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2007ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭シューベルト・フェスティバル
仲道郁代のピアノ ア・ラ・カルト
2007/10/05 石川県立音楽堂邦楽ホール
第1部 14:00〜
1)シューベルト/即興曲変ホ長調,op.90-2
2)シューベルト/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調,op.27-2「月光」
3)シューベルト/軍隊行進曲ニ長調op.51-1
4)シューベルト/ロンドニ長調,op.138
5)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲ホ短調,op.72-2
6)ショパン/バラード第1番ト短調,op.23
●演奏
仲道郁代(ピアノ*1-5)
尾田奈々帆(ピアノ*3),中林理力(ピアノ*4),竹田理琴乃(5-6)

第2部 19:00〜
1)シューベルト/即興曲変ホ長調,op.90-2
2)シューベルト/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調,op.13「悲愴」
3)シューベルト/幻想曲へ短調,D.940
4)ブラームス/ハンガリー舞曲第2,7,8番
5)ブラームス/ハンガリー舞曲第5,18,19,6番
●演奏
仲道郁代(ピアノ*1-5)
平野加奈(ピアノ*3),谷口瞳(ピアノ*4),篠永紗也子(ピアノ*5)

Review by 管理人hs  

シューベルト・フェスティバルの5日目は,土曜日ということもあり,我が家も家族で出かけてきました。実は,私の子供もピアノを習っているのですが,その同世代の地元の子供たちと仲道郁代さんとがステージ上で連弾する企画ということで,半分教育的な意味から連れて行きました。しかし,そういうことは全く抜きにして,本当に楽しめるステージになっていました。我が家の子供の方も大変楽しんだようで,来て良かったと思いました。結果として「ピアノを弾いてみたい」と思わせるような内容になっていました。

この演奏会は,仲道さんが前半ソロで演奏した後,後半で次々と子供たち(大学生の方も1名含まれていましたが)と連弾を行っていくものです。仲道さんは,子供たちを相手にアドリブ的なトークをされていたのですが,そのやりとりの素晴らしさに感服しました。

一言で言うと「子供の扱いがうまい」ということになるのですが,緊張している子供たちからうまくコメントを引き出し,そのコメントを元に前向きな気分を盛り上げていました。最後に「音楽って良いですね」と語られていましたが,まさにそのとおりと思わせるステージとなっていました。NHKでかなり以前,中村紘子さんなどが先生となって,子供たちにピアノを教える「ピアノのおけいこ」という番組がありましたが,その雰囲気を彷彿とさせるものがありました。

このように,非常に面白かったこともあり,昼の部,夜の部と2回に分けて行われた公演の両方ともを聞いてきました(今回,私はパスポート券を買ったので,沢山行った方が特になるという理由もありました。定期会員向け\8000を購入したのですが2000円以上の公演を4回+交流ホール公演をいくつか聞いたので十分元は取ったと思います。)。

まず,子供たちとの連弾の様子を第1部から順にご紹介しましょう。

最初に今回の出演者中最年少の尾田奈々帆さんが登場しました。最初の挨拶から大変しっかりしており,これで会場の雰囲気が一気に盛り上がりました。演奏も立派なものででした。今回の連弾では,仲道さんがすべて低音部を担当していましたが,そのしっかりとした伴奏の上で,大船に乗ったように,のびのびと軍隊行進曲を演奏されていました。

続いて,今回の出演者中唯一の男性だった中林理力さんが登場しました。演奏したロンドという曲は初めて聞く曲でしたが,ちょっとポロネーズなどの民族舞曲を思わせるリズムを持った曲でした。シューベルトらしい霊感にあふれたような転調もあり,もう一度聞いてみたいと思う曲でした。

中林さんもしっかりと演奏されていましたが,面白かったのは,仲道さんとのやりとりでした。「連弾をすると手がくっつくことがあるけど,よけないでね(だけどこの時期の少年の心理は分かります)」「君は本番に強いねぇ。これは重要なこと。男の子がピアノをやっていると...「花より男子」の花沢類のようにもてるよ」とか大変楽しいやり取りがありました。中林さんは,まだ中学1年生でしたが,とてもスラリとした長身で,仲道さんのコメントに非常にリアリティがありました。

この「花より男子」というマンガ・テレビドラマの名前が仲道さんの口から出てくるとは予想もしていなかったのですが,小栗旬(花沢類役を演じていた俳優)の好きの我が家の子供にも大変受けていました。

