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オーケストラ・アンサンブル金沢第223回定期公演PH
2007/06/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ウェーバー/歌劇「魔弾の射手」序曲
2)ウェーバー(ベルリオーズ編曲)/舞踏への勧誘
3)ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番ヘ長調op.73,J.114
4)(アンコール)ベールマン/アダージョ
5)ウェーバー/聖なるみさ第1番変ホ長調op.75a,J.224「魔弾の射手ミサ」
6)アンコール2曲(インドネシア民謡風の合唱曲))
●演奏
アヴィップ・プリアトナ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-5,
合唱:バターヴィア・マドリガル・シンガーズ*5-6,ラトナ・クスマニングルム(ソプラノ*5),フィトリ・ムリアーティ(メゾ・ソプラノ*5),ファルマン・プルナーマ(テノール*5),ライニール・レウィレイノ(バス*5)
遠藤文江(クラリネット*3,4)
プレトーク:池辺晋一郎

Review by 管理人hs  


このところオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演では,ブラームスの曲を集めたり,ベートーヴェンの曲を集めたり,同一作曲者の曲を集めたプログラミングが多いのですが,今回はオール・ウェーバー・プログラムでした。ウェーバーはとても有名な作曲家ですが,このような形でまとめて取り上げられることは非常に珍しいことです。

この「ウェーバー尽くし」公演がインドネシア出身のアヴィップ・プリアトナさんの指揮で行われました。今回,同じインドネシアの合唱団,バターヴィア・マドリガル・シンガーズがゲスト出演しましたが,この団体の音楽監督を務めているのがプリアトナさんです。このコンビとOEKとは昨年10月のシンガポール,マカオ公演でも共演を行っています。OEKの定期公演には,以前,シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭合唱団が客演したことがありますが,今回の公演もまた海外公演で出来た”ご縁”の”お返し”ということが言えそうです。

もう一つの注目は,OEKのクラリネット奏者の遠藤文江さんが,ソリストとして登場することです。OEK団員がソリストとして登場するのを見るのは,OEKファンとしては,大変嬉しいことです。

演奏会は,超有名曲2曲から始まりました。最初の歌劇「魔弾の射手」序曲は,OEKは過去数回演奏したことはありますが,トロンボーン3本が入る曲ということもあり,それほど多くは演奏してはいません。

今回のプリアトナさんの指揮は,大変誠実なものでした。演奏会後恒例のサイン会には,指揮者と合唱団の中の4名の方が参加されていましたが,プリアトナさんをはじめ,どの方もとても明るい表情をされていました。今回の公演全体には,素朴で誠実な温かみが感じられたのですが,このプリアトナさんの笑顔がそのまま反映されていたのではないかと思います。

序曲の方は,曲が始まると有名なホルンの重唱になります。この辺りの落ち着いた気分も素晴らしいものでした。プリアトナさんは合唱指揮者として活躍されている方ですが,この部分では大きく息を吸うように音楽にタメが作られ,たっぷりとした響きになりました。その後も全く慌てないテンポ設定で,じっくりと音楽を聞かせてくれました。この曲については,曲の後半,一気にテンポアップし沸き立つように終わるというパターンが多いと思うのですが,今回の演奏は,そういう華やかさはなく,じわじわと喜びが増してくるような感じでした。

次の「舞踏への勧誘」のオリジナルは,ピアノ曲ですが,今回は原曲以上によく知られているベルリオーズによるオーケストラ編曲版で演奏されました。首席チェロ奏者のカンタさんによる非常に艶やかなソロに続いて,ワルツが始まりますが,この曲の方は,序曲に比べるととても快適なテンポでした。プリアトナさんは,ウィーンで学ばれた方ということですが,穏やかなワルツの気分が自然に出ていました。

この曲は「曲の終わりが紛らわしい曲ベスト10」という企画があれば,1位になるような曲ですが,やはり曲中の舞踏会が終わった部分でパラパラと拍手が入りました。この曲に関しては,”パラパラ”と入るぐらいの方が何となく愛嬌があるかもしれません。最後にもう一度カンタさんのソロが入りおしまいとなるのでうすが,何とも言えない上品な雰囲気がこの曲の締めくくりにはぴったりでした。

