OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第226回定期公演PH
2007/09/14 石川県立音楽堂コンサートホール

オーケストラ・アンサンブル金沢第227回定期公演F
2007/09/16 石川県立音楽堂コンサートホール
ヴェルディ/歌劇「椿姫」(コンサートホール・オペラ形式)
●演奏
大勝秀也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
森 麻季(ヴィオレッタ(ソプラノ)),佐野成宏(アルフレ−ド(テノール),直野資(ジョルジョ・ジェルモン(バリトン)),鳥木弥生(フローラ(メゾ・ソプラノ),中西富美枝(アンニーナ(メゾ・ソプラノ)),諏訪部匡司(ガストン(テノール)),松山いくお(ドゥフォール男爵(バリトン)),東平聞(ドビニー侯爵(バリトン)),原田勇雅(グランヴィール医師(バリトン))
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団,大阪音楽大学オペラ研究室(奥村哲也合唱指揮),OEKエンジェルコーラス
西聡美(コレペティトゥール)
バレエ:横倉明子バレエ教室
構成・演出:わたべさちよ
Review by 管理人hs  

今回の公演で始まった「2007ビエンナーレ秋の芸術祭」のパンフレットと今回のプログラムです。
2007〜2008年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演シリーズは,森麻季さんがタイトル・ロールを歌う「椿姫」公演で,幕を開けました(コンサートホールには”幕”はありませんが...)。今年の1月の「コシ・ファン・トゥッテ」公演の時同様,オペラ公演の時は,2回行われるのが恒例になりつつあるようで,今回もフィルハーモニー公演とファンタジー公演の2回行われました。オペラ公演の人気の高さもさることながら,今回の場合,やはり今が旬のソプラノ,森麻季さんがお目当てだった方も多かったのではないかと思います。

私は,そのうちの9月16日に行われたファンタジー公演を聞いてきました。平日の夕方にオペラを聞くのは少々疲れるので,日曜日の午後の方を選んだのですが,期待どおり,ゆったりとした時間を過ごすことができました。前回OEKがこのオペラを取り上げた時は,ナレーションがストーリー進行を担当し,その間を歌手の歌が埋めていく形でしたが,「椿姫」ぐらいの名オペラとなると,全曲を聞いてみたくなります。今回も慣例的なカットは行っていましたが,全曲を通して聞くことで初めてストーリーと歌が渾然一体となった迫力を味わうことができるものだと再認識しました。

というわけで全曲を聞けただけで満足だったのですが,今回の場合,やはり,森さんの歌と演技がいちばんの注目でした。そして,どちらも満足できるものでした。森さんは,声自体に透明感が備わっているので,幕が進むにつれて,死期が近づくという「椿姫」の悲劇的な展開にぴったりでした。佐野成宏さんと直野資さんのアルフレートとジョルジョ・ジェルモン親子は,もう,見る前から素晴らしいことは分かっていたのですが,期待どおりの素晴らしさでした。佐野さんの声が入ると「イタリアン!」なパリっとした情熱が加わり,直野さんが登場すると厳しい現実と渋さが立ち上がってきます。この2人の力がドラマを引き締めていました。大勝さんの指揮も素晴らしく,「ヴェルディは,こういう効果的な音楽を付けていたのだ」ということが鮮明に伝わってきました。

鳥木弥生さん,中西富美枝さんという石川県出身で海外で活躍されている歌手を脇役に置いた配役も豪華で(そういえば直野さんも石川県出身でした),OEK合唱団の充実した歌ともにドラマの厚みを増していました。

今回はオペラ公演ということで,恒例の(?)イメージ図を交えてステージの様子を説明しましょう。

今回は「コンサートオペラ」とプログラムに書いてありましたが,ベッド,ソファ,椅子といった小道具は使っており,大道具がないだけで,演技自体は通常のオペラと違いはありませんでした。大道具の代わりに背景にスクリーンを置き,場面ごとに映像を映し出すというのも,わたべさんの演出による過去のオペラ公演と同様でした。ただし,この手法については,もう一工夫欲しい気がしました。

いつもと違っていたのは,オーケストラがステージ後方に配置し,演技を行う,ステージ前半部との間が黒い半透明のスクリーンで仕切られていた点です。歌舞伎の伴奏の浄瑠璃や竹本が黒御簾の後ろで演奏することがありますが,それと少し似ていたと思います。

というわけで,歌手の皆さんはステージ前半で歌っていたのですが,音楽堂のステージ自体あまり大きくはありませんので,少し客席の方に張り出すような細工がしてあったようでした。

今回のような配置は珍しいと思うのですが,歌手の皆さんは,指揮者の姿が見えませんので,かなり歌いにくかったのではないかと思います。その不都合を補うために客席最前列に副指揮者がいましたが(コレペティトゥールの女性だったと思います),黒御簾で仕切るというのは,それほど効果はなかったと思いました。むしろ「コンサート・オペラ」ということを前面に出して,OEKそのものを見せた方が良かったのではないかと思いました。

