OEKfan > 演奏会レビュー
メンデルスゾーンの魅力:ゆかりplays無言歌第2回
2007/08/16 金沢蓄音器館
メンデルスゾーン/無言歌
第4巻op.53
  • 変イ長調「海辺で」
  • 変ホ長調「浮雲」
  • ト短調「胸騒ぎ」
  • ヘ長調「心の悲しみ」
  • イ短調「民謡」*
  • イ長調「勝利の歌または飛翔」
第5巻op.62
  • ト長調「5月のそよ風」
  • 変ロ長調「出発」
  • ホ短調「葬送行進曲」
  • ト長調「朝の歌」
  • イ短調「ヴェネツィアの舟歌」第3番*
  • イ長調「春の歌」
*はメンデルスゾーン自身がタイトルを付けた曲
(アンコール)メンデルスゾーン/無言歌第2巻嬰ヘ短調op.30-6〜「ヴェネツィアの舟歌」第2番
(アンコール)ショパン/舟歌
(アンコール)ショパン/幻想即興曲
●演奏
山田ゆかり(ピアノ&トーク)
Review by 管理人hs  
金沢蓄音器館ではいろいろな企画を行っていますが,今年の6月末から「メンデルスゾーンの魅力:ゆかりplays無言歌」というシリーズが始まっています。その名のとおり,金沢在住のピアニスト,山田ゆかりさんがメンデルスゾーンの無言歌全49曲を蓄音器館にあるピアノで弾き尽くそうという企画です。

メンデルスゾーンの無言歌は,有名な割にまとまって実演で取り上げられる機会は少ないのですが,何も考えずにBGM的にリラックスして鑑賞できる愛すべき小品集ということで,個人的には大好きな曲集です。残念ながら第1回目は聞けなかったのですが,非常に面白そうな企画ですので,お盆休みを利用して今回聞きに行くことにしました。

まず,今回の企画ですが,金沢蓄音器館にある1927年米国ボストン製のメイソン&ハムリン(Mason & Hamlin)というピアノ・メーカーの自動再演ピアノの存在が前提になっています。このピアノがどういうものかについては詳しくないのですが,ピアノ・ロールを自動再演させることもできるし,通常のピアノとしても使うことができるもののようです。ピアノの雰囲気については以下のページをご覧下さい。
http://www.owaricho.or.jp/places/c_topic/piano.html

今回はこのピアノを「ヴェルクマイスター(Werckmeister)1の3」という古典調律法で調律を行ったとのことです。休憩時間中に調律師の方が説明されていましたが,通常の平均律とは違い,調性によって響き方に差をつける調律法で,主として白鍵を多く使う調性で美しく響くように調律するものです。基準になるピッチの方も通常より低めで,440ヘルツということでした。いずれにしても,ピンと張り詰めた感じよりは,少し鄙びた感じに響いていましたが,無言歌を蓄音器館で聞くには最適だったのではないかと思います。

演奏は,蓄音器館1階の多目的スペースで行われたのですが,部屋の奥ではなく,部屋の入口の窓際で演奏が行われました(左の写真のとおり,建物の外側からも見ることができました)。このシリーズのソリストの山田ゆかりさんは,北陸新人登竜門コンサートに出演し,オーケストラ・アンサンブル金沢と共演したこともある金沢在住のピアニストです。部屋に入って来られると,とても小柄な方でした。もしかしたら中学生ぐらい(?)に見えるかもしれません。これはクラシック音楽の奏者全般に言えることなのですが,ステージ上の方が大きく見える方が多いような気がします。

前回もそうだったとのことですが,今回も山田さんが各曲の説明を行いながら進めていく形を取っていました。ただし,1曲ごとに解説を入れるのではなく,各巻ごとに説明を入れていました。演奏する方としても,聞く方としてもこの方が良いのと思います。

