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ベートーヴェン弦楽四重奏曲連続演奏会第1夜
2007/07/09 金沢市アートホール
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第1番ヘ長調op.18-1
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第11番ヘ短調op.95「セリオーソ」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第15番イ短調op.132
(アンコール)ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第5番イ長調op.18-5〜第2楽章メヌエット
●演奏
松井直,竹中のりこ(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ)
Review by 管理人hs  

このところオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)では団員による室内楽公演を非常に熱心に行っています。いずれもシリーズもので,OEKファンの心を掴むような好企画が続いています。一般にクラシック音楽ファンには”コンプリート癖”みたいなものがあり,「○○全集」とか「○○チクルス」といったセットものがあると,ついつい全部聞いてみたくなるものです。一種「コレクター心理」のようなものが働きます(この心理はクラシック音楽ファンだけに限らないものだとは思いますが)。

今回から始まったOEKの弦楽メンバーによるベートーヴェン弦楽四重奏曲連続演奏会も,そういう「コンプリート癖」「コレクター心理」をくすぐる非常に楽しみな企画です。このところ,演奏会に出掛け過ぎではあるのですが,その第1夜ということで出かけてきました。

今回のメンバーは,第1ヴァイオリンが松井さん,第2ヴァイオリンが竹中さん,ヴィオラが石黒さん,チェロが大澤さんでした。今のところ特に名称はないのですが,”ベートーヴェンをやりたい人が集まった”四重奏団とのことでした。演奏された曲は第1番,第11番,第15番の3曲でした。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は前期,中期,後期に通常区分されますが,それぞれの代表曲を集めた感じで,第1夜から大変聞き応えがありました。

シリーズの最初にふさわしく,まず第1番が演奏されました。”第1番”ということで,未熟な作品かと言えば,そういうことはなく,大変充実した作品でした。ベートーヴェンの曲については,交響曲にしてもピアノ・ソナタにしても第1番から内容の詰まった充実感を持った作品であるところが凄いところです(もっともこの曲は,出版順で”第1番”で実際の作曲順での最初の曲ではないようです)。

第1楽章からしっかりとした雰囲気で始まるのですが,何と言っても第1ヴァイオリンの松井さんの演奏が見事でした。とても品が良くすっきりとした音色で,曲の輪郭をくっきり際立たせていました。初期の曲のような古典的な雰囲気のある曲には特に合っていると思いました。

第2楽章は,静けさの中にせつなさと甘さが混ざっているような曲でした。終盤に行くほど呼吸が深くなって行くような奥行きのある演奏でした。第3楽章はピリっとした清々しさが魅力でした。第4楽章はシリアスさと気軽さとが共存したような雰囲気があり,古典的なバランスの良さを感じさせてくれました。

これまで,この曲を聞いたことが無かったのですが,演奏時間的にもかなり長い曲で,「これは第1番からすごい」とこのシリーズ全体への期待が一気に膨らみました。

次の第11番「セリオーソ」は,この日演奏された曲の中で特に印象に残ったものでした。全般にべートーヴェンの中期の作品は知・情・意というか心・技・体というかあらゆる点が凄い,という曲が多く,これぞクラシック音楽という実感を味わわせてくれるのですが,この「セリオーソ」もそういった曲の一つだと思います。

まず,冒頭です。怒りに満ちたような急速なパッセージの後,パッと休符が入り,またその後,急速なパッセージが出てくるというドラマティックなものなのですが,あたかも相撲の待ったなし!の立ち合いを見るような緊迫感がありました(4人による相撲となると...バトルロイヤル?)。そしてビシっと決まってくれました。ライブ演奏ならではの迫力のある部分だったと思います。その後は,意外に柔らかな雰囲気になるのですが,緩急自在に表情が変わっていく演奏となっていました。

第2楽章は,第1楽章に比べるとリラックスはしているのですが,どこか神妙な感じでした。第3楽章は,第1楽章同様,休符が生きた,複雑な表情を持ったスケルツォ楽章でした。第4楽章は,メランコリックに始まるのですが,最後の最後は鬱憤を晴らすかのように爽やかでスピード感に満ちたパッセージになります。この部分でのアンサンブルの見事さはさすがでした。

この曲は,コンパクトな構成の中にいろいろな変化に富んだ表情を詰め込んだような作品ですが,その魅力を十全に堪能させてくれる演奏となっていました。

後半は第15番が演奏されました。40分を越えるような大作ということもあり,演奏する方も,聞く方も一筋縄では行かないような作品でした。第1楽章の冒頭は,ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲などを思わせるような茫洋とした感じで始まるのですが,その後は,古典的な感じになります。第2楽章は,スケルツォ楽章なのですが,高音の持続音が出てきたり,どこか不思議な世界へと入っていきます。

そして,第3楽章です。この楽章は非常に長いのですが,リディア旋法で書かれた曲ということで,かなり古い時代の素朴な音楽のように響きました。ゆったりとした音の動きは,日本の能などに通じる幽玄の世界という感じでした。楽章の後半はしなやかな音楽になるのですが,この辺はベートーヴェン自身の病気の快癒を表現しているようです。この部分での瑞々しい歌は大変印象的でした。

4楽章は,行進曲+レチタティーヴォというとで,第9交響曲の第4楽章を思わせる構成となります。そして,そのまま第5楽章となります。この辺まで来ると,聞いている方も疲労感が出てきたのですが,奏者の皆さんもお疲れだったような気がしました。しかし,そこにはは,ただゴールだけを目指して無心に走っているマラソン奏者のような雰囲気が漂い,感動的でした。曲が終わった時には,何ともいえぬ開放感と達成感を感じました。金沢でベートーヴェンの後期の弦楽四重奏を聞く機会は少ないのですが,やはりすごいものだと実感しました。

アンコールでは,次回の”予告編”も兼ねて,作品18−5の中のメヌエットが演奏されました。後期の作品を聞いた後だととても素朴に響きましたが,とてもリラックスして楽しむことができました。

OEKメンバーによる室内楽では,金沢蓄音器館でのモーツァルトの弦楽四重奏曲全集も佳境に入っていますので,当分の間,室内楽ファンには忙しい日々が続きそうです。なお,第2夜の日程は未定ですが,作品18−5,130,133を演奏する予定とのことです。今から楽しみです。(2007/07/14)