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第7回市民会館名曲シリーズ:名フィル創立記念日コンサート:ハッピーバースデー名フィル!
2007/07/10 中京大学文化市民会館オーロラホール(旧名古屋市民会館大ホール)
1)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op.73「皇帝」
2)(アンコール)ショパン/練習曲op.10-4
3)マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」
4)(アンコール)シュトラウス,J.I/ラデツキー行進曲
●演奏
モーシェ・アツモン指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団(コンサート・マスター:ライナー・ホーネック)*1,3-4
アレクセイ・ゴルラッチ(ピアノ*1-2)
Review by 管理人hs  
この日の公演のポスターです。地下鉄の金山駅からの通路に貼ってあったものです。

7月10日から13日まで,出張で名古屋に出かけることになりました。コンサート・ゴーアの習性として時間があると全国どこでも演奏会に行きたくなるのですが,今回も,空いている時間に名古屋フィルの演奏会に出かけてきました。私自身,コンサートに行くだけではなく,全国ホールめぐりも趣味(?)の一つなのですが,今回,中京大学文化市民会館オーロラホールという,これまでに出かけたことのないホールに行くことが出来たのも大きな収穫でした。

たまたま出かけた,今回の名古屋フィルの演奏会ですが,「第7回市民会館名曲シリーズ:名フィル創立記念日コンサート:ハッピーバースデー名フィル!」という創立記念日に行われた演奏会でした。会場の「市民会館」は,従来,名古屋市民会館と呼ばれていたもので,つい最近,中京大学文化市民会館に名称変更されましたものです。大ホールという呼び名もオーロラホールという名前に変わったようなのですが,名古屋フィルがずっと以前から定期公演の会場として使っていたホールでの公演ですので,創立記念日の公演には相応しいのではないかと思いました。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の例に当てはめると,石川県立音楽堂と金沢市観光会館の関係に似ているのかもしれません。ただし,この「中京大学...」の場合,近年,野球場名の上に企業名などを入れる権利を得て(メーミングライツ;命名権),名称変更変更しているのと同じもののようです。いずれにしても,名古屋フィルにとっては記念すべき演奏会にたまたま出かけることができ,ラッキーでした。

この日は,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」とマーラーの交響曲第1番「巨人」という,演奏会のタイトルどおりの名曲2曲を組み合わせたプログラムでした。指揮は,名古屋フィルとの関わりも大きい名誉指揮者,モーシェ・アツモンさんでした。

「皇帝」の独奏者は,アレクセイ・ゴルラッチさんという1988年にウクライナのキエフで生まれた,大変若いピアニストでした。世間では早稲田大学の斎藤投手が何かと注目を集めていますが,彼と同世代になります。今回は3階席で聞いたので,表情などははっきり分かりませんでしたが,プログラムのプロフィールの写真を見る限りでは,さしずめ”ピアノ界の王子”といったところでした。ステージマナーもとても初々しいものでした。

演奏の方は,”お見事”の一言でした。2006年の浜松国際ピアノコンクールで第1位を取られた方ということで,全曲を通じて曲の流れや音に乱れがなく,大変落ち着きがありました。第1楽章は,勇壮な曲想ですが,戦闘的なところはなく,しなやかさで新鮮な感性を強く感じました。浜松のピアノ・コンクールは,さまざまな国際的なメジャー・ピアノ・コンクールの前哨戦的なものとして注目を集めてきていますが,恐らく,その通り,これからさらにメジャーな存在になる方でしょう。ただし,”大器”と呼ぶにはあまりにも初々しい雰囲気を持った方でした。

第2楽章は,非常にゆっくりしたテンポで演奏されました。どこかショパンのピアノ曲を思わせるようなところがありました。若者の憧れとロマンを感じさせるような演奏でしたが,それに溺れてしまわないバランスの良さもありました。第3楽章は,力強さ,キレの良さも聞かせてくれました。まろやかな音色,快適なテンポで進んで行きますので,押し付けがましいところがありませんでした。アツモンさん指揮名古屋フィルも大変安定したサポートを聞かせてくれ,ゴルラッチさんの演奏を引き立てていました。

アンコールではショパンの練習曲の中の1曲が演奏されました(作品10の練習曲集の中で「別れの曲」の次に出てくる曲です)。唖然とさせるような鮮やかさをもった演奏で,「次回のショパン・コンクールは...」と思わせる演奏でした(2005年のコンクールにも出場し,セミファイナリストまで残ったとのことです)。

後半は,マーラーの「巨人」でした。前半では,ゴルラッチさんにばかり注目してしまったのですが,後半では名古屋フィルの演奏をしっかり味わうことができました。マーラーの演奏の時はいつもそうなのですが,ホルンやトランペットがブラスバンドのようにずらりと並ぶのは壮観です。

前半の「皇帝」の演奏を聴いた感じだと,全般に木管楽器の音などはオーケストラ・アンサンブル金沢の奏者の方が高級感のある音を出しているように思えたのですが,これは石川県立音楽堂のホールの音の魅力もあるのかもしれません。ただし,ホールの響き自体は,悪くないと思いました。約2300人も収納できる大ホールということで,大編成の曲が気持ちよく鳴っていました。

