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バロック音楽の愉しみVII
2007/07/02 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)ヘンデル/組曲「水上の音楽」から第1組曲抜粋(第1〜4曲,10曲),第2組曲全曲(第11,12,15,14,13曲)
2)バッハ,J.S./ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調
3)バッハ,J.S./カンタータ第147番「心と口と行いと生活で」BVW.147
4)(アンコール)モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
5)(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜エア
●演奏
延原武春指揮オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー(コンサート・ミストレス:マヤ・イワブチ),西澤和江(ヴァイオリン*2),長澤幸乃(ソプラノ*3),安藤明根(アルト*3),与儀巧(テノール*3),安藤常光(バリトン*3),金沢バロック合唱団(合唱指揮:表まり子)*3,4
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂邦楽ホールで行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーのよる「バロック音楽の愉しみVII」に出かけてきました。このシリーズはこれまで交流ホールで行われてきたのですが,今回はかなりの大編成ということもあり,邦楽ホールの方で行われました。合唱団に加え声楽のソリストが4人もいましたので,昨年末の「オルフェオ」公演の続編という感じでもありました。

今回の公演は,前述のとおり,バロック音楽のシリーズにしては,編成が大きく,OEKは次のような編成でした。

第1ヴァイオリン3,第2ヴァイオリン3,ヴィオラ2,チェロ1,コントラバス1
オーボエ2,ホルン2,トランペット2,ファゴット1

すべての曲がこの編成だったわけではないのですが,トランペットやホルンまで入りましたので,ほとんど定期公演と言っても良い内容でした。このところ,OEKは,ヴァイオリンとピアノの二重奏から始まり,ピアノ三重奏,弦楽四重奏,管楽四重奏,クラリネット五重奏...といろいろな編成で室内楽を行っていますが,今回の編成は,この室内楽とOEKフル編成との中間に入るような編成でした。いろいろな編成がグラデーションのように揃う活動というのも新しいOEKのあり方として面白いと思いました。

というわけで,今回は指揮者入りの公演でした。指揮は,このシリーズではすっかりお馴染みの延原武春さんでした。延原さんの公演の時は,指揮だけではなく,柔らかな関西弁の味のあるトークも飛び出してくるのですが,今回もまた軽妙な話も楽しませてくれました。

前半はまず,ヘンデルの「水上の音楽」の抜粋が演奏されました。この曲はOEK全体の定期公演でも抜粋版が演奏されたこともありますが,今回も主要な9曲取り上げらていましたので,聞き応えがありました。

今回のOEKの楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが並び,上手側に低音楽器が来る「通常の配置」でした。弦楽器の奏法も完全な古楽奏法ではなかったようでした。今回の会場の邦楽ホールは,コンサートホールに比べると残響は少ないのですが,さっぱりとした乾いた響きで,悪くはありませんでした。邦楽ホールの音響については,クラシック音楽には向かないのではないかと思っていたのですが,こちらのホールもオープンして5年経ち,うまい具合に年輪を重ねているような気がしました。夏到来という爽やかな気分を感じることができました。

今回取り上げられた曲の中では,「アラ・ホーンパイプ」はつい先日の,青島広志さんとの公演で聞いたばかりでしたが,今回は弦楽器が少なかったこともあり,ホルン2本とトランペット2本の絡み合いをよりはっきりと楽しむことができました。

数曲演奏した後,延原さんのトークが入り,今回は,ティンパニを含まない版で演奏するという説明がありました。ヘンデルの作曲当時は,ティンパニとトランペットがセットになって同じ音を演奏することが慣習だったのですが,オリジナルの譜面上は,ティンパニは入っていないとのことでした。

その後,延原さんが,邦楽ホール内の提灯を見ながら「時代考証的には,提灯とバロック音楽は合ってます(おーてます)。これでええねん(この辺の関西弁の語り口は不確かなので間違っていたらすみません)」と話されているうちに,パッと提灯に明かりが入ったのも,よいチームプレイでした。

演奏の方も,すっきりとした健全さと,そこはかとなくユーモアの漂うリラックスしたムードのある演奏でした。

続く,バッハのヴァイオリン協奏曲第2番には,独奏として金沢出身のヴァイオリニストの西澤和江さんが登場しました。西澤さんの演奏も,古楽奏法ではありませんでしたが,甘さと渋さのバランスがうまく取れており,全体としてすっきりとした美しさがありました。その一方,演奏全体にスケールの豊かさが漂っているのが素晴らしい点でした。特にじっくりと聞かせる第2楽章と大輪の花が咲いたような第3楽章が聞き応えがありました。西澤さんは,立ち姿からしてスラッとした品のある華やかさのある方ですので,バロック音楽というよりは,少し古典派の協奏曲風の雰囲気のあるこの曲には相応しい演奏だったと思いました。

