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オーケストラ・アンサンブル金沢第234回定期公演PH:ニューイヤー・コンサート2008
2008/01/08 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シュトラウス,J.II/ワルツ「美しく青きドナウ」,op.314
2)シュトラウス,J.II/芸術家のカドリーユ,op.201
3)プッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」〜ムゼッタのワルツ(私が街を歩けば)
4)フランク/天使の糧
5)チャイコフスキー/弦楽セレナーデ,op.48〜ワルツ
6)ニコライ/歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲
7)ブラームス/ハンガリー舞曲第6番ニ長調
8)武満徹/3つの映画音楽〜ワルツ(他人の顔)
9)一柳慧/交響曲第7番「イシカワパラフレーズ:岩城宏之の追憶に」
10)山田耕筰/からたちの花
11)シュトラウス,J.II/ワルツ「春の声」,op.410
12)(アンコール)ショスタコーヴィチ/ジャズ組曲第2番〜小ポルカ
13)(アンコール)シュトラウス,J.I/ラデツキー行進曲,op.228
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マヤ・イワブチ),森麻季(ソプラノ*3,4,10,11)
プレトーク:一柳慧,池辺晋一郎
Review by 管理人hs  
演奏会のタテ看板です。そのお隣には...
門松がありました。それにしても...上の写真はすごいですね。
ホールの中に入ると,お正月らしいおめでたい飾りがありました。音楽堂の女性職員の皆さんもこの日は着物でした。OEKの女性奏者の皆さんもおなじみの“よそ行き”のドレスでした。
OEKのニューイヤーコンサート恒例の団員・職員のサイン入りタテ看です。よく見るとオデコにもサインが...
柱にもおめでたい飾りつけ

新春恒例のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のニューイヤー・コンサートに出かけてきました。今年の聞きどころ・見どころは,まず何と言っても井上道義音楽監督が指揮をされること,そしてソプラノの森麻季さんが登場されることです。スター性のあるお二人の登場ということで,これまでのニューイヤー・コンサートにない豪華な雰囲気の演奏会となりました。お客さんも大変よく入っていました。

ニューイヤー・コンサートといえばワルツです。OEKのニューイヤーもワルツに拘っていましたが,その選曲がとても凝ったものでした。井上さん自身,「井上流ワルツ集」と語っていましたが,その多彩にひねられた選曲は,「さすがミッキー!」という感じでした。曲の配列は,ワルツとテンポの緩急差の大きい曲が交互に来るような感じで,ところどころで井上さんのトークが挟まれました。このトークもまた,楽しいものでした。

まず最初の曲ですが,いきなり「美しく青きドナウ」で始まりました。この曲は,ニューイヤー・コンサートのトリの曲という印象がありましたので,少し驚いたのですが(ヤンキースの松井選手が一番バッターとして出てくるような感じです),「OEKのニューイヤー・コンサートをウィーン・フィルのとは違ったものにするぞ」という井上さんの宣誓のようにも思えました。

ゆったりとした序奏で始まった後,だんだんと加速度がつくように,グルグルと回り始めるような,緩急自在の演奏でした。コーダは,オリジナルの合唱曲版のシンプルなものでしたが,演奏会の最初の曲でしたので,一般に演奏されている豪華なコーダよりも合っていると思いました。

続いて演奏された「芸術家のカドリーユ」は昨年に続いての登場となります。プログラムには「ヴェルディ作品によるメロディ・カドリーユ」と書いてありましたが,楽譜の準備段階で予想外の手違いがあり,この曲に変更になったとのことです。この曲は,当時流行していたクラシック音楽が次から次へと,主として行進曲風のリズムに乗ってメドレーで出てくるもので,昨年聞いた時は,「フックト・オン・クラシック(クラシック音楽の名曲がディスコのリズムに乗って,次々と出てくる編曲版)のようだ」と思って聞いていたのですが,今回聞きながら,「昔,「演歌チャンチャカチャン」(古い!)という曲があったなぁ」などと思ってしまいました。最初,メンデルスゾーンの結婚行進曲で始まった後,モーツァルトの交響曲40番に切り替わるのですが,その時,(気のせいか)「チャ〜ンカ,チャンチャンチャンチャン」というようなフレーズがあったような気がしました。

それにしても,エンディング付近でベートーヴェンのクロイツェル・ソナタのフレーズが,トルコ行進曲とともに行進曲風に出てくるというアレンジは,12月の定期公演に登場した宮川彬良さんの編曲に通じるものがあるのではないかと思いました。こういうセンスは大好きです。

