OEKfan > 演奏会レビュー
北ドイツ放送交響楽団演奏会
2007/05/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/序曲「ルイ・ブラス」op.95
2)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタorパルティータの中の1つの楽章
4)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」
●演奏
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮北ドイツ放送交響楽団
諏訪内晶子(ヴァイオリン*1,2,4)

Review by 管理人hs  

前日のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に続いての連日の演奏会となりました。この日はクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮北ドイツ放送交響楽団の金沢公演に出かけてきました(ちらしには「ハンブルク北ドイツ放送交響楽団」と書いてありますが,通常「北ドイツ放送交響楽団」と呼ばれていますので,ここではそのように表記することにします。)。このオーケストラが金沢に来るのは丁度4年ぶりのことです。その時も5月に演奏会が行われましたが,指揮は前首席指揮者のクリストフ・エッシェンバッハさんでした。その後,2004年から今回の指揮者のドホナーニさんと交代しています。

このドホナーニさんですが,実は金沢に来るのは今回が初めてではありません。1977年3月にウィーン・フィルが金沢に来たことがあるのですが,その時の指揮者がドホナーニさんでした。当時,私は初めて自分でクラシック音楽のLPレコードを買ったばかりの中学生でしたが,その頃は,カール・ベーム人気の絶頂期ということもあり,生意気にも「金沢には何故,ベームが来ないのだろう?ドホナーニとは何者だろう?」と思っていた記憶があります。そのこともあり(もちろん経済的な理由もあると思いますが),ドホナーニ指揮ウィーン・フィルの金沢公演には行っていません。しかし,その後,ドホナーニさんは,メジャー・レーベルから次々とレコードを出すようになりましたので,次第に「あの時,行っていればよかった」と後悔するようになりました。というわけで,今回の公演は,30年前の失礼(?)をお詫びする意味も込めて,半分はドホナーニさん目当てで出かけてきました。もちろん,ヴァイオリン独奏で登場された諏訪内さんを”見たい・聞きたい”ということは言うまでもないことです。

プログラムは,メンデルスゾーンの序曲,ヴァイオリン協奏曲+チャイコフスキーの「悲愴」ということで,オーソドックスなものでしたが,楽器の配置が変わっていました。OEKの定期公演をはじめとして,古典派の作品を演奏するような場合は,下手にコントラバスの来る対向配置を取ることは珍しくなくなってきましたが,チャイコフスキーの「悲愴」のような曲をこの配置で演奏することは珍しいことです。この辺にまず,ドホナーニさんのこだわりが現れていました。

最初のメンデルスゾーンの序曲「ルイ・ブラス」は,トロンボーンの音を中心とした渋いファンファーレで始まりました。メンデルスゾーンについては,スコットランドやフィンガルの洞窟といった地名の入る曲の印象もあり,どうしても”イギリス風の音の水彩画家”といった印象を持ってしまうのですが,このしっかりとした響きを聞いて,やっぱりドイツの作曲家なのだと再認識しました。流麗にメロディが流れるよりはしっかりと念を押すような響きはドイツのオーケストラならではだと感じました。

2曲目のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲では,独奏ヴァイオリンの諏訪内晶子さんの完成度の高い演奏を楽しむことができました。諏訪内さんは,OEKとの共演を含め,これまでかなりの回数金沢で演奏会を行っていますが(メンデルスゾーンを聞くのも2回目です),毎回毎回,大変レベルの高い演奏を聞かせてくれます。諏訪内さんの演奏については,とても巧いけれども,後から振り返ると少しそっけなかったかなと感じることもあるのですが,今回の演奏では,第2楽章でのしっとりとした味わいをはじめとして,大変奥行きのある演奏を聞かせてくれました。

第1楽章冒頭の有名なメロディはもたれることのないすっきりとした雰囲気で始まりました。今回,私は3階席で聞いていましたが,大変よく音が通っており,ホール内に音がすーっと染み渡っていました。汚い音は全くなく,全曲に渡り品格の高さを感じさせてくれるのはいつも通りです。第2主題になるとテンポがぐっと落とされ,深く沈むような感じになります。このコントラストの鮮やかさも見事でした。

第2楽章は,上述のとおり,全篇に渡って,デリケートなヴィブラートの付けられた優しい音で演奏されていました。穏やかさと深みの裏に強い情熱の裏づけを感じさせてくれるのも魅力的でした。第3楽章は非常に速いテンポで演奏されていましたが,オーケストラとの息がぴったりで,ドホナーニさんの伴奏の巧さを感じました。さり気なく演奏していましたが,本当に見事なアンサンブルだったと思います。前2楽章とは全く違う,諏訪内さんの気風の良い演奏が大変爽やかでした。この日,諏訪内さんは,薄いエメラルド・グリーンのドレスを着ていましたが,新緑の季節に相応しい演奏でした。

