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オーケストラ・アンサンブル金沢第222回定期公演PH
2007/05/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コダーイ/ガランタ舞曲
2)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番から
4)メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調op.56「スコットランド」
5)(アンコール)メンデルスゾーン/劇音楽「夏の夜の夢」〜スケルツォ
●演奏
デイヴィッド・スターン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
庄司紗矢香(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:池辺晋一郎

Review by 管理人hs  


この数ヶ月,金沢では著名なヴァイオリニストの登場する演奏会が続いています。3月のトーマス・ツェートマイヤーさん,4月のシュロモ・ミンツさん,そして5月の諏訪内晶子さんです。今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,このシリーズの締めくくりのような形で庄司紗矢香さんが登場しました。庄司さんが,OEKの定期公演に登場するのも,石川県立音楽堂に登場するのも初めてのことです。

ただし,庄司さんと石川県とは少々つながりがあります。庄司さんは,1999年のパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで,コンクール史上最年少で優勝して以来,世界的に活躍し,ドイツ・グラモフォンからCDが発売されるような若手を代表するヴァイオリニストですが,毎年夏に金沢市で行われているいしかわミュージックアカデミーでザハール・ブロンさんのマスターコースの受講生として参加されていたことがあります。その後の成長には著しいものがありますが,今回の定期公演については,一種,「里帰り」的な思いがあったかもしれません。

この庄司さんの登場に先立ち,やはりOEKとの初共演となるデイヴィッド・スターンさんの指揮で,コダーイのガランタ舞曲が演奏されました。この曲も,他の2曲同様,OEKが過去何度か取り上げてきた曲ですが,リズムの切れ味の良い大変スマートな演奏でした。冒頭から,ホルンの金星さんによる強く引き締まったソロやクラリネットの遠藤さんによる表情豊かなソロなどが続いた後,緩急の変化のある民族舞曲風になるのですが,全く泥臭くなることはなく,大変鮮やかな演奏を聞かせてくれました。スターンさんの若々しい指揮の下で,ピタリと音が揃っており,大変楽しめる演奏となっていました。

その後,庄司紗矢香さんを迎え,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。この曲自体大変聞き栄えのする曲ですが,今回の演奏は,特に説得力のある演奏となっていました。ワインレッドのドレスで登場した庄司さんは大変小柄で,若いというよりは幼く見える感じの方ですが,演奏が始まると豹変し,非常に大人っぽい音楽が展開しました。曲の持つ,甘さを徹底的に廃し,少し激しすぎるぐらいの強い音で辛口の音楽を聞かせてくれました。この点は少々意外でした。

第1楽章は,まずオーケストラだけでひっそりと始まるのですが,これがまず意味深げでした。続いて,庄司さんのヴァイオリンがさらりと入ってくるのですが,これが十分に弾き込まれた余裕たっぷりの歌いっぷりでした。庄司さんの音は小柄な体からは予想できないほど,中低音が豊かに響く感じで,全体にほの暗さを感じさせてくれる演奏でした。激しい部分では,かなり短く切って演奏しており,非常に個性的でした。展開部で,ギスギスとした激しささえ感じさせるような強い音でしっかりと演奏していたのが印象的でした。こういった部分をはじめとして曲のどの部分を取っても表現意欲が前面に出ており,大変迫力がありました。OEKの演奏もこれに呼応して大変テンションの高い演奏を聞かせてくれました。第1楽章の後,拍手が入りましたが,これは仕方がないと思いました。それほど充実感のある演奏でした。

第2楽章は虚無的な気分で始まりました。通常は,ほっとさせてくれるような楽章なのですが,ここでも甘さはなく,クラリネットのソロと絡みながらほの暗い気分を感じさせてくれました。次第に曲のテンションが次第に高くなって行った後,続けて第3楽章に入っていくのですが,ここでも鬼気迫るような真剣勝負の音楽が続きました。私はデビュー盤でもある,パガニーニのヴァイオリン協奏曲のCDを持っているのですが,その頃の初々しい雰囲気と比べると,この数年で非常に大きな変化があったのではないかと思います。非常に速いテンポで演奏されており,荒々しさはあるものの粗っぽくはない演奏で,聴衆を圧倒してくれました。ピタリと庄司さんの演奏に付けていたOEKの演奏も見事でした。

というわけで,演奏後は盛大な続き,アンコールとしてバッハの無伴奏パルティータ第1番の中の一つの楽章が演奏されました。前の週の諏訪内さんもアンコールでバッハを演奏されていましたが,庄司さんの演奏の方は,ちょっとぎこちない浮遊感と脱力感を感じさせてくれるような,不思議な魅力を持った演奏でした。

この日の終演後,恒例のサイン会がありましたが,庄司さんが出席されたこともあり,かつてない程の長い列が出来ていました。今回のチャイコフスキーの演奏は,その人気の高さを裏付けると共に,庄司さんの存在感を金沢の聴衆に強く印象付けることになった演奏でした。