続いて,この日のもう一人の主役と言っても良いソプラノの森麻季さんが登場しました。森さんが音楽堂に登場するのは,昨年9月の「椿姫」公演以来ですが,その時同様,大変完成度の高い見事な歌を聞かせてくれました。まず,プッチーニの歌劇「ボエーム」の中の「ムゼッタのワルツ」が歌われました(”ワルツつながり”というのが心憎い選曲です)。森さんの声は,スーッとまっすぐに伸びる澄んだ声で,常に透明感があるのですが,その中に不思議な艶があります。お酒の味を評価する形容詞に「淡麗」という言葉がありますが(そういえば,このコンサートのスポンサーはキリンでした),すっきりした中に高級な味わいのある声ということで,この言葉がぴったり来ると思います。昨年の「椿姫」に続いて,OEK+森麻季による「ボエーム」全曲の公演が実現することを期待したいと思います。

続いて,昨年,森さんがOEKとともに録音したアルバム「ピエ・イエス」にも収録されている,フランクの「天使の糧」が歌われました。フランクの宗教曲ということで渋い曲を予想していたのですが,とても聞きやすい曲で,オーケストラのパートなどは,ムード音楽的な感じさえしました。森さんの声には,上述のとおり清潔感と艶っぽさが共存していますので,この曲にもピッタリでした。演奏後,井上さんが,「ムゼッタが誘惑した後,天使に変身した」といったことを語られていましたが,オペラにも宗教曲にも対応できる得がたい声質を持った方と言えます。

次のチャイコフスキーの弦楽セレナードのワルツは,OEKの十八番と言っても良い曲です。過去何回も演奏してきた曲ですが,井上さんの指揮は,見た目からして緩急自在で,とても柄の大きな演奏となっていました。情熱的な指揮の動作がダイレクトに演奏に反映しており,とても気持ちの良い演奏でした。その中に洒落っ気が漂っているのも井上さんならではです。

前半最後は,歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲が演奏されました。もともと緩急自在に曲想が変化する曲ということで,この曲もまた井上さんのキャラクターにぴったりでした。序奏部のチェロのパートの高級感がまず素晴らしかったのですが,さらに印象的だったのは,中間部に出てくるいたずらっぽい表情でした。その後は,ぐーっとテンポを落として野性味のある雰囲気になったり,コロコロと気分が変わる楽しい演奏となっていました。

後半最初のブラームスのハンガリー舞曲第6番は,お客さんの拍手がまだ終わり切らないうちに振り向きざまに始まりました。いきなり「ジャン」という物凄く強烈な音で始まったのですが,この息もつかせぬ開始は,今は亡きカルロス・クライバーの指揮の雰囲気と似ていると思いました。ケレン味たっぷりの演奏で,とてつもなくスケールの大きなハンガリー舞曲になっていました。演奏が終わった後,棒を右から左に水平に動かし,ほとんど客席の方に顔を見せる井上さんならではの指揮ぶりもこの曲にはぴったりでした。

続いて,意表を突くように,武満徹の「他人の顔」のワルツを入れるというのも,素晴らしいアイデアでした。この曲は岩城指揮OEKによるCD録音も残されていますが,武満さんの作った曲の中でもいちばん聞きやすい作品だと思います。井上さんの指揮ぶりを端的に表すキーワードの一つが「お洒落」だと思いますが,この曲は,まさにそのとおりのワルツでした。井上さんは,「武満さんは,フランスのシャンソンが大好きだった。このワルツにはその雰囲気がある」と語っていましたが,なるほどと思わせる話でした。この日のコンサート・ミストレスのマヤ・イワブチさんの情熱的なボウイングもとても印象的でした。この曲は弦楽合奏のみによる演奏でしたが,イワブチさんのリードが井上さんの情熱をさらに増幅させているようでした。

なお,イワブチさんですが,プログラム掲載の団員名簿によると,サイモン・ブレンディスさん,アビゲイル・ヤングさんと並んで,第1コンサートマスターのところにお名前が書いてありました。これまでもたびたび登場されていましたが,これからさらに登場の機会が増えるのかもしれません。

そして,この日のプログラムのもう一つの目玉である現コンポーザー・イン・レジデンスの一柳慧さんの新曲が初演されました。ニューイヤーコンサートで世界初演というのもOEKならではですが,この曲のサブタイトルにも出てくる岩城さんならば考えそうなアイデアかもしれません。ただし,岩城さんを追悼するというよりは,「こういう曲ならば,岩城さんのお好みかな?」という発想で作られた曲だと思いました。その意図が,曲のエネルギーとして感じられ,とても明快で分かりやすい作品になっていました。ニューイヤー・コンサート中でこの曲だけが浮き上がるのではなく,他の曲と違和感なく自然に並んでいたのが,素晴らしいと思いました。

