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井上道義OEK音楽監督就任記念コンサート 雅楽・声明との出遭い。
2007/02/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)舞楽「萬歳楽」
2)石井眞木/声明交響U(オーケストラ・アンサンブル金沢ヴァージョン)
3)モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調,K.543
4)(アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*2-4
東京楽所(雅楽*1,2),比叡山延暦寺法儀音律研究部,天台声明音律研究会(声明*2)

Review by 管理人hs  
↑すっかりおなじみとなった巨大ポスター

今年の1月10日,故岩城宏之さんの後を継いで,井上道義さんがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の二代目音楽監督に就任しました。それを記念して「雅楽・声明の出遭い」と題された公演が行われました。

この公演は,岩城さんが亡くなられる前から企画されていましたので,「就任記念」になることは想定されていなかったのですが,他ジャンルとのコラボレーションというOEKならではのプログラムは,記念公演に相応しいものでした。会場は,音楽監督として初めてOEKを指揮することになる井上さんを熱く迎えようというお客さんで超満員となりました。何と立ち見のお客さんも出ていました。もしかしたら,音楽堂史上最高の入りだったかもしれません。そして,その期待どおりの斬新で聞き応えのある演奏会となりました。

今回は上述のとおり,他の芸術ジャンルとのコラボレーションということで,一般的なクラシック音楽のプログラムとは全く違う型破りの内容でした。前半まず,オーケストラなしで舞楽「萬歳楽」が演奏された後,石井眞木作曲による声明交響Uが,雅楽・天台宗声明・OEKの3つが絡み合う形で演奏されました。

最初に演奏(というか上演)された「萬歳楽」は,舞楽の代表作とのことです。ただし,私自身,舞楽を見るのは今回が初めてのことでした(神社での神殿の中で「○○の舞」というものならば見たことはありますが)。舞台には,華やかさと厳粛さを兼ね備えたような舞楽用のステージが作られており,聞く前から「何が始まるのだろう?」という期待感が広がりました。

雅楽を演奏する東京楽所のメンバーは舞台の上手に座りました。今回は,笙3,篳篥3,龍笛3という3管編成(?)+太鼓1,鞨鼓1,鉦鼓1という編成で,琵琶,筝といった弦楽器は入っていませんでした。まず,笙の神秘的な音で始まるのですが,音楽堂のパイプオルガンから数本切り取ってきたようなこの楽器の響きは音楽堂にもぴったりでした。いつ音が始まったのか分からないような,ちょっと電子楽器を思わせるような不思議なムードを持った楽器です。

東儀秀樹さんの演奏などで,近年,聞く機会の増えている篳篥(ひちりき)もまた,雅楽的な気分を味わわせてくれる楽器です。ただし,この篳篥という楽器の音はかなり強烈で,それが3本,不協和音で重なり合わさったりすると,一気に現代音楽的な気分になります。「枕草子」の中では,「うるさい楽器」などと書かれている篳篥ですが,確かにそういったところもあります。

そのうちに4名の舞人が入ってきて,「平舞4人舞」という舞を始めます。この「萬歳楽」という舞楽自体,天皇の即位の際に舞われる曲ということで,今回の井上道義さんの就任を祝う演奏会にはぴったりのパフォーマンスといえます。オレンジ色の衣装が大変鮮やかで,厳粛で華やかな祝宴の気分を盛り上げていました。

2曲目の石井眞木さんの「声明交響U」は,オーケストラと声明と雅楽が一体なったステージで,これまでに見たことのないような不思議な世界が繰り広げられました。ステージの照明の方もパイプオルガンの部分だけをオレンジ色のスポットライトで照らすなど,かなり怪しい雰囲気を出していました。この3グループは次の絵のような形で配置していましたが,今回は,OEKバージョンということで,オーケストラの編成は,弦楽器(各パート2,3名)+打楽器+ハープというかなり小さなものとなっていました。ただし,打楽器の方は,4,5人で分担しており,ハープの音とあわせて,所々で万華鏡を見るような華やかな世界を楽しませてくれました。


この曲の構成は,前半が声明中心,後半が舞楽中心で,次のような感じで進んで行きました。この流れは「舞楽法会」という古典的な形式に則っているとのことです。
  1. 客席の通路から12人の天台宗声明のメンバーが登場。向かい合って声明を開始。
  2. ステージに上り,奥の方に着席。当然のことながら全員お坊さんということで,見事に指揮者の井上道義さんとシンクロしていました。井上さんのお友達(?)が12人勢揃いしたようで,この点でも,井上新音楽監督歓迎に相応しい舞台となっていました。
  3. 声明の人たちが中央のステージに出てきて,散華を始めました。手に手に紙ふぶきを撒き散らすような感じで(3階席前方からも降っていた?),とてもおめでたい感じでした。
  4. 奥の座席に戻った後,舞人2名が上手から入ってきました。2羽の白い鳥をイメージするような衣装で,こちらもとてもすがすがしい気分がありました。
  5. 音楽の方はその後,大きなクライマックスを作ります。今回,オーケストラの中に弦楽器が含まれていなかった分を雅楽の管楽器が代用していたようで,パイプオルガン付きのオーケストラ曲を聞くようなスケールの大きさを感じました。
このように,前半でこれまで見たことのないような不思議な世界を味わった後,後半はOEKの最も基本的なレパートリーである,モーツァルトの交響曲が演奏されました。前半は,さすがに重々しく,荘重な空気がありましたので,後半のモーツァルトでは,オーケストラが空に向かって自由に羽ばたくような軽やかさを感じました。井上さんの指揮はいつもどおりの天衣無縫なもので,この曲のイメージにぴったりでした。

