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オーケストラ・アンサンブル金沢第232回定期公演PH
2007/11/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲op.56a
2)ブラームス/交響曲第3番ヘ長調op.90
3)ブラームス/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調op.83
4)(アンコール)ブラームス/間奏曲イ長調op.118-2
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,清水和音(ピアノ*3-4)
プレトーク:途中から聞いたため不明
Review by 管理人hs  

演奏会のタテ看板です。最近は入口上部に横長の看板も出てくるようになりました。ヨコ看板ということでしょうか?

昨年以来の「のだめカンタービレ」人気のせいもあり,ブラームスの交響曲(特に第1番)が大変良くクラシックの演奏会で取り上げられています。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)も金聖響さんとともにブラームス・チクルスを行っていますが,その第3弾を兼ねた定期公演が行われました。ただし,今回は,ピアノ協奏曲第2番というほとんど交響曲と言っても良いような”大協奏曲”が清水和音さんをソリストとして演奏されましたので,こちらの方が”トリ”となりました。交響曲で終わらないという点では,やや変則的でしたが,前半,後半ともに1時間近くかかる内容で,ブラームスの世界を腹いっぱい堪能できました。

演奏会はまず,ハイドンの主題による変奏曲から始まりました。この曲は,序曲的な位置づけで演奏されていたと思います。激しく盛り上げ過ぎることなく,曲全体の形と音色に美しさを伝えてくれる演奏でした。

この日のOEKの編成は次のとおりでした。通常より低弦とホルン(後半はトロンボーンも)を増強していました。
             Cb
      Hrn  Cl  Fg CT-Fg Perc
          Fl  Ob   Timp
         Vc    Va   Tp
       Vn1  指揮者 Vn2 Tb


第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置は,すっかりお馴染みですが,今回の特徴は何といってもコントラバスです。通常はティンパニやトランペットが居る”高い席”にコントラバスが4人並んでいました。この配置は,岩城さんのブラームス・シリーズでも採用されていましたが,ブラームス当時のオリジナルの配置のようです。演奏者数も,今回の50人ぐらいの編成がオリジナルに近いようです。

このことにより,ヴィオラ,チェロ,コントラバスの響きが真正面から迫ってくるように聞こえてきました。特に随所でグッと盛り上がってくるコントラバスの音がとても良いアクセントになっていました。

ハイドン変奏曲の演奏では,恣意的な部分は全くなく,余裕をもってOEKの多彩な響きを聞かせてくれました。最初の主題は,オーボエの水谷さんがリードする形で始まりましたが,木管楽器群のマイルドな音のまとまりの良さはいつもどおりでした。

変奏が始まると,まずバロック・ティンパニの乾いた音が軽快にリズムを支えているのが印象的でした。この響きの力もあり,全体に古典派的な端正さと透明感のある演奏だと思いました。この曲の編成には,コントラ・ファゴット,ピッコロなど,とても幅広い音域の楽器が含まれているのですが,これらが激しく主張し合うののではなく,1つの楽器のように聞こえました。曲の最後ではトライアングルも加わり,華やかな気分を作っていましたが,「本当のフォルティシモは次の曲で,お楽しみに」という感じで,上品に余裕を持って締めくくられていました。

続いて交響曲第3番が演奏されました。恐らく,ブラームスの他の交響曲の場合,前半で演奏されることはほぼないと思うのですが,この第3番だけは,他の3曲より演奏時間が短いこと,第4楽章が静かに終わることもあり,前半向きとも言えます。ただし,今回の金聖響さん指揮による演奏は,”トリでもOK”という感じの大変力の篭った演奏でした。演奏後の拍手も大変熱いものでした。

OEKによるこの曲の演奏と言えば,亡くなられる直前の岩城さん指揮の演奏(2006年3月でしたね)を思い出すのですが,その時の演奏とは対照的に,いろいろなことを試してみようというチャレンジ精神に溢れた演奏となっていました。岩城さんの”ワビサビの世界”のような演奏も素晴らしかったのですが,金聖響さん指揮によるエネルギーに満ちた演奏は,この曲に別の角度から光を当てているようでした。

