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オーケストラ・アンサンブル金沢第230回定期公演M
2007/10/24 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ナッセン/2つのオルガナ
2)コープランド/バレエ組曲「アパラチアの春」
3)ブリテン/チェロと管弦楽のための交響曲op.68
4)(アンコール)カルツネンによる即興演奏
●演奏
オリヴァー・ナッセン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)*1-3,アンシ・カルツネン(チェロ*3,4)
Review by 管理人hs  
演奏会のタテ看板です。
下の写真は11月に音楽堂で行われるホセ・カレーラスとスタニスラフ・ブーニンさんの演奏会のお知らせの看板です。大変目立つところに出ていました。

オリヴァー・ナッセンさん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。ナッセンさんが音楽堂に登場するのは2回目のことですが,何と言っても...大きな方でした。

今回演奏された曲は,ナッセンさんの自作自演,コープランドの「アパラチアの春」,ブリテンのチェロ交響曲ということで,20世紀の曲が並びました。最近,OEKの定期公演では,古典派からロマン派の曲が演奏されることが多かったので,とても新鮮な感じがしました。

最初に演奏された2つのオルガナは,その名のとおり,2つの小品から成っている曲で,1994年に作曲されたものです。現代曲にはよくあるのですが,変則的な編成でした。弦五部の奏者が1名ずつ。管楽器は通常のOEKの編成に近いのですが,トランペット,ファゴットは1名ずつでした。そこにトロンボーンが1名加わります。さらに特徴的なのは,ハープ,チェレスタ,ピアノが1名ずつ参加していたことでした。打楽器2名もいろいろ持ち替えで演奏していましたので,全体の響きはかなり硬質なものとなります。最初の曲は,「おもちゃのノートルダム大聖堂:オルゴールの中身」という副題どおり,オーケストラでオルゴールを模した曲でした。大きなナッセンさんが最初に指揮した曲がオルゴールということで,意外性のある始まり方でした。

この1曲目はとても短い曲でしたが,「機関:シェーンベルク・アンサンブル20周年を称えて」という副題のある第2曲の方もかなり短い曲でした。こちらの方は,ピアノの代わりにオルガンが加わっていました。1曲目よりはもう少しダイナミックな感じはしましたが,よく見ると,アルト・フルートが加わったりしており,武満徹の曲の響きを思わせる所もありました。

この2つのオルガナという曲については,多彩な響きを追求したような作品でしたが,あまりにも唐突に終わったので,何も感じる間もなく終わってしまったというのが正直なところでした。

次のコープランドの「アパラチアの春」は,過去数回,OEKによって演奏されています。ナッセンさんの指揮は体格の割に(?)とても緻密なもので,透明感あふれる冒頭部,キレの良いリズム,素朴な民謡の変奏で大きく盛り上がる終盤までとてもくっきりと情景が描き分けられていました。

曲の最初は遠藤さんのとても滑らかなクラリネットで始まり,その後,ひんやりとした空気感のある弦楽合奏が続きます。ハープがポンと加わっているのが隠し味だと思うのですが,抒情性と現代性が交錯したような,硬質な響きが私は大好きです。

テンポアップした後,素朴なダンス風になりますが,それほど野性味はなく,あくまでも洗練された音楽が続きます。「心地よい変拍子」といった感じです。ここでもピアノがしっかりとリズムを支えているところが,20世紀の音楽だなと感じさせてくれます。

私は,この部分を聞くといつもミュージカル映画の古典の「掠奪された7人の花嫁」の音楽を思い浮かべてしまいます。この映画は,”総天然色”という感じの「古き良きアメリカ」を描いていますが,この曲の方もちょっとノスタルジックな素朴な気分のある部分です。

再度,最初の静かな空気が戻った後,クラリネットの先導で賛美歌風のメロディが出てきます。ここでも遠藤さんのしなやかな歌が印象的でしたが,その後,トロンボーンやトランペットなどが加わり,大きなクライマックスを築いていきます。最後の最後の部分は,岡本さんのフルートの音の後,静かな世界に戻ります。この終結部分は,本当にデリケートで,まさに絶妙という感じの演奏となっていました。お客さんの方も大変じっくりと音を楽しんでいました。

ナッセンさんの指揮は,大げさではないけれども,しっかりとドラマの流れを感じさせてくれるもので,とても品の良い演奏を楽しむことができました。

後半は,ブリテンのチェロと管弦楽のための交響曲,1曲だけが演奏されました。交響曲というタイトルがあるのに実は協奏曲ということで,ラロのスペイン交響曲と似たネーミングですが,曲全体のイメージとしては,「やっぱり交響曲かな」と思わせるような重みがありました。非常に歯ごたえのある曲でした。

この曲は,1963年に,今年亡くなったムスティスラフ・ロストロポーヴィチのために作曲されたもので,演奏される機会の非常に少ない作品です(北国新聞の情報では,今回が日本初演とのことでした)。それだけ一筋縄で往かない難しさを持った曲といえますが,ナッセンさんとチェロのアンシ・カルツネンさんは,この難曲を鮮やかに再現していました。

この曲は,4楽章からなる30分以上もかかる曲ということでナッセンさんは椅子に座って指揮をされていましたが(前半は立って指揮されていましたが,当然指揮台なしでした),そのどっしりとした風格のある姿を見るだけで,曲の雰囲気が伝わってくるようでした。