この曲の「交響曲第7番」というタイトルですが,図らずも(それとも意図的?),岩城さんがOEKと繰り返し繰り返し演奏してきたベートーヴェンの交響曲第7番を思い出させてくれます。途中,マリンバなど打楽器が大活躍していたのも岩城さんにちなんでのことかもしれません。それ以外では,OEKの各パートのソロが目立ちました。特に上石さんのフルートが特殊な奏法を含め大活躍でした。

それにしても活力のある曲でした。冒頭の暗い雰囲気は,どこかショスタコーヴィチを思わせるところがあったのですが,その後に続く急速な部分での同一音型の執拗な繰り返しなどもショスタコーヴィチ的だと思いました。プログラムの解説では,石川県の民謡を盛り込んだ曲と書かれていましたが,外山雄三さんの「ラプソディ」のようなストレートさはなく,正直なところ,どの部分が民謡なのかよく分かりませんでした。この辺のひねり方は一柳さんらしさなのかもしれません。

一柳さんは,日本人作曲者の中でも最年長世代の方ですが,この曲を聞いて,どんどん曲想が若返って来ているのではないか,と思いました。とても楽しめる作品でした。

演奏会の最後のコーナーでは,再度,森さんが登場しました。森さんは,前半では,青と紫が混ざったような色合いのドレスを着ていらっしゃいましたが,このコーナーでは,からたちの花にちなんで,真っ白のドレスに着替えて来られました。この素晴らしい衣装のセンスにまず「おぉ」となりましたが,その声を聞いてさらに「おぉ」となりました。

日本の歌曲をオーケストラの定期公演で聞く機会自体少ないのですが,森さんの歌い方も独特でした。普通は「からたちの花が咲いたよー」と流れるように歌われると思うのですが,森さんは,一つ一つの音をとてもしっかりと発音されていました。その丁寧でクリアな歌唱は,とても新鮮に感じました。

プログラムの最後は,春の声でした。考えてみると,ウィーンで始まり,ウィーンで結ばれるということで,一般的なニューイヤー・コンサートらしさも残していることになります。この曲は,大変ゆったりとしたテンポで演奏されましたが,そのことによって,宝石のようにきらめくコロラトゥーラ・ソプラノをじっくりと堪能できました。超高音でも全然崩れることのない歌唱は,「お見事!」の一言に尽きます。往年のスター指揮者カラヤンは最晩年にウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに登場しましたが,その時,キャスリーン・バトルとこの曲を演奏しています。森さんと井上さんの共演を聞きながら,これに劣らない,豪華な演奏だと実感しました。

曲の最後の部分で,森さんのパートが終わった後,曲が終わり切らないのに拍手が巻き起こっていましたが,この拍手も良かったですねぇ。普通,早過ぎる拍手はフライングとして嫌われますが,この拍手は,自然に沸き上がった感じで,会場のさらに雰囲気を盛り上げていました。この日はライブ録音をしていましたが,このフライングの拍手を入れてしまうのも悪くないと思いました(ちなみにこの演奏会の様子は,1月26日に北陸朝日放送でテレビ放送もされるようです)。

演奏会の最後は,お決まりのラデツキー行進曲でした。このラデツキーが意外に優雅な感じだったのが面白かったのですが,その前にミッキーならではのアンコールがありました。「昨年はショスタコーヴィチ漬けでした」と語った後,ジャズ組曲の中の小ポルカが演奏されました。この独特の疾走感は,病みつきになります。是非,OEKとジャズ組曲の全曲を演奏して欲しいと思いました。

というわけで,音楽監督就任1周年を祝うような井上道義さんらしさ全開のニューイヤーコンサートとなりました。この演奏会の後,富山,横浜,大阪,西宮,広島,鹿児島と続く全国ツァーとなりますが,是非,全国に”ミッキー+OEKのニューイヤー・コンサート”の楽しさを広めてきて欲しいと思います。(2008/01/08)

入場者数200万人!
今年は,OEK設立20周年の年となりますが,通算の入場者数が,この日丁度200万人を超えたとのことです。私が行った時は既に終わっていましたが,ロビーでは,記念品の贈呈などが行われていたようです。






春の大型連休中に石川県立音楽堂を中心として行われることになった,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」のタテ看やポスターが早くも登場していました。