後半は,カンタータ第147番が演奏されました。今回,私自身を含め,「主の人の望みの喜びよ」として有名なコラールを含む名曲を一度生で聞いてみたいと思って,会場に足を運んだ人も多かったのではないかと思います。金沢でこの曲を聴く機会は滅多に無いのですが,今回興味深かったのは,この曲が初演されたのがこの日と同じ7月2日(「聖マリアの訪問の主日 )だったことです。この日の由来については知りませんが,こういう一致があると,この曲の初演時の季節感などを想像して親近感が増します。

この曲は,弦楽合奏,通奏低音に加え,オーボエ2本,トランペットも入る曲ということで,OEKの定期公演に近い雰囲気もありました。合唱団は,金沢バロック合唱団という今回の公演のために結成された合唱団でした。人数は各パートが4,5名と少なめだったこともあり,全体に簡素でじっくりと聞かせるような雰囲気がありました。オーケストラとのバランスも丁度良かったと思います。なお,通奏低音としては,チェロ,コントラバズ,ファゴットに加え,黒瀬恵さんのオルガンと高田泰治さんのチェンバロが加わっていました。

最初の曲はトランペットの音で始まる,立派な曲なのですが,思ったよりも遅いテンポで控えめに始まりました。そのせいか,全体の雰囲気が少しぎこちなく感じました。その後は,4人のソリストが順に登場しました。今回登場した4人の中では,テノールの与儀巧さんの声が特に印象的でした。昨年の「オルフェオ」公演にも出演された方で,大変若々しい声を存分に聞かせてくれました。アルトの安藤明根さんも昨年の「オルフェオ」に出演された方ですが,アルトの出番の時はいつもオーボエとの絡みがあり,とても落ち着いた雰囲気を一体となって表現していました。なお,今回のオーボエですが,オーボエ・ダモーレと持ち替えて演奏されていたようです。

ソプラノの長澤さんも「オルフェオ」についての登場でしたが,今回はちょっと高音が不安定な感じでした。バスはおなじみの安藤常光さんでした。滑らかで落ち着いた歌でしたが,個人的にはちょっとしっくり来ませんでした。

OEKの演奏では,オーボエのお二人の演奏も印象的でしたが,第1曲目と第9曲目での藤井さんのトランペットの響きも見事でした。どちらも高音の続出す曲で,ブランデンブルク協奏曲第2番あたり演奏するような大変さがあったのではないかと思います。今回のコンサート・ミストレスのマヤ・イワブチさんのセンシティヴなソロも印象的でした。

このカンタータでは何といっても6曲目と最後の10曲目に出てくるコラール(同じメロディで歌詞が違うものです)が有名ですが,小編成の合唱による今回の歌は,単独の曲として聞くよりは,もっと敬虔さが感じられました。磨きぬかれた厳格な歌というよりは,日常生活の中の一部といった感じの親しみやすさを感じさせてくれる歌でした。2回歌われたコラールでは,やはり2回目の方により高揚感があり,全体をふんわりとした暖かい空気の中で結んでくれました。

その後,合唱曲のアンコール1曲とバッハの曲のアンコールが1曲ありました。まず,おなじみのモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスが演奏されました。この曲は,とても良い曲ですが,「バロック音楽の愉しみ」のシリーズの中で演奏するのには少し違和感を感じまし。ただし,少人数のオーケストラと合唱でこの曲を聞くのは初めてでしたので,その点は新鮮でした。

次のアンコール曲のアリアもこれまで何回も聞いてきた曲なので,どうせなら別の曲の方が良いかなと思いました。ただし,こちらの方も演奏自体はとても印象的でした。全体を通じて,舞曲だと感じさせるほど,速いテンポだったのですが,段々と落ち着いた気分に収まってくるような見事な演奏でした。

この「バロック音楽の愉しみ」のシリーズも今回で7回目ですが,今回の演奏を聞きながら,バッハのカンタータ・シリーズというのも面白いかなと思いました(「もっとカンタータ」という感じでしょうか。ただし,これだと室内楽シリーズの「もっとカンタービレ」と区別がつきにくいですね)。プログラムによると,今回登場した,金沢バロック合唱団は,今後もこのシリーズに登場する予定あり,ということでした。アンコールのアヴェ・ヴェルム・コルプスの時,合唱団員の大半の方は譜面なしで歌われていましたが,宗教曲を歌う実績が豊富な方が沢山参加されている印象を持ちました。これからの活躍が楽しみです。是非続編に期待したいと思います。(2007/07/04)