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ストラヴィンスキー:兵士の物語
2007/11/23 金沢市民芸術村パフォーミングスクエア
1)バッハ,J.S.(プロト編曲)/2声のインヴェンション(全15曲)
2)ピアソラ/ミロンガ・アン・レ
3)ピアソラ/オヴリビオン
4)ストラヴィンスキー/兵士の物語
●演奏
坂本久仁雄(ヴァイオリン),今野淳(コントラバス),遠藤文江(クラリネット*3,4),柳浦慎史(ファゴット*3,4),藤井幹人(コルネット*3,4),西岡基(トロンボーン*3,4),渡邉昭夫(パーカッション*3,4)
朗読:風李一成,所村佳子,第七警察(セブンケイサツ)*4,ダンス:秤耀子舞踊研究所
演出:井口時次郎,東修*4,舞台監督:山口信彦*4,舞台美術:渡辺秀亮,戸出雅彦*4,企画・脚本:工藤文雄*4
Review by 管理人hs  
演奏会のポスターです。パフォーミングスクエアは少し離れた場所にあるので,案内の←が付いています。

金沢市民芸術村パフォーミングスクエアで行われた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーと金沢の地元の俳優とダンサーが共演した,ストラヴィンスキーの「兵士の物語」の公演を聞いてきました。このパフォーミングスクエアに行くのは久しぶりのことなのですが,ストラヴィンスキーならではの少々安っぽくちょっと不思議な小編成音楽劇を見るにはぴったりの場所です。

OEKメンバーがこの曲を取り上げるのは2回目のことと思います。前回はアナウンサーのナレーション付きでの公演でしたが,今回は俳優3人が分担していただけあって,さらに見ごたえ,聞き応えのあるものになっていました。最近よく聞く言葉でいうと,兵士役(第七警察(”ゼブンケイサツ”と読むようです。1人です)と悪魔役(風李一成さん)の”キャラ”が立っており,大変よく雰囲気が伝わってきました。この2つの役以外は,所村佳子さんが務めていましたが,そのナレーションも大変聞きやすく,ドラマの展開をしっかりまとめていました。

今回の音楽監督はOEKの坂本さんだったのですが,このヴァイオリンを中心に独特の毒と安っぽさとモダンな雰囲気のある音楽を楽しませてくれました(余談ですが,この曲の最初の行進曲を聴くと映画「蒲田行進曲」のテーマ曲などをを思い出してしまいます。)。曲の中には,指揮者なしでは演奏しにくいような複雑な曲もありましたが,役者さんの演技との息もぴったりでした。

オリジナルの脚本は,第1次世界大戦の頃に書かれたものですが,今回の脚本は,うまく現代風の味付けと金沢の地元ネタを加えており,「金沢版」と言って良い内容になっていました。ストーリーは次のようなものです。

母親思いの兵士が悪魔と出会い,自分のヴァイオリンと「未来を読める本」を交換します。この本を入手した兵士は,金銭的な面では潤いますが,自分自身の時間を無くしてしてしまい(ヴァイオリンがその象徴だったのかもしれません。浦島太郎状態になります),精神的には満足できない状態になります。

そこに「王女様は,彼女の病気を治してくれた人と結婚する。名医はいないか?」というような情報が入ってきます。兵士は,悪魔からヴァイオリンを奪い返し,それを使って,音楽の力で,王女の病気を治し,王女と結ばれます。めでたし,めでたし...となれば普通の童話なのですが,このまま悪魔は黙っておらず,「国境を越えた時,すべては破滅する」というような呪いの言葉を残します。王女と平和に暮らしていた兵士ですが,結局この言葉を破ってしまい,悪魔が勝つことになります。

特に前半のストーリーの方に特に現代的な味付けや地元ネタが入っていました。それと,後半,王女の病気を音楽の力で癒す部分では,タンゴ,ワルツ,ラグタイムに合わせて,3人のダンサーが登場し,その後,悪魔役としてもう1人ダンサーが登場しました。恐らく,3人のダンサーが登場するというアイデアはオリジナルにないものだと思いますが,ストラヴィンスキーの音楽自体,ちょっとひねくれたもので,どれがタンゴやらワルツやらラグタイムやら分かりにくい部分もありますので,その音楽の効果を視覚化(3人は色分けされたドレスで登場していました)することでストーリーが分かりやすくなっていたと思いました。

このバレエ以外にも,ストーリーの展開に応じて照明の色合いがかなり激しく変わっていました。王女と兵士が結ばれるコラールの部分なども,音だけで表現するよりは分かりやすいものになっていました。

今回のステージですが...



このような感じでした。簡潔だけれど印象的な舞台美術も併せ,ちょっとした総合芸術になっていたのが面白いと思いました。この金沢市民芸術村には,音楽,演劇,美術という3本柱があると思うのですが,これが勢ぞろいしたことになります。オリジナルの「兵士の物語」は第1次世界大戦中の物質的に不自由な状況の中で”工夫して”作られた作品ですが,そういう精神が感じられる公演だったと思います。そういう面で,コンサートホールで聞く以上にぴたりとはまった公演だったと思います。

私自身,演劇の方も年間5本ほど見ているのですが,今回の朗読劇は,上述のとおり,役者さんのキャラクターが分かりやすかったこともあり,朗読部分だけを聞いても大変充実したものだったと思います。

ドラマは,真っ暗な状態の後,ステージが赤い照明で照らされ,帰郷途中の兵士役の第七警察さんが客席に向かって銃で撃つポーズを取り,パーンという効果音が入って始まります。第七警察さんは,兵士のよく着ているようなくすんだオリーブ色の服を着ていたのですが,それ以外は普通の現代の日本の若者のような髪型,特徴的な眼鏡ということで,不思議な現代性を感じさせてくれました。しゃべり方も自然体でしたので,聴衆は感情移入できたのではないかと思います。

