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東京混声合唱団金沢特別公演:岩城宏之追悼特別演奏会
2007/04/29 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コダーイ/オルガン賛歌
岩城宏之メモリアル:武満徹/混声合唱のための「うた」から
2)武満徹(作詞・作曲)/翼
3)武満徹(作詞・作曲)/○と△の歌
4)武満徹(作詞・作曲)/小さな空
5)武満徹(秋山邦晴作詞)/さようなら
東京混声合唱団愛唱曲から
6)リーク/コンダリラ「滝の精」
7)シェイファー/ガムラン
8)武満徹(谷川俊太郎作詞,林光編曲)/死んだ男の残したものは
9)宮沢和史(作詞・作曲,若林千春編曲)/島唄
10)映画「南部の唄」〜ジッパ・ディー・ドゥー・ダー
東京混声合唱団と歌う金沢特別合唱団との合同ステージ
11)三善晃(白石かずこ詩)/2群の合唱団とピアノのための「蜜蜂と鯨たちに捧げる譚詩(オード)
12)(アンコール)三善晃(白石かずこ詩)/2群の合唱団とピアノのための「蜜蜂と鯨たちに捧げる譚詩(オード)」〜Dedicated to the whales
●演奏
大谷研二指揮東京混声合唱団;東京混声合唱団と歌う「金沢特別合唱団」(合唱指導:ラヂッチ・エヴァ)*11-12
大竹くみ(オルガン*1),中嶋香(ピアノ*8,10.11)
Review by 管理人hs  

この公演のポスターです。

この公演のパンフレットと1996年のOEK第59回定期公演のパンフレットです。

岩城宏之さんが石川県立音楽堂のステージに最後に登場したのが丁度1年前のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の第200回定期公演でした。音楽堂館内には,OEKの歴史を象徴するような写真が沢山飾られていますが,その時の車椅子で指揮される姿の写真は,最も強い印象を残してくれる1枚です。そして,岩城さんの全人生の”最期の公演”は,2006年5月25日に行われた東京混声合唱団(東混)との公演でした。今回の東京混声合唱団金沢特別公演は,OEKと同時に長年この合唱団の音楽監督も務められていた岩城さんを追悼する意味も込めた公演となりました。

ただし,今回の公演内容自体には,しんみりとした部分はほとんどなく,合唱の持つ多彩な表現力を指揮者の大谷研二さんのトークを交えて楽しむという内容となっていました。大谷さんは以前OEK合唱団の指導をされていたこともあり,金沢市の合唱団の指導も頻繁にされていますが,その地元の合唱団と東混との共演も楽しむことができました。公演チラシには岩城さんのにこやかな表情の写真が大きく使われていましたが,この公演を見て,岩城さんも大変喜ばれたのではないかとと思います。

演奏会は4つの部分から成っていました。

まず,最初に演奏されたコダーイのオルガン賛歌は,オルガンと合唱が共演する作品ということで音楽堂の機能を生かした選曲となっていました。オルガンの堂々とした響きから始まった後,しばらくオルガンだけによる序奏が続きました。その後,合唱が入ってくるのですが,ハンガリーのコダーイの曲ということもあり,敬虔さの中にどこか親しみやすい雰囲気のある作品でした。それが祝祭的な気分とも結び付き,オープニングに相応しい作品となっていました。

東混は30数名の合唱団で,心地よいボリューム感のある歌を聞かせてくれました。この曲は30分近くかかる大曲でしたが,ダラダラと続くのではなく,合唱の持つ多彩な表現力を集大成するような構成になっていました。最後のアーメンで全体がまとめられ,大きな全体像見えてくるような聞き応えのある作品ということで,機会があればもう一度じっくり味わってみたいと思います。

1996年のOEK第59回定期公演のパンフレットです。指揮者が大谷研二さんに変更になり,アンコールで秋山邦晴さんをしのんで「さようなら」が歌われたというメモが残っていました。