というわけで,ステージの使い方については,個人的には,1月の「コシ・ファン・トゥッテ」の時のような,シンプルかつダイナミックなものの方が良いと思いました。ちなみに私がイメージする「コンサート・オペラ」というのは,次のようなものです。
  • 大道具は全く使わない(今回の大道具は,以前使っていたものと同じようなもので,ちょっと中途半端な気がしました)
  • 道具で使うとすれば,ベッドとテーブルと椅子ぐらい
  • 演技をするのは主役クラスだけ
  • 合唱団は演技をせず,オルガン・ステージで歌う
  • 衣装には凝らない
今回ぐらいの大道具を使い演技をするならば,今後は音楽堂ではなく,今度改称することになった金沢歌劇座を使う方が良いと思いました。というわけで,「コンサートオペラ」という言葉のイメージについて,ちょっとズレを感じたのですが,音楽自体は上述のとおり大変素晴らしいものでした。以下,物語の流れに沿ってレビューをしたいと思います。

まず,物語に先立ち,グランヴィル医師が,ナレーターとして登場し,第1幕のストーリーの説明を行いました(その後も各幕の前で登場しました)。私自身は,「無くても良い?」と思ったのですが,全く予備知識なしで見に来ていた人もいると思うので,その点に配慮していたのだと思います。事実,帰り間際「ストーリーがよくわからんかった」と語り合う高校生の声が聞こえてきました。)。

その後,有名な前奏曲が始まりました。大勝さん指揮のOEKの演奏は,甘さよりは品の良さを感じさせてくれる引き締まったものでした。これは,オペラ全体を通じて一貫していており,オペラ全体に一本芯を入れていました。

続いて,第1幕のパーティの場になります。既に森さんと佐野さんはステージ上に登場しており,「乾杯の歌」を顔見世的に歌います。この部分では,ちょっと森さんの声量が弱い気がしたのですが(今回は3階席で聞いていました),非常に立派な声を持つ佐野さんと比較してしまったからかもしれません。その後,段々とバランスが良くなってきました。

この佐野さんの歌は,本当に自身に満ちたもので,ヴィオレッタでなくても,うっとりするのは間違いなしでした。脂の乗り切ったビンビン響いてくるような素晴らしい歌でした。この佐野さんですが,カツラをつけるよりは,そのまま(?)の方が色男っぽいのでは,と思いました(ちなみに佐野さんは,2006年4月に岩城さんが最後にOEKを振った第200回定期公演でも「椿姫」の中の曲を歌っていますが,その時は当然,「カツラなし」でした。)。

そして,ヴィオレッタの大アリアになります。森さんは,コロラトゥーラを得意とする方ということで,声自体はかなり細く,アリア全体のボリューム感もそれほど感じなかったのですが,その分,繊細な表現力が素晴らしく,前半の「ああそはかの人か」のしっとりとした表現などは大変聞き応えがありました。室内オーケストラとしてのOEKとぴったりよりそうような歌を聞かせてくれました。後半の「花から花への」の部分は,華やかさよりは,清純さを感じさせてくれるような歌で,最後の超高音では非常に細く透き通る声を見事に聞かせてくれました。

ここで暗転し,引き続いて第2幕に入っていくのですが,ここで1回カーテン・コールがありました。プログラムでは第2幕第1場まで休憩なしと書いてありましたので,ここは特に何もなくても良かったかもしれません。その一方,第1幕と第2幕の間には時間の経過がありますので,やはり本来はここで休憩があった方が良いのではないかとも思いました。そうなれば,第1幕後のカーテン・コールはあっても良かったと思います。

その第2幕第1場ですが,本当に聞き応えがありました。全幕を通して,いちばん密度の濃い幕でした。ほとんど3人だけでやり取りする場ですので,演劇を見るようなところがありました。前回のハイライト+ナレーション公演の時は,この場がかなりカットされていましたが,今回は実力者たちの歌を堪能できました。今回の公演のいちばんの収穫はこの場にあったと思いました。

佐野さんの「私の熱い心」で,ぐっと聴衆の心を盛り上げた後,直野さんが登場し,「息子と別れてくれ」と迫ります。直野さんの雰囲気がいかにも大人らしい渋さに満ちていますので,佐野さんの熱さや森さんの繊細さと好対照を成していました。この3人による三角形の構造が,微妙に揺れ動いていく様が,見事に描かれていました。今回の森さんのヴィオレッタは,はかなげだけれども芯の強さを感じさせるものでしたので,ついつい判官びいき的な視点で見てしまいました。

