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オーケストラ・アンサンブル金沢第228回定期公演MH
2007/09/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第30番ハ長調,Hob.I-30「アレルヤ」
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.61
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV.1006〜ガヴォット
4)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調op.67「運命」
5)(アンコール)グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」〜ソルヴェーグの歌(弦楽合奏版)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:マイケル・ダウス)*1-2,4-5
チョーリャン・リン(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:池辺晋一郎

Review by 管理人hs  
ちょっとピンボケになってしまいました。
井上道義さんが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2代目音楽監督になって半年以上たちますが,意外なことに今回の定期公演が,音楽監督としての初登場ということになります。2007〜2008年の定期公演シリーズの開幕の時期ということと合わせ,今回の公演はどこか華やいだ気分のある演奏会となりました。ただし,演奏されたのは,ハイドンとベートーヴェンということで,井上音楽監督の「古典志向路線」を改めて印象付けてくれました。

今回演奏された曲の中では,何と言っても最後にされた「運命」が,「さすが,ミッキー」という,エキサイティングな演奏でした。スポーツ新聞風に言うと「ミッキー大暴れ,奇跡の大勝利」という感じで,大変身振りの大きい第1楽章から,圧倒的な明るさと爽快感を持ったクライマックスまで,どこを取っても退屈させる部分はありませんでした。

まず、第1楽章の冒頭です。井上さんは一体何事が始まるのだろう,という感じにオーケストラに立ち向かい,「もしかしたら,イナバウアー?」と思わせるぐらい,エビ反りになって,指揮棒を振り上げました。「運命」の冒頭の最初の音符は休符ですので,「ウン,タタタターン」という感じで始まるのですが,この「ウン」の部分のちょっと大仰で緊迫感溢れるムードが最高でした。この日は久しぶりにマイケル・ダウスさんがコンサートマスターでしたが,この絶妙な雰囲気は,井上さんとダウスさんとの共同作業の結果生まれたような気がしました。

その後のOEKの音は大変厳しく引き締まっており,全く泥臭い感じがしませんでした。劇性と古典性とが大変うまくマッチしていたと思います。焦燥感に駆られたような第1主題部の後,非常に穏やかな第2主題となりましたが,このコントラストも鮮やかでした。

第2楽章は,中音域の楽器の音色が魅力的で,第1楽章と対照的な穏やかで品の良い気分を作っていました。その中に金管楽器の音がスパッと入って来て,大変気持ちよく響いていたのも印象的でした。第3楽章も同様に静かな楽章ですが,この嵐の前の静けさのような緊迫感のある弱音も聞きごたえがありました。その一方,中間部で出てくるコントラバスの速いパッセージには鬼気迫る迫力がありました。第3楽章の最後の方での抜き足差し足,といった感じのファゴットの音も印象的でした(演奏後,ファゴットの柳浦さんと井上さんが握手をしていました)。その他,この楽章だけに限らないのですが,随所でホルンが力強い音を響かせるなど,各パートのソリスティックな面白さも楽しむことのできた「運命」でした。

そして,第4楽章に入ります。これまでの楽章でも各楽器が大変良く鳴っていましたが,ここでさらに華やかな響きとなり,堂々たる歩みを見せてくれました。この日は,呈示部の繰り返しは行っていませんでしたが,一気にクライマックスに向かうという意味では,この形の方が良いと思いました。第1楽章同様,井上さんの指揮は大変大きな身振りでしたが,それがそのまま音となって現れていました。決して荒れ狂う演奏ではありませんでしたが,エネルギーが充満しており,各楽器の饗宴という感じのフィナーレでした。井上音楽監督の定期公演「初登場」にふさわしい充実した演奏だったと思います。

この後,「「運命」の後にアンコールというのも不粋ですが」と断った後,今年,没後100年となるグリーグの劇音楽「ペール・ギュント」の中から「ソルヴェイグの歌」が演奏されました。オリジナルと違い,弦楽合奏版で演奏されていましたが,高揚した気持ちを静めてくれるような穏やかな演奏でした。「運命」を指揮された直後の井上さんは,さすがにお疲れの様子でしたが,この曲を指揮されながら,自身の気持ちが癒されたのではないかな,と感じさせるような演奏でした。

2曲目に演奏された,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は,今月聞くのが2回目です。同じ月に2人別のソリストで同じ協奏曲を演奏されるというのはかなり珍しいことだと思います。この日の演奏ですが,9月2日の岩城宏之メモリアル・コンサートでも吉本奈津子さんとの共演の時よりもOEKの方もソリストの方もスケールの大きさを感じました。

今回のソリストは,チョーリャン・リンさんでした。リンさんは,4月の定期公演で聞いたシュロモ・ミンツさんとほぼ同世代の世界的に活躍しているヴァイオリニストです。リンさんのCDは,かつてSONYレーベルから沢山リリースされていましたがミンツさん同様,近年はほとんど録音がないようです。この辺の事情は,クラシック音楽のCDをめぐる状況の変化と関係があるようですが,その実力は健在で,明るく伸びやかな音でとても円満な音楽を聞かせてくれました。

