパニは渡邉さんが担当していましたが,ベートーヴェンの交響曲シリーズのCD録音でもすっかりお馴染になったバロック・ティンパニの響きを冒頭から楽しむことができました。序奏部をはじめとして,とても速いテンポで演奏されており,ちょっとぶっきらぼうなくらい,音がストレートに耳に飛び込んできました。この気持ちの良い音の鳴りっぷりがコンサート形式による上演の魅力かもしれません。

この日は,ほぼ全曲に渡り,ノンヴィブラートで演奏していましたが,序曲については,速い音の動きが中心なので,通常聞き慣れた響きとそれほど大きな違いはありませんでした。その後,このスピード感を保ったままオペラが続いていく...はずだったのですが,上述のとおり今回は,レチタチーヴォを省いていましたので,所々で音楽の流れが止まり,竹崎さんによる日本語によるナレーションが入りました。このナレーション自体は,とてもこなれており,親しみやすさをうまく作っていたのですが,結局はこれから起こることの説明になっており,音楽の流れが止まってしまうのは残念でした。

金聖響さん指揮による演奏は,ダニエル・ハーディングなどの指揮と共通する”現在の最先端”のモーツァルト・オペラ演奏と共通する気分を持っていましたので,ナレーションよりも音楽の流れを重視した「レチタティーヴォ付き・字幕付き」という形で全曲を聞きたかったと思いました。

その後は,6人のソロ歌手たちが次々と色々な組み合わせでオーケストラ後方のステージ上に登場し,ちょっとした演技を交えながら,重唱やアリアを歌っていきます。この「コシ・ファン・トゥッテ」というオペラは,ドン・アルフォンソの仕掛けの上に,若い男女が恋愛の過程をシミュレーションするような作品なのですが,今回のように大道具なしで比較的抽象的な感じで音楽が進んでいくと,個性を持った人間というよりは,チェス盤の上で動かされる駒のように見えてくるのが面白いところです。重量級の歌手による堂々としたアリア中心に進んでいくようなオペラ公演とは別の次元の公演となっていましたが,このことは「コシ・ファン・トゥッテ」というオペラに相応しいアプローチの一つだと思います。個々の歌手の歌よりは,6人のソリストのさまざまな組み合わせから生まれる,さまざまな化学反応を楽しむような公演になっていました。

今回出演された歌手の皆さんの歌は,金聖響さんの指揮と共通するすっきりとした美しさを持ったものでしたが,男声歌手のお二人については,若さというよりは熟していない青さを感じさせるようなところがありました。ある意味で役柄に相応しいのかもしれませんが,聞いていてちょっと落ち着かない部分がありました。それと,声を張り上げる部分で音がビリつくような感じに聞こえることがありました(これは聞く場所によるのかもしれません)。6人の歌手の中では,ドン・アルフォンソ役だけが重鎮的な別格の存在なのですが,安藤常光さんについても,ちょっと軽いかなという気がしました。この役柄だけは,もう少しアクの強さが欲しいと思いました。その中で,尾崎比佐子さんが歌ったフィオルディリージのアリア「岩のように決して動かない」が大変充実した歌でした。歌の面でも,分別のあるお姉さんぶりをしっかりと感じさせてくれました。

幕切れの部分を中心とした全員が揃っての重唱はどれも聞き応えがありました。モーツァルトのオペラの中の五重唱や六重唱は,どれも楽しく,オペラを聞くいちばんの楽しみだと思うのですが,今回の歌は特に冴えていました。金聖響さんとOEKの作るスピード感たっぷりの生きの良い音楽の上にキラキラとした輝きを加えていました。その一方,「風はおだやかに,波は静かなれ」といった曲での柔らかな響きも絶妙でした。

なお,今回は,OEK合唱団のメンバーとアンサンブル・アウスレーゼ(大阪音楽大学大学院オペラ研究室)のメンバーが合唱団として加わっており,必要な時だけオルガン・ステージに登場する形になっていました。メンバーは少数精鋭という感じで,人数は多くはありませんでしたが,「楽しききかな軍隊生活は」といった力強い歌をきっちりと聞かせてくれました。オーケストラの音とのバランスも丁度良いと思いました。

