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オーケストラ・アンサンブル金沢第220回定期公演F
2007/04/28 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部 オーケストラのステージ
1)スタイナー/映画「風と共に去りぬ」〜タラのテーマ
2)ヤング/映画「80日間世界一周」〜テーマ
3)西部劇メドレー(「大いなる西部」「シェーン」「帰らざる河」「荒野の七人」)
4)映画「愛情物語」〜トゥ・ラブ・アゲイン
5)スタイナー/映画「避暑地の出来事」〜夏の日の恋
6)チャプリン/映画「ライムライト」〜テーマ
7)渡辺俊幸/NHKドラマ「どんど晴れ」から2曲
8)千住明/NHK大河ドラマ「風林火山」〜メイン・テーマ
第2部 大橋純子のステージ
9)宮川彬良編曲/映画「白雪姫」メドレー
10)佐藤健(松本隆作詞)/シンプル・ラブ(1977年)
11)筒美京平(阿久悠詞)/たそがれマイ・ラブ(1978年)
12)来生たかお(来生えつこ詞)/シルエット・ロマンス(1981年)
13)織田哲郎(芹沢類詞)愛は時を越えて(1992年)
14)佐藤健(竜真知子詞)/サファリ・ナイト(1978年)
15)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流
16)(アンコール)アーレン/映画「オズの魔法使い」〜虹のかなたに
●演奏
大橋純子(歌*10-14,16)
渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
プレトーク:井上道義,ルドヴィート・カンタ,大澤明
Review by 管理人hs  


オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演のファンタジー・シリーズには,日本を代表するポップス系の女性歌手がゲストとして登場することが多いのですが,今回のゲストの大橋純子さんは,この条件にもっとも相応しい歌手の一人です。というわけで,「いつか必ずファンタジー公演に登場するだろう」と思っていた,”待望の歌手”との共演となりました。

大橋さんは,1970年代後半から1980年代前半のいわば歌謡曲の全盛期に多くのヒット曲を生み,その後,幅広い活躍をされている方です。私ぐらいの世代にとっては,数年前のファンタジー公演に登場したコーラス・グループのサーカスの皆さんなどと同様に,TBSの歌番組「ザ・ベストテン」などによく登場されていた印象があります。今回歌われた,「たそがれマイ・ラブ」「シルエット・ロマンス」「サファリ・ナイト」といった曲はまさにその時期の歌で,聞いていて懐かしくなった方も大勢いらっしゃったと思います。その頃から数えるとすでに30年にもなるのですが,小柄な体から出てくるパワフルな歌は全く変わりません。ライブならではの迫力を堪能できました。

今回は渡辺俊幸さんとの共演でしたので,いつもどおり前半は渡辺さんのトークを交えたオーケストラ演奏で開幕しました。今回は,映画音楽を中心としたプログラムでした。渡辺さんはまず最初に,能登半島地震に関する思いを語られていました。渡辺さんは,昨年放送されたNHKの「おーいニッポン」の石川県の分用に「ふるさとラプソディ」を作曲されていましたが,その中には能登の御陣乗太鼓も含まれていました。金沢に住んでいる私など,意外に能登半島に出かける機会は少ないので,地元の人以上に能登半島地震について心配をされていたのではないかと思います。今回の公演は,その被災者への思いを込めて演奏するとのことでした。

今回演奏された映画音楽集は,どの曲もとても丁寧に演奏されており,じっくりとしたテンポで聞かせてくれるものでした。ソロ楽器が出てくる曲なども交え,変化に富んだ構成となっていました。最初に演奏された「風と共に去りぬ」のタラのテーマは,映画音楽の王者のような作品です。この曲の主要メロディの音の動き方はちょっと「利家とまつ」のテーマと似たところがありますので,頭の中でシンクロさせて聞いてしまいました。開幕に相応しいとても鮮やかな演奏でした。

次の「80日間世界一周」も”映画音楽ベスト”の定番曲です。今の時代,世界一周することよりも80日という時間を掛けることの方が贅沢だなぁ,などと考えながらのんびり楽しみました(この映画は見た事がないので)。

続く西部劇メドレーは,「大いなる西部」「シェーン」「帰らざる河」「荒野の七人」の4曲メドレーでした。私自身,西部劇をほとんど見たことがないのですが,今回演奏された曲は名曲ばかりでしたので,全部聞いたことのある曲でした。4曲構成でしかも急−緩−緩−急という感じの配列でしたので,ちょっとした交響組曲という感じにもなっていました。「シェーン」の曲は「遥かなる山の呼び声」と呼ばれている曲だと思いますが,バスクラリネットの音がとてものどかで,いい感じでした。「大いなる西部」と「荒野の七人」は,颯爽とした気分が似た感じの曲です。「大いなる西部」の最初に出てくる弦楽器の速い音型とか「荒野の七人」の格好よいリズムとをか聞くと一気に”活劇”という気分になります。ただし,今回の演奏については,もう少し”荒れ馬”的な気分があっても良かったかもしれません。

