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第6回北陸新人登竜門コンサート:管・打楽器,声楽部門
2007/04/08 石川県立音楽堂コンサートホール
1)クレストン/マリンバと管弦楽のための小協奏曲,op.21
2)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」〜愛の神よ照覧あれ
3)パーセル/歌劇「ディドとアイネイアス」〜「お前の手を,ベリンダ」「私が地中に横たえられた時」
4)ラフマニノフ/ヴォカリーズ
5)ヴォーン=ウィリアムズ/バス・テューバと管弦楽のための協奏曲ヘ短調
6)ヴェルディ/歌劇「オテロ」〜「柳の歌」「アヴェ・マリア」
7)シューベルト/交響曲第7番(旧8番)ロ短調,D.759「未完成」
●演奏
南真一(マリンバ*1),羽根由紀美(ソプラノ*2,3),田中優幸(テューバ*5),仲谷響子(ソプラノ*6)
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
プレトーク:井上道義,直野資,古部賢一
Review by 管理人hs  

この日のポスターです。

3月の雛人形に続いて,
武者人形が飾られていました。

この日は全国的には「選挙の日」でしたが,金沢では桜がほぼ満開,風も少なく穏やかな日和,浅野川の河畔では園遊会をやっているという行楽に最適の一日でした。そんな中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が北陸地方の新人演奏家を発掘するために毎年この時期に行っている北陸新人登竜門コンサートに出かけてきました。今年は管・打楽器,声楽部門で,4人の新人演奏家が登場しました。今回は全員石川県出身の方でした。

岩城さんの発案で始まったこのコンサートですが,今年からは井上道義さんの指揮ということで,例年どおりの新人演奏家たちによる初々しいステージに井上さんらしいアイデアが随所に加えられ,昨年までとは一味違う演奏会となりました。

管・打楽器部門では,毎回毎回違った楽器が登場してくるのですが,まず最初に登場したのは,マリンバの南真一さんでした。マリンバの協奏曲というのは定期公演ではまず聞くことはできませんが,今回演奏されたポール・クレストンの曲も私自身初めて聞く曲でした。クレストンという作曲家は20世紀の人ですが,この曲には難解なところはなく,新古典主義的な明快な小協奏曲といった感じの曲でした。OEKとの共演にはぴったりの曲と言えます。3楽章からなる曲で,南さんは音色に応じて沢山のマレットを使い分けていましたが,中では両手に2本ずつマレットを持って演奏していた2楽章でのデリケートな気分が印象的でした。第3楽章の鮮やかな技巧も見事でした。南さんはステージ上での動作も大変落ち着いていましたが,演奏の方も大変まとまりの良い演奏となっていました。

続いてソプラノの羽根由紀美さんが登場しました。この日は,ソプラノ歌手が2名登場したのですが,どちらも輪島市出身の方でした。輪島といえば3月末に能登半島地震の大きな被害を受けたばかりで,いまだに全国ニュースで被害地の様子が報道されている状況ですが,その被災地出身の方が登場するというのも運命のめぐり合わせかもしれません。

この羽根さんですが,とてもしっとりとモーツァルトとパーセルのアリアを聞かせてくれました。この日のプレトークで,今回審査員を務めた歌手の直野資さんが「今回の応募者は全般におとなしかった」というようなコメントを述べられていましたが,この羽根さんの歌にも確かに大人しいところがありました。ただし,「フィガロ」の中の伯爵夫人のアリアなどは,あまり堂々と歌うよりは,鬱々と歌う方が相応しい面もあります。羽根さんの歌は夫の不倫を気にする夫人のリアルな歌という感じになっていたと思います。この日の羽根さんの衣装ですが,ピンク色に金箔を思わせるような色合いが混ざったもので,どこか輪島塗を思わせる雰囲気がありました。スラリとした容姿も伯爵夫人のイメージにぴったりでした。

その後,演奏会のチラシには書かれていなかったラフマニノフのヴォカリーズが演奏されました。この曲は,井上さんとOEKが1993年にレコーディングを行ったアルバム「Sweet」の中に収録されているもので,いわば「出会いの曲」「思い出の曲」です。この曲について,演奏前に井上さんは「熱い曲です」と一言語られていたのが印象的でした。私自身,この曲については,”はかなげで幻想的で少し官能的な曲”というイメージを持っていたので(私にとってのデフォルトの演奏は,アンナ・モッフォのソプラノ独唱による文字通りの”ヴォカリーズ”です。),このコメントはとても興味深く思えました。そして,演奏の方もそのとおり情感が大きくうねるような熱い演奏でした。テンポも早目で井上さんらしい,自由な気分を感じさせてくれるものでした。

前半最後には,デューバの田中優幸さんが登場しました。テューバの協奏曲というのも珍しいのですが,このヴォーン=ウィリアムズの作品はテューバの協奏曲としては代表的なもので,3年前のこの登竜門コンサートでも演奏されています。曲の雰囲気としては,クレストンの協奏曲同様,古典的な3楽章構成で,コンパクトにまとまった聞きやすい作品です。どこかイギリス民謡風の牧歌的な気分が漂っているのが魅力です。

曲は大きな体をゆすって歩くような感じで始まります。田中さんの音はとてもマイルドで明るく,どこか映画監督のヒッチコックの容姿を思わせる,イギリス風のユーモアが感じられる演奏でした。最初に登場した南さん同様,大変落ち着いた演奏でしたが,その中から田中さんの人柄がにじみ出てくるようなところがありました。演奏後の嬉しそうな表情を見ながら,テューバという楽器のイメージとぴたり合った雰囲気を持った方だなぁ,とこちらの方まで嬉しくなって来ました。

