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岩城宏之メモリアル・コンサート
2007/09/02 石川県立音楽堂コンサートホール
1)新実徳英/協奏的交響曲「エランヴィタール」
2)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」
3)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.61
4)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調,BWV.1003〜第3楽章アンダンテ
5)(アンコール)ベートーヴェン/メヌエットト長調
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,5
吉本奈津子(ヴァイオリン*3,4),木村かをり(ピアノ*1)
Review by 管理人hs  

エスカレーターを上ったところに出ていた,布製の案内です。

創業130年の北陸銀行が協賛ということで北陸銀行130年を示す掲示が玄関付近に出ていました。
今年から創設された「岩城宏之音楽賞」の受賞者とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とが共演する,岩城宏之メモリアル・コンサートに出かけてきました。この賞は,故岩城宏之さんが設立した北陸新人登竜門コンサートの過去の出演者等の中から,特に活躍が顕著な音楽家を選び,称えようというものです。その第1回に選ばれたのがヴァイオリニストの吉本奈津子さんでした。

今回は,この吉本さんとの共演以外に,新実徳英さんの「エランヴィタール」とモーツァルトの「ハフナー」交響曲が演奏されました。それぞれ「新人発掘」「現代日本の作品」「古典派作品」ということで,「岩城宏之メモリアル」に相応しい曲目が並びました。

この3つは,いずれも岩城さんの指揮活動のキーワードでしたが,その中で特に印象に残ったのは,この日の主役と言っても良い吉本奈津子さんの独奏によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏でした。これは,本当に素晴らしい演奏でした。過去にいろいろなヴァイオリン奏者でこの曲を聞いて来ましたが,その中でも最高レベルの完成度の高さでした。

第1楽章のヴァイオリンの入りの部分から,一音一音をかみしめるように,とても丁寧に精密に弾かれた演奏で,その完成度の高さと傷のない美しさに,耳が釘付けになりました。これは比喩ではなく,どの音も聞き漏らしたくない,という感じで聞き入ってしまいました。吉本さんの音は,古典派音楽に相応しくとても清潔で折り目正しく,ギュッと引き締まっています。全般に大変ゆっくりしたテンポで演奏されましたが,良い意味での緊張感が維持されており,全く間延びした感じがしませんでした。

これは,吉本さんの演奏に備わっている落ち着きのある表現力にもよると思います。第1楽章から第2楽章にかけてのじっくりと沈潜していくような演奏とそこからパッと開放される第3楽章での余裕のあるロンド――どの楽章からも熟成された音楽の香りが感じられました。

第1楽章最後のカデンツァ(おなじみのクライスラーによるものでした)も聞き応えがあり,あまりに立派な演奏なので神々しさを感じました。その後に続く,OEKの落ち着いた響きも,この気分にぴったりでした。吉本さんは,ここ数年弦楽四重奏団の中で活躍されてこられたのですが,OEKとのバランスが抜群で,独奏と管弦楽が一体となって聞き応えのある音楽を作っていました。

井上道義さんの指揮は,管弦楽だけによる第1楽章の長い序奏部から岩城さんの指揮を思い出されるような剛健さのある響きを聞かせてくれました。この日のティンパニは,バロック・ティンパニでしたが,冒頭の「トン・トン・トン・トン」のモチーフが,楽章が進むにつれて凄みを帯びてくるようなスケールの大きさを感じました。その気分が,第3楽章になると,ちょっと浮かれたようなとても楽しいロンドになりました。この辺は,井上さんらしいなぁと思いました。井上さんは指揮台を使わずソリストと同じフロアの上で指揮をされていましたが,そのこともソリストとの距離を(物理的な距離感だけではなく心理的な意味でも)とても近いものにしていました。吉本さんは,安心して演奏できたのではないかと思います。

「岩城宏之音楽賞」は,今回が第1回目ですが,吉本さんの演奏は,この賞の権威を高める演奏だったと思います。演奏後,会場は大いに盛り上がり,アンコールとして,吉本さんの独奏でバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの中の1つの楽章が演奏されました。大曲の後ということで,一仕事終えた後の脱力した心地よさに溢れた響きを聞かせてくれました。