第1楽章は,部分的に音程が甘くなるようなところがありましたが,段々と音の鳴りも良くなってきて,堂々たる音楽を楽しませてくれました。OEKの演奏では,冒頭からティンパニの存在感が際立っていました。シルヴィオ・グァルダさんという方が担当されていましたが(バロック・ティンパニではなく通常のティンパニでした),クレッシェンドして逞しい音を聞かせるなど,オーケストラだけの序奏部では”ティンパニ協奏曲”のような迫力を感じさせてくれました。コントラバスはこの曲では2人だけだったのですが,ずしりとした音を聞かせてくれ,ティンパニと併せて壮大な気分を作っていました。

第1楽章のカデンツァは,最初は,「おなじみのクライスラー版かな」と思って聞いていたのですが,段々様子が変わってきて,どこかパガニーニのカプリースのような超絶技巧という感じになってきました。気になったので,演奏会後のサイン会のときにリンさんに尋ねてみたところ,ミルシュタイン版とクライスラー版を併せたものことでした。このミルシュタインという名前を聞いて,「なるほど」と納得しました。ちなみに第3楽章の方は,通常のクライスラー版だったと思います。

第2楽章は,リンさんの大変バランスの良い,これぞヴァイオリンという美音を堪能させてくれる演奏でした。楽章が進むにつれて段々と耽美的になり,曲の奥行きがどんどん深くなって行くような演奏でした。第3楽章の方は,ビートの利いて伴奏ともども大変勢いのある,流れの良い演奏でした。最後は,曲の最初同様,グァルダさんのティンパニがビシっと締めてくれました。

この後,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータの中からおなじみのガヴォットが演奏されいました。装飾音を散りばめた颯爽とした演奏で,リラックスした気分のある演奏でした。ヴァイオリン協奏曲の後のアンコールとして,バッハの無伴奏が出てくるケースが非常に多いのですが,どれもこれも雰囲気が違うのは,すごいことだと思います。バッハの懐の深さを感じます。

今月は図らずも,ベートーヴェンの協奏曲の比較になってしまいました。個人的には,チョーリャン・リンさんの明るく大らかな演奏よりも,吉本さんのとても丁寧な演奏の方により惹かれたのですが,こういう,比較ができるのも大変贅沢な楽しみです。

順番が反対になってしまいましたが,最初に演奏された,ハイドンの交響曲第30番「アレルヤ」もとても気持ち良い演奏でした。この日のコンサートホールは,オルガン・ステージの部分が朝顔の蔓や葉に覆われており(造花?),「何だこれは?」という感じでびっくりさせてくれましたが(これは21世紀美術館の「朝顔プロジェクト」を意識した,井上音楽監督のアイデアとのことです),今回演奏された曲の中では,特にこのハイドンの曲にぴったりでした。

この「アレルヤ」という曲は,演奏されるのがかなり珍しい曲ですが,OEKの定期公演で演奏されるのは2回目だと思います。古楽奏法的なすっきりとした透明感のある弦楽器の瑞々しい音色が印象的な演奏でしたが,それでもすっきりと流れるだけではなく,多彩な表情を感じさせてくれるのは,井上さんならではだと思いました。

ちなみにこの曲の「アレルヤ」というタイトルは第1楽章の主題の音型に基づいています。グレゴリア聖歌の中の「アレルヤ」に似ている,というのがその由来とのことです。このことをはじめ,プレトークでの池辺さんの話は,ハイドンの交響曲全体の調性の分布の分析をされたり,とても興味深い内容でした。
 
第2楽章では,上石さんのフルートの音がソロで出てきて,涼しげな雰囲気を出していました。こういった上品さとユーモアが混ざった感じはハイドンならではです。この曲は第3楽章構成なのですが,その最終楽章は,メヌエットです。メヌエットで終わる交響曲というのはかなり珍しいと思いますが,このメヌエットが,途中から,だんだんと暗さや鋭さのある表情に変わってきます。この辺がなかなか面白い楽章でした。

この曲の演奏を聞きながら,ハイドンと井上さんの相性の良さを感じました(アイデアとユーモアという点で共通する部分がありそうです)。かなり前の井上さん指揮の定期公演で,ハイドンの交響曲「朝・昼・晩」のセットを全部演奏するものがありましたが,ハイドンの初期の交響曲をこれからも取り上げていって欲しいと思います。

この日の会場は,会場に意表を付く朝顔があったり,大げさにして緻密な「運命」を堪能させてくれたり,いろいろな面で楽しむことが出来る演奏会でした。「何をやっているのかな?音楽DO by ミッキー」のキャッチフレーズどおり,今シーズンも何が出てくるか分からない,と期待させてくれる演奏会となりました。

PS.この日の演奏は,どの曲もコントラバスが上手に来る対向配置でした。この編成及び指揮台なし,指揮棒なし(協奏曲の時は使っていたと思います)というのが井上/OEKの基本スタイルのようです。(2007/09/22)

今日のサイン会
井上道義音楽監督から頂きました,井上の「井」が「#(シャープ)」になっているのがポイントです。


次は,チョーリャン・リンさんのサインです。サイン会の間,マイケル・ダウスさんと親しげに会話をされていました。


この日は,コンサート・マスターのマイケル・ダウスさん,ヴァイオリンのトロイ・グーキンズさん,チェロのヤンギー・リーさんから頂きました。