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田島睦子withOEKメンバーズコンサート
2007/04/05 金沢市アートホール
1)シューベルト(リスト編曲)/アヴェ・マリア
2)リスト/ピアノ・ソナタロ短調
3)ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op.60
4)(アンコール)シューマン/ピアノ四重奏曲変ホ長調op.47〜第3楽章
5)(アンコール)カッチーニ/アヴェ・マリア
●演奏
田島睦子(ピアノ)
竹中のりこ(ヴァイオリン*2-4),石黒靖典(ヴィオラ*2-4),大澤明(チェロ*2-4)
Review by 管理人hs  

金沢市アートホールで行われた金沢市出身のピアニスト,田島睦子さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽メンバーによる演奏会に出かけてきました。プログラムは,前半は田島さんの独奏,後半は田島さんのピアノを含む室内楽という構成でした。

田島さんは,1999年の石川県新人登竜門コンサートでOEKと共演以来,出身地の金沢を中心に地道に活動を続けられているピアニストですが,リストのピアノ・ソナタとブラームスのピアノ四重奏曲第3番という聞き応えと渋さを兼ね備えた大曲を並べた今回の演奏会は,彼女のキャリアにとってのマイルストーンとなるような内容だったと思います。どちらの曲も私自身,生で聞くのは初めてだったのですが,奏者の意気込みが強く感じられる,大変聞き応えのある内容となっていました。会場は満席でしたが,重厚なプログラムを目当てに来場した熱心なクラシック音楽ファンも大満足だったと思います。

演奏会は,シューベルト作曲,リスト編曲によるアヴェ・マリアで始まりました。前半の”メイン・ディッシュ”がリストのピアノ・ソナタでしたので,リスト風味のこの曲は”前菜”にぴったりでした。オリジナルは有名な歌曲ということで,メンデルスゾーンの無言歌を思わせるような気持ちの良い歌を楽しむことができました。演奏は,とてもゆったりとしたテンポで始まりました。全体にとても静かな曲なのですが,田島さんの音には,高級感が漂い,雑事に満ちた日常から別世界に導いてくれるような演奏となっていました。

続くリストのピアノ・ソナタは,私自身,ずっと生で聴いてみたいと思っていた作品でした。楽章の区切りがなく30分も休みなく続くようなピアノ独奏曲というのは,この曲以外にはほとんどないのではないかと思います。田島さんは,この大曲を余裕を持って聞かせてくれました。まずこの点が素晴らしいと思いました。冒頭,全体の核となるような緊張感に満ちた弱音で始まった後,引き締まったフォルテにスパっと切り替わるのですが,そのキレの良さが見事でした。その他の部分でも,特に力強い部分でのピアノの鳴りっぷりが素晴らしく,清々しさと若々しさを感じさせてくれる演奏となっていました。

全体的に見ると,抒情的な部分が少し単調な気もしましたが,ゆっくりとしたテンポで開始した後,一貫して堂々とした貫禄を感じさせてくれる辺りが素晴らしく,この作品の持つスケールの大きさをそのまま伝えてくれるような素晴らしい演奏でした。

後半は,OEKの弦楽器のメンバー3人を加えてブラームスのピアノ四重奏曲第3番が演奏されました。田島さんは,前半もとてもセンスの良いドレスで登場しましたが,後半はヴァイオリンの竹中のり子さんと共に黒のドレスで登場し,ブラームスの曲の持つ,暗い情熱にぴったりの雰囲気を視覚的にも作り出していました。

この曲は,「ウェルテル四重奏曲」と呼ばれるだけあって,思いつめたようなシリアスな気分を持っています。恐らく,田島さんとOEKメンバーとが相談して選曲したのだと思いますが,前半のリストの迫力を受けるのに十分な聞き応えのある作品でした。まずピアノの充実した響きで始まった後,弦楽器がくっきりとした音で入ってきます。緊迫感のあるピアノ独奏曲の後で聞くと,弦楽器の音は,ほの暗さの中に,どこかしっとりとした暖かさのようなものを感じさせてくれます。その後はピアノと弦楽器とが絡み合いながら,がっちりとした感じで曲が進んでいきました。

ただし,今回の演奏は,弦楽器の音が全体的に生々しすぎて,ちょっとギスギスしている感じがしました。これはホールの音響と私の座っていた位置のせいもあるのかもしれません。もう少しふくよかな音の一体感のようなものが欲しいと思いました。第2楽章は,じっくりと聞かせてくれるスケルツォでした。ヴァイオリン独奏曲のF.A.E.ソナタのスケルツォと似た雰囲気の曲なのですが,その印象からすると,もう少しスピード感があっても良い気がしました。全曲の中では,第3楽章冒頭でのチェロの大澤さんのさらりとした渋い歌が印象的でした。

というわけで,この曲の演奏については,ブラームス的なゴツゴツとした聞き応えはあったのですが,個人的にはちょっと雰囲気が硬い気がしました。むしろ,アンコールとして演奏されたシューマンのピアノ四重奏曲の第3楽章の方がしなやかな雰囲気があり,気持ち良く聞くことができました。チェロ,ヴァイオリンと...各楽器の独奏が次々としっとりとした歌をつないでいく大変アットホームで陶酔させてくれる演奏となっていました。

最後に田島さんからあいさつがあった後,最初のアヴェマリアに対応させるように,カッチーニのアヴェ・マリアが演奏されました。数年前,スラヴァというカウンター・テノールの歌手がアヴェ・マリアばかりを集めたアルバムを作り話題になったことがありますが,その冒頭に収録されていた作品です。とても清潔な感じの演奏で,演奏会の最初の雰囲気に回帰するような,シンメトリカルな構成感を感じさせてくれました。見事な選曲だと思いました。

今回登場したチェロの大澤さんを中心としたOEKの弦楽器メンバーは最近とても活発に室内楽の演奏活動をされていますが,これからも,地元の演奏家とコラボレーションをしながら,金沢では演奏される機会の少ない渋い大曲にどんどん取り組んでいって欲しいと思います。そのことによって,”室内楽の延長上にあるオーケストラ”という,一種理想のオーケストラの姿に近づいていけるのではないかと期待しています。

また,ピアノの田島さんにも未知のピアノレパートリーにどんどん挑戦していって欲しいと期待しています。リストの曲だけでも沢山のレパートリーがありますが,それ以外にもラフマニノフ,スクリャービン,プロコフィエフといった金沢ではなかなか生で聞くことのできないロシア系のピアノ独奏曲などを是非聞いてみたいと思います。田島さんは,そういう曲に相応しいスケールの大きさを表現できる演奏家だと思います。(2007/04/07)