第2幕では,さらに充実した歌を楽しむことができました。ストーリー自体,次第に熱さを帯びてくるのですが,歌の方もエンジンが掛かってきたようで,どのアリア,重唱もしっくりと音楽に馴染んでいました。ドラベッラ,グリエルモの二重唱,フィオルディリージ,フェランドの二重唱という,本当のカップルとは逆の組み合わせによるデュオも,それぞれ「不倫も致し方なし!」と思わせるような納得の歌(?)になっていました。特に福住恭子さんの柔らかな歌声が,ドラベッラの大らかな感じによく合っていると思いました。谷さんと迎さんの歌も,若さの魅力に溢れた説得力十分の歌で,大変聞き応えがありました。小間使いのデスピーナは,ストーリー全体の動きを作る道化役なのですが田邉織恵さんの声は大変可愛らしく,憎めないキャラクターを巧く表現していました。

第2幕の最後の方で,フィオルディリージが誘惑されてしまい,すべてがドン・アルフォンソの言ったとおりになった後,「コ・シ・ファン・トゥ・ッテ」とタイトル名が歌われます。この部分がオペラの一つのクライマックスですが,ここでは安藤常光さんが勝ち誇ったように,オルガン・ステージに登場しました。視覚的にもドン・アルフォンソの勝利を印象付ける見事な演出となっていました。

第2幕で残念だったのは,フィオルディリージによる第25番のアリアがカットされていたことです。大変長いアリアなので,演奏時間の点から省略されたのかもしれませんが,せっかくの機会だったので,聞いてみたかったと思いました。

最後の部分は第1幕の幕切れ同様,勢いのある音楽で終わるのですが,ここではティンパニとトランペットが祝祭的に加わっており,全曲のエンディングらしい盛り上がりを切れ味鋭く,ビシっと決めていました。

というわけで,音楽自体は”めでたし,めでたし”で終わるのですが,このオペラについては,深く考えれば考えるほど,この2組のカップルは本当に納得できたのだろうか?と変な心配をしてしまうところがあります。不倫を扱った作品ということで,コメディと言いながら素直に楽しめない部分が常に残るのですが,今回は竹崎さんが,「うまくいったのかいかなかったのか,ご想像にお任せします」というスタンスで,うまくまとめてくれていました。

「女はみんなこうしたもの」という邦題についても,現代では女性団体等からクレームが付きそうですが,今回は竹崎さんが「男もみんなこうしたもの,人間はみんなこうしたもの」という感じのナレーションでフォローしていました。こういう面では,ナレーション入りの効果があったかな,と思いました。

今回の上演については,オペラ全体としての音楽の流れをもう少し強く感じさせて欲しい面はありましたが,一筋縄には行かないひねりの効いたコメディを,見る人の誰もが納得のいく形でうまく提示してくれていたのではないか思います。

OEKは,これで「フィガロの結婚」「魔笛」「コシ・ファン・トゥッテ」を上演したことになりますが,こうなってくると「ドン・ジョヴァンニ」も見たくなります。ここは是非,金聖響さん指揮による全曲通しによるコンサート形式での上演を期待したいと思います。

PS.我が家に録画してあったジャン=ピエール・ポネル演出による映画版「コシ・ファン・トゥッテ」では,音楽は全く同じなのに,最後の場面では2組のカップルがバラバラになったまま終わっています。「ハッピーエンドではない」という解釈の例なのですが,普通に考えると,元の鞘に納まるとは思えないですね。その前に,変装した恋人の顔を見破ることができないという設定もありえないのですが...。「それを言っちゃあ,おしまいよ」ということでしょうか。(2007/01/30)

今回のサイン会

今回は金聖響さんと出演者が勢ぞろいしました。 
↑今回のパンレットはいつもと違い,紫色でした。これは金聖響さんのサインです。


上から尾崎さん,福住さん,谷さん,迎さんのサインです。

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上から,田邉さん,安藤さん,竹崎さんのサインです。