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第3回大村俊介・大村一恵ヴァイオリン・デュオ・コンサート
2007/06/06 金沢市アートホール
1)バッハ,J.S.,ヴィヴァルディ/協奏曲ヘ長調BWV.978
2)ガッロ/2つのヴァイオリンと通奏低音のための12のソナタ集〜第2番変ロ長調
3)ヴィヴァルディ/2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ集〜ニ短調op.1-12,RV.63「ラ・フォリア」
4)モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第40番変ロ長調K.454
5)ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調op.78「雨の歌」
6)モシュコフスキー/2つのヴァイオリンとピアノのための組曲ト短調op.71
7)(アンコール)ガッロ/2つのヴァイオリンと通奏低音のための12のソナタ集〜第12番
8)(アンコール)エルガー/愛の挨拶
●演奏
大村俊介(ヴァイオリン*2-3,5-8,大村一恵(ヴァイオリン*2-5,7-8),小林道夫(チェンバロ*1-3,ピアノ4-8)

Review by 管理人hs  

毎年6月は,学校向けの音楽教室が集中することもあり,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の公演は少なくなるのですが,その分,団員による室内楽公演が熱心に行われているようです。特に井上道義さんが音楽監督になられてからは,金沢21世紀美術館での室内楽シリーズなど,従来以上に団員個人や小編成による演奏の機会が増えてきています。そんな中,金沢市アートホールで,OEKのヴァイオリン奏者の大村俊介さんと一恵さん夫妻によるデュオ・コンサートが行われました。

大村夫妻と言えば,金沢蓄音器館でのモーツァルトの弦楽四重奏曲の全曲”持久聴”シリーズを思い浮かべます。その味のある演奏とトークのファンとしては,是非,一度このお二人によるデュオ・コンサートも聞いてみたいと思い,出かけてきました。このお二人によるデュオ・コンサートは3回目になりますが,今回のもう一つの注目は,小林道夫さんがピアノ及びチェンバロ奏者として出演される点です。小林さんは,日本を代表するベテラン鍵盤楽器奏者で,室内楽や歌曲の伴奏の権威です。バロックからモシュコフスキーまでという,多彩な室内楽曲を並べた今回のプログラムには最高の奏者ということが言えます。

この小林さんに敬意を表して,大村夫妻に先立ち,まず,小林さんが登場し,ヴィヴァルディの協奏曲をバッハがチェンバロ独奏用に編曲した作品が演奏されました。この日のチェンバロは反響板の裏に美しい装飾的な絵が描かれたものでしたが(音楽堂のチェンバロ?どこかで見覚えがあります),それを見るだけで会場の雰囲気がバロックの気分になりました。そこに小林さんがクールに登場すると,今度は落ち着きのあるバッハの世界となり,日常生活とは違った空気になりました。ただし,演奏された曲は,ヴィヴァルディの協奏曲がオリジナルということで,チェンバロで演奏すると,ヴィヴァルディのマンドリン協奏曲(映画「クレイマー・クレイマー」のテーマ曲)のようにも聞こえてきて,面白いなと思いました。

小林さんは,以前,石川県立美術館での演奏会などによく来られていましたが,かなり前からロマンス・グレーの白髪の方だったこともあり,見た目の雰囲気は以前とは全然変わっていません。ますます演奏に落ち着きが加わって来ているように思えました。

その後,大村夫妻がステージに登場しました。まず,大村一恵さんの第1ヴァイオリン担当で,ガッロという作曲家の作品が演奏されました。この作曲家についてもこの曲についても,全く知らなかったのですが,ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」のオリジナル曲ということで,どこかで聞いたことのあるような曲でした。1曲目がチェンバロ独奏曲でしたので,ヴァイオリン2人が登場するこの演奏はとても艶やかに感じました。イタリア的な伸びやかさのある健康的な演奏でした。

