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オーケストラ・アンサンブル金沢第216回定期公演PH
2007/02/09 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ピアソラ/天使への序章
2)ピアソラ/リベルタンゴ
3)ピアソラ/ニ調のミロンガ
4)ピアソラ/オブリビオン
5)ピアソラ/現実との3分間
6)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「春」
7)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの夏
8)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「夏」
9)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの秋
10)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「秋」
11)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの冬
12)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「冬」
13)ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの春
14)(アンコール)ペレチス/すべて歴史のごとく
●演奏
マイケル・ダウス(リーダー&ヴァイオリン*1-2,4-14),ルドヴィート・カンタ(チェロ*3)
オーケストラ・アンサンブル金沢
Review by 管理人hs  

この日は,午後3時まで東京にいたのですが,午後5時羽田発の小松便と高速バスを使って金沢に戻ってきました。恐らく,午後7時の開演には間に合わないだろうと予想していたのですが...何とぴったり7時にJR金沢駅西口に到着し,東口まで走って音楽堂まで行ったところ,「ロスタイム3分」という感じで,コンサートが始まっておらず,一曲目から聞けてしまいました。JAL,北陸鉄道,そして音楽堂の立地条件の良さに感謝,感謝というところです(それにしてもギリギリというのは精神的にも体力的にも疲れます)。

さて,演奏会の方ですが,今回は弦楽器メンバーのみによる演奏でした。これまで後半だけ弦楽合奏という定期公演はありましたが(シェーンベルクの浄夜,ドヴォルザークの弦楽セレナードなど),前半後半とも弦楽器だけというのは,もしかしたら初めてかもしれません。ステージの雰囲気もいつものPHシリーズとは違い,客席の方も暗くした上で,赤っぽい照明をスポットライトのように使っていました。今回は,ピアソラの曲がポイントということで,「ラテン+タンゴ=夜のムード」という感じを視覚的にも演出していたようでした。今回のリーダー&ヴァイオリンのマイケル・ダウスさんのジャケットも濃いワインレッド(色はよく分からなかったのですが)で,とても洒落た感じでした。

プログラムの構成は,前半はピアソラ集で,後半はヴィヴァルディの四季とピアソラのブエノスアイレスの四季とを交互に並べた「八季(エイト・シーズンズ)」でした。今回,「前半ヴィヴァルディ,後半ピアソラ」という配列を予想していたのですが,この「エイト・シーズンズ」は大成功だったと思います。ヴィヴァルディとピアソラが,相互に化学変化を起こし,段々とヒートアップしていくような面白さがありました。

前半のピアソラ集の,編曲者の名前はプログラムに書いてなかったのですが,どの曲もピアソラらしさとクラシックの弦楽合奏の雰囲気がうまく融合した演奏となっていました。最初の曲は,さすがに息が切れていて,よく覚えていないのですが,続く,リベルタンゴ(例のヨーヨー・マによるサントリーのCM以後,非常によく演奏されるようになりましたね)では,私の心臓の鼓動と,演奏のリズムとがうまくマッチし,予想以上に厚みのある響きを堪能できました。この曲では,ヨーヨー・マ同様,カンタさんのソロが入っていましたが,これも大変滑らかなものでした。

その後,ダウスさんが一旦引っ込み,カンタさんが前に出てきて,ニ調のミロンガが演奏されました。リベルタンゴと対照的に落ち着いた雰囲気の曲でしたが,ここでもカンタさんの艶のある音色を楽しむことができました。続くオブリビオンも,リベルタンゴ同様,近年,大変良く演奏される曲です。こちらの方はギドン・クレーメルによるCD録音などが有名ですが,ダウスさんによる,ゾクゾクさせてくれるようなヴィブラートのかかった独奏も非常に魅力的でした。

