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2007ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭シューベルト・フェスティバル
金澤攝のシューベルトを聴く!
2007/10/05 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)シューベルト/ピアノ・ソナタ(第19番)ハ短調,D.958
2)ヘラー/シューベルトのメロディ(ます,魔王,郵便馬車)
●演奏
金澤攝(ピアノ)

Review by 管理人hs  

「シューベルト・フェスティバル」4日目の午後は,金澤攝さんの独奏によるシューベルトのピアノ・ソナタを聴いてきました。金澤さんといえば,「知られざる作曲家の知られざる作品をシリーズで取り上げる独自路線を歩むピアニスト」という印象を持っていましたので,”有名作曲家シューベルト”の作品を”単発で”演奏するというのは,とても珍しいことです。シューベルト最晩年のピアノ・ソナタが金沢で実演で演奏される機会もあまりありませんので,この2点を目当てに聞きに行きました。

石川県立音楽堂のコンサートホールの方は,フェスティバルの名に相応しい華やいだ気分なのですが,一歩,邦楽ホールの中に入ると,こちらの方は一気に静寂の世界となります。今回のフェスティバルの中でも異色の公演ですが,多様なものを取り入れる懐の深さは重要だと思います。

ステージ袖から,金澤さんが登場すると,照明はさらに暗くなり,時間の感覚がなくなってしまいました。コンサートホールで演奏する意味というのは,時間感覚を無くすことによって生活感も無くすことかな,と感じました。

さて,今回演奏された,一般に19番と呼ばれているピアノ・ソナタですが,金澤さん自身の解説によると金澤さんがパリで最後にレッスンを受けた作品とのことです。当時,シューマン,ショパン,モーツァルト,シューベルトのいくつかの曲のレッスンを(嫌々?)受け,一度は公開の場で演奏したとのことですが,この19番だけは,これまで演奏したことがなかったのが,気になっていたとのことです。その”けじめ”が今回の選曲の一因だったようです。

この曲ですが,ハ短調という調性からして,後期3大ソナタの中でも特にベートーヴェンらしさを意識した作品となっています。第1楽章冒頭の一音は非常に気合のこもった一撃で,演奏にぐっと引き込まれました。その後もかなりストレートに演奏されていました。ただし,テンポが速かったこともあり音自体はかなり乱れ気味でした。音の精度よりも激しい勢いを重視する点は,金澤さんの流儀とも言えます。

第2楽章と第3楽章は,両端楽章よりは叙情的な部分が中心となりますが,さらに個性的な表現を聞かせてくれました。シューベルトらしい叙情的な歌よりは,冷たく広がる寂寥感を強く感じました。もともと一抹の寂しさを感じさせる楽章ですが,第2楽章の後半でポツポツと演奏する辺りからは,俗世から隔離されたような独特の世界が伝わってきました。

軽快なリズムを持つ最終楽章ですが,かなり速いテンポで演奏されたこともあり,次第に凄みを増し,どこか前衛的なジャズを演奏しているような雰囲気がありました。金澤さんの演奏は,素直に歌うところを拒否しているようなところありました。恐らく,端正なシューベルトを期待した人には全く受け入れられないような演奏だったと思いますが,例えば,グレン・グールドがシューベルトを弾いたらこんな感じかな,と思わせるようなところがありました。グールド自身,全くシューベルトの録音を残していませんので(やはり,金澤さん同様にお好みでなかったようです),これは推測・思い込みなのですが,それだけ個性的な演奏になっていました。

その後,アンコール・ピース的な位置づけで,シューベルトの歌曲にインスピレーションを得てヘラー(Stephen Heller, 1814-1888)という人が作った曲が3曲続けて演奏されました。最初,曲名を見た時は「歌のない抒情的な歌曲かな?」と思ったのですが,そういうものではなく,シューベルトの主題を題材にして,華麗な技巧で飾り立てたような曲でした。これは,やはり,編曲ではなく作曲になると思います。曲の方はあまりにもごちゃごちゃしていて,メロディラインが良くわからず,正直なところ3曲の区別がつかないぐらいでした。

というようなわけで,選曲・演奏ともに,一匹狼的な演奏活動を続けている金澤さんの本領が発揮された演奏会でした。

PS.演奏会全体の長さは45分ほどでしたが,これは東京で5月の連休中に行われている「ラ・フォル・ジュルネ:熱狂の日音楽祭」と同じような長さです。今回はこれ以外にも地元の音楽家によるピアノや声楽の演奏会が沢山行われましたが,1時間以内のコンサートを沢山行うというのは面白い試みだと思います。(2007/10/08)

邦楽ホール入口にあった看板

公演チラシと配布された解説。いつもどおり金澤さんによる解説です。