今回,演奏された交響曲第39番ですが,私自身,モーツァルトの交響曲の中でいちばん好きな曲です。その曲が記念すべき公演で演奏されたことが大変嬉しかったのですが,それ以外にも偶然の一致がありました。この曲は,OEKが設立された最初の演奏会の第1曲目として,岩城さんの指揮で演奏された曲です。その曲を二代目音楽監督の就任記念公演でも演奏されるというのには,不思議な因縁を感じました。

今回の演奏は,部分的に古楽器奏法を取り入れた演奏で,井上さんの指揮ぶりそのままのスタイリッシュでスマートな音楽の流れの中に繊細な表情の変化を持った演奏となっていました。第1楽章冒頭の序奏部は,とても速いテンポで始まりました。以前,エルヴェ・ニケさん指揮OEKで聞いた時も恐ろしく速いテンポでしたが,その時ほど過激な感じはなく,新鮮な軽やかさを感じさせてくれました。

主部は,ノンヴィブラートのヴァイオリンの音で始まった後,多彩なニュアンスの変化を持ったフレーズが次々と出てきました。例えば,チェロなどは,ヴィブラートを普通に入れていました。楽章全体の流れはとても良いのですが,その中に色々な陰影を持った表情が溶け込んでおり,大変魅力的でした。バロック・ティンパニのカラッとしていながらも存在感に満ちた音も効果的に決まっていました。

第2楽章は,さらりとして静かで平静な音楽でしたが,ここでも微妙なニュアンスの変化が付けられており,絶妙の味わいを持っていました。第3楽章では,ミッキーならではの”踊る指揮”を堪能できました。見ているだけで幸せになるような指揮ぶりが,オーケストラ全体に広がり,幸福感に満ちたメヌエットとなっていました。トリオのクラリネット二重奏も,とても暖かで素朴な気分を持ったものでした。

第4楽章は本当に軽やかでした。管楽器も弦楽器も大変キレの良い音で,「この楽章は,こうでなくては!」と思わせるような見事な演奏でした。この曲の終わり方は,「ジュピター」交響曲のような堂々としたものではなく,次第に高みに上って行き,フッと終わってしまうようなところがあります。曲の最後の音で高く上げられた井上さんの手を見ながら,音楽と指揮の動作とがピタリと一致した素晴らしさを感じました。

演奏後,事務局の女性とOEKのオーボエの加納さん(39番にはオーボエが入りません)とが舞台の上手と下手から同時に入ってきて,2つの花束が同時に井上さんに贈呈されました(文字通り両手に花です)。井上さんが,会場にいらっしゃった故岩城夫人の木村かをりさんに向かって「岩城さんとの結婚生活はいかがでしたか?」と声を掛けた後,フルート1名,オーボエ2名が加わって,OEKがフル編成になり(厳密に言うと打楽器がもう1名いますが),「フィガロの結婚」序曲がアンコールとして演奏されました。実は,上述のOEKの設立記念演奏会でもこの曲がアンコールで演奏されていましたので,ここでも不思議なめぐり合わせを感じました。演奏の方も,本当に鮮やかでした。管楽器を中心にすべての音がキビキビと動き,跳ねていました。

井上さんの作る音楽には,いつも内側から沸きあがってくるような勢いに満ちていますが,今回のモーツァルトは,そのことを特に強く実感させてくれました。井上さんは,就任の記者会見をはじめ,いろいろな場所で,音楽と他の芸術とのコラボレーションへの意欲の高さを語られていましたが,今回の就任記念公演はそのことを実際に示してくれたのではないかと思います。是非,金沢市内を芸術に満ちた街にして欲しいと思います。これからの井上さんの活躍への期待がさらに大きくなった演奏会でした。

PS.この日は,テレビ・カメラも沢山入っていました。恐らく全曲も放送されるのではないかと思います。

PS.今回のティンパニはトム・オケーリーさんでしたが,39番の最初のティンパニの音が抜けてしまってしまい,一瞬,「別の曲?」とドキリとしてしまいました。その後は素晴らしい音を聞かせてくれましたが,名手でもこんなこともあるのだなぁと思いました。この最初の一音は,これからの井上さんの活躍のために取っておいたのかもしれません。(2007/02/27)

今回のおみやげ
会場では,井上さんの顔写真の入った日本酒「萬歳楽(石川県白山市鶴来)」のプレゼントもありました。素晴らしいユーモア感覚です。


ラベルを拡大してみると次のとおりです。


その他,この日の公演のポスターも帰り際に配っていましたので記念に頂いてきました。

赤いのはこの日のプログラムです。お酒の下に置いてある紙は,「お酒はご自宅でお楽しみ下さい」という注意書きです。