続いて「兵士の物語」のテーマ音楽のような感じで,トロンボーン,トランペットによるコミカルだけどちょっとブラックな感じの行進曲が始まります。この曲の楽器編成は,ヴァイオリン−コントラバス/クラリネット−ファゴット/コルネット−トロンボーン/打楽器という一見変則的なものなのですが,弦,木管,金管ともに最高音と最低音の楽器が組み合わされている感じで,合理的な編成でもあります。ただし,その中抜け的な音は,迫力はあるけれどもちょっと空虚なムードを作ります。

所村佳子さんは,地元の演劇のチラシ等でお名前を拝見したこのある方で,多分,以前どこかでステージを観ているはずです(10年以上前のような気がします)。今回はほとんど朗読のみでしたが,聞き手の方をぱっと集中させてくれるような声で「さすが」と感心しました。

そして,悪魔役の風李一成さんが登場します。風李さんを観るのは今回初めてですが,見るからに格好良い悪魔でした。髪は金色(もう少し白っぽかったかもしれません)の長髪で,長いマントのようなものを羽織り,時々マスクのようなものを使ったり,布をかぶったり...といろいろな手段で強く存在感をアピールしていました。いかにも「巻き込まれてしまった」風の第七警察さんとの対比が面白く,素晴らしい個性の持ち主と思いました。

国境を超えたところで「悪魔が勝ってしまう」という結末については,そこまでの展開が丁寧だったので,もう少し説明的にしてくれた方が分かりやすいかなという気もしましたが,最後の方で,音楽に乗せて,悪魔がセリフを言う部分などは風李さんのビジュアルの効果もあり,「悪魔が勝つものもっとも」という雰囲気が出ていました。それと,最後の部分の打楽器の渡邉さんによる乱れ撃ち(?)は格好良かったですね。というわけで,全体は1時間ほどだったと思うですが,全く退屈せずに楽しむことができました。

こういう寓話的な話には,教訓が付きものですが,今回は「幸福は2つ求めてはならぬ,1つで十分」というものでした。最近,「求めない」(加島祥造著)という本が話題を集めていますが,この「人間の欲」というテーマは普遍的なものだと感じました。

今回の公演の前半では,「兵士の物語」に先立って,バッハとピアソラの曲が前半に演奏されました。まず,バッハの2声のインベンションをヴァイオリンとコントラバス用に編曲したものが演奏されました。この曲はピアノの練習曲的な作品ということであまりじっくり聞いたことがありません。まとめて全曲を聞いたのは今回が初めてかもしれません。坂本さんのヴァイオリンと今野さんのコントラバスという高低の組み合わせは,今回の「兵士の物語」の核なのですが,よくうまく合うような編曲を見つけて来られたなと思いました。

ただし,小さい曲が15曲もあったので,さすがに少し退屈する部分もありました。この15曲の中で,私が聞いたことがあったのは,ウォルター・カーロスというシンセサイザー奏者が作った「スイッチトオン・バッハ」というアルバムの中に入っている3曲ほどですが(ちなみにこのウォルターさんは,性転換手術をしてウェンディさんになっています),抜粋という形でも良かったかもしれません。

続いてピアソラの曲が2曲演奏されました。金沢市民芸術村では,数回ピアソラを聞いたことがありますが,なぜか,ピアソラの音楽は芸術村にぴったり来ます。まず,往年の名ヴァイオリニスト,ナタン・ミルシュタインのために書かれた「ミロンガ・アン・レ」という曲をヴァイオリン+ビブラフォン+コントラバス用に編曲したものが演奏されました。この編曲は良かったですねぇ。全編に渡り,マレットを両手に2本ずつ持った渡邉さんとコントラバスの今野さんが基本的なリズムを静かに演奏するのですが,ピアノ伴奏とは違った,ちょっとジャンルをクロスオーバーするような気分を出していました。

続くオブリビオンの方はこれまで本当にいろいろな編成で聞いてきましたが,今回の「兵士の編成」での演奏は最高だったと思います。打楽器の渡邉さんが小太鼓をブラシで叩き(というか撫で回すという感じ),今野さんがコントラバスの低音を効かせる上に,トロンボーン,トランペット,ファゴット,クラリネットが膨らみのある音を響かせます。ちょっとビッグバンド・ジャズ風の気分がありました。そして,主役の坂本さんが,まさにゾクゾクさせるようなヴァイオリン・ソロを聞かせてくれました。

坂本さんの話では,12月19日に石川県立音楽堂交流ホールで行われる室内楽シリーズで,この「兵士の編成」でジョリヴェの曲を演奏するとのことですが,このオヴリビオンもこの時に再演して欲しいと思います。

「兵士の物語」の最後は,越境したところで破滅するというエンディングだったのですが,今回の公演は,前半・後半とも”越境”がキーワードだったと思います。どの演奏からも,クラシック音楽というジャンルの持つボーダーを超えようという試みが感じられました。そして何よりも良かったのは,OEKと地元劇団との間に接点ができたことです。そういう意味で,今回の公演には,とても大きな収穫があったのではないかと思いました。(2007/11/24)

金沢市民芸術村
写真集

パフォーミングスクエアは,芸術村の本体から少し離れたと別棟にあります。遠くから見ると帽子のように見えます。


壁面には,今回の公演のチラシが沢山貼ってありました。

開場を待っているところです。とても寒い日でした。


パフォーミングスクエアの内部です,左の絵と比較して下さい。


客席の方はこのような感じです。この工事現場風の安っぽさが魅力です。


この日は15:00開演でしたが,終わった時はすっかり暗くなっていました。月が出ていました。下に写っているのは,レンガ造りの芸術村本体です。