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オーケストラ・アンサンブル金沢第231回定期公演PH
2007/11/05 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロッシーニ/歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲
2)ロドリーゴ/アランフェス協奏曲
3)(アンコール)タレガ/アルハンブラ宮殿の思い出
4)(アンコール)ディアンス/タンゴ・アン・スカイ(ギターと弦楽合奏版)
5)バルトーク/ルーマニア民族舞曲Sz.56
6)バルトーク/ディヴェルティメントSz.113
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6
村治佳織(ギター*2-4)
プレトーク:谷口昭弘

Review by 管理人hs  
演奏会のタテ看板です。

毎年11月にギュンター・ピヒラーさんがオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)を指揮するのは,ここ数年恒例になっています。今年は,この第231回定期公演以外にも大阪いずみホールでの公演,ブーニンさんとの共演を含む特別公演と続き,プリンシパル・ゲストコンダクター退任後もOEKとのつながりが保たれていることを示してます。

今回の公演では,この2公演とは対照的なプログラムとなっている点が,まず注目です。他の2公演では,すべてベートーヴェンの曲が演奏されるのですが,今回は,ロッシーニ,ロドリーゴ,バルトークという曲が並び,わざとドイツ,オーストラリア系を外しています。バルトークは,ピヒラーさんが第1ヴァイオリンを務めるアルバン・ベルク四重奏団の中心的なレパートリーですので,特に珍しい選曲ではないと思いますが,これまでピヒラーさん指揮のOEKでは,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンなどの古典派の曲をよく聞いてきましたので,とても新鮮な感じのする選曲でした。

演奏会の最初には,お馴染みロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲が演奏されました。この曲は,通常はとても気軽に聞ける曲なのですが...やはり,ピヒラーさんの指揮だと,とても辛口な感じになります。曲の最初から音がギュッと引き締まり贅肉が全然ありません。序奏部の弦のカンタービレなどは,非情に透明感があり,ゾクっとさせてくれるのですが,どこか”ちょっと違うな”という違和感を感じる部分がありました。やはり,この曲についてはもっと呑気なムードがある方が良いかなと感じました。ただし,オーボエの加納さんの素晴らしい音をはじめ,徹底的に磨きぬかれたような演奏には,有無を言わせぬ吸引力を感じました。

続いて,人気ギタリスト,村治佳織さんとの共演でアランフェス協奏曲が演奏されました。村治さんは,つい最近,この曲の再録音CDを発売したばかりですが,そのCD同様,全体に落ち着いたテンポで演奏されていました。村治さんは,まだまだ若い奏者ですが,完全にこの曲を手の内に入れていると感じました。

ギターの場合,オーケストラに対向するだけの音量がないのは仕方がないのですが,今回はやりすぎない程度にPAを使っており(指揮台付近に小型のスピーカーのようなものがありました。遠くからだと,ここから音が出ているとは全く気づかないと思います),繊細さもしっかりと伝わってきました。ギターの場合,第1楽章冒頭のように,爽やかにリズムを刻む感じも良いのですが,一音一音に魂をこめるように演奏する部分も聞きものです。ポーンと一音弾いた後,その音に絶妙なヴィブラートが掛かっているのを聞くことができるのは,とても気持ち良いものです。これは,音響の良い石川県立音楽堂ならではかもしれませんが,ギターらしい繊細なニュアンスも感じることができました。

3つの楽章の中では,やはり有名な第2楽章がいちばん聞き応えがありました。水谷さんによる,とても暖かみのあるイングリッシュホルン・ソロの後,ゆったりとしたペースでしっとりとした音楽が続くのですが,後半は大きく盛り上がります。クライマックスとなる,独奏ギターが激しく音を掻き鳴らした後,「チャララー」とオーケストラがドラマティックに受ける部分では,村治さんとピヒラーさんとの呼吸がぴったりでした。緊張感に満ちた格好良さを堪能できる部分でした。

第3楽章もそれほど慌てないテンポ設定で,落ち着いた歩みを感じさせてくれました。以前,岩城さん指揮OEKの伴奏で村治さんのがこの曲を演奏するのを聞いたことがありますが,新鮮さはそのまま維持したまま,貫禄を増した感じがします。

OEKの演奏は,岩城さんの指揮の時はもっと鋭角的な感じに響いた記憶がありますが,今回は大変マイルドな響きになっていたと思いました。デリケートに村治さんのギターを支える弦楽器がまず美しかったのですが,その他の楽器もとても瑞々しく,室内楽的だけど華やいだ気分のある演奏のムードを作っていました。