次は「岩城宏之メモリアル」コーナーでした。今回演奏されたのは1996年9月6日に金沢市観光会館で行われたOEK第59回定期公演でOEK合唱団によって演奏された武満さんの混声合唱のためのうたの中からの4曲の再現でしたが,これらの曲の演奏にはエピソードがあります。当時,大谷さんは,定期公演の本番で指揮をされる岩城さんの下稽古をされていたのですが,演奏会の直前になって,「リハーサルが余りにも素晴らしいので,そのまま君にまかせる」と言われ,そのまま本番の指揮が大谷さんに託されました。私はこの定期公演を生で聞いているのですが,ステージ上で岩城さんがそのように語ったことをはっきり覚えています。今回の最後のステージで東京混声合唱団と共演する「金沢特別合唱団」のメンバーの中には,恐らく,この時,大谷さんの指揮の下で,歌われたメンバーもいらっしゃると思うのですが,合唱指揮者として岩城さんを追悼するにはこれ以上相応しい選曲はないのではないかと思います。

今回の演奏ですが,まず言葉が大変はっきり聞こえるのに感激しました。一音一音が大変鮮明で,鮮やかでした。ア・カペラで歌われたこともあり,すべての音が,岩城さんの思いの詰まった音楽堂の中に自然に溶け込んでいくようなしっとりとした空気を感じました。最初に歌われた「翼」は,非常にたっぷりと歌われ,その美しさに陶然としてしまいました。「○と△の歌」は,ほとんど童謡のような素朴な歌ですが,こうやって聞くとその率直さがかえって心に染みてきます。「小さな空」は,特にノスタルジックな歌です。この曲は,東混が岩城さんの指揮でレコーディングした「うた」のCDの最初に収録されている曲ですが,私自身,昨年岩城さんが亡くなられた時,ふっと聞きたくなったのがこの曲でした。「青空を見ていたら悲しくなる」というような感覚は,一種陳腐なものでもあるのですが,この曲を聞くと非常に癒されます。途中から口笛も入ってきて「もう,これしかない」というような演奏になっていました。

最後の「さようなら」だけは,作詞が武満さんでないこともあり,少し違った気分があります。もう少し芸術的というか,フランス歌曲か何かに通じるような気分がありました。大谷さん指揮東混の演奏は,どの曲も音の揺れ方が自然で,聞いていて心地よいものばかりでした。これらの曲は東混の大切なレパートリ−だと思いますが,私たちにとっても岩城さんの記憶と共にずっと心に残るような演奏となりました。

後半は,岩城さんの追悼から離れて,合唱音楽の多彩な魅力を伝えてくれる演奏が続きました。まず,「東京混声合唱団愛唱曲」コーナーでした。ここでは,東混がレパートリーとしているエンタテインメント精神と高度な技巧とに満ちた曲が次々と演奏されました。恐らく意図してのことだと思いますが,このコーナーで演奏された曲は,作曲者の国籍がバラエティに富んでいました。東混は,新作の初演に積極的でしたが,同時に世界の民族音楽に対する関心も大変高いんだなと思いました。

最初に演奏された,コンダリラ「滝の精」という曲は,リークというオーストラリアの作曲家による作品でした。アボリジニの民族音楽を取り入れた曲ということで,オーストラリアの自然をそのまま再現するようなすごい曲でした。この曲では女声団員だけパイプオルガンの前にずらりと並び,男声団員が通常のステージに居るという変則的な配置を取っていました。モンゴルの民族音楽にホーミーというのがありますが,それとちょっと似た感じのミステリアスな響きの中,いろいろな擬音を加えての演奏が続きます。聞いているうちに,この不思議な響きが段々と気持ち良くなり,オルガンステージの女性たちは,どこか女神のように見え,下の方のステージの男性たちは大地をイメージしているように思えてきました。合唱団員の様子を見ていると,歯を磨いているような動作をしていたり,口に指を入れてポンとやったり(遠くから見ていたので適当に書いているのですが),見ているだけでも楽しめる演奏でした。

次の「ガムラン」は,その名のとおり,インドネシアの打楽器のガムランを模した音楽でした。この曲もまた配置が変わっており,4つのパートがかなり距離を置いて並んでいました。恐らく,ティンパニのように太鼓を4つ並べたイメージを表現していたのだと思います。そして,その”歌”なのですが...あたかも口三味線のように「ドンデン,ドンデン」と合唱団が歌っていました。これは面白かったですね。大変複雑なことをされているのですが,どこかユーモラスな感じがしました。衣装を付けて「欽ちゃんの仮想大賞」にでも出れば満点は確実だ,などと思いながら聞いてしまいました。

