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弦楽四重奏でめぐるモーツァルトの旅 その5 偉大なるハイドンを超え限りなき高みへ
2007/02/16 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第13番ニ短調,K.173
モーツァルト/弦楽四重奏曲第14番ト長調,K.387
(アンコール)モーツァルト/弦楽四重奏曲第13番ニ短調,K.173〜第4楽章(第1稿)
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介,大村一恵(Vn),大隈容子(Vla),福野桂子(Vc))
Review by 管理人hs  

「モーツァルト生誕250年」のメモリアル・イヤーに始まったクワルテット・ローディによる「モーツァルト:弦楽四重奏曲持久聴シリーズ」も年を越え,2007年初となる第5回目のコンサートが行われました。今回からいよいよ「ハイドン・セット」に入って行きます。今回は,「ウィーン四重奏曲」の最後の第13番と「ハイドン・セット」の最初の第14番の2曲が演奏されました。これまでは,毎回3曲が演奏されてきましたが,今後は,密度の高い作品が続くということで,毎回2曲というペースになるようです。

今回の2曲を聞いて,やはり「ハイドン・セット」はすごいと思いました。第14番の演奏前に,この曲の最初の部分が対位法的に作られているということを,各パート別に演奏することで分かりやすく示して頂いたのですが,各パート別に聞いた後に全員揃っての演奏を聞くと,「これはすごい!」と即座に実感できました。「百聞は一見に如かず」ならぬ,「百文は一聴に如かず」という感じでした。というわけで,相変わらず大村さんのトークも冴えていました。今回は,2日前のバレンタインデーにちなんで,「甘い」お話も聞けたの大変楽しかったですね(詳細は後で)。

それでは,演奏された曲を順に紹介していきましょう。

■弦楽四重奏曲第13番ニ短調,K.173
この曲は,上述のとおり「ウィーン四重奏曲」というハイドンの弦楽四重奏曲の影響を受けて作られたセットの第6曲目に当たります。前回聞いた曲同様,1773年に作られた曲です。

この曲の第1の特徴は短調だという点です。第1楽章から深刻な雰囲気で始まるのですが,私の方は,ある本に「この曲の第1楽章の第2主題はめんどりのようだ」と書いてあるのを読んでから聞いたので,「確かにめんどりがせわしなく動いているように聞こえる」と感じ,それほど暗い印象は持ちませんでした。第2楽章は,一旦長調になるのですが,第3楽章はまた暗い雰囲気に戻ります。ただし,この曲はほとんど同じ時期に書かれたハイドンの弦楽四重奏曲作品9の4の本歌取りのような楽章で(調性も同じ),あまりモーツァルトのオリジナリティはないようです。演奏後,このハイドンの曲の一節も演奏されたのですが(やはり「百文は一聴に如かず」です)),最初の部分などほとんど同じという感じでした。

大村さんのお話によると,モーツァルトの短調作品は,ト短調,ニ短調といった♭(フラット)系の調性が多く,ハイドンの短調作品の方は,#(シャープ)系の調性もまんべんなくあるということでした。モーツァルトの方は比較的♭の数の少ないものが多い一方(ニ短調は♭1個,ト短調は♭2個),ハイドンの方は♭や#の数が多い曲もあり「侮れない」とのことでした。演奏者の立場ならではの大変面白いお話でした。

第4楽章は,フーガになります。これもハイドンの影響があるようですが,半音階で下がってくるチェロのソロから始まる厳粛な雰囲気は,バッハなどのバロック時代の曲にも通じるものがあると感じました。

というわけで,これまで聞いてきた曲の中では異色の雰囲気を持った曲だと感じました。その後,休憩が入りましたが,モーツァルトの人生の方もこの辺りで転機を迎えます。第13番と第14番の作曲時期の間には10年ほどのギャップがありますが,その間にモーツァルトは,17歳から26歳になります。

■弦楽四重奏曲第14番ト長調,K.387
モーツァルトは,ウィーンでの就職活動に失敗した後,ザルツブルクの宮廷音楽家になりますが,その地位には飽き足らず,マンハイム,パリなどを訪問します。初めて父親の手を離れて母と旅行をするのですが,旅先でその母を亡くしてしまうといった出来事があります。さらにアロイジアとの恋愛なども経験します。その後,父親のいるザルツブルクに一旦戻るのですが,モーツァルト自身はザルツブルクから離れたくて仕方がなかったらしく,1781年に自分の雇い主に当たる大司教に辞表を出し,ウィーンに出てきます。そういう状況で,1782年から2年ほどかけて書かれたのが「ハイドン・セット」と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲です。