後半は,メンデルスゾーンの「スコットランド」が演奏されました。前半のチャイコフスキーでかなり満腹した感じはあったのですが,後半の「スコットランド」もまた魅力的な演奏でした。スターンさんの指揮ぶりは,コダーイ同様大変明快で,OEKの室内オーケストラとしての特色を存分に引き出していました。

「スコットランド」交響曲は,同じメンデルスゾーンの「イタリア」交響曲と比較すると,その風土を反映して暗い印象を持った曲ですので,重苦しい演奏を期待した人には少し物足りない面があったかもしれませんが,古典派交響曲的な明晰さのある「スコットランド」も悪くないと思いました。

第1楽章は呈示部の繰り返しを行っていましたが,重くなることはありませんでした。生き生きとしたテンポの動きやメリハリの付け方が心地良い演奏でした。特に鮮烈な透明感を持った第1ヴァイオリンの演奏が魅力的でした。

第2楽章は木管楽器群のとても強い音に続いて,非常に速いテンポで一気に駆け抜けていくような演奏でした。もう少しのどかな雰囲気で演奏しても味わい深い楽章ですが,今回の演奏は,メンデルスゾーンお得意のスケルツォ的な気分がとてもよく出ており,非常に爽快でした。色々な楽器の音が鮮やかに飛び交う中間部も印象的でした。

第3楽章は,対照的に大変落ち着いた気分がありました。シンプルな歌は全曲中のオアシスのようでした。その一方,中間部は葬送行進曲風に響いており,第2楽章同様,「夏の夜の夢」の音楽などに通じる雰囲気があると感じさせてくれました。

第4楽章へは,そのまま休みなくアタッカで繋がっていました。冒頭の鮮烈な音の後,生き生きとした音楽が続きますが,ここでも前楽章とのコントラストがしっかりと付けられていました。コーダの部分ではテンポも調性も変わり,悠然とした気分になるのですが,今回の演奏はそれほど大げさな雰囲気はなく,平静な気分に戻ったという感じでした。遅すぎず速すぎずというテンポでしたが,その中から次第にじわじわと盛り上がっていく感じも良い味わいでした。4本のホルンの勇壮さが印象的な部分ですが,2本のトランペットによるヒロイックな音も効果的で,クライマックの高揚感をさらに盛り上げていました。

アンコールでは,「夏の夜の夢」の中のスケルツォが演奏されました。フルートの岡本さんをはじめとして,木管楽器の皆さんには,本割のプログラムが終わったからといって,うかうかとしていることのできない曲ですが,丁度,「スコットランド」の第2楽章と呼応し合うような気分があり,演奏会を締めるにはぴったりのアンコールとなっていました。

今回の指揮者のデイヴィッド・スターンさんは,プロフィールには書かれてはいないのですが,お名前からも分かるとおり,アイザック・スターンさんのご子息です。明記していないところを見ると,「親の七光り」と言われることを嫌っているのではないかと思いますが,今回の指揮ぶりはそのセンスの良さをしっかりと伝えていたと思います。スターンさんは,OEKのモデルとなったパリ室内管弦楽団をはじめとして,室内オーケストラとの共演の多い方のようですので,今後もまた共演する機会があるかと思います。例えば,もっと古い時代の曲についてどのような解釈を聞かせてくれるのか,再演を期待したいと思います(今回は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンは対向配置を取っていましたが,コントラバスは通常どおり上手側でした。また,古楽奏法は特に取り入れていなかったと思います。)。

5月に入ってからは,諏訪内さんのメンデルスゾーンと今回の庄司さんによるチャイコフスキーのいわゆる「メン・チャイ」を2週続けて聞いたことになりますが,まさに夢のような贅沢な取り合わせです。大都市圏ではよくあることかもしれませんが,金沢でこういう現象が起こるということは数年前には考えられなかったことです。音楽堂効果が発揮されていると言えます。

このことを含め,このところのOEKの定期公演は本当に充実した演奏が続いています。比較的,現代曲が少ないプログラムが続いているのですが,やはりドイツ・オーストリア系のハイドンからブラームあたりの時代の曲は特に聞き応えがあるなと実感しています。今年,OEKは金聖響さんとブラームス・チクルスを行っていますが,しばらくは,このオーソドックス路線に浸って,十分に堪能したいと思います。(2007/05/23)

今日のサイン会

庄司紗矢香さんのサインです。デビュー盤のパガニーニの協奏曲のジャケットに頂きました。それにしても今回のサイン会には大勢の方が並んでいました。


デイヴィッド・スターンさんのサインです。こうやってみると,アイザック・スターンさんの面影がありますね。



OEKの皆さんからのサインです。左上からヴァイオリンの大村一恵さん,大隈容子さん,ホルンの金星眞さん。今回は,庄司さん効果もあり,OEKの皆さんもサインをするのは大変だったと思います。