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たかなかのりこ&山田ゆかり ヴァイオリン&ピアノデュオコンサート「雨の歌」
(蛍庵コンサート2007,Vol.4)
2007/09/15日 蛍庵(金沢市釣部町)
1)シューマン/子供の情景op.15〜トロイメライ
2)シューマン,クララ/ヴァイオリンとピアノのための3つのロマンス〜第1曲
3)ブラームス/ピアノ・ソナタ第2番嬰ヘ短調op.2〜第1楽章
4)シューマン/F.A.E.ソナタ〜第2楽章「間奏曲」
5)ブラームス/F.A.E.ソナタ〜第3楽章「スケルツォ」
6)シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第2番二短調op.121〜第3楽章
7)ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調op.78「雨の歌」
8)ブラームス/ハンガリー舞曲第5番
●演奏
竹中のりこ(ヴァイオリン*2,4-8),山田ゆかり(ピアノ)

Review by 管理人hs  
蛍庵の入り口です。
しばらくすると「蛍庵」の看板がライトアップされました。
この日の演奏会のチラシが入り口のイーゼルに立てかけてありました。
演奏の行われた部屋の様子です。グランド・ピアノもちゃんと備え付けられていました。
演奏後の玄関の光景です。民家ならではの広い玄関は,演奏会用には好都合です。
この日のチラシとプログムとチケットです。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のヴァイオリン奏者の竹中のりこさん(プログラムでは,全部ひらがな表記になっていました)と金沢を中心に活躍しているピアニストの山田ゆかりさんによる,ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」を中心とした演奏会に出かけてきました。この演奏会は,蛍庵という金沢市の山奥にある民家で行われたのですが,この会場名は,最近,石川県立音楽堂で配布されるチラシでよく見かけます。「雨の歌」という魅力的なタイトルと同時に,「一体どういう場所だろう?」という関心から出かけてきました。

この蛍庵ですが,恐らく,自動車でないと行けないでしょう。金沢市の山側を縦貫する山側環状道路の東長江出口から20分ほど入った釣部町というところにあるのですが,私自身,この場所に来たのは初めてでした。まず,ここにたどり着くまでがかなりスリリングで相当楽しめます(「ヘンゼルとグレーテル」のように行きの明るいうちに要所要所で写真を撮りながら行きました。その写真は右のフレームでご紹介しましょう)。

この釣部町にある民家の玄関近くにある20畳ほどの部屋が会場です。蛍庵の主は,上野さんというフルート奏者で,この場所を拠点として,室内楽の演奏会を企画されています。畳の部屋の片隅にグランドピアノが置いてあるのですが,座布団の上に座り車座になってクラシック音楽の生演奏を聞くというのはなかなか新鮮な経験でした(車座というよりは一つの方向を皆さん見ていますので,葬儀や法事なのでお坊さんのお経を聞くようなイメージに近いかもしれません。)。

いずれにしても,これだけ間近で楽器を聞くことのできる機会は少ないと思います。冷房は入っていませんでしたので,窓を開けて演奏は行われましたが,そこから虫の声なども聞こえてくるのも大変風流でした。同時に蚊などが照明にひかれて飛び込んできますので,蚊取り線香も不可欠ということになります。

畳の部屋で香取線香の匂いを嗅ぎ,虫の声を聞きながら楽しんだのは,若い女性奏者二人によるブラームスとシューマンの室内楽でした。一見ミスマッチかとも思ったのですが,今回は,ブラームスとシューマン夫妻の不思議な三角関係を若い女性ならではの視点から「これはありだよね」「これはだめ」という感じでコメントを付けており,とても新鮮に感じました。

まず最初に演奏されたのは,お馴染みのトロイメライでした。最初に有名な曲を演奏することで,空気を和ませてくれましたが,山田さんのピアノには,これまで虫の声が聞こえていたのどかな世界にピンとくっきりとした空気が入ってくるような鮮やかさがありました。非常にゆっくりと一音一音いつくしむよう演奏されました。

今回私は,かなり前の方に座っていたのですが,この会場だと,どこからでも演奏者の表情はとてもよく見えるのではないかと思います。山田さんは曲想の変化に応じていろいろな表情を見せてくれました。

