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「オーケストラの日」前夜祭ウェルカム・スプリング・コンサート:池辺晋一郎の「音のふしぎ」
2007/03/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67〜第1楽章
2)モーツァルト/ホルン協奏曲第1番〜第1楽章
3)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/レット・イット・ビー
4)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/イエロー・サブマリン
5)アンダーソン/プリンク・プランク・プルンク
6)サン=サーンス/組曲「動物の謝肉祭」〜白鳥
7)池辺晋一郎/新・動物の謝肉祭〜ひばり,オランウータン
8)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調,op.92〜第1楽章
9)(アンコール)新井満(作詞不詳,日本語詞:新井満,鈴木行一編曲)/千の風になって
10)(アンコール)宮川彬良(須貝美希原作,響敏也作詞)/松井秀喜公式応援歌「栄光(ひかり)の道」
●演奏
池辺晋一郎(1-4,7,9-10)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-5,7-10
金星眞(ホルン*2),ルドヴィート・カンタ(チェロ*6),池辺晋一郎(ピアノ*6),安藤常光(バリトン*9-10)
Review by 管理人hs  
この日は4人で出かけました。全国共通の「のだめ」キャラクター入りプログラムです。

今年から日本オーケストラ連盟の方で,「3月31日はオーケストラの日」ということを決めたようで,全国一斉にこの日の周辺でオーケストラの演奏会を行うことになりました。この演奏会のチラシも全国共通のものを使っているようで,二ノ宮知子さんのマンガ「のだめカンタービレ」のキャラクター勢揃いといういかにも若い人にアピールしそうな雰囲気となっています。

「なぜ3月31日がオーケストラの日?」ということですが,チラシの中ののだめのセリフによると「ミミにいちばん,ミミにいいひ!3月31日はオーケストラの日!」ということになります。ちなみに千秋の方は「日本中のオーケストラが,それぞれの街でオーケストラの楽しい一日を提供します」と語っています。というわけで,多くの記念日同様,「語呂合わせ」ではあるのですが,この日の司会者の池辺さんがおっしゃられていたとおり「年度末感謝イベント(ただし年度末なので予算の残り具合で企画内容が変動)」という意味もあるのかもしれません。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,3月31日は富山県の射水市小杉文化ホールで演奏会を行いますので,この日の公演は「オーケストラの日前夜祭」ということになります。OEKは,もともと毎年この時期に「ウェルカム・スプリング・コンサート」という「お客様感謝祭」のような演奏会を行っていましたので,今回は「オーケストラの日」と「ウェルカム...」とが併記されるようなタイトルとなりました。

この公演は,定期会員・賛助会員ご招待でしたが,親しみやすそうな内容で価格も安かったこともあり,我が家では,家族4人で出かけて来ました。内容は池辺晋一郎さんのトークを交えて,「気楽に音楽を楽しもう!」といった内容でしたので,年度末最後の金曜日の夜を家族でリラックスして過すことができました。

今回の演奏会のポイントは,(1)テレビに出てくるクラシック音楽,(2)池辺さんの作曲・編曲による音による遊び,(3)能登半島地震被災者のためのチャリティ,という3点でした。3番目の地震については,誰も予想していなかたことですが,この日の公演のアンコール曲は,図らずもこの目的にピタリと重なりました。

演奏会の最初は,まず「クラシック音楽の代名詞」である,ベートーヴェンの「運命」の第1楽章が演奏されました。チラシの裏面には全国の他オーケストラの企画の一覧が掲載されていましたが,この「運命」は,全国標準のような感じで各地で演奏されているようです。池辺さん指揮による演奏の方は,少々慎重な雰囲気でした。誰でも知っている名曲ですが,やはり奏者にとっては難しい曲なのだな,と実感しました。

続いてモーツァルトのホルン協奏曲第1番の第1楽章がOEKの首席ホルン奏者の金星さんの独奏で演奏されました。この曲が出てきたのは意外だったのですが,テレビ朝日で放送されている「いきなり!黄金伝説」というバラエティ番組中の料理を作るシーンのBGMとして使われているということで選曲されたようです。私自身,この番組をほとんど見たことはないのですが,確かに番組中でこの曲が流れているのを聞いたことがあります。その時,子供に向かって「この曲はモーツァルトの曲だ」と言ったような記憶もあるのですが,何故この曲が料理とつながりがあるのかは...謎です。池辺さんの説のとおり,「黄金→金管」つながりなのかもしれません。金星さんの独奏は,食欲が進むような爽快な演奏でした。

この曲について池辺さんは「モーツァルト最初のホルン協奏曲」と言われていましたが,確か近年の研究では,モーツァルトの最晩年の作品ということになったはずです。シンプルな外観とは別にいろいろとエピソードを持った曲のようです。