前半最後は,「現実との3分間」という格好良い曲でした。今回のように弦楽合奏で聞くと,リズムの躍動感がバルトークの「弦楽のための○○」といった曲と通じるものがあると感じられました。他の演奏でもそうだったのですが,弦楽合奏のみにも関わらず大変充実した響きを作っており,ムード音楽的な気持ち良さを越えた,迫力を感じさせてくれました。特に低弦の充実した響きがずしりとした手ごたえを感じさせてくれました。

後半は,上述のとおり「エイト・シーズンズ」でした。季節の配列は,次のとおりです(Vはヴィヴァルディ,Pはピアソラ)。

V→P→V→P→V→P→V→P

今回演奏された「ブエノスアイレスの四季」は,デシャトニコフ編曲版だったのですが,この独特の配列は,この編曲版とヴィヴァルディの四季とを組み合わせて録音した,ギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカによる「エイト・シーズンズ」というCD録音と全く同じものです。今回のダウス/OEKの演奏は,このCDに挑んだことになります。

というわけで,ヴィヴァルディの方は,通常の曲順,その間にピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を夏から順に挟みこむ形で演奏されました。ちなみに,このピアソラの曲順は,作曲順と一致します。ピアソラの方は,「夏」を作曲した後,ヴィヴァルディのように「四季」のセットにまとめることにしたとのことです。いずれにしても,ブエノスアイレスという,南半球の都市の「四季」と北半球のイタリアで作曲されたヴィヴァルディの「四季」とがどのように合体するのかが,今回の演奏のいちばんの聞き所ということになります。

まず,お馴染の「春」で始まりました。この楽章をはじめ,ヴィヴァルディの「四季」の方は現代風の堂々たる演奏となっていました。OEKは,ルドルフ・ヴェルテンさん指揮,サイモン・ブレンディスさんのヴァイオリン独奏で,素晴らしい「四季」のCD録音を行っていますが,その演奏が古楽器演奏を意識したものだったのに比べ,今回の演奏は,イ・ムジチ,パイヤール室内管弦楽団...といった,いわば「お馴染の演奏」に近い演奏でした。「春」では,特に非常に円満な気分が漂っていました。

その後,ピアソラの「夏」になるのですが,このデシャトニコフ編曲版は大変面白いものでした。ヴィヴァルディの「四季」と組み合わせるために,独奏ヴァイオリンと弦楽合奏用に編曲したものなのですが,所々,ヴィヴァルディの断片が出てくるのです。その断片が,各曲の丁度反対の季節となっているのが面白い点でした。この「夏」の場合,ヴィヴァルディの「冬」の一節が出てきました。恐らくこれは,南半球の四季という点を意識してのアイデアなのではないかと思います。

前半のピアソラ集同様,低弦の迫力が素晴らしく,特殊奏法と合わせて,音楽にも勢いが増してきました。その勢いは,次のヴィヴァルディの「夏」につながっていきました。この楽章ではトゥッティの部分の迫力が本当に素晴らしく,会場からは盛大が拍手が起こりましたが,それも当然という演奏でした。

「エイト・シーズンズ」の場合,「全てがが終わった後に拍手」という考え方もあると思うのですが,この「夏」の後の拍手後は,季節ごとに拍手が入るようになりました。今回,全体の演奏時間がかなり長くなりましたので,季節ごとの拍手でも悪くはないと思いました。それだけ,勢いのある演奏の連続となりました。

「ブエノスアイレスの秋」では,チェロのカデンツァ風の部分が印象的でした。オリジナルのピアソラ版の「四季」だと,実は,季節感の区別がつきにくい面もあるのですが,今回の編曲版だとブエノスアイレスの四季感が鮮明になっていたのではないかと思いました。ヴィヴァルディの「秋」は,「春」同様,ふくよかな感じの音楽になります。特に堂々とした足取りを見せる3楽章の貫禄が印象的でした。

「ブエノスアイレスの冬」は,オリジナル版でもバロック音楽風の部分がありますが,今回はヴィオラ以下の楽器の演奏を中心に,しっとりとした感じを出していました。エンディング付近で,パッヘルベルのカノンのような雰囲気になるのですが,ここでは軽やかなピツィカートを中心にさらりと演奏しており,大変スマートな気分が出ていました。