続いてヴァイオリンの竹中さんが登場されました。普通のステージの場合と違って,引き戸をすっと開けて登場するというのも民家ならではです。竹中さんが演奏したのは,滅多に聞くことのできない,クララ・シューマンの曲の「ロマンス」という曲でした。間近で聞くヴァイオリンの音は非常に迫力がありましたが,木造の家の中に響く,木で出来た楽器の音ということで,全くうるさいとは思いませんでした。この曲はもちろん初めて聞く曲でしたが,ちょっと大人びた雰囲気のある,とても魅力的な作品でした。

そして次にブラームスの作品が演奏されました。ドラマの登場人物を一人ずつ紹介するように,シューマン,クララ・シューマン,ブラームスと演奏されるという構成は分かりやすいと思いました。ここで演奏された作品ですが,ピアノ・ソナタ第2番という珍しい作品でした。この曲は,ブラームスが20歳の頃,シューマン家を初めて訪れた時に演奏し,絶賛されたという曲です。ブラームス,シューマン,クララ・シューマンの3人がこの曲をきっかけに交流を始めたと考えると,運命の力を感じさせてくれるようなところがあります。ブラームスの若いエネルギーが激しく湧き出たような曲で,近くで聞くと耳に突き刺さってくるような迫力がありました。

その後,演奏された「F.A.Eソナタ」もまた,ブラームスとシューマンの交流の成果です。シューマン,ブラームスとディトリヒが共通の友人のヴァイオリニスト,ヨアヒムを驚かせるために作った合作なのですが,今回はその中のシューマン担当の第2楽章とブラームス担当の第3楽章が演奏されました。

この「F.A.E」という暗号のような言葉ですが,ヨアヒムの人生のモットーだった「Frei aber einsam」(自由に,しかし孤独に)の頭文字のFAEを取ったものです。この3文字がそれぞれF=ファ,A=ラ,E=ミに対応しますので,「ファ・ラ・ミ」という3つの音をモチーフにすることが約束となっています。

シューマンの作った第2楽章の方は,このモチーフが最初から出てきていました。どこか,先に演奏されたクララのロマンスと共通する穏やかな気分があるのが面白いと思いました。

ブラームスの作った第3楽章は,アンコール・ピースとしてよく演奏される曲です。ブラームスのスケルツォといえば,この曲が代表かもしれません。竹中さんのヴァイオリンのキリっとしたノリの良さはとても爽やかでした。最近,竹中さんは,OEK以外の室内楽の活動を大変活発にされていますが,その充実度を示すような演奏だったのではないかと思います。曲の方は,FAEのモチーフよりは「タタタターン」という運命のモチーフが印象的な気がしましたが,20歳の時の作品にしてブラームスらしさ全開の曲だと思いました。

前半の最後に演奏された,シューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番は,この蛍庵という場所にぴったりの曲でした。シューマンの精神病の兆候の現れた曲という説明にまずゾクっとしたのですが,曲の最初の方のピツィカートの音を聞くとさらにゾクゾクとしてしまいました。その後も躁鬱症的に感情の起伏が激しく続きます。この曲を聞くのは初めてでしたが,是非,今度CDで聞いてみたいと思いました(ただし,蛍庵で聞くような気分はなかなか出ないと思いますが)。

#この曲を聴きながら思ったのですが,「納涼!蛍庵で怖い曲を聞く」という企画などあると面白いかもしれません。

ここで一旦休憩が入った後,後半はブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」の全曲が演奏されました。この曲の演奏前(正確には前半の最後の部分でしたが),お二人による解説が入ったのですが,シューマン亡き後の,ブラームスとクララの間の複雑な関係を表現した曲ということになります。簡単に言うと,ブラームスはシューマンの死後,クララに激しい恋愛感情を抱くが,クララの方は,その感情を受け入れるわけにはいかない,かと言ってバッサリ切り捨てるわけにはいかない,というややこしい状況です。

こういう関係が40年も続いたということらしいのですが,若い女性2人の立場からすると,ブラームスのような一方的な思いの寄せ方は「NG」ということのようです。ブラームスがクララに宛てた手紙の一部を竹中さんが紹介されていましたが,「ちょっとだけ紹介します。これ以上はもう読めません」という言葉に大変実感がこもっておりました。ただし,その結果,こういう名曲が生まれたというのも事実なので,音楽史的に言うと,大きな意味のあった片思いということも言えます。