今回取り上げた無言歌集第4巻と第5巻ですが,「胸騒ぎ」「5月のそよ風」「春の歌」といった有名曲を含んでおり,無言歌集の全曲をきちんと聞いたことのない私でも聞いたことのある曲がかなりありました。どの曲も親しみやすい気分を持っていましたが,やはり何といっても懐かしさを感じさせるようなメイソン&ハムリンの響きが実に良いと思いました。この楽器の外観自体,木目がそのまま見えるような外観ですので,通常のピアノのような圧迫感はなくサロン・コンサートにマッチしていました。

音色も軽やかな感じですが,これだけ至近距離で聞くと音の迫力に不足することもありません。速いパッセージでの粒立ちの良い音もとても気持ち良く感じました。山田さんのピアノは,とても安定したもので,各曲ごとの気分をしっかりと弾き分けていました。

今回演奏された曲の中では,やはり上述のような一度聞いたことのある曲に親しみを感じたのですが,例えば,4巻4曲目の「心の悲しみ」とか5巻4曲目の「朝の歌」とか素朴に和音を聞かせるような曲もいいなぁと思いました。

5巻3曲目の「葬送行進曲」は,マーラーの交響曲第5番の第1楽章の冒頭部にインスピレーションを与えた曲だと音楽評論家の金子建志さんが語っているのを聞いたことがあります。マーラーほど深刻な感じはなく,むしろキレの良さを感じました。また長く伸ばした和音で,古典調律の美しさをしっかり味わうことができました。

最後に演奏された「春の歌」は,ピアノの発表会では聞くことのある曲ですが,それ以外で聞くのは初めてのことかもしれません。夏に聞いても爽やかに響く良い曲です(もっともメンデルスゾーン自身が「春の歌」と名づけたわけではないのですが)。

山田さんのトークの方は,しっとりとしたピアノの音色とは裏腹に少々ハラハラしてしまいましたが,お客さんの方は,”孫を見まもる”(?)ような感じで楽しまれていたようです。第4巻を演奏する際,「後は5曲続けてお送りします」と説明しておきながら,1曲弾き忘れており(「あれ?1曲少ない?」と思ってはいたのですが...),後から追加で弾くということがありました。普通では考えられないことですが,トークを聞きながら「この方ならこういうこともあるかも」などと感じてしまいました。というわけで,「若さの特権」という感じではありましたが,蓄音器館ならではのアットホームな気分を味わうことができました。

今回は全体の演奏時間が短かったこともあり,アンコールも充実していました。まず,今回演奏された「ヴェネツィアの舟歌」つながりで,前回演奏した同名の舟歌の第2番が演奏されました。さらに「舟歌」つながりで,ショパンの舟歌が演奏されました。この曲はアンコールで演奏するにしては大曲なので,ちょっと「おぉ」と思ったのですが,確かショパン自身,「この曲は2人以上の人の前で弾いてはならない」と語った曲ということですので,これぐらいの広さで弾くのが本来の姿なのかもしれません。舟歌の名曲を連続で聴いて,非常に良い気分になりました。

さすがにここで終わりかと思ったのですが...さらに続く拍手に応えて「ショパンなら幻想即興曲も弾けます!」という展開となり,この曲が鮮やかに演奏されました。メイソン&ハムリンの軽やかな音がとても気持ちよく響いて良かったのですが,ちょっと無言歌の世界からは脱線しすぎだったかもしれません。

というわけで,最後はショパンに乗っ取られてしまったのですが,山田さんの鮮やかなピアノを気軽な雰囲気の中で楽しむことができました。次回は,「無言歌特集」なのに,歌が入るということで(メンデルスゾーンのお姉さんの歌曲を取り上げるとのことです),また楽しい演奏会を期待できそうです。

PS.金沢蓄音器館といえばドリンク・サービスですが,今回はヴェネツィアの舟歌つながりで,イタリアのスパークリング・ワインを頂いてしまいました。暑い夏の夜にはぴったりでした。(2007/08/17)