ヴィヴァルディの「冬」の第1楽章は,ピアソラの楽器奏法とちょっと似た擬音風の音が入っているのですが,この辺りに来ると,ピアソラもヴィヴァルディも一体になって聞こえてくるようなところがありました。その効果も面白いと思いました。美しいメロディで有名な第2楽章はさらりと演奏していましたが,その後に続く第3楽章はさらにスピード感に溢れた演奏で,大変鮮やかでした。

そして,最後は「ブエノスアイレスの春」で締められました。この楽章にはヴィヴァルディの断片が出てこないな,と思っているうちに,最後の音になってしまったのですが(最後の和音が「冬」と同じだったような気もします),その後にオチがついていました。ここまで,ピアソラ版では出番のなかったチェンバロが,ポロリとヴィヴァルディの「四季」の最初の一節をポロリと演奏したのです。ここでまたヴィヴァルディの演奏が始まったら,エンドレスになってしまうのですが,チェンバロの音は,メロディの途中でフッという感じで終わってしまいます。

この雰囲気には,クレーメルさんと親交のあった,シュニトケの曲に通じる気分がありました。岩城さん指揮OEKでレコーディングをしたシュニトケの合奏協奏曲第1番にもチェンバロが出てきますが,編曲者のデシャトニコフさんは,この曲なども意識していたのではないかと思います。いずれにしても,さらりとユーモアを入れて終わる辺り,中々面白い編曲だと思いました。

会場も大いに盛り上がり,アンコールが1曲演奏されました。多分,アンコールがあるならば,ピアソラの曲だろうと思っていたのですが,演奏前にダウスさんのスピーチが入り,「岩城さんに捧げます」というようなことをおっしゃられた後,とても静かな感じの曲が始まりました。音の動きとしては,ビートルズの「ガール」とちょっと似たような感じで,不思議な美しさが心に染み渡るような曲でした。ペレチスの「すべて歴史のごとく」というタイトルの曲だったのですが,一体どういう由来の曲なのか気になります。最後の部分は,「エイト・シーズンズ」同様,メロディの途中でフッと切れてしまうのですが,そのはかなさも追悼の気分に相応しいものでした。

今回の演奏会は,OEKの定期公演としては新しい試みの一つだったのではないかと思います。曲を分断して,照明を工夫するという点では,延原武春さん指揮の定期公演を思い出させる部分もありましたが,今回のような「マイケル・ダウス&ヒズ・ストリング・オーケストラ」という感じのプログラムも面白いな,と思いました(これはもしかしたら,昨年6月に行われた管楽器中心の第204回定期公演に対応する企画だったのかもしれません)。

考えてみると,OEKの個々のメンバーは,「ふだん着ティータイム・コンサート」での室内楽演奏をはじめとして,ピアソラの演奏には,かなり以前から関心を示していたのではないかと思います。今回は,その個々の活動の集約にもなっていたと思います。ファンタジー公演に通じる部分もありましたが,こういう冒険的なプログラムを今後も期待したいと思います。というようなわけで,慌てて戻って来た甲斐のあったコンサートでした。今回は,全曲をCD録音をしていましたので,そのCDも楽しみです。

PS.南半球の夏は月で言うと1月頃,南半球の冬は8月頃という考えでよいと思うのですが,南半球の春とか秋となると,とっさには迷いますね。夏の次というのが秋の定義だとすると,3月頃が南半球の秋ということになるのでしょうか。(2007/02/10)

今回のサイン会


↑マイケル・ダウスさんのサインです。定期公演のプログラムには,最近「岩城宏之メモリアル」というコーナーがあるのですが,今回はダウスさんが書かれていました。そのページにサインを頂きました。


ヴァイオリンの大隈さんとヴィオラの古宮山さんのサインです。


ヴァイオリンの松井さんとチェロのカンタさんのサインです。