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オーケストラ・アンサンブル金沢第219回定期公演PH
2007/04/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ブラームス/大学祝典序曲 op.80
2)ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調op.77
3)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調〜前奏曲
4)ブラームス/交響曲第1番ハ短調op.68
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4
シュロモ・ミンツ(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:金聖響
Review by 管理人hs  


オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,数年前から2006年3月の定期公演まで,4回に分けて岩城宏之さん指揮でブラームスの交響曲全集を演奏してきましたが,2007年は「聖響×OEK/ブラームス・チクルス」と題した4回シリーズの公演を大阪のザ・シンフォニー・ホールで行います。この公演は,ザ・シンフォニーホールの創立25周年の記念行事で,交響曲だけではなく協奏曲や管弦楽用に編曲された作品も取り上げる本格的な内容となっています。その第1回公演と同じ内容が金沢では定期公演として行われました。

会場は超満員でした。井上道義さんの音楽監督就任記念演奏会の時ほどではありませんでしたが,オルガン・ステージにも補助席が出るほどの盛況でした。スポーツ新聞の見出し的に書くと”聖響大盛況”という感じでしょうか(失礼しました)。これは,今回ソリストとして登場した,シュロモ・ミンツさんの人気にもよるかと思いますが,やはり,「のだめカンタービレ」でも使われたブラームスの交響曲第1番の人気の高さも反映していたのではないかと思います。

というようなわけで,オール・ブラームス・プログラムが始まりました。1曲目の大学祝典序曲は,例のラジオ講座のテーマ曲となっているメロディが特に有名な曲ですが,私自身,生で聞くのは初めてです。OEKが演奏するのも,初めてのような気がします。今回はOEKの通常編成よりも大きな編成が必要な曲ばかりで,トロンボーン3本と低弦などを中心にかなりのエキストラが加わっていましたが,この効果がこの大学祝典序曲ではよく出ていました。

曲は,コントラバスや大太鼓を含むひっそりとした響きで始まりますが,小さな音で演奏しているのに地の底から聞こえるような深みを感じました。ちなみに楽器の配置の方は以下のとおり,金聖響さんがベートーヴェンの交響曲を指揮される時と同じ並び方でした。今回のプログラムはすべてこの配置となっていました。

                  Perc
  Hrn Cl  Fg C-Fg
 Cb Fl Ob Timp Tp
   Vc    Va  Tb
Vn1  指揮者 Vn2 Tuba

曲は,デリケートでちょっと緊張感のある雰囲気で始まりました。この緊張感のせいか,金管楽器に少しミスがありましたが,曲が進むにつれて演奏全体にマイルドな雰囲気が出てきました。曲の終盤では,演奏会冒頭の序曲に相応しい抑制の効いた華やかさと余裕の感じられる演奏となっていました。

次のヴァイオリン協奏曲での注目は,何といってもヴァイオリン独奏のシュロモ・ミンツさんでした。ミンツさんは,近年,ヴァイオリニストとしての活動を減らしているようですが,1980年代後半以降,ドイツ・グラモフォンなどに多くのヴァイオリンの主要レパートリーの録音を残している現代を代表する演奏家です。恐らく,パールマン,クレーメル,ムター辺りに次ぐ知名度を持つヴァイオリニストだと思います。

このミンツさんとの共演は,多くの定期会員が楽しみにしていたものだと思いますが,その期待どおりの見事な演奏でした。OEKは,これまでクレーメル,アッカルドといった巨匠クラスのヴァイオリニストと共演していますが(ギトリスさんは別格でしょう),ミンツさんの演奏も,彼らに劣らない自信に満ちたものでした。演奏の精度自体が非常に高いのですが,そういう技術的なことを忘れてしまうぐらいの充実感のある演奏でした。

金聖響指揮OEKの演奏の方も,それに劣らない密度の高いものでした。この曲にはトロンボーン,チューバは入らず,ホルンが4本に増強されている点が通常のOEKの編成との違いですので,大学祝典序曲に比べると,より引き締まった感じがありました。ミンツさんは序奏部が終わるまでは直立不動の姿勢で待っていましたが,この部分が終わると,非常に機敏に演奏に加わりました。最初,音が少々窮屈な感じもしましたが,次第に端正さの中に熱さのある音楽を聞かせてくれました。