その後,今度はOEKの演奏だけで,管弦楽版に編曲されたメヌエットが演奏されました。この曲は,いわゆる「ト調のメヌエット」として大変良く知られている,ベートーヴェンらしからぬ優雅で上品な曲です。井上さんは,指揮をしながら曲の途中(!)で「これも...ベートーヴェンです」とトークを入れていましたが,そのとおり,大変リラックスした演奏でした。途中からは,井上さんお得意のバレエ風のダンスが始まり,第2ヴァイオリンの首席奏者の江原千絵さんの前で,ひざまずいてのご挨拶が入りました。実は,これは伏線で,演奏が終わる直前では,コンサート・ミストレスのアビゲイル・ヤングさんの方に向かって,ひざまずいてのご挨拶となりました。演奏が終わるタイミングと井上さんのポーズのタイミングもぴったりで,これにはお客さんも大喜びでした。確か最後はクルっと回ってヤングさんに両手を差し出して終わったと思うのですが,こういう動作が似合う方は,やはりミッキーさんだけでしょう。この日は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向かい合う対向配置でしたが,この配置がしっかり生きた(?)見事な演出でした。

この曲は,アレンジもとてもよく出来ており,メヌエットが変奏されるごとに,違う楽器が次々ソロを取るような形になっていました。トークとダンスと音楽がピタリと合致したこの「ミッキー流ベートーヴェン」は,もしかしたら,9月後半の「井上/OEKお披露目演奏旅行」の”秘密兵器”かもしれません。

というわけで,大変素晴らしい演奏でしたが,前半もこれに劣らないほどの聞き応えがありました。最初に演奏された新実徳英さんの「エランヴィタール」は,丁度1年前のOEKの定期公演で外山雄三さん指揮で初演され,その後,尾高賞を受賞,さらに既にCD録音もされている作品です。もともと,岩城さんによって初演される予定だった曲ということで,今回のメモリアル・コンサートには相応しい選曲です。1年後に再演というのは,現代曲としては,大変恵まれていると言えますが,その価値のある聞き応えのある作品でした。

実は,私自身,この曲を聞くのは今回が初めてです。OEKの定期公演は,ほとんど聞いているのですが,1年前の定期公演はたまたま聞くことができませんでした。CDでは聞いたことがあるのですが,実演で聞く方がずっと楽しめることのできる作品だと思いました。今回は木村かをりさんがピアノ(途中でチェレスタも演奏していました)で登場されましたが,この音を核としたキラキラと輝くサウンドが大変鮮やかでした。覚えやすいメロディがないという点では,いわゆる「現代音楽」なのですが,その音色に浸るだけで,蒸し暑い夏を忘れてしまいそうでした。

この曲は,岩城さん追悼のメッセージも含んでいますので,シリアスなムードもあるのですが,打楽器の活躍(歌舞伎のツケ打ちみたいな音が入ったり,弓のようなもので擦ったり,独特の音が入っていました),クラリネットなどの管楽器のソロ,陶酔的な弦楽器の音など,音を追っていくだけで退屈しませんでした。CDで聞いた時は,「一体何の音だろう?」と疑問に思っていた音がチェレスタの音であることが分かったり,クイズの答え合わせ的な面白さもありました。途中,トランペットが活躍する部分では,どこかビッグ・バンド・ジャズ風の気分を感じたのですが,この辺には,いかにも井上さんらしい自由さがあると思いました。演奏後,新実さんが客席からステージ上に登場されましたが,今回の再演は,作曲者としても,とりわけ嬉しかったのではないかと思います。

前半最後では,モーツァルトの「ハフナー」交響曲が演奏されました。この曲は,OEKが何回も何回も演奏してきたお得意の曲です。今回の演奏は,その十八番を余裕たっぷりに聞かせてくれる演奏でした。第1楽章からそれほど変わったことをしているわけではないのですが,展開部になったとたんに濃い表情を見せたり,聞かせどころをしっかり押さえた演奏となっていました。

曲中,井上さんらしいと思ったのは,踊るような指揮が楽想にぴったりだった第3楽章のメヌエットとユーモアに満ちた第4楽章でした。第4楽章では,途中,「トン・トン・トン,トン・トン・トン,トトトト...」というノックをするような音型があるのですが,この部分で本当にノックをするような動作をされていました。また終結部では,腰をぐっと低くして,強弱を表現していましたが,この曲の持つ楽しさがにじみ出てくるような演奏となっていました。

今回の演奏会では,演奏に先立って「岩城宏之音楽賞」の授賞式が行われたこともあり,谷本石川県知事が会場にいらっしゃっていましたが,それに応える充実した内容の演奏会になりました。私自身,8月の1ヶ月間は全くOEKを聞かず,室内楽の演奏を中心に聞いていましたが,やはり管弦打楽器が一体となっての響きは良いものです。9月の定期公演では,もう一回,今度はチョーリャン・リンさんの独奏でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聞くことになるのですが,今回の吉本さんの名演を聞いて,聞き比べがますます楽しみになりました。(2007/09/3)