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一柳慧+寒川晶子 ピアノ・デュオ・コンサート「原点から民族的感性へ:荒野のグラフィズム:粟津潔展への音楽(荒野のグラフィズム:粟津潔」展関連企画)
2008/01/12 金沢21世紀美術館展示室11 
1)ケージ/マルセル・デュシャンのための音楽
2)シューベルト/幻想曲ヘ短調,D.940
3)オギンスキ(一柳慧編曲)/ポルネーズイ短調(2台のピアノ編曲版)
4)バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜前奏曲第1番ハ長調,BWV.846(2台のピアノ版)
5)バッハ,J.S./2台のピアノのための協奏曲(第1番ハ短調,BWV.1060(多分)の第2楽章の2台のピアノ版)
6)一柳慧/タイム・シークエンス
7)カザルス/鳥のうた
●演奏
一柳慧(ピアノ*1-5,7),寒川晶子(ピアノ,2-7)
※同一内容のコンサートは,1月11日 18:00からも行われましたが,1月12日 15:00からの回に参加

Review by 管理人hs  

金沢21世紀美術館では,"music@art"と題して毎月のように館内でコンサートを行っていますが,今回は,つい先日のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のニューイヤーコンサートの会場にも来られていた作曲家の一柳慧さんが登場しました。現在,金沢21世紀美術館では,「荒野のグラフィズム:粟津潔展」が行われていますが,その関連企画ということで,粟津さんの作品が展示された展示室内でピアノ2台によるデュオ・コンサートが行われました。

一柳慧さんは,若い頃から音楽以外の美術家,映像作家,建築家などの他ジャンルのアーティストとの関わりを持ちながら活動を続けて来られた方で,粟津さんとも親交があるとのことです。今回のコンサートには,「原点から民族的感性へ:荒野のグラフィズム:粟津潔展への音楽」と題されていましたが,粟津さんの作品にインスパイアーされて選ばれた曲が演奏されました。当初の予定は1時間でしたが,一柳さんのトークや粟津潔さんの関係者のスピーチなどもあり,約1時間30分に渡り充実したコンサートを堪能できました。

今回の会場は,以下のような感じで,粟津さんの作ったポスターなどが沢山貼られた展示室11で行われました。


OEKメンバーの弦楽四重奏によるコンサートもこの展示室で行われたことがありますが,21世紀美術館の展示室中ではこの部屋がいちばんこういうイベント向きなのではないかと思います。

最初に一柳さんの独奏で,ケージの「マルセル・デュシャンのための音楽」が,粟津潔さんの映像作品「コンポジション」の映像に合わせて演奏されました。この曲は,プリペアード・ピアノのための作品ということで,通常のピアノの弦の部分に仕掛けがしてあり,ピアノの音とは思えないような,不思議にくすんだ音で演奏されました(演奏前,音楽堂でもお馴染みの調律師さんがとても演奏にとても熱心に楽器の調整をされていましたが,この楽器の準備のためだったのか,と後で理由が分かりました。)。

演奏が始まったとたん会場の照明は落とされ,壁面に「コンポジション」の画像(動画ではなく静止画のスライドでした)がプロジェクタで投影されました。この画面を見ながら,音楽を鑑賞することになりますが,このアイデアは大変面白いと思いました。「ポコン,パコン...」という感じのプリペアード・ピアノの音は,聞いているうちに,どこか民族音楽風に聞こえてくるのですが,画面の方は,淡々とした無機質なものです(顕微鏡でゴミ(?)のようなものを見ている感じ)。恐らく,音だけ聞いても,絵だけ見ていても,それほど楽しくはないと思うのですが,この2つが合さることで,何とも言えない無国籍風のどこにも属していない小宇宙が作られます。「現代アートは難解」とよく言われますが,メディアをミックスさせ,それに浸るように実際の目と耳で体験することで,非常に新鮮な世界が立ち上がると実感しました。

その後,若手ピアニストの寒川晶子さんと一柳慧さんによるデュオ・コンサートになりました。シューベルトの幻想曲は,昨年音楽堂のシューベルト・フェスティバルでも演奏された曲ですが,残響のとても長い展示室で聞くとまた独特の雰囲気になります。最初の曲とは違い,明るい蛍光灯の照明の下で演奏されましたが,それがまた通常のコンサート・ホールとは違った非現実的な気分を作っていました。テンポは速めだったので(前半部は一部省略していたような気がしました),陶酔感よりはすっきりした若々しさを感じさせてくれたのも良かったと思います。