第1部のトリには,竹田理琴乃さんが登場しました。竹田さんのお名前は,既に聞いたことがありましたが,堂々たる共演を聞かせてくれました。スラヴ舞曲の中で一番有名な作品72-2が演奏されましたが,メランコリックなメロディと中間部のキラキラときらめく部分の対比が鮮明に付けられていました。

竹田さんは,この後,独奏でショパンのバラード第1番を演奏しましたが,このステージ度胸は素晴らしいと思いました。ちょっと重過ぎるかな,という感じはしたのですが,仲道さんの独奏と遜色がないような聞き応えのある演奏を聞かせてくれました。

夜に行われた第2部の方は,中学生の頃既に岩城さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演したことのある平野加奈さんが登場しました。現在は東京芸術大学に通われているそうで,順調に成長されているとともに月日の流れの速さを実感しました。

今回,仲道さんと連弾した曲は,シューベルトの最晩年に作曲された幻想曲でした。どこか人生を回顧するような趣きのある作品で,今回の演奏からは,静かな中にも思いつめたような感じが出ていました。曲自体,ちょっと停滞するような感じがあり,その分長く感じてしまいましたが,夜に聞く連弾にはぴったりの作品でした。

その後は,谷口瞳さん,篠永紗矢子さんという2人の中学生との連弾で,ハンガリー舞曲が演奏されました。谷口さんの演奏の時は,緊張感をほぐすために「くるっと回ってみて。舞曲の時はこういう感じが必要」とアドバイスをされ,谷口さんはステージ上でくるっと回っていましたが,この意表を突く指示はさすがだと思いました。

篠永さんの時には,「このドレスは曲のイメージどおり」とおしゃられて気分を盛り上げていましたが,仲道さんは,共演者を乗せるのが非常にうまい方だと思いました。お二人とも,大変爽快な舞曲を聞かせてくれました。

以上のように,今回の子供たちの演奏のレベルは,「おけいこ」というレベルを遥かに超えており,本当に立派な演奏を聞かせてくれました。仲道さんと共演した,ということは一生の宝となったのではないかと思います。

連弾に先立って行われた仲道さんの演奏も見事でした。第1部,第2部ともに,シューベルトの即興曲を1曲演奏した後,最近,仲道さんが積極的に取り上げているベートーヴェンのソナタが演奏されました。

シューベルトの即興曲はどちらの回も流れるような粒立ちの良いアルペジオが本当に見事でした。夜の回では,仲道さんは黒い衣装に替えて変えて来られていましたが,演奏の方もどこかよりしっとりとしたムードになっていたのが面白いと思いました(これは私の気分の持ちようのせいかもしれません)。

ベートーヴェンの方はどちらも3つの楽章全部が演奏されました。トーク付きの公演では,一つの楽章だけを取り出して演奏されることが多いのですが,仲道さんには楽章間の構成も聞いてほしいという意図があったのではないかと思います。

「月光」の第1楽章,「悲愴」の第2楽章など,単独で演奏するとなると情緒たっぷりに演奏されることも考えられますが,3つの楽章の構成を考えると,もう少し抑制された表現を取ることになります。どちらの最終楽章も大変急速なのですが,これも無闇に速いテンポで弾くことはありませんでした。どちらも,楽章間の性格の違いをくっきりと描き,曲全体としての大きさを伝えようとする演奏になっていたと思います。

仲道さんのトークの中で「月光」の3つの楽章を自分自身の現在・過去・未来に当てはめて聞いてみると(どの楽章が該当するかは人それぞれ)共感できる聞き方ができるとおっしゃられていましたが,これは非常に味わい深い言葉だと思いました。

近年,仲道さんのベートーヴェン演奏は大変高い評価がされていますが,そのことが実感できる演奏でした。是非,CD録音(全曲録音が完結した?)でも聞いてみたいと思います。

仲道さんは,こういったトークをした後,ぱっと演奏に切り替えられるののですが,そういったことを含めて,今回のような企画には最適のアーティストだと思いました。将来,音楽堂で「ベートーヴェン・フェスティバル」などが行われることがあれば(かなりあり得る話だと思います),是非,また仲道さんに登場してもらいたいものです。(2007/10/08)

邦楽ホールに向かう通路には,パネル展示もありました。



秋の芸術祭関連で生け花の展示がいつの間にか出現していました。



音楽堂の外壁です。


神奈川県の「湘南モーツァルト愛好会」という団体の方がいらっしゃっていたようです。神奈川ナンバーのバスが止まっていました。



今回のシューベルト・フェスティバルでもらったパンフレット類です。家族の分もあるので大変沢山あります。