第1楽章は,弦楽器の弱音の上に木管楽器が点滅するようなデリケートな気分で始まります。この部分の雰囲気ですが,悪くはないのですが...どこか雑然とした印象を持ちました。名古屋フィルの音は,とても明快なのですが,ちょっと低音が大人しい気がしました,その辺りによるのかもしれません。舞台裏でトランペットを吹いていた3人組が途中で「そろり,そろり」と入ってきた後は,音楽が目覚めて,生き生きとした音楽を聞かせてくれました。

第2楽章のスケルツォも充実感がありましたが,もう少し野性味があると良いかな,と思いました。第3楽章は,民謡風のメロディがコントラバスのソロの後,木管楽器に引き継がれていきますが,あっさりとした歌の中に哀愁が漂っていました。その一方,中間部で出てくる打楽器の演奏は大変鮮やかでした。

第4楽章は,最初から大変鋭く引き締まった音の連続でした。アツモンさんは,岩城宏之さんや外山雄三さんと同世代の指揮者ですので,既に70代中ごろの年齢のはずですが,コーダを中心に非常に若々しい音楽を聞かせてくれました。途中に出てくる,弦楽器を中心とした静かな部分の歌わせ方も大変しっとりとしたもので,このコントラストの大きさも見事でした。創立記念日コンサートのエンディングを飾るのに相応しい颯爽としたムードを持った演奏でした。

この4楽章の演奏では,譜面上ではホルンが立ち上がることになっているのですが,今回の演奏では座ったまま演奏していました。1年ほど前に聞いたチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏ではその辺を律儀に再現していましたが,アツモンさんの方はより合理的な解釈(実際問題,立ち上がって演奏しても音自体は,多分変わらないのだと思います)を取られていたと言えます。創立記念日ということで,この辺はちょっと「見せて」くれても良かったかな,と思いました。

演奏会の方は,「創立記念日」ということで,この後,アツモンさんの指示に合わせて,お客さんが"Happhy Birthday!"という掛け声をオーケストラに向かって呼びかけた後,おなじみのラデツキー行進曲が演奏されました。マーラーの後にアンコールというのはあまりないことですが,年に1度の記念日ということで,和やかな空気の中で演奏会は締められました。

金沢で毎週のように演奏会に出かけていながら,旅先でも出かけてしまうのは,ほとんど性(さが)のようなものかもしれません。ただし,各地域のオーケストラをその地元で聞くというのはとても面白いものです。ホールの運営の仕方などを含め,いろいろと”文化”の違いを感じることができます。旅をして演奏会に行くというのは,なかなか良い趣味なのではないか,と思っているところです。

PS.この日のコンサート・マスターは,ライナー・ホーネックさんでした。この方は確か,ウィーン・フィルのコンサート・マスターもされているはずですが,時々,名古屋フィルの方に客演されているようです。



●中京大学文化市民会館について
今回初めて訪れた中京大学文化市民会館について,写真入りでご紹介しましょう。中京大学はフィギュアスケートの安藤選手が通っている大学ですが,大学の印象を強くするために,命名権を取得したようです。ただし,「中京大学文化市民会館」と漢字ばかりが長く続くと少々息苦しく見えます。

ホールのロビーの方も大変広く,休憩用の座椅子も沢山ありました。ロビーの中でお菓子を売っていたり,飲食したりしている人がいたり,微妙に日常の生活感が残っている雰囲気は,一時代前の多目的ホールという感じのですが,その辺の緩さは悪くないと思いました。石川県立音楽堂では,チケットをもぎってもらった後は,生活感が無くなってしまうような工夫をしているのだな,と実感しました。
地下鉄の金山駅から行きました。すでに案内サインが出ていました。大変アクセスの良いホールだと思いました。
市民会館の中にはもう一つ別の規模のホールがあるのですが,その前をとおり,エスカレータで登ると,今回の会場の大ホール(オーロラ・ホール)となります。
開演まで時間があったので,雨がの中外に出てみました。オーロラホールへは外の大階段からも入ることができます。
こちらはもう少し遠くからみたものです。

建物の上のホール名です。「中京大学」という名称が入るようになったようです。

ホール前の噴水です。大変緑がきれいに写っています。
オーロラホールの入口です。床は赤じゅうたんなので,中々豪華な感じでした。

ホール内の写真を1枚演奏前に取らせて頂きました。客席は4階までありました。
終演後です。ホール名がライトアップされていました。
ホールの裏には,「名フィル」と書かれたバスが停まっていました。
これはホールとは無関係です。5年ぶりぐらいに名古屋に来ましたが,いつの間にか地下鉄が環状線のようになっていました。

(2007/07/14)

演奏会関連写真
この日のプログラムです。創立記念日ということで,おめでたそうなデザインとなっていました。


会場で購入したアツモンさん指揮名古屋フィルのCDです。会場内だと1枚1000円という言葉に釣られて買ってしまいました。



配布されたチラシの中では,「コンサートをよりお楽しみいただくために...」というリーフレットが目を引きました。

このように,とても具体的に禁止事項が書かれています。開演前にも携帯の生の呼び出し音を取り入れた具体的な注意をされていました。ただし...それでもこの日の演奏中に携帯の音が鳴っていました。多いから注意の方も熱心にならざるを得ないのかな,と感じました。
         *
チラシを見ていて気づいたのですが(この日の公演もそうだったのですが),名古屋では18:45開始という公演が多いようです。この辺は土地柄でしょうか。交通事情にもよるのかもしれません。