前半は,以上の2曲だったのですが,人気奏者が登場した時の常で,ソロのアンコール曲が演奏されました。まず,”ギターといえばこの曲”という「アルハンブラの思い出」がゆったりと演奏されました。トレモロの練習曲のような作品なのですが,粒立ちの良さと同時に微妙な揺れがあり,とてもメランコリックに響いていました。

その後,もう1曲アンコールが演奏されました。こちらはOEKの弦楽セクションと村治さんとの共演でしたが,前半のアンコール・ピースとして,協奏曲スタイルの曲が演奏されるのは意外に珍しいことです。演奏されたのは,タンゴ・アン・スカイというとっても格好良いタンゴでした。ギターの世界では有名な曲らしく,私自身,どこかで聞いたことがある気がしました。やはりギターはラテン系の楽器だと実感させてくれる曲です。ギターは独奏も良いのですが,合奏の中でリズムを支えるのも良いものだと感じました。時折,ギターの胴体を叩きながら(多分),タンゴのリズムを刻むというのは,ギターの原点のような気がしました。機会があれば,是非,もう一度聞いてみたい曲です。

#村治さんのアランフェス協奏曲の1回目の録音の方のカップリングとして,この曲も収録されているようです。

後半は,バルトーク2曲でした。

ルーマニア民族舞曲は,弦楽合奏版で演奏されるのかと思っていたのですが,オーボエと打楽器抜きのフル編成で演奏されました。冒頭から大変たっぷりとした彫の深い音で,大変聞き応えがありました。弦楽合奏の伴奏の上にクラリネットの遠藤さんが自在に演奏するような曲で始まった後,ピッコロの入る曲,ヴァイオリン・ソロの入る曲と続き,最後は全員で演奏して終わります。最後の方はテンポが上がるのですが,走り過ぎることはなく,とてもまとまりの良い音楽となっていました。

演奏会の最後に弦楽セクションだけで演奏されたディヴェルティメントは,ピヒラーさんらしさがいちばん強く出た演奏でした。冒頭は,とても軽やかに始まりました。我が家にあるCDの演奏では,大変力強く始まっていたので,ちょっと意外ではあったのですが,「やっぱりこの曲はディヴェルティメントだったのだ」と感じさせてくれました。それが次第に強靭な雰囲気に変わっていきす。首席奏者5人による室内楽的な部分と全奏による部分のコントラストも曲の奥行きを増していました。

第2楽章は,いかにもバルトーク的な感じで始まります。その中で楽章後半に出てくる叫ぶような響きは「戦争の世紀=20世紀の音楽」を強く感じさせてくれました。それでもテンポ自体はそれほど重苦しくなく,「やはりディヴェルティメントかな」と感じさせてくれました。

第3楽章は,全体にとてもスピード感のある音楽ですが,特にアビゲイル・ヤングさんのリードと独奏が素晴らしく,ピヒラーさんと共に音楽を作っているようでした。途中,ヤングさんのカデンツァが入ったり,突然優雅な雰囲気になったり,大変変化に富んだ音楽でした。最後の方はキリキリと絞り上げられていくような感じになるのですが,弦楽器の音自体は大変しっかりとした音で常に強靭さを感じさせてくれました。

弦楽器だけの曲ということで,通常の定期公演のトリの曲よりは軽い面はありましたが,楽章を追うごとに,迫力を増していくような演奏で,最後を締めるのに相応しい,熱のこもった演奏となっていました。この曲などは,「OEKによるCD録音の欲しい曲」の最右翼ではないかなと個人的に感じました。

この日は,10月のナッセンさん指揮の定期公演に続いて,西洋音楽の中心をわざと外したようなプログラミングが面白かったのですが,どこか世界一周旅行をしているような気になりますね。その流れで言うと,そろそろ,現プリンシパル・ゲスト・コンダクターのキタエンコさん指揮によるロシア音楽などにも期待したいものです
(2007/11/06)

この日のサイン会

村治さんは,大変な人気奏者ですので,終演後のサイン会は,今回は無しかな?とも予想していたのですが,いつもどおり行われました。

というわけで「アランフェス」の新譜CDの絶好のPRになっていました。私もそのCDにサインを頂いてきました。さすがに大変な長蛇の列でした。


この日の村治さんのドレスもこのジャケット写真同様赤を主体としたものでした(もっと濃い赤で柄はありませんでした)。やはりスペインを意識すると赤になるのかもしれません。

このCDですが,アランフェス協奏曲以外に「ヒラルダの調べ」「ある宴のための協奏曲」というロドリーゴの作品が収録されています。どちらも大変珍しい曲なので,ギターファンには注目のCDなのではないかと思います。