後半最初では,もう一人の輪島市出身のソプラノ,仲谷響子さんが登場しました。仲谷さんの方は,ヴェルディの「オテロ」の第4幕のアリアを堂々と歌われました。静けさの中にドラマティックな気分が漂うような歌で大変聞き応えがありました。声にも底光りするような品の良い艶があり,デズデモーナの雰囲気にぴったりでした。この曲をOEKが演奏する機会も非常に少ないと思いますが,その演奏もとても素晴らしいものでした。ヴェルディの音楽は管楽器を中心に常にドラマを感じさせる描写的なもので,その悲劇の直前の暗い情景を鮮やかに再現していました。機会があれば,是非OEKの演奏で全曲を聴いてみたいオペラの一つです。

仲谷さんは,今回出演された4人の中のトリを務める形になりましたが,その大役をきっちりと果たされていました。桜をイメージさせるようなピンクの衣装も季節感にぴったりで,新人のデビューに相応しい新鮮さを感じさせてくれました。

これで新人の皆さんの演奏は全部終わったのですが,その後,出演された4人の方を中心として能登半島地震の被災者のための募金が行われました。今回の場合,2人の歌手がまさに被災地の方でしたので,恐らく会場からは暖かい声が掛けられていたのではないかと思います。華やかなドレスを着たまま,客席に降り,バケツを持って募金を行う,ということは,恐らく2人方とも,1ヶ月前には予想もしなかったことだと思います。いろいろな意味で記憶に残る公演になったことでしょう。

最後に,シューベルトの「未完成」交響曲が演奏されました。今回の演奏会は,各曲の演奏時間が比較的短かったため,そして,恐らく,せっかくトロンボーンのエキストラの方に来て頂いていたので,それを生かすために,この曲を演奏することになったのだと思います。一種,”埋め草”的な選曲だったのですが,そこにも井上さんらしい実験が施されていました。それは,楽器の配置です。何と次のとおりでした。
      Cb
    Vc Vla Timp        打楽器
 Vn2     Fl Cl Fg Tp     弦楽器
Vn1 指揮者 Ob  Hrn Tb   管楽器

弦楽器の対向配置というのは,よく見かけますが,弦と管の対向配置というのはこれまで見たことがありません(オーケストラ・ピットの中でならばありそうな気はしますが)。井上さんの説明によると,「人数の少ないOEKから低弦の響きを効果的に引き出すための配置」「一度実験してみたかった配置」とのことです。今回,私の方も”実験的に”定期公演の時とは全く違う前の方の席に座っていたので,通常の響きとの比較はできないのですが,確かにオーケストラの音はよく鳴っていたと思います。特に正面に座った,ヴィオラ,チェロ,コントラバスの音がよく響いていたと思います。

「未完成」については,ロマンティックに演奏されることもありますが,井上さんの指揮は,しっかりと抑制が効いていました。それでも,この配置を取ることによってチェロを中心とした美しい歌が自然に湧き出てきて,古典的な構成の中からほのかにロマンが漂うといった正統的な演奏となっていました。なお,いろいろな解釈のある第1楽章の終結部についてですが,今回はそれほど長く音を伸ばしてはいませんでした。ただし,アクセントを付けて無骨に終わるという感じでもなく,すーっとデクレッシェンドしていくような感じになっていました。

両楽章ともテンポは早目で,音楽はスムーズに流れていきましたが,大幅な座席換えをすることによって,見た目だけではなく音の方にも新鮮さが感じされました。私自身,第2楽章に出てくるオーボエとクラリネットのソロが美しい歌をつないでいく部分が大好きなのですが,加納さんと遠藤さんの音はいつもにも増して鮮やかに聞こえました(これは私の方が前の方で聞いていたせいもあるかもしれません)。というわけで,今回の演奏を聞く限りでは,この席替えは,とても面白い試みだと思いました。次回はいつもの正面の座席でこの配置による演奏を聞いてみたいものです。

というわけで,演奏前は聞く方も演奏する方も緊張した面持ちで始まった公演でしたが,井上さん自身,演奏の合間にかなり沢山のトークをされたこともあり(ステージ転換の場つなぎの意味もあったと思います),最後には新人演奏家を引き立てながらも井上さんらしいリラックスした気分を感じさせてくれる公演となりました。プレトークの中で井上さんは「新人の方にとって,最初のステージというのはとても大切です。皆さんも拍手でご協力を」と呼びかけていらっしゃいましたが,「新人を盛りたててやろう」というのがこの登竜門コンサートの精神だと改めて感じることのできた演奏会でした。

PS.井上さんがステージ上から,数日中にOEKのメンバーが輪島方面で演奏する予定がある,とのアナウンスをしていました。近日中に地元紙辺りに記事が出るのではないかと思います。(2007/04/07)

浅野川河畔の風景
この日は,浅野川河畔で恒例の浅の川園遊会を行っていました。私自身の音楽堂までの”通勤路”でもあります。

川の中に浮橋が掛けてありました。


園遊会の看板です。この辺は近年,「並木町」という旧町名が復活しました。


このとおり,文字通り並木があるからです。


そばには梅ノ橋という風情のある橋があります。


梅ノ橋の遠景です。


泉鏡花の小説「義血侠血」に出てくる滝の白糸の像です。浅野川園遊会の見せ場の一つがこの水芸です。


これは園遊会のポスターです。今年は,写真にある水谷八重子さんが水芸を行ったようです。


梅ノ橋の一つ上流にある天神橋&桜です。