ミンツさんの演奏では,清潔感あふれる密度の高い高音が特に印象的でした。高音部でも音程がピタリと決まっており,全く不安定な感じはしませんでした。第1楽章の中でも激しい部分よりは,抒情的で優しい歌を聞かせてくれる部分が印象的でした。カデンツァは,いちばん一般的なヨアヒムのものでしたが,この部分の精気に満ちた表現もさすがでした。

第2楽章は,水谷さんの落ち着きと甘さのあるオーボエ・ソロで始まりました。これが絶好の前奏となった後,ミンツさんのヴァイオリンの見せ場が続きました。曲がシンプルなので,ミンツさんのたっぷりとしたカロリーの高い歌いっぷりを堪能できました。それでいて,清潔感がある点が素晴らしい点です。その後,あまりインターバルをおかず,第3楽章になりました。ここでも慌てず騒がずしっかりとした音楽を聞かせてくれました。

ミンツさんの音は,全体的にはそれほど大きくはないのですが,荒っぽくなる部分がなく,一音一音に込められた集中力の高さが一貫しているのがメジャーな奏者らしいところです。音の鳴り方としては,力を抜いて叙情的に歌う部分の方が豊かに響いていたような気がしました。演奏中,気合を入れるような動作をする部分もありましたが,大曲を過不足なく堂々と聞かせてくれた演奏となっていました。

ミンツさんは,若い時期にアバド,シノーポリといった有名指揮者とともにベートーヴェン,ブラームス,メンデルスゾーンといった主要協奏曲のレコーディングを行った後,再録音を行っていませんが,この演奏を聞きながら,落ち着きと自信の加わった現在の演奏での再録音などを期待したいと思いました。OEKとの再共演や金沢でのリサイタル公演などにも期待したいと思います。

盛大な拍手に応え,ミンツさんのソロでバッハの無伴奏パルティータの中の一つの楽章が演奏されました。これがまた圧倒的と言っても良いほどの素晴らしい演奏でした。大変速いテンポで風が吹き抜けるように演奏していましたが,演奏全体に高級ダイヤモンドの輝きを思わせる(見たことないですが)ような煌きがありました。ミンツさんは,ヴァイオリンをかなり高く持ち上げて演奏されていましたが,その姿にぴったりの高貴な名技牲に満ちた演奏でした。

後半の交響曲第1番は,故岩城宏之さんの演奏の記憶が(もしかしたら音楽堂の中にも)まだ残っている曲目です。今回の演奏は,正統的で自然な音楽という点で共通する部分がありましたが,いろいろな部分で金聖響さんらしさが表現された演奏となっていました。音楽の流れの良さや若々しさだけを聞かせる演奏ではなく,周到さと熱気とがバランスよくブレンドされているのが素晴らしい点でした。どの部分を取っても魅力的でした。

曲全体としては,第1楽章ががっちりとした密度の高さ,第2楽章と第3楽章が穏やかでしなかやかな流れの良さ,第4楽章が全体のクライマックスという構成が感じられ,大変オーソドックスな曲の作り方となっていました。

第1楽章の冒頭から渡邉さんのティンパニの音が非常に強烈で,大変がっちりとした雰囲気で始まりました。多分,バロック・ティンパニを使っていたと思うのですが,CD録音にもなっている,ベートーヴェンの「英雄」交響曲の第2楽章の雰囲気を思わせるような有無を言わせぬ運命の力のようなものを感じさせてくれました。この部分は,木魚のように叩いて始まるのですが,その部分でのびくともテンポが変わらない骨太な響きが大変印象的でした。主部に入ってもゴツゴツした感じが続きましたが,これは弦楽器の少なさを反映していると思いました。ダイナミックに弦がうねるような感じは薄いのですが,その分,各楽器のソリスティックな音の動きがくっきりとわかり,あいまいさのない見通しの良さを感じました。

呈示部で繰り返しを行っていましたが,これは比較的珍しいことではないかと思います。続く展開部での厳しさを感じさせる盛り上がりも素晴らしいものでした。最後に訪れる第4楽章のクライマックスを予感させてくれるような立派な第1楽章でした。

