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スタニスラフ・ブーニン&オーケストラ・アンサンブル金沢
2007/11/15 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.13「悲愴」
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番ハ短調op.37
3)(アンコール)ショパン/ワルツ第7番嬰ハ短調op.64-2
4)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調op.92
5)(アンコール)ベートーヴェン/メヌエットト長調
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*2,4-5,スタニスラフ・ブーニン(ピアノ*1-3)
Review by 管理人hs  
今回は定期公演とは違い,横長の看板が入口上部に出ていました。

北陸放送開局55周年記念イベントとして行われた,スタニスラフ・ブーニンさんのピアノとギュンター・ピヒラーさん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏会に出かけてきました。毎年11月になるとこのコンビの演奏を聞いているような気がしますが,今回の演奏は,その中でも特に素晴らしいものだったと思います。

ブーニンさんの人気は相変わらずで,この日もほぼ満席でしたが,演奏のスタイルは数年前から少しずつ変わって来ている気がします。これまで,曲によっては,かなり,エキセントリックな演奏に感じられる場合もあったのですが,今回のベートーヴェンの演奏は,比較的「普通」の演奏だったような気がします。これは,やはりベートーヴェンの音楽の偉大さを反映しているのかもしれません。とはいえ,大胆な間が入ったり,フェイントを掛けるような強弱の付け方があったり,スリリングな瞬間が多いのは,やはりブーニンさんの演奏ならではです。

これはピヒラーさんにも共通するのですが,非常に冷静に演奏しているのに,突如,瞬間湯沸かし器(?)のような感じで,爆発するような部分があります。そういった煌きを感じさせつつ,全体としてみると,まとまりの良い音楽に聞こえるスタイルになってきていると思います。

演奏会の方は,過去の共演同様,最初にブーニンさんの独奏があった後,協奏曲が続くというパターンでした。最初に演奏されたのは,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」でした。今回の演奏会のほんの少し前の11月9日に同じ石川県立音楽堂で「のだめカンタービレ」の演奏会が行われたばかりでしたが,「のだめ」でもこのソナタは印象的に使われていましたので,ちょうどそれを補完するかのように演奏された形になります。

演奏前,ブーニンさんの演奏の方も,かなり「のだめ」的なのではないかと予想していたのですが,上述のとおりむしろ正統性を感じさせるものでした。冒頭の音から非常に強靭かつクリアな音で,とても堂々とした世界が広がりました。硬質で澄んだ音は非常に魅力的でした。主部はそれほど速いテンポではなく,落ち着きを感じさせてくれました。この辺の円熟した感じは,少々意外でしたが,やはりところどころ,ブーニンさんらしいフェイントがありました。

第2楽章は,少し速目のテンポで始まった後,だんだんと深みを増して行きました。クールで淡々としたブーニンさんの雰囲気にぴったりの演奏で,現代的な孤独感や叙情性を感じさせてくれました。第3楽章も意外に遅いテンポで始まり,くっきりとした音の絡み合いを楽しむことができました。聞いているうちに,ピアノでバッハを聞いているような感じ(例えば,グレン・グールドのバッハのような感じ)に思えてきました。この厳格な雰囲気の後,最後は,格好良く大きな身振りを付けて,切れ味鋭く締めてくれる辺りは,やはりスター・ピアニストらしいなぁと感じました。

ここで少し休憩があった後,OEK団員がステージ上に登場し,協奏曲の演奏になりました。今回は,「悲愴」ソナタと同じハ短調で書かれた第3番の協奏曲が演奏されました。ソナタと協奏曲が実演で続けて実演で演奏されることはあまりないのですが,取り合わせ的にはぴったりだと思いました。

曲は暗い情熱を秘めた序奏から始まります。前述のとおり,ピヒラーさんの指揮にもブーニンさんのピアノと共通するような瞬発力がありますが,その気分を持った序奏に続き,ブーニンさんのピアノが入ってきます。ここでのピアノの音もソナタの時同様,大変クリアでした。ところどころ意表を突く部分はありましたが,一本芯の通ったようなベートーヴェンとなっていました。

穏やかな気分を持った展開部の後,再現部,カデンツァと続きますが,この辺にいちばんのクライマックスがありました。今回は,一般的によく聞かれるベートーヴェン自身によるカデンツァが使われていましたが,大変豊かな表情を持った演奏で鮮やかな世界が広がり,聴衆を圧倒するような迫力を持っていました。

第2楽章は,「悲愴」ソナタの場合同様,淡々とした感じで始まった後,段々と深みを増して行くような演奏でした。その一方,楽章の最後の方でピアノが印象的に静かに音階を演奏する辺りは,非常に軽いタッチで演奏しており,とてもセンスが良いと思いました。別世界に連れて行ってくれるような幻想味を感じました。

第3楽章は,”クールに燃える”といった感じの演奏で,ピヒラー指揮OEKとの瞬発力に満ちた音楽の応酬が聞き物でした。この日のOEKの配置は対向配置ではなく,古楽奏法を意識した演奏でもありませんでしたが,ティンパニはバロック・ティンパニを使っていたようでした。このティンパニとトランペットを中心とする躍動感のある響きが印象的でした。曲の最後の部分ではブーニンさんのピアノの技巧の切れ味が冴えていました。よく指が回るなぁと協奏曲演奏ならではの華やかなヴィルトージティの高さを堪能させてくれました。

盛大な拍手に応え,ブーニンさんの独奏によるアンコールが演奏されました。この時,ピヒラーさんがホルンの横辺りの椅子に座って,お客さんの一人となって演奏を楽しむという光景もすっかり毎年恒例となった感じです。今回演奏されたのは,ショパンのワルツ第7番でした。やはり,ブーニンさんの場合,ショパン・コンクールの優勝者という印象がまだまだ強いので,お客さんは大喜びでした。