「愛情物語」もお馴染みの曲です。ショパンのノクターン作品9の2をピアノとオーケストラ用にアレンジしたものですが,ここでは西直樹さん(ファンタジー公演ではすっかりお馴染みの方です)のピアノとドラムとベースを加えての少しジャズ風の気分をもった演奏となっていました。これは今回演奏された他の曲にも言えることなのですが,BGMとして聞くと,すっと聞き流してしまうような曲を,こうやってステージ上で聞くと大変華やかに感じられます。特に今回の西さんのピアノは体格同様大変貫禄があり,これぞサロン音楽というリラックスした気分に満ちていました。

「夏の日の恋」は,パーシー・フェイス・オーケストラのテーマのような曲です。今回のアレンジもこのパーシー・フェイスの雰囲気そのままで嬉しくなりました。まず,最初に木管楽器の合奏で「パッ,パッ,パッ,パッ,パッ,パッ」と軽快に出てくるロッカ・バラード風のリズムが良いですね。OEKならではの色彩感と息の合い方でした。その後,第1ヴァイオリンが主旋律をくっきりと演奏するのですが,この清潔な感じもOEKにぴったりです。この曲もBGMの典型のような曲ですが,こういうさり気ない曲ほど聞いていて,ふっとせつない気分になるものです。この曲もマックス・スタイナー作曲と知ってちょっと意外だったのですが,「風と共に去りぬ」とは全く違う路線ながら,改めて良い曲だと実感しました。

「ライムライト」では,この日のコンサートマスターの松井直さんのヴァイオリン独奏を楽しむことができました。松井さんのヴァイオリンはとても繊細で,演奏全体も過度にロマンティックになりすぎず,すっきりとまとめられた演奏でした。

続いては,恒例の(?)渡辺さんの新作コーナーでした。渡辺さんがファンタジー公演に登場するたびに,新しい曲を聞けるというのは,本当に素晴らしいことです。今回は4月からはじまったばかりのNHK連続テレビドラマ「どんど晴れ」の中の挿入曲2曲でした。確か「愛のテーマ」と「ザッツ感動」とおっしゃられていましたが,どちらも朝のドラマらしく健康的な明るさの溢れた曲でした。今回の演奏が本邦初公開とのことでしたが,もうすぐ発売されるサントラ盤にも収録予定とのことでした。

そして前半最後は,これもまた恒例のNHK大河ドラマのテーマ曲コーナーでした。演奏されたのは,こちらも現在放送中の「風林火山」のテーマでした。この作品は,久しぶりの大河ドラマらしい大河ドラマということで,第1回からずっと見ているのですが,曲の方も大変素晴らしいものです。冒頭,静かな部分があるのですが,テレビだと「疾きこと風のごとく,静かなること 林のごとく...」というナレーションが入りますので,思わず頭の中でナレーションを補ってしまいました。続いて,トランペットを中心に突撃を始めるような音楽になりますが,高音の連続で聞いている方のテンションもぐっと上がりました。今回の前半のステージは,この曲以外にもトランペットやホルンが活躍する曲が多く,大変良く音が鳴っていましたが,金管楽器奏者の皆様は恐らく大変だったのではないかと思います。

1月から3月にかけてこの大河ドラマの時間帯に続いて,TBS系では大ヒットした「華麗なる一族」を放送していましたが,この際,服部隆之さん作曲の「華麗なる一族」のテーマも聞いてみたかったと思いました。これは次回のファンタジー公演あたりに期待したいと思います。

後半はいよいよ大橋純子さんのステージになりますが,その前に映画「白雪姫」の中の「ハイホー」「いつか王子様が」などのお馴染みの曲がメドレーで演奏されました。宮川彬良さんのアレンジは,ビッグバンド・ジャズのような雰囲気があり,気分を盛り上げる絶好の序曲となっていました。

そして,大橋さんが登場しました。最初に歌われた「シンプル・ラブ」という曲は,大橋さんのデビューして間もない頃の曲だと思いますが,その曲名どおり,ソウルフルだけどもとてもシンプルに声が飛び込んでくるような曲でした。衣装の方も白と黒を基調としたシンプルなものでした。デビューして30年ぐらいになるとのことですが,その声は全く変わらず大変安定したものでした。トークの中で「○才を越えてもキーが落ちてこないのは,小田和正,山下達郎と私ぐらい」というようなことを話されていましたが,天性ののどの強さを感じさせる声でした。