第1楽章の冒頭ですが,どこかタイミングが悪い感じで始まりました。その後,ティンパニのトレモロの音がとてもクリアに聞こえてきたのですが(この日は渡邉さんではなく,客演の外国人の奏者が担当していました),テンポが速いのか遅いのか分からない感じで,曲自体の調性の不思議さと合わさってちょっと落ち着かない気分になりました。第2主題では,音量をぐっと落として非常にデリケートで丁寧な歌を聞かせてくれました。その後,呈示部の繰り返しが行われました。我が家にあるCDには繰り返しを行っている演奏はないので,このリピートに入る部分は,パッと音楽が止まったように感じ,ここでも「おや」と思いました。

しかし,この繰り返しの後は音楽の充実感が一段階アップしたように感じました。特に展開部以降の音楽の流れの良さと高揚感は見事でした。そして,コーダに入る辺りで,意表を突くような鋭い響きがホルンに出てきました。ゲシュトップフトと呼ばれる奏法だと思うのですが,「ラララ...」とスムーズに歌っていたところに,突如「イ〜!」という違和感のある音が入ってきたようで,この音を聞いたときは,思わず「おっ」と10cmほどのけぞってしまいました。その他,ヴィオラなどの内声部の刻みの音がくっきりと聞こえてきたり,この楽章全体を通じて,金聖響さんは,多彩な表情を持った音楽を作り出そうとしていたのではないかと思いました。とても刺激的な第1楽章でした。

中間の2つの楽章は,違和感のある響きはなく,スムーズに進んでいきました。ただし,第2楽章の後半のヴァイオリンや,第3楽章冒頭のチェロなど,とても熱い歌を聞かせてくれました。響きが分厚くならず,すっきりとした表情を残したまま,芯の強さを感じさせてくれる演奏でした。

最終楽章は,第1楽章同様にエネルギーに満ちた音楽が続きます。この楽章でも上述の鋭いホルンの音が出てきましたが(2回出てきました),どうもこの音が信号音となって曲想が変化していたようです。そこまで躍動的で全く隙のない引き締まった音楽が続いていたのが,一気に脱力して,幸福感に満ちたような静かな気分になりました。

この曲想の突然の変化は,マーラーの音楽などと共通するものがあるのではないかと思いました。このホルンの音が,楽譜にはどのように書いてあるのか知らないのですが,マーラーの交響曲などに出てきそうな気がします。というわけで,この辺のちょっと躁鬱症的な雰囲気に20世紀音楽につながる気分を感じました。

ブラームスの3番といえば,ブラームスの交響曲の中でもいちばん地味な印象のある曲ですが,いろいろな点で楽しめる演奏となっていました。演奏後,金聖響さんと,第1ホルンを担当していたコンスタンティン・ティモキヌさん(客演奏者だと思います)がしっかりと握手をしていましたが,「うまくいった。してやったり」という感じだったのではないかと思います。

後半のピアノ協奏曲第2番ですが,実は生で聞くのが今回が初めてです。私は,20年以上オーケストラのコンサートを聞いているのですが,最後に残った管弦楽を含む名曲がこの曲かもしれません(ただし,考えてみるとストラヴィンスキー:春の祭典,バルトーク:オーケストラのための協奏曲なども聞いたことはありませんねぇ。シュトラウス,マーラー,ブルックナー...やはりキリがありません)。というわけで,ずっと生で聞きたかった作品です。OEKが演奏するのも今回が初めてだと思うのですが,ブラームスらしい重厚さやスケールの大きさと同時に,この曲でも終楽章になって,曲想が軽妙な感じになっていくのがとても新鮮だと思いました。このコントラストの鮮やかさ,というよりは空気の変化のようなものは,CDだけではうまく味わえないものです。

まず,有名な冒頭です。ホルンのソロからピアノの独奏へと続く,ゆったりとした動きをとてもクリアなホルンと深々としたピアノの音で聞けました。これだけでも満足でした。この曲の冒頭は,マーラーの交響曲第5番同様,金管楽器1本だけで始まりますので,奏者にとっては大変なプレッシャーだと思います。ここでも前述のティモキヌさんが担当していましたが,何もない静謐な空間から音が立ち上がっていく様は,文字通り「音楽のはじまり」を表現しているようでした。

この日のソリストの清水和音さんは,恐らく,現在の日本人ピアニストの中でもっともこの曲のイメージに相応しい方ではないかと思います。第1楽章のゴツゴツした重量感のある響きがまず見事でした。曲のイメージどおりのがっちりとした音で聞くことができ,こちらの方も大満足でした。さすがに難曲ということで,細かい部分での乱れはあったと思うのですが,音楽全体の構え・枠組がしっかりしており,小細工をすることもないので不安な感じは全然しませんでした。力一杯弾いているようには見えなかったのですが,とても硬質でしっかりとした音が会場に広がっていました。