次の曲は,同じイタリアの作品ではありましたが,「ラ・フォリア」ということで,前曲とは全く違った気分を持った作品となっていました。この曲では,第1ヴァイオリンを大村俊介さんが担当していましたが,このことも関係があるかもしれません。もともと「ラ・フォリア」というのは,「狂気」といった意味がありますので(5月の連休に行われていた「ラ・フォル・ジュルネ=熱狂の日」と同じ語源ですね),前曲に比べると”押しの強さ”があります。大村俊介さんは,ノン・ヴィブラート風に,とてもしっかりとメロディを演奏しており,聞き応えがありました。2本のヴァイオリンによる変奏が続くうちに,静かな雰囲気だったのが,いつの間にか熱い気分になっていたといった,不思議な味わいがありました。

前半の最後は,大村一恵さんと小林道夫さんのデュオでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第40番が演奏されました。この番号が示すとおり,モーツァルトの円熟期の名作なのですが,私自身,生で聞くのは初めてのような気がします。重奏で聞く時よりは,ヴァイオリンの音程が少し甘く感じられるところはあったのですが,とても健康的で穏やかな音楽を楽しむことができました。この演奏会自体,大村夫妻の周囲に金沢の室内楽愛好家が集まってきているようなアットホームな気分がありましたが,この演奏など,その気分にぴったりでした。

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは,ピアノのパートも大変重要なのですが(原題は「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」ですのでヴァイオリンと対等以上の扱いの曲もあるようです),今回の小林さんの演奏はとても粒立ちの良い音で,控えめながら,しっかりと大村さんの演奏を支えていました。

休憩後は,今度は大村俊介さんと小林道夫さんのデュオでブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番が演奏されました。これが大変印象的な演奏でした。冒頭から大変ゆっくりとしたテンポで演奏され,どこかお客さんに親密に語りかけるような感じの演奏となっていました。途中,さすがにちょっとテンポが遅すぎるかな,という部分もあったのですが,聞いているうちに3楽章などは,疲れたサラリーマンの心情を代弁しているような演奏に思えてきて,妙にしみじみと共感してしまいました。仕事帰りに聞きに来ていた私が,一方的にそう思っただけかもしれませんが,オーケストラ奏者というのも,会社員同様,組織の中の一員ですので,そういう聞き方もあながち外れではないかな,という気もしました。

演奏会の最後は,モシュコフスキーの2つのヴァイオリンとピアノのための組曲が演奏されました。この曲は一般的にはあまり知られていない曲ですが,大変聞き応えのある,「隠れた名曲」的な作品でした。組曲という名前は付いていますが,実質は4楽章のソナタのような感じの変化に富んだ曲想を持った作品でした。

ト短調の作品ということで,ドラマを感じさせる雰囲気で始まり,一気に曲の世界に浸らせてくれました。2曲目でホッと一息ついた後,3曲目はエレジー風の楽章になります。ここでは最後の方の超高音の弱音が印象的でした。4曲目は,タランテラのような躍動感溢れる気分で始まった後,最後はテンポアップして終わります。ポーランドの作曲家ということで,少しスラブの香りもあるのも魅力的でした。大村夫妻の演奏は,さすがに息がぴったりで”地味だけれども華麗”といった独特の味を感じさせてくれました。

今回は,大変盛り沢山のプログラムということで,この時点で既に9:15分ぐらいになっていたのですが,「せっかくなので」ということでアンコールが2曲演奏されました。最初に演奏されたのは,前半に演奏された同じガッロの12のソナタ集の中の最後の作品でした。この曲は,ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」でもフィナーレで使われているもので,「ああ,この曲か」と聞き覚えがありました。そして,最後にエルガーの「愛の挨拶」が演奏されてお開きとなりました。流れるような歌の掛け合いは,お馴染みのアンコール・ピースをさらに豪華なものにしていました。

というわけで,モシュコフスキーなどの,一見渋そうだけれども華麗な曲とブラームスなどの本当に渋い曲を,小林道夫さんの万全の伴奏の上にじっくりと聞かせてくれる,充実した演奏会となりました。この日のお客さんは,上述のとおり,大村夫妻の”おなじみの人”が多い感じで,とても良い雰囲気がありましたが,そのサロン風のリラックスした雰囲気の中で,少しマニアックで本格的な室内楽プログラムを楽しむことができました。選曲・演奏・会場の雰囲気とどこをとっても,いかにも大村さんらしいところがありました。OEKの個々の団員の活動もすっかり地元に根付いたものになってきているな,と実感できた演奏会でした。 (2007/06/08)