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オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ:もっとカンタービレ第1回 華麗なるピアノトリオ
2007/06/20 石川県立音楽堂交流ホール
1)シュトラウス,R./ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調〜第3楽章
2)モーツァルト/クラリネット五重奏曲変ロ長調K.581〜第1楽章
3)ベールマン(伝ワーグナー)/クラリネットと弦楽四重奏のためのアダージョ
4)ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第5番ニ長調op.70-1「幽霊」
5)(アンコール)ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調op.11「街の歌」〜第2楽章
●演奏
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*2-5),山野祐子(ヴァイオリン*1-3),ルーク・マウラー(ヴィオラ*2-3),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2-5),遠藤文江(クラリネット*2-3),鶴見彩(ピアノ*1),松井晃子(ピアノ*4-5)
Review by 管理人hs  

この日のチラシとチケットとパンフレットです。「カンタービレ」ということで,チラシの文字の色合いは「のだめ」風です。私は6回通し(6000円)の券を買ったのですが,この券には「〜回用」という指定はありませんので,例えば,6人一緒に同じ回に行くようなことも可能です。まさにバスの回数券のような感じで使えます。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督が井上道義さんに変わって以来,OEK団員による室内楽公演が充実してきていますが,今回から「もっとカンタービレ」と題された本格的な内容の室内楽シリーズが始まることになりました。その第1回に出かけてきました。

このシリーズのいちばんの特色は,OEKの団員自身がプロデュースを行うという点です。シリーズの開始にあたり,OEKのオーボエ奏者の加納さんが,趣旨の説明をされたのですが,まずOEK団員を対象に演奏したい曲のアンケート調査を行い,その結果出てきた曲を元にテーマを設定し,プログラムを決めた,とのことです。その決定は,加納さんを含む,数名の委員が担当したとのことですが,団員のイニシアチブによる演奏会というこれまでにない発想は大変素晴らしいものです。

というわけで,今回の演奏会は,「やりたい曲をやりたい人が演奏する」というコンセプトどおり,これまで金沢で行われてきた演奏会では,あまり取り上げられてこなかったような曲が中心のプログラムでした。いずれも聞き応えのある演奏ばかりでしたが,やはり,「自ら選んだ」という思いと責任の強さが演奏にも反映していたのではないかと思いました。

まず最初に,山野祐子さんのヴァイオリンと鶴見彩さんのピアノによってR.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタの第3楽章が演奏されました。この曲が金沢で演奏されるのは,滅多にないことですが(初めて?),次々と楽想が沸いて出てくるような大変聞き応えのある作品でした。鶴見さんによるいかにもドイツ音楽らしい,落ち着いた序奏に続いて,さすがR.シュトラウスというメロディが華麗に登場して来ます。全体にもっと大柄な雰囲気があると良いかなという部分もありましたが,シリーズの最初を飾るのに相応しい曲であり,演奏でした。

続いて,遠藤文江さんを中心としたモーツァルトのクラリネット五重奏曲の第1楽章が演奏されました。この曲は,大変有名な曲で,金沢ではヴェンツェル・フックスさんのクラリネットで演奏されたことがありますが,今回の遠藤さんの演奏は何と言っても,バセット・クラリネットによる演奏である点に特徴がありました。

この曲は楽器製作者でもあったアントン・シュタトラーのために作られた曲だということはよく知られていますが,もともとはバセット・クラリネットという通常よりも3音低い音まで出すことのできる”シュタトラー特製”の楽器用に作られた曲です。遠藤さんは,この貴重な楽器を最近入手されたとのことですが,「幻の楽器の音をご披露しましょう」というのが,今回の選曲の狙いと言えます。

ヤングさんとカンタさんを中心とした弦楽四重奏による演奏が始まった後,バセット・クラリネットが入ってくるのですが,この最初の音が,ちょっと聞きなれないような低い音でした。恐らく,これが「バセット・クラリネットの音」だったのだと思います。この音型はすぐに繰り返されるのですが,2回目の方は通常の音域でしたので,その違いがよく分かりました。今回は第1楽章だけの演奏だったので,それ以外の部分の違いはよく分かりませんでしたが,低音が豊かに響くことによって,陰影の濃さをよりはっきりと出すことができるのではないかと思いました。

このバセット・クラリネットという楽器ですが,見た目にも一回り大きいことは分かりました。通常のクラリネットとは違い,首に掛けた紐に楽器を吊り下げて演奏されていました。オーボエとイングリッシュ・ホルンの関係に似ているようです。

遠藤さんの演奏は,クラリネットの演奏の時同様,とてもマイルドで滑らかな美しさを持った演奏でした。それほど耽美的な感じはしませんでしたが,弦のメンバーの積極的な演奏と相まって,とても生き生きとした音楽を作っていました。私自身,この曲がとても好きなのですが,機会があれば,バセット・クラリネットによる全曲演奏を是非聞いてみたいと思いました。