第2楽章はスケルツォなのですが,こちらも慌てず騒がず,がっちりとした響きを聞かせてくれました。この楽章では,プレトークでも「聞き所」として紹介があったとおり,中間部のオクターブでの非常に軽やかの音の連続の部分が見事でした。これまでのしっかりとした音が,突然非常に軽やかでデリケートな響きに一転しました。このコントラストの鮮やかさに感動しました。この部分は,CDなどでちょっと聞くと難所には思えないのですが,技法的には非常に高度なものが要求されるとてもやっかいな部分です。この部分を軽々とクリアしており,さすがだと思いました。

第3楽章冒頭のチェロ独奏も聞きものです。この日は,大澤さんが担当されていました。ロマン派の気分をたっぷりと内に秘めたソロで,演奏を盛り上げてくれました。楽章の後半などは,チェロとピアノが絡み合い,室内楽を聞くようでした。室内オーケストラとピアノによる演奏ということもあり,どこかショパンのピアノ協奏曲の第2楽章を思わせるような感じがあるのも面白いと思いました。

第4楽章へは,あまりインターバルを置いていませんでした。静と動の対比をくっきり聞かせようという意図があったのだと思いますが,とても爽やかな演奏になっていました。清水和音さんのタッチには,モーツァルトのピアノ協奏曲を思わせるような純度の高さがあり,第1楽章などと比較すると,景色が曇ったドイツから快晴のイタリアにさっと変わったような趣きがありました。それでもオーケストラの響きなどは,モーツァルト時代に比べると大変充実していますので,意外にもサン=サーンスのピアノ協奏曲などと似ているのではないかと思いました。というわけで,各楽章ごとに多彩な表情を持った大曲を堪能できました。

通常,定期公演の後半のアンコールといえば,管弦楽曲のアンコールなのですが,今回は清水和音さんのピアノ独奏によるアンコールでした。OEKの公演のしめくくりとしては少し変ではあるのですが,選曲はぴったりでした(4月に行われたブラームスの第1番の公演の時にはアンコールなしでしたので,もともと清水さんのアンコール曲以外は用意していなかったのだと思います)。

ブラームス晩年の間奏曲が演奏されたのですが,どこか音の雰囲気が第3楽章のチェロの独奏と似ているのです。第3楽章のエコーを聞くようでした。静かにたっぷりと余計な情感を加えずに演奏されたのですが,それでも抑えきれない思いが内側から沸き上げって来るような演奏で,秋か冬に掛けてのこの時期に聞くのにぴったりでした。

終演後は恒例のサイン会がありましたが,ブラームスの交響曲第1番の新譜CDが発売されたばかりの金聖響さんと清水和音さんという人気のお二人が登場したこともあり大盛況でした。私がサインを頂いたときには,10時近くになってしまいましたが(音楽堂の閉館時に音楽とアナウンスが入っているとは知りませんでした。「蛍の光」ではありませんでしたが),最初に書いたとおり,オーケストラとピアノの響きを堪能できた公演となりました。サイン会の時に音楽堂の方が語られていた話によると,チクルスの締めくくりとなる交響曲第4番を中心とした公演も金沢で行われることになったようで,これも是非聞きに行きたいと思います。

PS.この日はCD録音を行っていました。ブラームスの第1番の録音は,セッション録音と書いてありましたので,既に行ったセッションを中心としてこの日のライブ録音も付加する形になるのかもしれません。後半のピアノ協奏曲の方も録音を行っていましたので(前半より沢山のマイクが出ていました),そのうち発売されることになると思います。
(2007/12/01)

この日のサイン会


↑金聖響さんのサインです。最近発売になった,ブラームスの交響曲第1番のCDの解説書に頂きました。ジャケットは以下のとおりです。




↑清水和音さんから頂きました。リストとショパんを集めた1999年の録音のCDです。


↑ブラームスのピアノ協奏曲の”独奏者”だったチェロの大澤さんと,ホルンのティモキヌさんのサインです。

↓最近発売された金聖響さんの著書です。続編の「ブラームスの交響曲」にも期待?