ジョルジョ・ジェルモンが「泣きなさい,泣きなさい」と行った後,ヴィオレッタが悲嘆に暮れる辺りは,字幕をよく見ていなくても,音楽自体がストーリーを表現していました。クラリネットが静かに伴奏しながら手紙を書くシーンなどとても印象的でした。そういう辛い気分を抱えたまま,ヴィオレッタとアルフレードが熱い音楽に乗って抱き合うシーンなど,これでもかこれでもかと音楽が迫ってきました。

アルフレードが「おお」と叫ぶと,音楽も大きく盛り上がる辺りの大げささもいかにもイタリア・オペラ的で大好きなのですが,こういう熱さの後だからこそ,最後に出てくる直野さんによる「プロヴァンスの陸と海」の穏やかさがしみじみと響きました。

ここで休憩となり,第2幕第2場,第3場が後半に演奏されました。第2幕第2場の前半は,ガラ・コンサート的な内容になっていました。鳥木さんの演じるフローラ主催のパーティの場ですが,鳥木さんはとてもゴージャスな雰囲気を作っていました。今回は,ここで特別ゲストのOEKエンジェル・コーラスが登場しました。

数年前の「こうもり」公演の時もエンジェル・コーラスが同じパターンで登場しましたが,今回の場合,オペレッタではなくオペラですので,歌ってくれた子供たちには全く責任はないのですが,「?」でした。歌われた曲が,「ドレミの歌」と「エーデルワイス」ということで,「なぜここで?」という疑問が沸きました。長いオペラの中の”気分転換”という位置づけだったと思うのですが,個人的にはヴェルディの音楽だけに浸りたかったと思いました。

続く,バレエの方はオリジナルにも入っていますが,合唱団がステージに乗っている前で踊るというというのは,かなり窮屈だったのではないかと思います。ダンサーの中では,闘牛士役で中央で踊っていたジャニーズ・ジュニア(?)のような少年の凛々しさが特に印象的でした。

その後は,賭けで大勝したアルフレードがヴィオレッタに札束を叩きつける,という「いかにも」というドラマティックな展開となります。この部分は,第2幕第1場の雰囲気の延長戦という感じでした。ここでもジョルジョ・ジェルモンが登場して,アルフレードを諭すのですが,本当にお二人ともはまり役だと思いました。幕切れは,それぞれの思いを抱いた重唱になりますが,音楽自体の持つ重奏性自体がドラマの重層性に直結するのがヴェルディの音楽の素晴らしさだと思います。この悲しみをたたえた重唱は大変聞き応えがありました。

#この日のプログラムでは,この第2幕第2場の解説がすっぽりと抜け落ちていました。「バレエが登場し,アルフレードが札束を投げる」といった記述がなかったので,ストーリーをよく知らなかった人は少し混乱したのではないかと思います。

というわけで,本当はここで余韻に浸りたかったところなのですが,カーテン・コールの後,暗転ししばらく暗い中待たされることになり,ちょっと覚めてしまいました。この辺の舞台転換にも一工夫欲しいところでした。

第3幕への前奏曲は,第1幕への前奏曲と呼応した曲ですが,この時,スクリーンに映し出されていた椿の花の映像が印象的でした。第1幕のときは曲が進むに連れて花の数が増えていき,第3幕のときは曲が進むに連れて減っいき,最後に一輪だけが残ります。ドラマの構成をシンメトリカルに表現しており,とても巧くできていると思いました。

第3幕は死を待つヴィオレッタの病室の場なのですが,森さんの声にも雰囲気にも透明感が漂っていますので,とてもリアリティがありました。窓の外から聞こえてくる雑踏の音との対比も効果的でした。そこにアルフレードが戻ってきて,最後の情熱を吹き込みます。これに応えて歌う森さんの歌は,非常に立派で高貴さに満ちたものでした。

「椿姫」というのは,どうみても悲劇なのですが,この部分を聞いて,私は,なぜか新たな生命力をもらったような爽快感を感じてしまいました。締めくくりのOEKの演奏も大変力強いもので,泣きながら終わるメロドラマ,とは一線を画した演奏になっていたと思いました。

というわけで,長々と書いてしまいましたが,オペラというのは,それだけ見所が多く,突っ込みどころも多い総合芸術ということが言えます。今回の公演は,演出的な面で少し物足りない部分は感じたのですが,主役の3人を中心とした歌はドラマに満ちており,そういう意味では「コンサート・オペラ」の名に相応しいものだったと思いました。森さんは,意外なことにヴィオレッタを歌うのは今回は初めてということだったのですが,今後,当たり役になって行くのではないかと感じました。

金沢市では,金沢市観光会館を金沢歌劇座に改称するなど,オペラ事業に力を入れていくようですので(そう信じているのですが),次回は是非,「歌劇座」で,森さん+OEKで,「ラ・ボエーム」などを上演してもらいたいものです。
(2007/09/17)