その後,ベールマンのアダージョという珍しい作品が演奏されました。この曲もクラリネット五重奏と同じ編成で演奏されましたが,こちらの方は,”本家”クラリネットによる演奏でした。本家の方がスマートで闊達な感じがあるような気がしましたが,それよりも曲の素晴らしさに感激しました。この曲の作曲者のベールマンは,シュタトラー同様,クラリネット奏者として知られている人で,モーツァルトとシュタトラーの関係同様,数曲あるウェーバー作曲のクラリネット曲の初演を行った人です。この人なしには,ウェーバーのクラリネット協奏曲は存在しなかったのですが,今回演奏されたアダージョもまた,クラリネットの音色の美しさを最大限に生かしたような作品となっていました。

ウェーバーの曲に通じるような,夜の森の中で澄んだ月の光を見るような静かな陶酔感がありました。従来,ワーグナー作曲と考えられていた曲ですが,それももっともと思わせるような,ドイツ・ロマン派の雰囲気に満ちた「隠れた名曲」でした。

後半は,今回のメイン・プログラムである,ベートーヴェン作曲の「幽霊」というニックネームの付けられたピアノ三重奏曲の全曲が演奏されました。「幽霊」の割には軽快に始まる曲なのですが,この冒頭部分のキレの良いスピード感に一気に引き付けられました。この部分に代表されるように音楽全体に勢いのある演奏で,金沢では比較的演奏される機会の少ないピアノ三重奏という編成の面白さと充実感を実感できました。

今回は,ヤングさんとカンタさんにピアノの松井晃子さんが加わった編成でしたが,常設のトリオだと思わせるほど息が良く合っていました。3人とも室内楽をよく演奏されている方々ですが,まさに熟練の演奏という感じでした。ピアノ三重奏という編成については,昔からカザルス・トリオ,オイストラフ・トリオ,スーク・トリオなど,有名なソリストが三つ巴に組んだグループが良くあります。「百万ドルトリオ」といったニックネームが付いたグループもありましたが,室内楽の中では意外と豪華な気分を感じさせてくれます。

今回の演奏もまた,華やかさのある演奏でした。OEKの中でもソリスト的な活躍をされることのあるヤングさんとカンタさんの演奏が素晴らしいのは言うまでもないのですが,松井晃子さんのピアノもそれに負けない芯の強い美しさがありました。両端楽章の速いパッセージでのきらめくような音は本当に見事でした。

中間の第2楽章が「幽霊」の由来になっているのですが,この部分もそれほどおどろおどろしくなく,純粋に音の美しさを堪能させてくれるような感じでした。全体で30分ほどかかる大曲でしたが,密度の高さが一貫しており大変聞き応えがありました。このトリオでまた別の曲を聞いてみたいと思いました。トリオのニックネームとしては,さしずめ「百万石トリオ」といったところでしょうか(ちょっとお笑い芸人風か?)?

アンコールでは,同じベートーヴェンのピアノ三重奏曲の中から第4番「街の歌」の第2楽章が演奏されました。こちらの方もまた,ヤングさんとカンタさんのソリストとしての魅力が発揮された演奏で,シンプルな歌を堪能できました。この演奏を聴いて,シューベルト,メンデルスゾーンなど,ピアノ三重奏曲の名曲をどんどん取り上げていって欲しいと感じました。

演奏後,ヴィオラの古宮山さん(加納さん同様「委員」とのことです)から,このシリーズは,OEKの本来の仕事である定期公演同様,これからもずっと続けて行きたいとのアナウンスがありました。室内楽の演奏会とはいえ,お馴染みのOEKメンバーが次々と間近なステージに登場するこの室内楽シリーズには,大変華やかな雰囲気があるような気がします。継続することによって,OEK全体のみならず,OEKの個々のメンバーに対する愛着が増すことは確かだと思います。というわけで,OEKファンとしては,定期公演同様にこのシリーズの応援をしていきたいと思います。OEK団員にとっても聴衆にとっても意味のあるシリーズとして定着していくことを期待しています。

PS.演奏会前にフォーラスのCMがさりげなく,スクリーンに表示されていましたが,イメージを壊さないようなものならば,こういうスポンサーの映像が出てくるのは,なかなか面白いと思いました。ただし,休憩時間や演奏会前にCDの音楽が流すのは不要な気がしました。

PS.遠藤さんが今回のトークの中で,ご自身がソリストとして登場する22日の定期公演の紹介をされたり,古宮山さんが24日の「ふだん着ティータイム・コンサート」の紹介をされたりしていましたが,こういう雰囲気もワイドショーの中の”生CM”のようで面白いと思いました。(2007/06/22)

会場の光景


交流ホールの上のガラスの部分からのぞいたものです。正面のスクリーンにはフォーラスのCM映像がさりげなく流れていました。

このガラス部分は演奏会中もずっと開いていましたので,見るだけならば無料で見れてしまうのではないかと思います。

これは,丁度,金沢21世紀美術館の無料ゾーンから有料ゾーンをのぞくような雰囲気がありました。

通りがかりのお客さんの目(耳?)を引くのでPR効果があるのではないかと思いました。