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IMA10周年記念コンサート
2007/08/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第3番変ホ長調,op.12-3
2)サン=サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソ,op.28
3)ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番ハ短調,op.60
4)ショスタコーヴィチ:室内交響曲op.110a(弦楽四重奏曲第8番のバルシャイによる編曲)
5)バッハ,J.S./2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調,BWV.1043
6)(アンコール)モーツァルト/ディヴェルティメントニ長調,K.136〜第1楽章
●演奏
庄司紗矢香(ヴァイオリン*1,5),ホァン・モンラ(ヴァイオリン*2,5),鈴木慎崇(ピアノ*1,2),パスカル・ロジェ(ピアノ*3),アレクサンダー・カー(ヴァイオリン*3),原田幸一郎(ヴィオラ*3),毛利伯郎(チェロ*3)
原田 幸一郎指揮IMAチェンバーオーケストラ(4-6)
Review by 管理人hs  
毎年夏休みに行われているいしかわミュージック・アカデミー(IMA)も今年で10回目となりました。今年はそれを記念して,アカデミーの"卒業生”でもある庄司紗矢香さんとホァン・モンラさんをソリストに招き,ガラ・コンサート的な記念演奏会が行われました。

このアカデミーでは,一昨年までは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と講師である著名演奏家とが共演する公演があったのですが,昨年からは,OEKの代わりにIMAチェンバー・オーケストラがレジデント・オーケストラになりました。このオーケストラは,アカデミーの卒業者を中心としたアジアの若手奏者による団体ですが,こういうことが可能になったのも10年という実績の成果といえます。

今回の記念公演のプログラムですが,前半は室内楽,後半は室内オーケストラによる演奏という構成でした。ゲストの庄司さんとモンラさんによる独奏の後,講師の先生方による室内楽,後半はIMAチェンバー・オーケストラのみによる演奏,そして,庄司さんとモンラさんがソリストとして登場するバッハの2台のヴァイオリンのための協奏曲,と続きました。昨年まで数回に分けて演奏会が行われていた公演が,今年はこの1回の公演だけに集約する形になっており,大変聞き応えがありました。

この中で特にすごかったのがIMAチェンバー・オーケストラによるショスタコーヴィチの室内交響曲でした。このオーケストラですが,日本,中国,韓国の約20名の期待の若手弦楽器奏者によるヴィルトーゾ・オーケストラと言えます。恐らく,近い将来,このメンバーの中から,庄司さんやモンラさんのように,世界各地のコンクールで入賞される方が出てくることでしょう。
#と,書いた後,調べてみると...すでに国際コンクール入賞者が何人も含まれていました。

そのことが,演奏に鮮明に現れていました。まず,大変良く音が鳴っていました。20名ぐらいの編成でしたが,どの部分を取っても積極性に満ちており,フォルテの部分などでは各パートの音がググっと立ち上がって来るようでした。ショスタコーヴィチの曲自身の持つ性格もあると思いますが,ダイナミックレンジと表情の幅の広い演奏で,指揮の原田さんが指示を出すと,それが倍になって返ってくるようなレスポンスの良さがありました。荒れ狂うような演奏ではありませんでしたが,演奏の流れに若々しい勢いがあるのが何よりも魅力的でした。演奏のキレ味の良さも素晴らしく,どこに出しても恥ずかしくない,自信に満ちた演奏でした。

演奏の中では,コンサート・ミストレスと首席チェロ奏者の独奏があり,それぞれ魅力的な演奏を聞かせてくれました。せっかくなのでプログラムに書かれていたメンバー表を転記したいと思います。

  • 第1ヴァイオリン:アラ・シン,正戸里佳,ジェエン・キム,ユン・タン,ジユン・キム
  • 第2ヴァイオリン:鈴木愛理,ナムフン・キム,福田悠一郎,スクチュン・イヴィオラ:松浦奈々,杉田恵理,吉井友里,その他1名
  • チェロ:新倉瞳,富岡廉太郎,杉田一芳,松本亜優
  • コントラバス:本間達郎

この中のメンバーには過去のIMA音楽賞の方がかなり含まれています。また,チェロの新倉さんなどは既にCDを全国的に発売されている方です。

というわけで,まずこの若手奏者によるオーケストラのエネルギーに圧倒されたのですが,ゲストの庄司さんとモンラさんによる演奏ももちろん見事でした。

演奏会の最初に登場した庄司さんの演奏を聞くのは,5月のOEKの定期公演に続いて今年2回目となります。定期公演では,鬼気迫るようなチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聞かせてくれましたが,今回はベートーヴェンの初期のヴァイオリン・ソナタということで,全く別の表情を見せてくれました。