このセットの名前は,ハイドンの「ロシア四重奏曲」という6曲の弦楽四重奏曲集の素晴らしさに刺激を受けて作った作曲したことに由来しています。当然のことながらハイドンに献呈されています。そして,この曲集を聞いた後は,ハイドンの方もその素晴らしさに驚嘆し,モーツァルトを大絶賛するような手紙を送っています。この2人の作曲家はかなり年齢差がありますが,この曲集でついに追いついたということが言えそうです。いずれにしてもこの二人による,”これぞ芸術家”という交流には感動的なものがあります。

というような「弦楽四重奏曲の金字塔」と言っても良い,「ハイドン・セット」の世界ですが,上述のとおり,曲の冒頭から即座に違う次元の世界に入ったことが実感できました。恐らく,ベートーヴェンの方からモーツァルトに遡るような聞き方をした場合はそれほど感じなかったのかもしれませんが,1番から13番まで順に聞いてきたこともあり,そのことを強く実感できました。第1番〜第13番が劣るというわけではなく,それぞれに魅力だったのですが,第14番になると「完成品」といったたたずまいになってくるのです。

この曲は上述のとおり素晴らしい雰囲気で始まります。私自身,この曲のCDを持っていないので,どういう曲か分からずに聴き始めたのですが,聴いた瞬間「ああ,この曲か」とひらめくものがありました。恐らく,無意識のうちに聴いていた曲だと思うのですが,そのとても自然な音楽の流れが非常に念の入った作曲技法の上で作られているというのが,このハイドン・セットの凄さだと思います。

この曲は「春」というニックネームで呼ばれることもあるそうですが,そのとおり全体が穏やかな雰囲気に包まれています。ただし,第2楽章の中間部で一瞬短調になるなど,深みを感じさせる部分が随所にありました。第3楽章も全体に大変じっくり聞かせる音楽でした。いよいよ,このシリーズもヴァイオリンの大村俊介さんの渋いムードにぴったりの音楽になってきたな,という感じです。

第4楽章はフーガとソナタ形式を融合した「ジュピター」交響曲の第4楽章を先取りしたような音楽となります。それでも,力ずくの部分はなく,最後が静かにしっとりと閉じられる辺りは,大変上品です。というわけで,この曲については,CDを入手して,一度じっくりと聞き込んでみたいものだと思いました。

アンコールでは,第13番の最終楽章のフーガの第1稿が演奏されました。先に演奏されたものとの違いは...分からなかったのですが,少し短い版とのことでした。こういう細かい差異にまでこだわることができるのは,ゆっくりしたペースで進むシリーズ企画ならではです。

このシリーズも,次回からしばらくは,ハイドン・セットを2曲ずつ聞いていくことになります。このシリーズは,大変親しみやすい演奏会ですが,聞く方も気合を入れて行きたいと思います。

PS.今回は,バレンタイン企画ということで,大村さん以外のメンバーから,「チョコレートにまつわるお話」を聞くことができました。その中で出てきたのが,次のようなお薦めチョコレートの紹介でした。ちょっと宣伝になってしまいますが,こういうローカルな話題というのはとても楽しいですね。

サンニコラ(野々市町) http://www2.spacelan.ne.jp/~st.nicolas/
梅の実ショコラ(白山市鶴来) http://www.manzairaku-honten.com/osusume1.html

クラシックの音楽と食べ物の話題は,とても取り合わせが良いので,地域経済活性化(?)の意味からも(こういうクチコミ情報というのはマスコミ情報よりも効果的ですね),「地元の美味しいものコーナー」にも期待したいと思います。

なお,今回サービスされたワインは,マンハイムにちなんで,ドイツの白ワインのマドンナでした。ハイドン・セットに入り,どういうワインが出てくるのかこちらにも期待したいと思います。オーストリア・ワインは,入手が難しいようなのでご苦労をかけそうですが... (2007/02/17)