今回の演奏会には,「池辺晋一郎の「音のふしぎ」」というサブタイトルも付けられていたのですが,次の2曲はビートルズの曲を使った,一種「音の遊び」コーナーでした。私自身,「音の遊び」は大好きなので,大変楽しめました。池辺さんは,LPレコード時代にビートルズの曲を弦楽合奏用にアレンジした12曲を収録したアルバムを作ったことがあるのですが(調べてみると「ビートルズ・オン・バロック」というタイトルのようです。バロック風の衣装を着たビートルズらしき人物の絵が書かれたジャケットには見覚えがあります),今回はその中から2曲が演奏されました。

編曲のポイントは,「どこかで聞いたことのある何かとビートルズとを結びつける」ということにありました。今回演奏された2曲は,「レット・イット・ビー×パッヘルベルのカノン」,「イエロー・サブマリン×バッハのブランデンブルク協奏曲第4番」という趣向でした。いわばハイブリッド・ビートルズという感じです。この2曲の中では,前者のはまり具合に驚きました。低音部はほとんどカノンそのままだと思うのですが,その上に自然にレット・イット・ビーが乗っていました。終結部のもっともらしい終わり方もうれしくなるほど決まっていました。イエロー・サブマリンの方は,ちょっとバッハの色が濃すぎて,ビートルズが行方不明になった感じがありましたが,こういう「音による遊び」にはこれからも期待したいと思います。この池辺さんの編曲には12曲が収録されているとのことですが,機会があれば他の10曲についても生で聞いてみたいものです。

その後,池辺さんが袖に引っ込み,OEKの弦楽メンバーだけで,リロイ・アンダーソンのプリンク・プランク・プルンク(注)が演奏されました。この曲は,OEKメンバーによる「普段着ティータイム・コンサート」などでよく演奏される,ピツィカートのリズムがとても気持ちよく響く軽快な曲ですが,何といっても注目はチェロとコントラバスによるエンドピンを軸としたスピンです。「のだめカンタービレ」の実写版ドラマにも出てきた技ですので,本物を見て「やっぱりできるのだ」と感動(?)した「のだめ」ファンもいたかもしれません。ただし,ドラマのように全員一斉にクルリというのはさすがに難しく,演奏に専念する人とクルリに専念する奏者がいらっしゃったようです。我が家の子供の観察によると,チェロの大澤さんのスピンが最も切れが良かったとのことです。

(注)この曲の原綴は,Plink Plank Plunですので,プログラムの「プリンク・プルンク・プランク」という表記は誤りではないかと思います。いずれにしても3段活用のような曲名はややこしいですね。

ここで休憩となりましたが,この休憩時間を利用して,能登半島地震被災者のための募金が行われました。岩城さんがかつて行っていたように,池辺さんがステージ上でまず1枚入れた後,バケツを持って会場に降りて行って,「お願いします」と回るものです。前の曲でお休みだった管楽器奏者の皆さんが中心となって,2階以上の客席まで回られていたようです。

後半はまず,サン=サーンスの「動物の謝肉祭」の中の「白鳥」がOEKの首席チェロ奏者のカンタさんと池辺さんのピアノで演奏された後(絶品!),これを受けて,池辺さんの秘曲と言っても良いようなサン=サーンスの「動物の謝肉祭」の続編が2曲演奏されました。テレビ番組のために作曲したという曲とのことでしたが,これが,いろいろな意味で「さすが池辺さん」という作品となっていました。「ひばり」と「オランウータン」ということで,「何故この2種類の動物が?」という選択でしたが,聞けばなるほどとわかりました。

「ひばり」については,つい先日の女子フィギュア・スケートで韓国のキム・ヨナさんが音楽として使っていたヴォーン=ウィリアムズの「揚げひばり」のような曲をイメージしていたのですが...どうみても大河ドラマのような大仰な感じでした。トランペットが段々と演歌っぽくなるにつれて,これはもしかしたら...と謎が解けました。昭和の時代を知らない我が家の子供には理解できなかったようですが,「ひばり」は「ひばり」でも歌姫の方の「ひばり」さんでした。演奏後の池辺さんの説明によると,「リンゴ追分」と「柔と「もう1曲(忘れてしまいました)」にシューベルトの「聞け聞けひばり」を重ね合わせた「ひばり尽くし」としたのことです。これはやられた,というアイデアでした。

続く「オランウータン」の方は,いかにも熱帯雨林のような雰囲気で始まりましたので,「こちらは,まじめにオランウータンだ」と思いながら聞いていたのですが,エンディング間近になってちょっと様子が変わってきました。指揮者が指示しているのに,ティンパニの渡邉さんが打とうとしません(確かそういう感じだったと思います)。そのうちに下の方から何やらプラカードのようなものを持ち出して,上に掲げたところ,そこには「おら打たん」と書いてありました。これには会場は大爆笑でした。オラウータン→オラウタン→おら打たん,という発想が出てくる辺りは池辺さんの真骨頂です。