前半最後は,遠藤文江さんのクラリネット独奏で,クラリネット協奏曲第1番が演奏されました。OEKの演奏では,同じウェーバーのクラリネット・コンチェルティーノを聞いた記憶はあるのですが(仙台フィルとOEKの合同演奏の時に仙台フィルの日比野さんの独奏で聞いています),協奏曲第1番をOEKが定期公演で演奏するのは初めてだと思います。

この曲は,古典的な3楽章形式で作られたまとまりの良い作品なのですが,ウェーバーの曲らしくオペラのアリアを思わせるような部分があったり,華麗にクラリネットの技巧を聞かせる部分があったり,どの部分を取っても楽しめました。

前の2曲同様,プリアトナさんの作る落ち着きに満ちた音楽の上に遠藤さんの鮮やかでクリアなクラリネットの音が広がりました。全体に遅めのテンポで演奏されていましたので,非常に丁寧でくっきりとした演奏になっていました。両端楽章では,華やかな見せ場もあり,遠藤さんの演奏もとても表情豊かだったのですが,派手になり過ぎることはなく,全体としては,心に染みる音楽をたっぷりと聞かせてくれるような演奏となっていました。

第2楽章は,「魔弾の射手」序曲の冒頭のような感じではじまり,じっくりとした歌を聞かせてくれます。ここではホルンの重奏との絡み合いが幻想的な雰囲気を出していました。第3楽章は軽快な雰囲気になるのですが,ここでも慌てた感じにはなりません。所々,頂点を築くようにクラリネットに高い音が出てくるのですが,この音もとても美しく,オペラのアリア風の雰囲気も出ていました。

というわけで,「良い曲だなぁ」と改めて曲の良さを実感させてくれる演奏となっていました。丁度1年後の2008年6月の定期公演では,ベルリン・フィルのヴェンツェル・フックスさんの独奏によるウェーバーのクラリネット協奏曲第2番が演奏されるようですが,こちらの方も楽しみになってきました。

OEK団員による演奏ということで,演奏後は,いつもにも増して客席,ステージ上ともに盛大な拍手が続きました。カンタさんがソリストとして登場する時などもそうですが,OEK団員がソリストとして登場すると,定期会員にとっては,「近所のおじさん」とか「親戚のお嬢さん」とかが晴れ舞台に立っているような嬉しさを感じます。そういう状態になって初めて,”真のOEKファン(?)”と言えるのではないか,と勝手に思ったりしています。

というわけで,アンコールが演奏されました。演奏されたのは,つい先日,交流ホールで行われたOEK団員による室内楽公演でも演奏されたベールマンのアダージョでした。ベールマンという人はウェーバーの協奏曲の初演を行ったクラリネット奏者ですが,作曲者でもあります。このアダージョは,ウェーバーの第2楽章と呼応するようなムードを持った曲ですので,アンコールにはまさにうってつけです。数日前は遠藤さんのクラリネット+弦楽四重奏という形で聞いたのですが,この日はクラリネット+弦楽合奏ということで,さらにロマンティックな気分が強くなっていました。この日は,公演全体をライブ録音していましたが,この曲なども是非収録して欲しいものです。

後半は,バターヴィア・マドリガル・シンガーズとの共演で,聖なるミ第1番,通称「魔弾の射手ミサ」が演奏されました。公演チラシを見た感じでは,歌劇「魔弾の射手」のハイライト版のような曲を想像していたのですが,実際は共通する素材が所々で出てくるという程度で,普通のミサ曲でした。ただし,普通といっても,バロック時代のミサ曲とはかなり雰囲気が違いました。

何というかとても親しみやすく,穏やかな気分になれるような作品でした。キリエ,グローリアといった曲は,ベートーヴェンの荘厳ミサなどでは,大変堂々とした重みがありますが,この曲では,どこか可愛げのあるのどかさを感じました。この点は,もしかしたらこの指揮者と合唱団の持ち味なのかもしれません。

合唱団の女性団員は鮮やかな水色のドレス(単純な水色ではなく独得の水色でした。少し緑が入っているのかもしれません)で登場されましたが,これは,宗教曲の公演にしては異例のことです。また,女性団員の中には,頭にスカーフを巻いている方もいらっしゃいましたが(この方がソプラノ独唱を担当していました),考えてみると,イスラム教の人がキリスト教の曲を歌っているわけで,これも異例のことかもしれません(仏教徒の日本人がミサ曲を歌ったり,受難曲を聞いて感動することもありますので,この点については,特に問題にすべきことではないと思います。)

