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バッハアンサンブル富山第5回記念演奏会「クリスマス・オラトリオ」(第1部〜第3部)
2007/11/11 富山大学黒田講堂
1)バッハ,J.S./カンタータ第51番BWV.51「全地よ,神にむかいて歓呼せよ」
2)バッハ,J.S./クリスマス・オラトリオBWV.248 第1部〜第3部
3)バッハ,J.S./クリスマス・オラトリオBWV.248 第6部の最後の曲
●演奏
津田雄二郎指揮富山室内合奏団(コンサート・ミストレス:竹中のりこ)(通奏低音:大澤明(チェロ),平井み帆(チェンバロ))
松井亜希(ソプラノ*1,2),谷地畝晶子(アルト*2),東福光晴(テノール*2),上野正人(バス*2)
合唱:バッハアンサンブル富山(賛助出演:モーツァルト記念合唱団,コンセール・リヴィエール,グリーンウッドハーモニー(金沢))
Review by 管理人hs  
演奏会のポスターです。赤と緑の”クリスマス色”が使われていますが,会場内もクリスマスを思わせる装飾品が沢山飾られていました。

富山市で行われたバッハアンサンブル富山第5回記念演奏会に出かけてきました。この演奏会に興味を持ったのは,金沢では,まとまった形で演奏される機会の少ない,バッハのクリスマス・オラトリオが演奏されることを知ったからです。今回も全曲ではなく,全体の半分の第1部〜第3部の演奏でしたが,それでも,大変聞き応えのある内容でした。曲の構成からしても,第1部から第3部でひとまとまりという感じでしたので,初めてこの曲を聞く私にはちょうど良いボリュームでした。

今回の演奏は,バッハのカンタータをはじめとするバロック期の宗教音楽を演奏するために2005年に結成された合唱団「バッハアンサンブル富山」が中心でしたが,プログラムのメンバー表を見ると,通奏低音の大澤さん,コンサートマスターの竹中さんをはじめ,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーが要所要所に加わっていました(その他,ヴィオラの石黒さん,オーボエの加納さん,トランペットの藤井さんが参加されていました)。合唱団の方も金沢のグリーンウッドハーモニーが賛助出演で加わっていましたので,”富山・金沢合同演奏”という感じでもありました。

この日の演奏ですが,指揮の津田雄二郎さんの下,合唱,ソリストともに大変に誠実で充実した音楽を聞かせてくれました。端正さの裏に,バッハに対する熱い思いが感じられたのが何よりも素晴らしい点でした。演奏前の津田さんによる曲目解説も大変分かりやすいものでしたが,その点も含め,非常に好感度の高い演奏でした。まず,この解説にならって,演奏された曲の概要を説明し,その後,感想を書いてみたいと思います。

最初に演奏されたのは,カンタータ第51番でした。クリスマスオラトリオの1〜3部だけでも1時間30分近く掛かるのですが,最初にこの曲が演奏されましたので,休憩時間も併せると,演奏会全体では2時間以上かかっていたのではないかと思います。

この51番のカンタータですが,クリスマスオラトリオと”韻を踏む”ようなところがあります。冒頭,"Jauchzet(歓呼せよ)"という歌詞で始まるのですが,実はクリスマス・オラトリオの第1部も全く同じ言葉で始まります。トランペットが加わっている点も含め,とてもよく考えられた選曲だったと思います(ちなみに,この曲は,数年前のOEKの定期公演で,ロルフ・ベックさんの指揮で演奏されています)。

この曲の編成は,オーケストラの方は,弦五部+チェンバロ+トランペットで,声楽の方はソプラノ独唱1名です。20分ほどの長さでしたが,ほとんど出ずっぱりということで,ソプラノ歌手にとっては,長大なアリアを歌うような大変さがあります。それに技巧的で祝祭的な高音域トランペットも加わります。ということで,通常のカンタータと違う経緯で作曲された曲(つまり,ライプツィヒで演奏されたのかどうか分からない曲)と言われています。恐らく,特定の実力のあるソプラノ歌手とトランペット奏者を想定して作られた曲なのでしょう。

今回登場したソプラノの松井亜季さんの声は,冒頭から燐としており,安心して音楽に浸ることができました。最後のアレルヤの部分では超高音が出てきましたが,本当に瑞々しい見事な歌でした。一方,トランペットの藤井さんの方も,とてもまろやかでコントールの効いた演奏を聞かせてくれました。この2つのソロは,どちらが突出し過ぎることなくまとまりの良い音楽を聞かせてくれました。この点が素晴らしいと思いました。

