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弦楽四重奏曲でめぐるモーツァルトの旅:その6 豊饒のとき
2007/04/10 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第15番ニ短調,K.421
モーツァルト/弦楽四重奏曲第16番変ホ長調,K.428
(アンコール)/弦楽四重奏曲第15番ニ短調,K.421〜第3楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介,大村一恵(Vn),大隈容子(Vla),福野桂子(Vc))
Review by 管理人hs

金沢蓄音器館でシリーズで行われている「弦楽四重奏でめぐるモーツァルトの旅」の6回目に出かけてきました。今回のサブタイトルは,「豊饒のとき」ということで,モーツァルト円熟期の傑作ハイドンセットの中の2曲が演奏されました。今回演奏された15番はニ短調,16番の方も長調だけれども明るくはない作品ということで,これまでにもまして,じっくりと音楽を楽しむことができました。

■弦楽四重奏曲第15番ニ短調,K.421
ハイドン・セット第2番にあたる第15番は,全23曲中2曲しかない短調作品の一つです。若い頃に1曲,円熟期に1曲という点では,交響曲の場合と似ています。作曲されたのは1783年6月で,結婚したばかりのモーツァルト夫妻の第1子の出産の頃に書かれた作品と言われています。特に第3楽章は,まさに出産の最中に書かれたということです。

曲は第1楽章の冒頭から,暗い表情でしっとりと始まります。クワルテット・ローディの演奏は,一音一音かみ締めるようなゆっくりとした演奏で,声高でなくでない大人の音楽を聞かせてくれました。第3楽章のメヌエットも短調なのですが,トリオの部分は長調になります。その部分がかえってせつなく感じました。第4楽章は,シチリア風変奏曲です。寂しさと健気さが同居する中,次第に切迫感が増してくる辺りが大変魅力的でした。
 
この曲についてのトークの中では,モーツァルトの短調作品はフラット系が多い,という話がされました。これは以前にも一度出てきた話ですが,まとめてみると次のような感じになります。
  • フラット1個=ニ短調:レクイエム,ピアノ協奏曲第20番
  • フラット2個=ト短調:交響曲第40番,25番
  • フラット3個=ハ短調:ピアノ協奏曲第24番 
このいずれもが名曲という点が,モーツァルトの短調作品のすごさです。

第15番の演奏後,当時,モーツァルトが勉強のために作曲していたフーガの断片などが数曲演奏されました。モーツァルトの楽譜といえば,書き直しがほとんどないことが有名ですが,この「ハイドン・セット」については,例外的にいろいろな試行錯誤の後に作られたと言われています。モーツァルトは,パトロンであるスヴィーテン男爵の所蔵していた楽譜をもとに研究をしていたようですが,こういう断片を聞けるのもこのシリーズならではです。どの曲もプッツリと途中で切れてしまうのですが,最後に演奏された曲などは,このまま続きを聞いてみたいと思うほど印象的な雰囲気を持っていました。

■弦楽四重奏曲第16番変ホ長調,K.428
この曲は,モーツァルトが結婚後,ザルツブルクに里帰りした際に作られたものです。第15番のすぐ後に書かれたとものと言われています。15番が出産時に作られたのに対し,この曲の方は,その時生まれた赤ん坊が生後2ヶ月ほどで亡くなってしまった頃に書かれています。そのことを反映してか,明るさの中に暗さのある曲となっています。

大村さんは,この曲について,”かげりのある陽だまり”と評されることがあると語られてましたが,ユニゾンで始まる冒頭部から神秘的です。第2楽章も深い気分をたたえているのですが,第3楽章はかなり素朴な雰囲気になります。しかしここでもトリオはやはりしみじみと暗くなります。第4楽章も朴訥な感じですが,あせらずに慎み深く進んで行く辺りは,クワルテット・ローディらしいと思いました。

会場の金沢蓄音器館は残響が少ないので,音程のちょっとした乱れなども耳に付いてしまうのですが,それでも演奏全体に慌てたようなところがなく,穏やかな表情が一貫しています。小さい部屋で聞くのに相応しいアットホームな穏やかさがこのシリーズのいちばんの魅力だと思います。

最後にアンコールで再度,第15番の第3楽章が演奏された後,お開きとなりました。

大村さんのトークの中で,「桜とワインと音楽を一緒に楽しめる今日のような日はとても贅沢」と語られていましたが,そのとおりだと感じました。演奏会後,ふらふらと浅野川沿いの夜桜を眺めながら,のんびりと帰宅しましたが,”満開と円熟”とを楽しめた穏やかな晩でした。

PS.恒例のトークコーナーですが,今回のお題は「さくら」でした。大村さん以外の3人の女性奏者がそれぞれ語られたのですが,金沢の桜餅の話(道明寺餅というものです),京都の円山公園で酔ったおじさんを前に演奏した話など面白い話ばかりでした。大隈さんは「オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)に入団した頃,桜の咲く石川門の下を自転車で通勤していた。満員電車で通勤する東京とは大違い」と語られていましたが,「そのとおり,そのとおり」と心の中でうなずきました。OEKは,金沢市という比較的のんびりとした雰囲気持った都市を好む奏者たちが集まっているわけですが,このことが徐々に演奏にも反映してきているような気がします。

PS.もう一つのお楽しみのワインですが,この日はフィガロというフランスの赤ワインがサービスされました。

以下,金沢市内の桜です。2006/04/11撮影
大手堀付近の桜 広坂から百間堀付近の桜 百間堀付近の桜
(2007/04/11)

演奏会後,夜桜見物をしてみました(あまりきれいに撮影できませんでしたが...)

蓄音器館のすぐ後にある久保市乙剣神社です。


浅野川沿の主計町です。


よく見えませんが浅野川大橋です。


奥に見えるのは梅ノ橋です。


並木町付近


天神橋付近

(番外)以下は日中撮影したものです。

石川門と桜