そういう,「クララ・シューマンへのラブレター=雨の曲」ですが,第1楽章の冒頭から大変美しいメロディが出てきます。池辺晋一郎さんの「ブラームスの音符たち」という本のいちばん最初の部分で「このメロディは素晴らしい」と絶賛し,その美しさの秘密を分析されていますが,クララに思いが伝わらない,ためらいがちな表情というのが音となって現れたメロディといえそうです。

第2楽章は,病気になったクララの子供のためにブラームスが書いた曲と言われているそうです。もしかしたらブラームスの子供かも...と言われているとのことですが,そういう文学的解釈をしたくなるのもロマン派の作品ならではです。

第3楽章は,歌曲「雨の曲」の主題がうつうつと続くのですが,この部分もまた,「蛍庵」の雰囲気にぴったりでした。3楽章合わせて約30分ほどの曲でしたが,全く退屈することなく楽しむことができました。

アンコールでは,おなじみのハンガリー舞曲第5番が演奏されました。オーケストラ版で聞く機会が多いのですが,ヴァイオリン版で聞くとジプシー風のヴァイオリンの気分が出て,非常に野性味がありました。この曲はテンポが大きく変わったり,大きな間が入ったりするのが特徴ですが,お二人が楽しんで演奏しているのがよく分かる演奏でした。

というわけで,今回の演奏会では,ブラームス,シューマン,クララ・シューマンの人間関係と人生とを彼らの音楽に乗せてドラマを見るような感じで楽しむことができました。彼らの人生がもともとドラマ的だったこともあると思いますが,とても素晴らしい選曲だったと思いました。

この蛍庵では,シリーズでこういった演奏会を毎月のように行っているようです。関心のある方は是非お出かけになってみてください。ただし...上述のとおり相当分かりにくい場所にありますので,初めて行かれる場合は,時間に余裕を持って出かけられた方が良いかと思います。

PS.以下,蛍庵についての雑感をまとめてみました。
  • これだけの山奥なのですが,この日は50名以上入っていたと思います。金沢蓄音器館のモーツァルト・シリーズと同じぐらいの人数は入っていたと思います。こういう時,和室は便利ですね。「ちょっと詰めて頂けますか?」というとどこからかスペースが出てくる融通無碍なところがあります。
  • 和室に2時間座るというのは,やはり,ちょっと疲労感が残りました。正しく,楽な畳の座り方などあればマスターしたいと思いました。
  • 今回の竹中さんと山田さんによるトークは,とてもリラックスした本音トークという感じでしたが,こういうことが実現できるのも,お客さんの顔を見ながら,それに応じて話すことができるからだと思います。そういう意味でも貴重な場所だと思いました。
  • 駐車場や看板などを整備すれば,町おこし的にも使える場所だと思いましたが,そうなってくるとちょっと大事になりそうですね。当面は「穴場」的な魅力を維持していって欲しいと思います。

(参考)蛍庵のページ http://www.geocities.jp/uenoflute/hotaru.htm
(2007/09/17)




















蛍庵への道
せっかくなので,蛍庵に行くまでの写真を撮ってみました。参考までにご覧下さい。

チラシに掲載されていた地図


山側環状道路を東長江で降りたところです。ここから右手に曲がっていきます。


上の地図の最初の石碑付近です。右手の道路の方を進んでいきます。


上の地図の2番目の石碑(というよりはお墓?)です。牧というバス停付近です。ここを左折します。


しばらくこんな感じの道路が続きます。


釣部トンネルというかなり新しいトンネルが見えてきます。


トンネルを抜けるとカガライト工業という会社(安全第一と書いてあります)が見えてきます。


その先に釣部町の集落が見えてきます。


この看板付近で私は車を降りました。蛍庵までの地図が貼ってありました。


この看板付近の駐車場はあまり大きくないので,あとは路上駐車ということになります。


蛍庵までの地図の拡大図です。


藁が干してあるようなのどかな風景です。取りあえず,川沿いに進みます。


橋を渡って,神社の方に向かいます。


その隣の坂を登ると蛍庵です。この写真は坂の上から下を見下ろしたところです。