松井さんの声は,曲が進むにつれて声の充実感がどんどん増して行くような感じでした。曲の中盤で出てくる揺らぎの感じられる歌は,まさに癒しの音楽でした。その後,トリオ・ソナタ風のコラールになった後,最後のアレルヤでは再度トランペットが加わって,全曲が華やかに締められます。最初と最後のトランペットの加わる曲などは,どこかブランデンブルク協奏曲を思わせるところがあり,バッハのカンタータの中でも特に親しみやすい曲の一つなのではないかと思いました。

この曲の後,休憩となり,後半はクリスマス・オラトリオの1〜3部が一気に演奏されました。曲の長さの配分からすると,「カンタータ51番+クリスマス・オラトリオ第1部−(休憩)−第2部+第3」という休憩の入れ方も考えられますが,今回はこの形で正解だったと思いました。クリスマス・オラトリオの第1部〜第3部は,単純に言って,「急−緩−急」という性格付けができますので,この3曲がセットになって1曲になっているようなところもあります。各部の間で拍手と小休止は入ったものの,一気に聞くことで「大きな三部形式」を感じることができました。

まず,このクリスマス・オラトリオの背景となる,ドイツのクリスマスについて,津田さんは次のような解説をされました。
  • ドイツでは,クリスマス前の4週間は「待降節」と呼ばれ,神聖な気持ちで過ごすことになっている。
  • 24日の夜に礼拝が始まり,25日からは華やかなお祝いが始まる。
  • このクリスマス・オラトリオの第1部から第3部は,12月25日,26日,27日の礼拝に対応するもので,日本の”正月三が日”の雰囲気とよく似ている(この比喩は大変分かりやすいと思いました。)。
  • 第4部は1月1日の礼拝用の曲で新年を祝うものである。
  • 第5部は1月2日に,第6部は1月6日に演奏された。これらは,「東方から来た3人の学者」のエピソードについての曲である。子供たちは,この3人の学者の”コスプレ”をし,お小遣いをもらうのが習慣となっている(これはお年玉のようなもの?)。

というわけで,1〜3部は,正月三が日気分の曲ということが言えます。なるほどそういう気持ちで聞くと大変おめでたく,かつ,神聖な感じに響く曲です。第1部冒頭から,トランペット3本による甲高い音と,乾いた感じのティンパニの音(かなり小型のティンパニでした)が特徴的で,ちょっと素朴なムードを感じさせてくれました。

今回の演奏には,この冒頭部をはじめとして,力んだような所はなく,自然なエネルギーに満ちていました。合唱も堂々としており,全体に自信に満ちたような安定感を感じました。ちなみに楽器の配置は次のとおりでした。

        合  唱
    S   A   T   B

  Ob   Vn2   Vc Cem  Timp
Fl  Vn1   指揮者   Va Cb  Tp

ソリストは,4人いましたが,ステージ前面に居るのではなく,通常は,合唱団の各パート一員のような位置にいました(もしかしたら一緒に合唱のパートを歌っていたのかもしれません)。ソロを取る時だけ中央部に出てきて,立って歌っていました。このことにより,ソリストが目立ち過ぎることがなく,曲全体としての統一感がアピールされていたと思いました。

続いてテノールのレチタティーヴォが入りましたが,これは,マタイ受難曲,ヨハネ受難曲同様にエヴァンゲリスト(福音史家)ということになります。このパートは,大変重要かつ難しい役割だと思うのですが,この大役をバッハアンサンブル富山の団員でもある東福光晴さんが担当されていました。一貫してとても柔らかくリリカルな声で,この長丁場を歌われており,大変立派だと思いました。

アリアの部分は,ソプラノ,アルト,バスが,時にオーボエやフルートなどの管楽器と絡みながら歌う曲が大半です。アルトの谷地畝晶子さんは,プロフィールを読むと,OEK合唱団の指導者でもある,佐々木正利さんのお弟子さんのようです。密度の高さと同時に豊かさを感じさせる声で,宗教曲にぴったりでした。まだ大学院の1年生ということですので,これからどんどん活躍の場を広げられる方だと思いました。

バスの上野正人さんもまた,堂々とした安心感に満ちた声でした。何よりも谷地畝さん同様品の良さを感じさせてくれるのが素晴らしいと思いました。こうやってみると,第51番のカンタータのソリストの松井さんも併せ,今回のソリストは本当に粒ぞろいで,曲全体のバランスをとても良いものにしていました。

第1部では,その他,コラールが数曲入りますが,合唱のソプラノ・パートと独唱バスが絡んだり,最後の9曲目では,トランペットとコラールが絡んだりと変化に富んだ構成になっていました。