曲全体を通じて力む部分はなく,すっきりとしたバランスの良い音楽を聞かせてくれました。そして,力を抜けば抜くほどスーッと音が伸びていくような気持ち良さがありました。その一方,要所ではキレの良さを聞かせてくれました。第2楽章も,あっさり始まったのですが,気付いてみるととても深い表情に包まれていました。ピアノの鈴木さんの演奏も堅実なもので,演奏を密度の高いものにしていました。ガラ・コンサートにしては,地味目な曲でしたが,庄司さんの表現の幅広さとセンスの良さを実感することができた演奏でした。

続いて中国出身のヴァイオリン奏者,ホァン・モンラさんが登場しました。モンラさんは,庄司さん同様,パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝されていますが,日本国内では,2001年に行われた第1回仙台国際音楽コンクールで第1位を取った方としても知られているのではないかと思います。

モンラさんの演奏した曲の方は,サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソということで,庄司さんとは対照的な選曲でした。この曲については,アンコール・ピース的に,これ見よがしに豪快に演奏されることもある曲ですが,モンラさんの演奏は,非常に緻密な演奏でした。軽く明るい音で,難しいパッセージなども鮮やかに聞かせてくれました。ただし...もちろん素晴らしい演奏だったのですが,この曲については,もう少し遊びとかケレン味があっても良いかなとも思いました。

前半最後に演奏された,今年のIMAの講師4人によるブラームスのピアノ四重奏曲第3番は,「さすが!」という演奏でした。非常にスケールの大きな演奏でした。曲の最初のパスカル・ロジェさんのピアノの音で曲全体の骨格が出来ていたような気がしました。大変よく響く音で,一気に曲の持つ暗い暗い世界に引きずり込まれてしまいました。それに続く弦楽器群の雰囲気もぴったりとマッチしていました。第2楽章のスケルツォもたっぷりとしたテンポで豪快に聞かせてくれました。コンサートホールの広々とした空間に響き渡っていたこともあり,交響曲を聞いているような趣きがありました。

そして,”これぞロマン派”という感じのチェロ独奏で始まる第3楽章になります。チェロの毛利さんは,IMAの常連の講師ですが,毎回に見事な演奏を聞かせてくれます。この渋さと甘さのある音楽がどんどん他の楽器に広がって行くのを味わうのは室内楽の醍醐味だと思います。第4楽章は「運命」の動機のようなテーマが出てきますが,その精密さとフィナーレらしい伸びやかさを併せ持つような素晴らしい演奏でした。

後半は上述のショスタコーヴィチが演奏された後,最後に庄司さんとモンラさんの2人を独奏者に迎えて,バッハの2台のヴァイオリンのための協奏曲が演奏されました。この曲はCDで聞くと,誰がソロを弾いているのかよく分からなくなるのですが,実演で奏者を見ながら聞くとソリストの個性がよく分かります。

今回の演奏では,モンラさんの音の方が鮮やかで,より滑らかに歌い,庄司さんの方は,語るような感じで,音を切るような感じで演奏されていました。この2人の独奏が対話をするように進んでいきます。この曲の演奏では,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを全く同じように歌わせるために,一人二役で二重録音したものなどが残っていますが(こういうことをするのは,大体ギドン・クレーメルです),やはり,実演で聞くとなると,違った個性が絡み合う方が面白いと思います。第2楽章の美しいメロディの絡み合いでは,新鮮さに満ちた対話を楽しむことができました。

最後にアンコールとして,モーツァルトのディヴェルティメントK.136の第1楽章が演奏されました。この曲は,恐らく,アカデミーでの合奏の練習曲の定番なのではないかと思いますが,余裕たっぷりの演奏でした。おっとりしたのどかなテンポの中から瞬間ごとに違った表情が浮かび上がって来ました。

IMAも10回目を迎え,"卒業生リスト"もどんどん増えて来ています。その成果を実感できた記念演奏会でした。特にIMAチェンバー・オーケストラの演奏は本当に見事でした。このオーケストラは,毎年メンバーが変わっていくことになると思いますが,アジアの若手奏者が「一期一会」的に集う場として,これからもIMAの目玉になって行って欲しいと思いました。(2007/08/28)