この嬰ハ短調のワルツは,ワルツ集の中でも特に人気の高い曲ですが,ブーニンさんの演奏は,非常にメランコリックで,モノトナスな暗い表情に包まれたものでした。それでいて,あまりベトベトした感じにならないのがブーニンさんらしさだと思います。曲の後半の部分で,対旋律の方が大きく出てくる辺りも新鮮でした。

実は,今回ブーニンさんが演奏した2曲は,前日にセッション録音済みとのことです。考えてみれば,ハ短調に統一された今回の選曲は,CD的な感じです。EMIから発売されるということですが(OEKにしては珍しいレーベルです。世界的に発売されるかどうかは不明です),こちらの方も大変楽しみです。なお,今回もブーニンさんは,演奏中,かなり盛大に足音を立てていましたが,セッション録音だと一体どうなるのか,その点でも興味があります。

後半は,ベートーヴェンの交響曲第7番でした。この曲も「のだめ」関連楽曲として,数日前にOEKは演奏したばかりでしたが,こちらも素晴らしい演奏でした。OEKはこの曲を岩城さん時代から,本当に何回も何回も演奏していますが,その十八番にピヒラーさんがさらに磨きをかけたような演奏でした。OEK自体,指揮者なしでもこの曲を十分演奏できるのですが,ピヒラーさんは,手綱を締めたり,緩めたりすることで,曲全体をとても彫りの深い音楽にしていました。各楽章ごとの個性のようなものを感じました。

まず,第1楽章ですが,精密かつ華麗な演奏でした。ピヒラーさんが指揮する時のOEKは,常に音に緊張感があり,筋肉質に引き締まった感じがするのですが,今回は,その感じを残しながら,冒頭からそれほどピリピリした感じはなく,どこか華やかな音の膨らみを感じました。特に管楽器群全体としての響きが美しかったと思いました。

フルートに続く主部では,ホルンのちょっと上ずったような強奏が曲の興奮を増していました。この主部でもしっかりとしたリズムの上に沸き立つような音楽が続きました(呈示部の繰り返しは行っていました)。展開部,再現部,コーダと一気に聞かせる流れの良さはこの曲を弾きなれたOEKならではです。コーダ付近で,コントラバスを中心とした低弦をしっかりと際立たせていたのも印象的でした。

第2楽章は,今回の演奏の中でも特に印象的でした。OEKが岩城さん指揮でこの楽章を演奏する場合,アレグレットという速度指定に従って,かなりあっさりと演奏していましたが,この日のピヒラーさんのテンポはアンダンテぐらいだったと思います。恐らく,これぐらいのテンポが標準的なのではないかと思います。チェロとコントラバスの演奏で始まるのですが,ヴィブラートがしっかり掛かった何とも言えず味わいの深い歌で始まり,前楽章の熱気と好対照を作っていました。近年,ベートーヴェンの演奏については,古楽奏法が流行していますが,今となっては,その辺はどちらでもよく,説得力のある響きならばどちらでも良いのではないかと,この演奏を聞きながら感じました。全般に暖かい歌に満ちていたのですが,しつこくなり過ぎることなく,曲が進むにつれて,段々と厳密で室内楽的に精密な感じになってくるのもピヒラーさんらしいと思いました。

第3楽章は緻密に引き締まったリズムを中心に一気に聞かせるシンプルな音楽でした。この楽章ではトランペットの響きがとても鮮やかでした。繰り返しについては,よく覚えていないのですが,岩城さんの時よりも繰り返しを多めにに行っていたような気がしました。

そして,第4楽章フィナーレです。この曲のフィナーレにぴったりの理想的な演奏でした。楽章の最初の方は,十分にエネルギーを感じさせながらも,OEKの自発性に任せた余裕を感じさせる演奏だったのですが(岩城さんの追悼公演では,指揮者なしでこの楽章を演奏したことがありますね),次第に凄みを増し,最後の方は集中力の固まりのような演奏になっていました。この楽章は,「ワン・ツー,ワン・ツー...」の「ツー」の方にアクセントがある点で,ポップスに通じるような感覚があるのですが,その切れ味の良さもOEKならではでした。その一方,要所では,しっかりとした歌を聞かせてくれ,まさに言うことなしでした。第1楽章同様,コーダ付近での低弦も強調されており,全曲を締めるのに相応しい威厳を示していました。最後の部分は熱狂するけれども乱れることはなく,OEKの名人芸を示していました。アビゲイル・ヤングさんのリードの素晴らしさとともに,OEKを完全燃焼させてくれたピヒラーさんの凄さを感じさせてくれた演奏でした。

アンコールでは,ベートーヴェンのト調のメヌエットが演奏されました。9月に行われた岩城宏之メモリアルコンサートでもアンコールとして演奏されたものと全く同じアレンジだったと思いますが,あの演奏会での井上道義さんの”名演技”がついつい思い浮かんでしまいました。さすがにピヒラーさんは,演技をすることはなく,古典的なメヌエットとして聞かせてくれました。

というわけで,11月恒例のブーニンさんとピヒラーさんの共演は,今回も充実した内容でした。ピヒラーさんとOEKによるベートーヴェンの第7番は,11月上旬に大阪のいずみホールでも演奏されていますが,OEKの十八番がさらにバージョンアップされたのではないかと思います。また聞いてみたいと思います。(2007/11/17)

この日のサイン会

今回,ブーニンさんのサイン会はなく,ピヒラーさんのサイン会だけ行われました。


このCDは,今回演奏された第7番をはさむ,「第6番「田園」と第8番」のCDです。



音楽堂の外からもサイン会の列が見えました。