中間の2つの楽章では,対照的に自然に音楽が流れるようなしなやかさがあり,鮮やかなコントラストを作っていました。第2楽章ではOEKの管楽器奏者たちの室内楽を思わせる音のやり取りが聞き物でした。今回の首席奏者はオーボエが加納さん,フルートが岡本さん,クラリネットが遠藤さん,ファゴットが柳浦さんでしたが,特に加納さんの音の瑞々しい伸びやかさが印象的でした。金聖響さんの持つ若々しい雰囲気にぴったりでした。金星さんの堂々としたホルンの後,総まとめのような感じでコンサート・マスターのブレンディスさんの繊細なヴァイオリンが出てきます。第3楽章の方は,遠藤さんの暖かみのあるクラリネットの音で始まりましたが,この2つの楽章は,熟練のアンサンブルの上に展開された「幸福な音楽の時間です」といった感じの演奏になっていました。

第4楽章へは,ほとんどインターバルなしでつながっていました。この楽章の前半もソリスティックな部分の連続です。この部分は,何回聞いても楽しむことができます。最初のティンパニの渡邉さんの乾坤一擲という感じの一撃,弦楽器のピツィカートの意味深さ,それをさらに強調するコントラ・ファゴットと曲がくっきりと描かれていきました。そして,アルペンホルンの部分になりますが,金星さんのヒロイックな演奏は千両役者の登場のような貫禄がありました。実に堂々としていました。岡本さんの涼しげで芯の強さを持ったフルートの後,トロンボーンのコラールになりますが,弱音での演奏はとてもバランスが良く,思わず敬虔な気分になりました。その後,第1主題が出てくる瞬間はこの曲を聞く醍醐味の一つですが,素晴らしい間でした。続くヴァイオリンの音もとても端正でセンスの良さを感じました。

という感じで,この曲は,演奏者の顔が分かると見ていて大変楽しめる曲です。ついつい実況中継してしまいたくなります。こういうOEKの奏者たちの自発的な音のやりとりをじっくり楽しんだ後,お待ちかねのクライマックスとなります。この部分では,スケールの大きさと若々しい盛り上がりを十分に感じさせてくれました。弦楽器のキビキビとした音の動き,要所で切り込んでくるトランペットの強い音など段々と熱を帯びてくる辺りの高揚感と充実感が見事でした。特にコーダ付近でテンポをあげようとする弦楽器の壮絶と言っても良いような強い音が印象的でした。岩城さんほどではないにしてもかなり速いスピードで充実した響きのコラールが演奏された後,その勢いを維持したままの爽快なエンディングとなります。そして,最後の音です。この音は,力任せにフォルテのまま終わるのではなく,スーッと音が減衰していくような感じがありました。演奏後に爽やかな香りが残るのような不思議な感覚がありました。春という現在の季節にぴったりの演奏でした。

今回演奏された,序曲と交響曲第1番はライブ録音をしていましたが(Avexから発売になるようです),CD録音の方も大変うまく行ったのではないかと思います(演奏中,携帯電話の着信音がかすかに聞こえてきましたが...)。

この日は,アンコールなしでしたが,これも良かったと思います。ブラームスの爽やかな後味を残したまま,お開きとなりました。今回の演奏会は,ミンツさんのヴァイオリンも含め,大変本格的で聞き応えのあるコンサートとなりました。大阪でのチクルスも大いに注目されることでしょう。

PS.能登半島地震チャリティコンサートとして,7月にブラームスの交響曲第2番とピアノ協奏曲第1番を演奏するチクルス第2弾となるコンサートが急遽行われることになりました。これにも是非行きたいと思います。

PS.プレコンサートは,ブラームスの弦楽六重奏曲第1番の第1楽章でした。今回,私は一旦ホールの方に入ってしまった後,2階のホワイエのソファに座りながら音だけを聞いていたのですが,遠くの下の方からロマンティックな音楽が流れてくるのを聞くのも気持ちの良いものです。今回は次の方々が演奏されていました。ヴァイオリン:サイモン・ブレンディス,竹中のりこ,ヴィオラ:クリス・ムーア,石黒靖典,チェロ:ルドヴィート・カンタ,マラ・ミリブング
(2007/04/22)

今日のサイン会
この日は,休憩時間中にサイン会が行われました。


このCDは,約20年も前に購入したものですが,20年後に演奏者からサインを頂けるとは予想もしていませんでした。

ちなみに当時は¥3500で買ったのですが,会場では¥1000で販売されていました。時代の流れを感じます。

このCDは,フランク,ドビュッシー,ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ集のCDですが,共演しているのはイエフィフ・ブロンフマンさんです(今に比べると...かなり痩せています)。