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オーケストラ・アンサンブル金沢第225回定期公演PH
2007/07/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
2)バッハ,J.S./ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV.1041
3)シューベルト/交響曲第3番ニ長調D.200
4)(アンコール)グリーグ/ホルベルク組曲〜前奏曲
●演奏
安永徹(リーダー,ヴァイオリン*2),市野あゆみ(ピアノ*1)
オーケストラ・アンサンブル金沢
プレトーク:安永徹,後半前のトーク:響敏也
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演の2006〜2007シーズンの最後を締めるのは,安永徹さんのリーダー&ヴァイオリンとピアノの市野あゆみさんによる公演でした。お二方が登場する公演は過去3回行われており,そのうち2回はCD録音にもなっています。OEKファンにはすっかりおなじみの組み合わせとなっています。

これまで演奏されてきた曲は古典派から初期ロマン派の曲が中心でしたが,今回の公演のまた,OEKにぴったりの3曲が取り上げられました。この日のプレトークで安永さんが語られたとおり,「多作の超有名作曲家による,少しマイナーな名曲集」といった曲が並びました。前半,安永さんと市野さんがそれぞれソリストとして登場し,後半は安永さんの弾き振りになるというのも,これまでと同じ構成でした。

安永徹さんがリーダーとして登場される時はいつも感じるのですが,演奏会全体に「よく考えられているなぁ」と思わせるちょっと知的な雰囲気が漂います。それは,安永さん自身がお持ちの雰囲気なのですが,それがOEK全体に広がり,室内楽の延長のようなアットホームな穏やかさの中にちょっとスリリングなスパイスを加えてくれます。

最初にモーツァルトのピアノ協奏曲第22番が演奏されましたが,この曲は,意外に実演で演奏されることの少ない曲です。OEKの定期公演の記録を調べてみても,ほとんど演奏されておらず(1990年の伊藤恵さん以来?),恐らく,10年ほど前に浜離宮朝日ホールとしらかわホールで行っていた「モーツアルト全集」の中での演奏以来のことかと思います。

まず,OEKの編成ですが,次のとおりでした。

         Fg   Tp  Timp
     Hrn Fl(1) Cl
   Cb     Vc   Va
     Vn1    Pf    Vn2


モーツァルトの曲については,オーボエとクラリネットが同時に出てくる曲は意外に少ないのですが,この曲はクラリネットのみでした。弦楽器の配置はコントラバスが下手に来る対向配置でした。トランペットとティンパには上手奥に並んでおり,下手奥のコントラバスとバランスを取る形になっていました。当然指揮台はありませんので,第1ヴァイオリンの後方の方は低い台に乗って演奏していました。

上述のとおり「指揮者なし=ボス抜き」でしたので,どこか緩やかな気分もあるのですが,反対にそれがソリスト集団的な自発性を生んでいた気がしました。弦楽器,管楽器,ピアノといった各パートのやり取りがいつも以上に生気に満ちたものに感じました。

第1楽章はトランペットとティンパニを含む硬質な音で始まった後,引き締まった雰囲気で進んで行くのですが,曲想が代わるたびに微妙にテンポが揺れたりして,対話をしながら進んでいく感じがありました。市野あゆみさんのピアノは,OEKとぴったり寄り添うもので,大変,小気味良いものでした。カデンツァは,ちょっとベートーヴェン風のところがある幻想曲的な感じのものでしたが,終演後のサイン会の時に市野さんに伺ったところ,既にあるいくつかのカデンツァを市野さん自身が再構成したものとのことでした。

第2楽章になると,コンチェルタンテ(複数楽器による協奏曲)な感じになってきます。非常に遅いテンポで,霞がかかった幻想的な感じで始まるのですが,変奏が進んでいくに連れてくっきりと全体像が浮き上がってくるような詩的な気分がありました。ここでは特に長調で清々しく演奏される岡本さんによるフルートのメロディが印象的でした。この曲はフルートが1本だけしか使われていませんので,この部分だけはフルート協奏曲のようにパッと雰囲気が変わっていました。

第3楽章は,軽快なロンド主題で始まります。もともと速過ぎない,とても優雅なテンポで演奏されており,市野さんの雰囲気にぴったりだったのですが,中間部ではテンポがぐっと遅くなり,本物の室内楽のようになります。この部分がこの協奏曲の非常に独創的な点なのですが,管楽器とピアノのための五重奏のようになります。とてもしっとりと演奏されていたので,セレナードを聞くようなロマンティックな気分があり,音楽を堪能させてくれました。後半では市野さんのピアノにも装飾的な音が加わり,さりげなく華やかに締めてくれました。

というわけで,一曲の中にいろいろな気分を含んだとても良い曲だと実感させてくれました。

前半はこの曲だけでした。後半はまず,安永さんの独奏によってバッハのヴァイオリン協奏曲第1番が演奏されました。弦楽器の配置は前半と同様でしたが,違っているのは安永さんが立って演奏されていたという点です。弦楽器奏者の人数は特に減らしてはいませんでした。

この曲が定期公演で演奏されるのはもしかしたら初めてかもしれません。第2番については,今月上旬の延原さん指揮によるOEKの室内楽公演の中で西澤さんのヴァイオリンで聞いたばかりですので,1ヶ月の間に1番と2番の両者を聞いたことになります。ちなみに2つのヴァイオリンのための協奏曲も来月,いしかわミュージック・アカデミーの記念コンサートで演奏されますので,このところ,ちょっとしたバッハのヴァイオリン協奏曲ブームと言えそうです。