次のオギンスキのポロネーズは,アンジェイ・ワイダ監督の映画「灰とダイヤモンド」のテーマ曲として使われた作品です。ポロネーズといえばショパンを思い出しますが,それよりさらに前の時代の曲です。現代アートだけではなく,映画の関連の作品を含めることで,さらにイマジネーションが広がりました。

その後のバッハの「平均律」と「2台のピアノのための協奏曲」は,粟津さんの実験映像「風流」に併せて演奏されました。こちらの方はモノクロの動画で延々と植物のシルエットが揺れているような感じのものです。こういう組み合わせを見ると,バッハの音楽の”何にでも似合う”普遍性を感じます。映像ともども,コンテンポラリーでもあり,アンティークでもある不思議な世界に入りこむことができました。

ちなみに演奏された曲ですが,「平均率」の方は有名な第1番の前奏曲でした。前半,オリジナルに近い形で演奏された後,後半はグノーの「アヴェ・マリア」のメロディが加わった形で演奏されました。「2台のピアノのための協奏曲」の方は,多分,オーボエとヴァイオリンのための協奏曲として知られている曲の第2楽章だったと思います(プログラムにはBWV番号までは書いてなかったので推測です)。

その後演奏されたのが,一柳さん作曲のタイム・シークエンスというピアノ独奏曲でした。これは,寒川さんの独奏で演奏されましたが,本当に凄い曲でした。ちょっとミニマル・ミュージック風に同じ音が繰り返され,それが変化して行く曲なのですが,体力勝負という感じでフリージャズ的な強烈な音が続きます。一柳さん自身「若い人でないと演奏できない曲」と語っていましたが,そのとおりの曲でした。寒川晶子さんの演奏を聞くのは今回が初めてでしたが実に見事に弾きこなしていました。

先日OEKによって初演された交響曲第7番「イシカワ・パラフレーズ」もそうだったのですが,一柳さんの曲には,常に感性の若々しさを感じます。現在のコンポーザー・イン・レジデンスということで,この際,オーケストラ曲だけでなく,「一柳さんのピアノ曲を楽しむ」という企画があっても面白いかな,と思いました。それだけ,引き付ける力をもった作品でした。

コンサートの最後には,アンコールのような位置づけで,お二人のデュオによるカザルス編曲の「鳥のうた」がしっとりと演奏されました。後で譜面を見たところ,通常のチェロとピアノ用の譜面が置いてありました。オリジナル版を2台のピアノで弾いていたのではないかと思います。粟津さんは,スペインの建築家ガウディの作品への関心も高かったということで,この曲もまた,粟津さんの世界と関連づけられていました。

というわけで,残響豊かな密室的空間で映像と音楽が一体になった世界に浸るというのはなかなか面白い経験でした。演奏会自体の入場料は無料だけれども,展覧会の観覧券がないと入れない,というのも良いアイデアだと思います。21世紀美術館の展示室は,蛍光灯の光に照らされた明るい真っ白の部屋ということで,それ自体が相当変わっているのですが,この明るさも魅力になっています。演奏会の後,粟津さんの作品が沢山飾られた,明るい展示室の数々を通り抜けて帰ったのですが,これも気分の良いものでした。

今年もまた,金沢21世紀美術館内での生演奏企画には,大いに期待したいと思います。

(参考)粟津潔[公式サイト]
(2008/01/13)

展覧会関連写真集


展覧会の入口付近の写真です。ガラスをよく見ると...


展覧会の名前が書かれています。


これは無料ゾーンから撮影したものですが,この右手に見えているのが展示室11の入口です。ちなみに何故か中庭にはカメがいました。


終演後,同じ場所を通りかかったのですが,展示室11の前で一柳さんがお客さんと熱心に話されていました。


ピンク色のチラシが今回の展覧会の解説です。薄い緑がコンサートのチラシです。手前にあるのは,記念に買った絵ハガキです。そして,右側にあるのが,やはり記念に買った,手ぬぐいです。