この2曲は昔テレビ番組のために池辺さんが作った曲とのことですが,こういう路線は大好きです(テレビ放送の時には「おら打たん」とテロップが入ったとのことです。楽譜には「「おら打たん」と奏者が叫ぶ」と書いてあるそうですが...)。日本人にしか分からないユーモアではありますが,文字通り「音で楽しむ」ということで,機会があれば続編に期待したいところです。モーツァルトに「音楽の冗談」という曲がありますが,池辺晋一郎作曲:組曲「音楽によるダジャレ」などというアイデアはどうでしょうか?今回のサブタイトルは「音のふしぎ」でしたが,次回は是非「音であそぶ」にして欲しいと思います。

演奏会の最後は,実写ドラマ版「のだめカンタービレ」オープニング・テーマとして使われたベートーヴェンの交響曲第7番の第1楽章が指揮者なしで演奏されました。この曲を指揮者なしで演奏するのは,昨年7月に行われた岩城さんの追悼コンサート以来のことですが(その時は第4楽章が演奏されました),さすがにこの曲を80回ぐらい演奏しているOEKらしい引き締まった演奏でした。我が家の子供は,前半はチラシの裏に落書きをしていましたが,この曲の時にはかなり集中して聞いていました。「のだめ」効果はやはり大きいと実感しました。

この曲の後,アンコールとなったのですが,池辺さんのお話によると,「プログラムの中にすでにアンコールが書かれてしまっていますねぇ」ということで,予告アンコールの前にもう1曲アンコールが演奏されました(実はこの1曲目のアンコールの間に先ほどの募金の結果を集計していたようです)。

演奏されたのは,昨年末の紅白歌合戦以降ブームになっている「千の風になって」でした。OEKの編曲モノではすっかりお馴染みとなった鈴木行一さんが急遽編曲した作品ということで,歌なしバージョンかと思っていたのですが...何と途中から歌手が袖から現れました。一瞬,「おっ,秋川雅史が登場?」という空気が中高年女性を中心に(?)に流れた(ような気がした)のですが,よくよく見ると,おなじみのバリトンの安藤常光さんでした。襟足が少し長いところが似ていましたので,私たちの座っていた2階席からは錯覚してしまいました。

今回はマイクを使って歌われていましたが,本当に素晴らしい歌でした。個人的な印象では,本家の秋川さんを超える歌だと思いました。秋川さんの声はテノールということなのですが,この歌自体,それほど高い音がないので(一度口ずさんでみたのですが)むしろバリトンで歌うのに丁度のような気がします。この曲を素晴らしい歌入りで聞けるとは予想していませんでしたので,会場は非常に盛り上がりました。タイムリーな選曲でした。

そして,続いて予告アンコールの松井秀喜公式応援歌「栄光の道」が歌われました。こちらの方はCD録音でも歌を歌っている本家の安藤さんの歌ということで,手拍子を交えての楽しい演奏となりました。安藤さんが演奏前に上着を脱ぐと,胸に「NY」のマーク,背中に「55」が入った「勝負服(安藤さん自身そうおっしゃられていました)」となっており,聞く方にも一気に気合が入りました。この曲のCDは既に購入済なのですが(岩城指揮OEKによる「六甲おろし」,松井選手の父上の歌入りのOEKレーベル版の方です),本当に1回聞けば「GO GO GOマツイ」の部分などは覚えることができます。今回初めて生で聞いたのですが,改めて良い曲が出来たなぁと実感しました。

この曲は当然のことならが松井選手を応援するための曲なのですが,聞いているうちに,思いもよらない災害に巡り合ってしまった能登半島の人たちを励ますための歌に聞こえてきました。「郷土のヒーローを応援する歌」が「郷土を応援する歌」に転換したと感じました。この曲がメジャー・リーグ中継で流れるのを是非聞いてみたいと思います。それを聞いた石川県民(特に能登の人たち)は大きく勇気付けられることでしょう。この応援歌を作るというアイデアも,もともとは故岩城宏之さんの蒔いた種だったのですが,それが予想もしない方向に大きく広がって行くような予感がします。それにしても岩城さんの直感の鋭さには驚くばかりです。

今回の演奏会は,このように誰でもが楽しめる演奏会でしたが,その裏にはいろいろな凝ったアイデアが盛り込まれていました。新音楽監督の井上道義さんも素晴らしいアイデアを沢山お持ちの方ですので,この演奏会に限らず,これからのOEKの公演には多くのサプライズを期待したいと思います。

PS.募金の結果,75万円以上の金額が集まったとのことでした。(2007/03/31)