そういったことも含め,このインドネシアの合唱団の歌声からは,包容力の豊かさのようなものを感じました。合計で30人ほどの人数だったのですが,声量は豊かで,全体に大らかな明るさを感じさせてくれました。その中から,体に染み込んでいるような誠実な宗教心のようなものが伝わってきました。やはり,この合唱団の場合,黒い衣装で歌うよりは,鮮やかな衣装で歌う方がふさわしいと感じました。

いくつかの曲では,ソリストも登場しましたが,いずれも合唱団員が担当していました。合唱団全体としての雰囲気もそうだったのですが,冷たく透き通るような感じではなく,西洋風とは違う声質に思えました。出番の多かったソプラノ独唱の方などは,ちょっと「ちりめんヴィブラート」風だったのですが,それが実に良い雰囲気を出していました。「ベネディクトゥス」でのチェロとの絡み合いなどもじっくりと聞かせてくれましたが,とても面白いキャラクターを持った歌手だと思いました。

後半の「サンクトゥス」では静かな重唱が出てきましたが,これも同様に手作りの素朴さを感じさせてくれるものでした。「アニュス・デイ」の最後で「平和」を祈って終わるのが宗教曲のパターンなのですが,歌自体が平和そのものでした。曲全体としても,厳粛さよりも,幸福感がじわじわと高まってくるような曲であり演奏となっていました。

インドネシアという国については,時々,テレビ・ニュースで見るぐらいでほとんど知識は持っていないのですが,この合唱を聞いていると,穏やかで優しい雰囲気の方が多いような気がしました。過去,日本の植民地だった時代もあるのですが,今回の演奏を聞いて,インドネシアという国自体に対する関心が高くなりました。「南の島の優しい人たち」ということで,どこか沖縄と通じる風土があるような気がします(独得の踊りや音楽文化を持っている点も共通しています。)。

アンコールでは,民謡風の曲が,ア・カペラで2曲歌われました。1曲目は,ミサ曲の最後の「平和」の雰囲気の延長上にあるような曲でした。2曲目は,より民族的な感じで,擬音を入れたり,ドスンという足踏みを入れたり,エンターテインメント精神に満ちた楽しい曲でした。実は,この日のプレトークの時に,既に1曲,民族音楽風の楽しい曲を披露されていたのですが,今回の公演を通じて,この合唱団の存在感と人気は一気にアップしたことでしょう。プレトークの時は,手の動作が入り,ステージ上を動き回っていましたが,とても芸達者な合唱団のようです。

というわけで,今回の定期公演は,最後には合唱団の方に主役を奪われてしまったようなところはありましたが,全体としてとても気持ちの良い内容でした。今回取り上げたウェーバーは,キャラクター的にはOEKにぴったりですので,これからも「ウェーバー再発見」的なプログラムを期待したいと思います。(2007/06/23)

(番外)OEKの定期会員募集ポスターですが...またまた,井上音楽監督が見せてくれました。
石川県立音楽堂の正面玄関に飾ってありました。


ちなみに,次のようなバージョンもあります。こちらは定期会員募集のチラシの方です。

内股になっているのが何ともいえないユーモアをかもし出しています。

発想の豊かさとそれを本当にやってしまうチャレンジ精神には感服いたします。

今日のサイン会


遠藤文江さんのサインです(読みにくいですが,銀色で書かれています)。遠藤さんが,白川毅夫さんとクラリネット・デュオでレコーディングしたCDです。この日はサイン会ががあるだろうと思い持参したものです。バッハの2声のインベンションなどをクラリネット2本で演奏するという大変面白い企画のCDです。



指揮者のアヴィップ・プリアトナさんのサインです。



バターヴィア・マドリガル・シンガーズの中の独唱を務められた4人の方のサインです。ラトナ・クスマニングルム(ソプラノ),フィトリ・ムリアーティ(メゾ・ソプラノ),ファルマン・プルナーマ(テノール),ライニール・レウィレイノ(バス)の皆さんです。誰がどのサインかは...分からなくなってしまいました。