続く「たそがれマイ・ラブ」は大橋さんの名前を全国区にした曲です。私も大橋さんの名前を知ったのはこの曲からです。この1970年代後半という時期は,この曲同様,筒美京平作曲,阿久悠作詞という名前の入った曲が多いのですが,まさにヒットメーカーという感じで関心するばかりです。時代の空気を思い出して懐かしくなりましたが,今回は,シンフォニックなボサノバ風のアレンジがされており,さらにグレードアップした雰囲気を出していました。

「シルエット・ロマンス」は,何といってもサビの部分のメロディが良いですね。「あ〜あなたに恋心ぬすまれて...」という部分は,最近では徳永英明さんがカバーしたアルバムでも聞いた覚えがありますが,大橋さんのすべて曲の中でもいちばん印象的なフレーズではないかと思います。本家の声を生で聞けて感激した人も多かったと思います。

渡辺さんとのトークの中で,”「シルエット・ロマンス」を5名の編曲家がアレンジして競う集い(?)”が新潟であった時の話をされていました。渡辺さんと大橋さんの共演はこの時以来とのことですが,今は亡き宮川泰さんのアレンジでは,何とこのサビの前にギャクを1発入れるというものだったそうです。そのダンドリを本番で宮川さん自身が忘れてしまい大変だった,という楽しい話をされていました。ギャグの入った曲というのは,クレージーキャッツの曲ぐらいかと思っていましたが,さすが宮川先生というエピソードだと思います。

次の「愛は時を越えて」という曲は,10年以上前に放送されたテレビドラマ「外科医有森冴子」の挿入歌として使われていた曲です。私自身はこのドラマを見た記憶はないのですが,とてもスケールの大きいバラード風の曲で聞き応えがありました。オーケストラとの共演にはぴったりの曲でした。プログラムの最後は,大橋さんのアップテンポの代表曲「サファリ・ナイト」で締められました。

今回のステージでは,大橋さんの歌に備わる芯の強さを実感できました。大橋さんは「たそがれマイ・ラブ」以降,”テレビで活躍する大人の歌手”といった感じで活動を続けていますが,その声からは,常に上を目指そうという力強さを感じることができます。近年のテレビの歌番組の様相は,1970年代とはかなり違いますが,大橋さんのような歌をじっくり聞かせてくれる場が増えて欲しいと思います。

アンコールでは,オーケストラのみで,定番の「利家とまつ」のメインテーマが演奏された後,再度,大橋さんが登場して,映画「オズの魔法使い」の中から「虹のかなたに」が歌われました。この歌を歌うのは本当に久しぶりということでしたが,西さんのピアノのリラックスした雰囲気と合わせて,ジャズのスタンダードらしいこなれた感じと贅沢さを感じさせてくれる歌となっていました。今回,大橋さんは正式プログラムでは,自分のオリジナル作品だけを取り上げていましたが,機会があれば,落ち着きと強さが共存したような,大橋さんの歌によるスタンダード・ナンバーももっと聞いてみたいと思いました。というようなわけで,今回もまた,前半後半ともに充実した内容のファンタジー公演を楽しむことができました。

PS.今回最初に演奏された「風と共に去りぬ」と「オズの魔法使い」は両方とも同じ1939年にアメリカで公開されています。どちらも戦前の作品としては例外的なカラー作品ですが,そのテーマが最初と最後に登場するというのも洒落ていました。ちなみにこの年のアカデミー作曲賞は,「オズの魔法使い」が取っています。通常の年ならば「タラのテーマ」のある「風と共に去りぬ」が受賞しそうなものですが..まさに音楽の当たり年と言えます。

PS.この日のプレトークは,何と井上道義さんでした。井上さんは,翌日,金沢21世紀美術館で行われるOEKメンバーによる室内楽のコンサートに出演されますが,その関係で金沢にいらっしゃったのだと思います。今回のトークでは最近亡くなられたチェリストのロストロポーヴィチさんの思い出話などをされました。ロストロポーヴィチと金沢は直接的なつながりはないのですが,やはり「世紀のチェリストの死」ということで一言触れられたかったのだと思います。このプレトークでは,OEKのチェロ奏者のカンタさんと大澤さんも思い出話をされていましたが,ロストロポーヴィチの思い出にちなんで,ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲を金沢で演奏する機会などを是非作って欲しいと思いました。この後,カンタさんの独奏でバッハの無伴奏チェロ組曲の中の一つの楽章が演奏されました。これもまた素晴らしい演奏でした。(2007/04/29)