さて,演奏の方ですが,安永さんの雰囲気どおり,とても折り目正しく清潔なものでした。実に清々しい演奏でした。弱音で演奏される部分のデリケートな表情もとても印象的でした。第2楽章はたっぷりとした低音で始まりました。このリズムの繰り返しの上に優雅なメロディが続くのですが,とても気持ちの良いものでした。この深いリズムはどこか胎動に通じる雰囲気があり,「妊婦or赤ちゃんのためのクラシック音楽」という企画があれば,この曲は丁度良いのではないかなどと思いながら,気持ちよく聞いていました。第3楽章は一転して急速な舞曲風になります。その中で安永さんの独奏が音を心持ち”長〜く”という感じで伸ばしているのが,自由な発想を感じさせてくれて印象的でした。

最後は,シューベルトの交響曲第3番で締められました。この曲の編成は,OEKのフル編成とぴったり同じですので(打楽器はティンパニだけですが),演奏会最後に相応しい曲です。我が家にあるカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルによる演奏などを聞くと非常にコンパクトな印象があるのですが,今回実演で聞いていると,”トリ”で聞いても十分に楽しめる曲だと思いました。ビゼーの交響曲などと同様,もたれるところが全然ないので,とても消化に良い曲です。

とはいえ,第1楽章の冒頭などは,大変堂々としていました。この部分は,ベートーヴェンの初期の交響曲につながるような立派な気分があるのですが,その中にシューベルトらしい歌が挟みこまれています。前回,安永さんが登場した時の”トリ”は,モーツァルトの「プラハ」交響曲でしたが,その時同様,この序奏部でも大変ゆったりとした間を取っていました。

その後,主部になりクラリネットの遠藤さんが先導するような感じで第1主題が始まります。第2主題の方はオーボエの水谷さんが先導していましたが,この辺は曲を予習をして聞くと協奏曲のように楽しめる部分です。どちらも大変瑞々しい音楽の流れを感じさせてくれました。

第2楽章は,上述のクライバー盤はものすごく速いテンポで演奏しているのですが,この日の演奏はもう少し穏やかでのどかな温かみを感じさせてくれました。第3楽章は,ベートーヴェン同様,メヌエットなのにスケルツォという楽章です。トランペットとティンパニの引き締まった音と中間部のオーボエとの対比がとても明確に付けられていました。ちなみに,この日はバロック・ティンパニを使っていました。プログラムのメンバー表によるとユージン・ウゲッティさんという方(初めて参加?)が担当されていました。

第4楽章はタランテラ風の楽章ですが,「よく指揮者無しで演奏できるなぁ」とOEKの名人技を感じさせてくれる,大変スムーズなものでした。ところどころで,たっぷりとした間を取っていたのも,前楽章までと同様でした。ただし,その一方,指揮者がいるとどうなっていたかな,という気もしました。さらに多彩な表情が出ていたかなという気もしました。最後は,トランペットの祝祭的な響きを加え,とても爽やかに締めてくれました。

我が家の子供は,この日から夏休みが始まりましたが,その気分にぴったりの曲であり演奏でした。OEKの方もしばらくは夏休みモードということで,団員の方々も開放感に浸っていたかもしれません。

盛大な拍手に応えて,弦楽合奏のみでアンコール曲が演奏されました。今回演奏されたのは,グリーグのホルベルク組曲の中の前奏曲でした。この演奏がまた見事なものでした。曲自体がもともと格好良いのですが,演奏の方もアンコールとは思えないほど緻密かつ爽やかなものでした。このまま組曲を全曲聞きたいと思わせるような演奏でした。

この安永さんとOEKのコンビもすっかり定着したような感じです。この日の公演も全曲レコーディングを行っていましたので,恐らく,1年後ぐらいにワーナーのシリーズから発売されることになるのではないかと思います。安永さんの登場される公演では,OEKの基本的な編成を重視した上で比較的オーソドックスな作曲家のちょっと知られていない曲を取り上げてくれるのですが,このシリーズには今後も期待したいと思います。

PS.この日のプレトークは,安永さんだったのですが,その中で「過去の作曲者の残した2次元の譜面を演奏者が3次元にする。曲を楽しむ場合,時間という軸も加わるので,それが4次元になる」というようなことを語られていました。これはクラシック音楽の楽しみを非常に分かりやすく説明したものだと感じました。

PS.休憩時間の後,2007〜2008年シーズンに向けて,響敏也さんによる新定期公演シリーズについての「生CM」がありました。休憩時間中に説明が入るというのは少々異例ですが,紙のチラシだけではなく,口で説明して頂くとどれも聞きたくなりますね。かなりPR効果があったのではないかと思いました。

PS.会場に到着した時,プレ・コンサートを行っていたのですが(ヴィヴァルディの夏を演奏していたようでした),その後,「楽友会のご好意でロビーにピアノが入りました」という山腰音楽堂館長の説明がありました。そのお披露目として,ピアノ三重奏による演奏が何曲か演奏されていましたが,これも素晴らしいことです。ピアノがあれば,プレ・コンサートのレパートリーの幅が広がることも確実ですので(歌ものにも期待),大いに期待したいと思います。
(2007/07/22)

今日のサイン会
今回は,終演後,安永徹さんと市野あゆみさんによるサイン会がありました。こうやって2つ並べてみると,シンクロナイズドスイミングのように揃っています。






余談

先日,JRで名古屋まで出かけてきたのですが,JR金沢駅のホームから音楽堂の井上道義さんの写真が見えるか試してみたところ...

ちゃんと見えました。名古屋行きの「しらさぎ」のホームがいちばん近いようです。
名古屋方面に行かれる方は一度お試し下さい。

いっそ,JR側の壁面全部を使ってアーティスティックに音楽堂をPRするというのも一つの案かもしれません。


CD情報

アンコールで演奏されたホルベルク組曲の前奏曲ですが,次の500円のCDの中にOEKが演奏したものが収録されています。気に入られて方は是非お聞きになってきて下さい。





















安永さんとOEKのCD