3曲目の「死んだ男の残したものは」は,前半最後に歌われた武満さんの混声合唱曲集の仲間なのですが,この演奏では,林光編曲によるピアノ伴奏版で歌われました。この編曲が大変面白いものでした。どこか場末の酒場にあるピアノ伴奏で歌っているようなアングラな雰囲気があり,「死んだ男のためのブルース」といった感じでした。途中,大きく盛り上がりを作る辺りも大変聞き応えがありました。

「島唄」は,沖縄音階を取り入れた作品です。ここでも波の音やサンシンの音を口で真似していたのが特徴的でした。このステージを聞きながら,これからはアジア各地の音楽の再発見の時代かもしれない,などと思ってしまいました。

このステージの最後は,趣きをガラリと変えて,ディズニーの「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」が,2人のソリスト付きで歌われました。朗らかな感じで始まった後,一旦マイナーになり,その後はテンポを落とし,お客さんの手拍子を交えて,ソウルフルな感じで終わる,という楽しい構成になっていました。

アマチュアの合唱団の皆さんがこのステージを見たら,自分たちもこういう楽しい演出が出来たら良いのになぁと刺激を受けたのではないかと思います。

演奏会の最後は,東混と地元金沢の合唱団による合同演奏でした。東混では,全国各地で,こういうジョイントを行っており,そのための作品として三善晃さんに依頼して作られたのがこの「蜜蜂と鯨たちに捧げる譚詩」という曲です。合唱団は下手側に金沢の合唱団,上手側に東混というという配置になっていました。全体で100人ぐらいの人数になっていたのではないかと思います。合唱団員が手にしていた譜面の色が「緑地に白」と「白地に緑」の2つに分かれており,見た目のコントラストも付いていました。

今回,「東混と歌う金沢特別合唱団」として登場したのは,大谷さんの指導を受けている金沢混声合唱団とLa Musicaの2合唱団に,OEK合唱団,金沢メンネルコールなどの有志が加わった臨時編成の合同合唱団でした。複数の団体とはいえ,定期的に大谷さんから指導を受けている方々による演奏ということで,大変集中力の高い,堂々とした歌を聞かせてくれました。

曲は3つの部分から成っていましたが,最初の2つの部分は同じ歌詞を日本語と英語で歌い分けていただけのようでした。ただし,曲の感じはかなり違い,日本語による「鯨たちに捧げる」の方は,両合唱団の生き生きとした掛け合いが印象的だったのに対し,英語による「Dedicated to the whales」の方は両合唱団が一体となってのたっぷりとした歌が印象的でした。どちらも「おれたち海の中のジャズミュジシャンだせ」という部分のふっと揺れるような感じが面白いと思いました。

これを受けて続く3曲目の「さまよえるエストニア人」は,途中でピアノが加わります。正直なところ,歌詞の意味する内容については難解でよくわからなかったのですが,「さまよえるオランダ人」のパロディのような内容だったようです。途中前衛的な気分になった後,最後は慰めるのような気分になり,そして,最後に「帆をたたんじゃいけない。今こそ...」という部分が,サビのメロディのように登場してきて,感動的に結ばれます。両合唱団の歌は大変キレが良く,ボリューム感もたっぷりで,聞いている方にまでその気合いが伝わってきました。

東混が金沢で公演を行うのは,本当に久しぶりとのことですが(今,名前を変えようとしている金沢市観光会館のオープニング以来のこととのことです),今回の公演をきっかけにまた是非,金沢に来てもらいたいと思います。今回,地元の合唱団が集結して,素晴らしい歌を聞かせてくれましたが,これはプロの合唱団との共演という得がたい刺激があったからではないかと思います。合唱愛好家の裾野を広げ,さらにはOEKを支えるような音楽愛好家の数を増やすためにも,今回のような公演をまた期待したいと思います。(2007/04/30)

関連のCD

1996年9月の第59回定期公演の後に,岩城さんから頂いたサインです。



この日音楽堂の1階にある,岩城さんのメモリアルコーナーに行ってみましたところ,展示物が増えていました。次のようなものです。

譜面台をよくみるとサントリーホールと書いてありました。


いつごろ作られたものなのでしょうか?