祝祭的で堂々とした第1部に続く,第2部は,序曲としてオーケストラだけで演奏されたシンフォニアに代表されるように,穏やかな雰囲気に包まれていました。このシンフォニアは,バロック時代のクリスマスの曲の”作法”どおり,シチリア舞曲風の揺れるリズムの上に清らかなメロディが流れていきます。

最初は弦楽器とフルートの絡みだったのですが,途中からオーボエ群の暖かく厚みのある響きが加わってきます。この第2部では,OEKの加納さんをはじめとして,オーボエ奏者が4人も参加していましたが,その響きがこの第2部の特徴だったような気がします。奥の方だったのではっきり見えなかったのですが,オーボエ・ダモーレ,オーボエ・ダカッチャなど幾つかの楽器を持ち替えて演奏されていたようでした。その代わり,第2部では,トランペットの出番はありませんでした。

コラールの後,ソプラノが出てきて「救い主がお生まれになった」という辺りは,ヘンデルのメサイアの第1部と似た感じだな,と思いました。バスのレチタティーヴォに続いて出てくる,テノールのアリアは,フルートと絡んで歌われるのですが,メリスマ唱法がとても印象的で,聞きながら思わず首を振ってしまいそうになりました。東福さんはここでも見事に歌われていました。

この第2部は,このように穏やかな感じの曲が多く,最後のコラールなども,シチリア舞曲風の合いの手が入るもので,静かなクリスマスという感じでした。コレルリ,トレルリなどクリスマス協奏曲と呼ばれる曲は,幾つかありますが,その雰囲気に歌詞が付けられたオラトリオと言えるかもしれません。

第3部は,再度,トランペットが加わります。第1部の最初の曲とちょっと似た感じで始まりますが,さらに喜びに満ちた感じになります。対位法的な動きを持った合唱が出てきたり,ソプラノとバスの二重唱が出てきたり,第1部よりは複雑な感じの曲が多い気がしました。

そして,ヴァイオリン独奏とアルトが絡むアリアが出てきます。この日は,OEKの竹中さんがコンサート・ミストレスでしたが,この時だけは,ソリストとして立って演奏していました。ちょっと寂しげな雰囲気を持った歌は,全曲中でも特に印象的なものでした。

第3部の終盤もコラールが中心なのですが,コンサートのクライマックスを築くように,大きな盛り上がりを聞かせてくれました。最後のコラールの後,クリスマスの絵が装飾的な額で縁取られるかのように,第3部の冒頭の祝祭的な曲が再現されて,全曲が結ばれました。

こうやって,第1部から第3部を通して聞いてみると,「第1部:急−第2部:緩−第3部:急」というシンメトリカルな構造の中で,第3部自身もシンメトリーになっていることが分かりました。

アンコールとして,クリスマス・オラトリオの第6部の最後の最後の曲が演奏されたのですが,この曲もまた第1部に出てきた曲の再現でした。トランペットの入る華やかなコラールという感じの曲でしたが,藤井さんのトランペットが,演奏会全体に花を添えるような煌きのある音を聞かせてくれ,演奏会全体を締めてくれました。

演奏後,合唱団員から指揮者とソリストに花束が渡されていましたが,この花束がとても小ぶりなものだったのもセンスが良いと思いました。演奏全体の派手過ぎない雰囲気にとてもよく合っていました。今回の演奏は,合唱,オーケストラともに富山県と石川県の混成メンバーだったのですが,いろいろな力を結集してクリスマス・オラトリオのような大曲に挑むというのは,良い試みだと思いました。是非,続編として,同一演奏者による第4部〜第6部に期待したいと思います。

PS.会場に入ると,既にプレコンサートが始まっていました。クリスマス協奏曲をいくつか抜粋して演奏していたようでした。(2007/11/13)

富山大学黒田講堂
とキャンパスの写真

.この日は富山大学のキャンパス内の黒田講堂という場所で行われたのですが,大変良いホールでした。


富山大学五福キャンパス正門のすぐ右手にあります。


このような石に黒田講堂と名前が刻まれています。


講堂の入口です。ホールへは2階から入ります。そこから撮影したものです。


演奏前に撮影したものです。金沢市アートホールより大きく,文化ホールよりは小さいぐらいの大きさですが,ステージも見やすかったし,音もクリアに聞こえました。はっきり見えませんが,ステージの上手側にクリスマスツリーが飾られていました。


以下は,キャンパスの写真です。

正面入口からは,こういう並木が続きます。すでに葉っぱが落ちていました。


正面奥に附属図書館がありますが,そこから右手に曲がると,イチョウ並木がありました。

この日は日曜日だったので,その辺に車を駐車したのですが,本来は車で来ない方が良かったのかもしれません。

終演後,キャンパスから外に出る時はかなり渋滞していました。