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オーケストラ・アンサンブル金沢第221回定期公演M
2007/05/13 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/劇音楽「エグモント」序曲op.84
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」
3)(アンコール)ショパン/ポロネーズ第1番嬰ハ短調op.26-1
4)ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」
5)(アンコール)ベートーヴェン/歌劇「フィデリオ」〜行進曲
●演奏
下野竜也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
フィリップ・アントルモン(ピアノ*2,3)
プレトーク:下野竜也

Review by 管理人hs  


オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,故岩城宏之永久名誉音楽監督と共に,ベートーヴェンの交響曲を何回も何回も演奏してきました。今回の第221回定期公演も当初は,岩城さんの指揮の予定でしたが,その死去に伴い,下野竜也さんに指揮者が交替になりました。下野さんは,2001年のブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して以来注目を浴びるようになった日本の若い世代を代表する指揮者ですが,その実力が見事に発揮された演奏会となりました。

若手指揮者とOEKによるベートーヴェンと言えば,金聖響さんとのシリーズを思い浮かべますが,今回は,そのアプローチとは対照的な演奏を聞かせてくれました。実は,ちょうど4年前の同じ5月のOEK定期公演に金聖響さんが初登場し,同じ「英雄」を指揮されましたので,図らずも聞き比べということになりました。

このお二人は大変お親しいようですので(共同のホームページを作られていいます),そのことを意識していないはずはないと思います。金さんの演奏は,古楽器奏法を大々的に取り入れた挑戦的な気分に満ちたものでしたが,下野さんの指揮は,楽器の配置やテンポ感をはじめとして,すべてが反対といったところがありました。それでいながら,どちらも音楽が生きており,説得力が強いというのが面白い点です。クラシック音楽の随一の楽しみは「比較」ですが,熱心なOEKファンならは,まず,その楽しみを実感できた演奏会だったと思います。

今回のプログラムは,「序曲−協奏曲−交響曲」ということで大変オーソドックスな構成でしたが,「エグモント−皇帝−英雄」という曲目自体も大変オーソドックスでした。いわゆる「奇数番のベートーヴェン」の魅力を堪能することができました。

エグモント序曲は,大げさすぎない無理のないテンポで始まりました。オーケストラの響きも明るく澄んでおり,安心して楽しむことのできる演奏となっていました。この特徴は,この演奏会全体を通じての基本的なトーンだったと思いました。

本来は劇のための序曲ということで,もっと大げさな解釈も似合う曲ですが,あまり芝居じみた感じにならず,純粋にOEKの音の素晴らしさを引き出していた点が素晴らしいと思いました。コーダに入る直前のギロチンを描写した部分もどきついところはなく,あっさりとしていました。そのことによって,かえって儚さが表現されていました。その後のコーダは,さらに音が広がり,明るい勝利の音楽となりました。その明るさですが,ただ薄っぺらに明るいのではなく,各楽器の音が鮮やかに聞こえくる聞き応えが伴っていました。特定の音だけが突出することがなく,全体としてきっちりとまとまった素晴らしいサウンドを聞かせてくれました。

2曲目では,今回の演奏会のもう一人の主役であるフランスのベテラン・ピアニスト,フィリップ・アントルモンさんが登場しました。アントルモンさんとOEKとの共演は2回目となりますが,前回は弾き振りでしたので(その時は,同じ「皇帝」の弾き振りでした。この曲の弾き振りというのも大変珍しいことです),純粋なピアニストとしてのOEKとの共演は今回が初めてということになります。

このアントルモンさんのピアノですが,冒頭のカデンツァをはじめとして「皇帝」のタイトルに相応しい華麗な演奏を聞かせてくれました。「皇帝」については,アルトゥール・ルービンシュタインであるとかウィルヘルム・バックハウスとであるとか,キャリア十分の大家がたっぷりと演奏するのがぴったりなイメージがあるのですが,今回の演奏は,まさにそういった演奏でした。第1楽章の途中,技巧的にかなり危ない部分があり,音楽が止まるかと一瞬思ったのですが,それ以外では,無理のないタッチから堂々としたスケールの大きさと貫禄に満ちた音楽を聞かせてくれました。多少,テンポに気まぐれなところがあり,速いパッセージの最後などでは,オーケストラとぴたりあわない箇所があったりしましたが,そういう面も含め,聞いていて自由さと幸福感を感じさせてくれるベテラン・ピアニストならではの演奏となっていました。

第2楽章も遅めのテンポでじっくり聞かせてくれました。この楽章では,キラキラとした音の上品さが印象的でした。アントルモンさんの体格は,恰幅の良い社長さんという感じでしたが,この楽章などにも,演奏にも円熟の極みという感じの豊かさがありました。最終楽章も堂々たる演奏でした。ここでは,OEKの積極的な演奏に触発されたかのように若々しい演奏を聞かせてくれました。アントルモンさんのいかにも大家らしい演奏を,下野さんとOEKがしっかりとサポートし,さらに充実感を増していたような演奏となっていました。

