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かなざわ国際音楽祭2007 3rd Stage アリス=紗良・オット&OEKコンサート
2007/11/22 金沢市アートホール
1)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調op.57「熱情」
2)シューマン/3つのロマンス第2番op.28-2
3)リスト/パガニーニによる大練習曲第3番嬰ト短調「ラ・カンパネラ」
4)シューベルト/ピアノ五重奏曲イ長調D.667「ます」
●演奏
アリス=紗良・オット(ピアノ),松井直(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ),フェレンツ・ボカニー(コントラバス)
Review by 管理人hs  
ここ数年,かなざわ国際音楽祭と題して,金沢市アートホールでシリーズで演奏会が行われていますが,端的に言うと若手演奏家を紹介するシリーズのようです。今回は,ドイツの若手ピアニスト,アリス=紗良・オットさんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーによるコンサートに出かけてきました。前半は,オットさんの独奏,後半はOEKメンバーとの共演によるシューベルトの「ます」ということで,昨年やはりこのシリーズで行われた菊池洋子さんの公演と似た構成となっていました。

今回はアートホールというリサイタル向けのホールで行われたこともあり,オットさんのピアノの迫力を堪能できました。特に最初に演奏されたベートーヴェンの「熱情」が非常に鮮烈な演奏でした。オットさんは,ティーン向けファッション雑誌のモデルのような雰囲気を持った方で,演奏の前後では,どこかまだあどけない表情を見せてくれます。この日は非常に鮮やかな青のドレスで登場されましたが,チラシの写真や昨年OEKと共演した時のドレスが鮮やかな赤でしたので,「おや」という感じでとても新鮮に感じました。

オットさんの演奏ですが。一旦,音楽が始まると,表情が一変し,一気にその曲の世界に入って行きます。それでいて深刻になり過ぎることはなく,非常に思い切りの良い音楽を聞かせてくれました。

最初に演奏された,ベートーヴェンの「熱情」は,堂々たる演奏でした。特に随所に出てくる,弱い音から強い音に切り替わる際の切れの良さが見事でした。深刻な部分では,少しためらう表情も見せるのですが,演奏全体に常に前向きな姿勢があり,聞いていてとてもワクワクとさせてくれる演奏となっていました。ピアノの音自体は重厚という感じではないのですが,硬質の引き締まった音は,大変クリアで華やかさを感じました。

間奏曲のような位置づけの第2楽章の純粋な音楽に続いて,再度とてもクリアな第3楽章になります。慌てたような雰囲気がなく,しっかりと地に足の着いた音楽を聞かせてくれました。コーダの部分で,アクセルを踏み込むようにテンポが速くなりますが,この部分での軽やかな音も見事でした。

オットさんの演奏は,非常に鮮明なので,鬼気迫るような雰囲気はないのですが,不思議な吸引力を持っており,これからどこまでも伸びていくのではないか,と思わせる潜在的なエネルギーの大きさを感じました。何よりも,十代の今だから表現できるような音楽自体の瑞々しさが魅力的でした。

その後,一旦袖に引っ込んだ後,シューマンのロマンスが演奏されました。この曲は初めて聞く曲でしたが,穏やかなロマンに溢れた小品で,「熱情」のアンコールのような感じになっていました。この曲の後,拍手は入らず,リストの「ラ・カンパネラ」が続けて演奏されました。この日のお客さんのレスポンスは少々重い感じだったのですが,ここで拍手が入らなかったのは,かえって良かったのではないかと思いました。シューマンの静の世界とリストの動の世界の鮮やかなコントラストを楽しむことができました。

「ラ・カンパネラ」は,昨年,オットさんがOEKとラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演した時に,アンコールとして演奏した曲です。恐らく,オットさんの十八番なのでしょう。しっかりと手の内に入った自在な演奏でした。前半部の軽やかな音が本当に鮮やかで,”妖精の踊り”といった感じでした。中間部での金属的な高音が執拗に連続する部分の盛り上がりも大変印象的でした。オットさんは,大変しっかりとした技巧を持っているのですが,どこか親しみやすい人間味を感じさせてくれるところがあります。そういう気分を味わえるのは,やはり実演ならではかもしれません。

後半は,シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」が演奏されました。こちらの方はOEKのメンバーとの室内楽ということで,オットさんは,あまり前面に出ず,要所要所でキラリと光る音を聞かせてくれるという感じでした。OEKメンバーの演奏は,とても丁寧なもので,随所に素朴さを感じさせてくれる部分がありました。牧歌的な感じのある「ます」ということで,とても室内楽らしい演奏だったと思うのですが,前半のオットさんの独奏に比べると,むしろ地味な感じの演奏だったと思います。フィナーレの第5楽章などは,ちょっと重い感じで,沈んだ感じに聞こえるぐらいでした。

この曲の選曲についてですが,10月のシューベルト・フェスティバルで仲道郁代さんとOEKメンバーで演奏されたばかりで,昨年もこのシリーズでも演奏されましたので,もう一工夫欲しいと思いました(「ます」自体は大好きな曲ではあるのですが)。演奏会全体の構成としては,前半と後半が逆でも良かったのかなと感じました。また,オットさんを主役として打ち出すのならば,純粋なリサイタルとした方が良かったのかもしれません。

それと,この演奏会で少々残念だったのは,お客さんのノリの悪さです。あの素晴らしい「熱情」の後などは,もっと熱い拍手を送ってあげたかったと思いました。というわけで,次回は熱心な聴衆の多いOEKの定期公演への登場に期待したいと思います。(2007/11/24)

この日のサイン会



この日は,アリス=紗良・オットさんのサイン会が行われました。会場で売っていた,上記の「熱情」のCDにサインを頂きました。

このCDですが,非常に変わった形で,観音開きどころか上下にも開く作りになっていました。「熱情」ともう1曲だけしか入っていないCDでしたが,今回の「熱情」の記念に購入してきました。

ちなみにこのジャケット写真ですが,以下のオットさんの公式サイトの表紙の写真と同じものでした。

(参考)アリス=紗良・オット公式サイト