アンコールでは,バッハの無伴奏の中の一つの楽章が演奏されました。弱音主体で演奏されていましたが,そのことによって力んだところのない優しい響きがホールに静かに響いていました。

後半のチャイコフスキーの「悲愴」の演奏は,この曲の演奏としては独特だったと思います。「悲愴」という標題を意識すると,ドロドロとした重苦しい演奏になるのですが,ドホナーニさんの解釈は,その辺のしつこさを排したものでした。ドイツ,オーストリア系のスタンダードな交響曲を聞くような,全曲が一体となったようなまとまりの良さのある演奏になっていました。例えば,バーンスタイン指揮のような情念の嵐のような演奏を期待していた人には,物足りない部分があったかもしれませんが,この曲の果てしない暗さを少々苦手としている私のような聞き手にとっては,まさにぴったりの演奏でした。

上述のとおり,この曲でもオーケストラはコントラバスが下手に来る対向配置を取っていましたが,このことにより第1楽章冒頭から充実した中低音を聞かせてくれました。ヴィオラ・パートの音も非常にくっきりと聞こえてきました。楽章の構成は,展開部で大きく盛り上がった後,静かに終わるという形なのですが,例の超弱音の後にオーケストラが爆発するような印象的な部分でも,感情に任せて荒れ狂うことはなく,大変よくコントロールされていました。

コントロールされているといっても,元々このオーケストラには,ドイツのオーケストラならではの重厚なパワーが備わっていますので,響きをコントロールすることにより,さらに厳しい雰囲気が出ていたような気がしました。特に全曲を通じてのティンパニの引き締まった響きが大変印象的でした。上述の弱音の部分で非常に繊細な表情を聞かせてくれたクラリネットや要所で輝きのある響きを聞かせてくれたフルートをはじめ,各楽器の積極的な演奏も素晴らしいと思いました。

第2楽章は,5/4拍子という独特のリズムで書かれたワルツ風の楽章なのですが,今回の演奏は,ひっかりのある屈折した気分はありませんでした。どちらかというと淡白な演奏で,軽やかさを感じました。古典的な交響曲の第2楽章を聞くような気分があるのが面白いと思いました。第3楽章もすっきりとした感じで始まりましたが,ここでは後半に向かうにつれて音の迫力が増していき,全曲の一つの頂点を築いていました。この楽章では,大太鼓やシンバルの響きが何といっても印象的でしたが,こういった鳴り物だけが突出するのではなく,オーケストラ全体としてのマッシブな一体感が見事でした。

楽章の後半の行進曲風の部分ではテンポも速くなり,70代後半の指揮者による演奏とは思えない若々しさを感じさせてくれました。ドホナーニさんは,ハンガリー出身の方ですが,こうやって見てみると音楽性としては,同じハンガリー出身のゲオルク・ショルティと似たところがあるような気がしました。80歳近くになっても全く衰えを知らないという辺りも共通すると思います。

そして,第4楽章です。大迫力の第3楽章の後にパラパラと拍手が入ってしまったのは仕方はなかったのですが,ドホナーニさんとしては,一気に第4楽章に流れ込みたかったような感じで,パッと拍手を制していました。冒頭から非常に速いテンポでグイグイと骨太のタッチで音楽を進めていたのが大変新鮮でした。第3楽章の強さに負けない,たくましい第4楽章になっていました。実は,私自身,「悲愴」の中では,特にこの第4楽章が昔からあまり好きではなかったのですが,今回の力強さを感じさせる演奏は非常に面白いと思いました。

それでも終わりに近づくにつれて段々と悲しみの気分が盛り上がってきます。銅鑼の音の後に出てくるしみじみとしたトロンボーンの響きも印象的でしたが,曲の締め方も独特でした。この曲の演奏ではどんどん音が弱くなっていくのをお客さんが息を殺して見守るというパターンが多いのですが,今回の演奏は,心臓の鼓動を思わせるリズムが最後まで聞こえ,それがパタっと止まっておしまい,という意外にあっさりとした終わり方になっていました。何かとてもリアルな終わり方だと思いました。

というわけで,今回の「悲愴」は,一般的な「悲愴」とは一味違う演奏だったと思いますが,さすがドホナーニさんという演奏になっていました。考えてみるとドホナーニさんも,30年前のカール・ベームの年齢に近いのですが,全く老いた感じがせず,曲全体に渡ってドホナーニさんの意志の力が働いているのが素晴らしいと思いました。どちらかというと地味な雰囲気のある指揮者ではありますが,是非,他の曲の解釈も聞いてみたいものです。「巨匠」と呼ばれる指揮者がどんどん少なくなっていく中で,これからますます目を離せない指揮者だと思いました。

PS.今回は,諏訪内さんのヴァイオリンでメンデルスゾーンを聞きましたが,来週は庄司紗矢香さんとOEKによってチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聞くことができます。2週連続で日本の人気女性ヴァイオリン奏者によって「メン・チャイ」を聞けるというのも大変贅沢なことです。 (2007/05/17)