アンコールでは,いかにも弾き込まれているといった感じの堂々として自在なショパンのポロネーズを聞かせてくれました。まさに堂に入った演奏でした。

演奏会の後半は,「英雄」交響曲でした。これがまた見事な演奏でした。上述のとおりOEKの「英雄」というとCD録音にもなっている,金聖響さんの録音を思い出しますが,それとは全然違うアプローチながら,OEKらしさをしっかりと引き出した演奏となっていました。

オーケストラは対向配置ではなく通常の配置で,弦楽器の奏法もノンヴィブラートではなかったようですが,演奏全体の基本的な雰囲気としては,古典派交響曲らしい,すっきしりた気分を出していました。その一方,ところどころ,ロマン派の交響曲に踏み込んだような強い意志を感じさせる部分がありました。この両者の対比が面白い演奏でした。奇を衒っていないのに斬新で,自然にオーケストラの良さが引き出されている辺りに,下野さんの指揮の良さあると思いました。

第1楽章は,冒頭の2音がビシっと決まった後,古典派の交響曲らしく明るくスムーズに進んで行きました。それが,呈示部の繰り返しが行われた後,展開部になると急に色合いが変わります。下野さんは,プレトークで「曲の明暗にこだわってみます」と語っていましたが,こういった部分に表れていたような気がしました。その後,どんどん音楽はどんどん大きく盛り上がっていきますが,曲が複雑になるにつれて,聞き応えが出てくるような感じでした。いろいろな解釈のある,コーダのトランペットの部分は,譜面どおり,途中でメロディが途切れてしまう形でしたが,最初から目立たない感じでさり気なく演奏していましたので,唐突にメロディが途切れる感じはなく,大変自然に処理されていました。

第2楽章も,最初は比較的平静に始まり,曲が複雑さを増すにつれて,演奏が鮮やかになってくるような演奏でした。第1楽章以上に凄みを感じさせてくれました。プレトークの際,下野さんは,「「英雄」にも「運命」のモチーフが組み込まれています。今回はそれを強調してみます」と語られていましたので,その辺に注意しながら聞いていたのですが,この第2楽章の中盤以降に出てくる,ティンパニやホルンの強奏で運命のモチーフを強調していたような気がしました。そういうつもりで聞いていると,そこら中,運命のモチーフだらけに聞こえてくるのも面白く感じました。

第3楽章はスケルツォ楽章ですが,それほど荒い感じはしませんでした。基本的なリズムを刻むコントラバスのリズムが実に心地よく感じました。中間部のホルンは非常に率直で健康的でした。伸び伸びと演奏している様子が曲の開放感をさらに増していました。

第4楽章は,かなり速めのテンポで始まった後,変奏の1つずつが念入りに描き分けられました。最後の部分のテンポは,とても遅いテンポでしたが,このテンポ感は岩城さんが好んだテンポと同じだなと懐かしくなりました。全曲を締めるのに相応しい堂々たる気分がありましたが,下野さんの作る,地に足が着いた音楽にぴったりのコーダだと思いました。

全体を振り返ってみると,曲全体の大きさを見せるために,小さな部分をきっちりと描き分け,しっかりと積み重ねたような演奏でした。よく計算された,完成度の高い演奏でしたが,その中から時折,強い表現が浮き上がってくるのも面白い点でした。まず,各楽器の音が一体となったような基本的な響きが透明で美しいのが素晴らしいのですが,そのことによって,強調した部分の強い表現力が鮮やかに生きていました。全体の設計が見事になされた演奏だったと思います。

アンコールでは,「フィデリオ」の中の行進曲が演奏されました。私自身,初めて聞く曲でしたが,こちらの方は,すっかりリラックスしたアンコールらしい演奏となっていました。

OEKのベートーヴェンというのは,食事に例えれば主食と言っても良い基本中の基本のレパートリーですが,そのことを再認識すると同時に,下野さんの作る見事な音楽に出会うことのできた演奏会となりました。演奏後,下野さんはOEKの各奏者をとても丁寧にたたえていましたが,その後は逆にOEKの団員から下野さんに対する盛大な拍手が起こっていました。OEKと下野さんとの初共演は,大変大きな成果をあげたのではないかと感じました。今後の共演にも期待したいと思います。

PS.この日は北陸朝日放送のテレビ収録が行われていました。恐らく,近日中に石川県では放送されることになるかと思います。

PS.今回のプレコンサートは,途中から(そして遠くから)聞いていたのですが,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中の1つの楽章だったと思います。プログラムの方とうまく調和の取れた選曲となっていました。演奏されていたのは,トロイ・グーキンズさん,上島純子さん(以上ヴァイオリン),ザザ・ゴグアさん(ヴィオラ),リカルド・カリアさん(チェロ)でした。(2007/05/15)

今日のサイン会

下野竜也さんのサインです。avexから発売されているブルックナーの交響曲第0番のCDです。


アントルモンさんのサインです。こちらはサティのピアノ曲集です。かなり前の録音ですが,このジャケットには個人的に思い出があり,つい最近,懐かしくなって購入したものです。


OEKの皆さんからのサインです。左上からヴァイオリンの大村俊介さん,山野佑子さん,ティンパニの渡邉さん,フルートの岡本さんです。何といってもわたなべさんのサインが楽しげです。