第1楽章は,大太鼓,チューバなどのうごめく低音で始まります。この部分に代表されるように,全体にとても重くものものしいムードをもった楽章でした。ちなみに,今回のチューバは,今年の北陸新人登竜門コンサートに出演された田中優幸さんが担当されていました。この曲は,全曲に渡りチューバが活躍する曲でしたが,田中さんはスケール豊かな音で存在感を示していました。

その後,カルツネンさんのチェロが加わってきます。緻密で引き締まった音を持った方で,知的なムードを感じさせてくれました。恐らく,現代曲を得意にされている方なのだと思います。ナッセンさんの音楽同様,迫力は感じさせても,荒くなるところがなく,難しい部分でも平然と弾いてしまうようなクールさがありました。

この曲では,ティンパニも大活躍します。今回はお馴染みのトーマス・オケーリーさんが担当されていましたが,チェロとティンパニのための協奏曲と言っても良いぐらいの活躍でした。それほど,気合のこもった音を聞かせてくれました。第1楽章の最後の方では,低音のオスティナートが続いていましたが,この部分からは,底知れぬスケールの大きさを感じました。親しみにくい雰囲気が漂ってはいるのですが,どこか耳をひきつける力を持った楽章でした。

第2楽章は一転して,軽妙な不気味さをもったスケルツォ風の楽章になります。この楽章の雰囲気も独特で,「不思議」としか言いようのない楽章でした。チェロはずっと弱音で,速いパッセージを延々と演奏していましたが,これは大変な難技巧だと思います。ショパンのピアノ・ソナタ第2番の最終楽章のように吹き抜けるように終わってしまうのですが,非常に個性的な雰囲気を持った楽章でした。20世紀の交響曲のスケルツォ楽章と言えばショスタコーヴィチを思い出しますが,そのちょっと暴力的な気分とは全く方向性が違う,内省的なムードのあるスケルツォでした。

第3楽章から第4楽章は続けて演奏されました。ただし,初めて聞く曲ということもあり,区分がはっきり分かりませんでした。第3楽章は,まず,ティンパニ独奏で始まり,第1楽章の重厚な雰囲気に戻った感じでした。夢うつつのような第2楽章の気分とのコントラストが大変効果的でした。

しばらくして音が強く盛り上がった後,チェロのカデンツァ風の部分になります。これがかなり長く続きました。この箇所は,全曲中でも最も協奏曲的な性格を感じさせてくれる部分でした(逆に言うと,それ以外の部分は意外にチェロ協奏曲という感じはしませんでした。)。

その後,トランペットがとても象徴的なフレーズを演奏して,曲の気分が一転します。この辺で第4楽章になったのかもしれません。ちょっとジャズ風の雰囲気になったり,ムチの音が入ったり,多彩な響きの楽しめる部分でした。曲の最後は,パッサカリアということで,同じ音型の繰り返しが続いていたはずですが,私にははっきりと分かりませんでした。曲の最後の部分は,非常に豪快なクレッシェンドになり,ティンパニの乱打できっぱりと結ばれます。

実はシンプル・シンフォニー以外のブリテンの曲を実演で聞くのは今回が初めてのようなものなのだったのですが,この曲については,どこか,ベートーヴェン辺りと繋がるような正統性とシリアスさを持った曲だなと感じました。晦渋な面はあったものの,稀に見る聞き応えのある作品でした。その一方,カルツネンさんのチェロは,知的な密度の高さを感じさせるもので,この曲の持つ大仰さをスマートなものにしていました。その重さと軽さのバランスがとても良いと思いました。

アンコールは,カルツネンさんによる独奏曲でした。これが何とも不思議な曲でした。ブリテンの曲のスケルツォで出てきたように弱音主体で始まり,グリッサンドが続いた後,「なんじゃこりゃー」という感じの前衛的な雰囲気になります。一体,誰の曲なのだろうと気になったのですが,今回はアンコール紹介の貼り紙がありませんでした。

というわけで,演奏後のサイン会の席で,カルツネンさんに,さりげなく「I like your encore piece very much.」と言ってみたところ(中学校の英語ですが,合っていたのだろうか?),嬉しそうな顔になり,何やらペラペラとしゃべり始めました。これは困った...と思ったのですが,よく聞くと「My improvisation」という単語が聞こえてきました。これでアンコールの秘密が分かりました。カルツネンさんの即興だったようです。思わず,「オー,ヴェリー・グーッド」などと答えて無事会話が終わりました。

その後,ナッセンさんにもサインを頂いたのですが,間近で見るナッセンさんは...やはり,大きかったです。10月の上旬にシューベルトの交響曲第8番を聞きましたが,まさに「ザ・グレート」という感じです。今回,ナッセンさん指揮の武満作品集のCDにサインしてもらったのですが,このジャケット写真を見て「New cover?」などとおっしゃられていましたので,「This is Japanese version.」などと適当に答えておきました。他にこのCDにサインしてもらった人は少なかったようで,最後にはナッセンさんと握手などしてしまいまいました。

というような訳で,演奏だけでなく,サイン会の方も(冷や汗をかきながらですが),楽しむことができました。ブリテンの曲は,2度と聞けないようなすごい曲でしたが,それと共に良い思い出を作ることができました。(2007/10/26)

この日のサイン会
ナッセンさんのサイン


カルツネンさんのサイン。これは,恐らくカルツネンさんが持ち込んだCDだと思います。チェロアンサンブルのCDでしたが,ピアソラの曲以外は作曲者名もよくわかりませんでした。


OEK首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんのCDです。avexから発売されているチェロ小品集です。


OEK団員では,チェロの早川さんとマラ・ミリブングさんから頂きました。