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オーケストラ・アンサンブル金沢第235回定期公演M
2008/02/01 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ガーシュイン[浅井暁子編曲]/フォーク・オペラ「ポーギーとベス」〜I loves you, Porgy/I got plenty o'nutin/Summertime/My man's gone now
2)バーンスタイン/セレナード
3)コリリアーノ/映画「レッド・ヴァイオリン」の音楽から
4)ルグラン[榊原栄編曲]/映画「シェルブールの雨傘」のテーマ
5)ウィリアムズ/映画「シンドラーのリスト」のテーマ
6)モリコーネ(渡辺俊幸編曲)/映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ
7)ウィリアムズ(渡辺俊幸編曲)/映画「サブリナ」のテーマ
8)(アンコール)マンシーニ/映画「シャレード」のテーマ
9)(アンコール)カラス/映画「第三の男」からテーマ
●演奏
マイケル・ダウス(リーダー,ヴァイオリン)*1-3,5-7,9,オーケストラ・アンサンブル金沢
プレトーク:谷口昭弘
Review by 管理人hs  

ニューイヤーコンサートに代わり,2月の恒例となりつつあるマイケル・ダウスさんの弾き振りによるオーケストラ・アンサンブル(OEK)の定期公演に出かけてきました。丁度1年前のヴィヴァルディ「四季」+ピアソラ「四季」=「八季」の公演時もそうでしたが,今回もまた冴えた選曲のプログラムを楽しむことができました。前半がガーシュインとバーンスタイン,後半が映画音楽集ということで,特に後半はファンタジー定期に近い雰囲気でしたが,”ヴァイオリン独奏とオーケストラによる現代の曲”という観点で統一感があり,単なる小品集となっていなかったのが良かったと思いました。

ただし,このところファンタジー公演の方も「ポップス歌手の伴奏」というパターンが少なくなってきており,両者の境界線が無くなって来ている気がします。今回もダウスさんは,通常の燕尾服ではなく,黒のシャツに薄い紫のネクタイという「お洒落な大人」という服装でしたが,こういう面を含め,通常の交響曲で終わる定期公演とは違った方向を目指そうとしているのだと思います。いろいろなパターンの定期公演を楽しむことができるという点で,個人的にはこの方向には大賛成です。

まず,前半ですがガーシュインの「ポーギーとベス」の中の音楽の4曲メドレーがヴァイオリンとオーケストラで演奏されました。ヴァイオリンによるガーシュインといえば,ハイフェッツがこういう感じのメドレーで演奏したものがありますが,今回のアレンジは,原曲のムードを壊さずに,ハイフェッツの雰囲気を加えたような感じでした。各曲ともヴァイオリンをたっぷりと歌わせた恰幅の良さがありましたが,それと同時に「I got plenty o'nuttin」などでは,とても軽妙な味を出していました。

続くバーンスタインのセレナードは,過去,岩城さん指揮OEKで何回か聞いたことのある曲です(それぞれ,ダウスさんと川久保さんの独奏で2回演奏されているはずです)。今回の演奏は,ダウスさんの弾き振りによる演奏である点が大きな特徴でした。ただし,ダウスさんが強くリーダーシップを取るというよりは,OEKの各奏者によるコラボレーションという感じの演奏だったと思います。ダウスさんとOEKのつながりは,ほぼOEKの歴史と一致し,特に弦楽セクションについては,その存在が大きな力を持ってきたと思います。この日の演奏もOEKとダウスさんの相互の信頼関係の強さを示すような演奏でした。

曲はバーンスタインの曲にしてはシリアスなのですが,例えば冒頭部分のヴァイオリン独奏の甘い雰囲気などは,ミュージカル・ナンバーを思わせるところがあります。急速な部分と緩やかな部分とが交互に出てきて,親しみやすさと厳粛さが複雑に交錯しますが,全体としては,がっちりとした構成感を感じました。曲の途中(「エリュキシマコフ」の部分だと思います),プレストで一気に駆け抜けていくような部分があるのですが,この部分を中心に全曲がシンメトリーになっている感じでした。それにしても,この部分など指揮者なしでどこを見て合わせているのだろうか,と不思議に思うぐらいピタリと合っていました。

この曲のもう一つの特色は,打楽器が沢山使われている点です。数えてみると6人の奏者がステージ上にいました。奏者の顔ぶれは,ビゼー−シチェドリンの「カルメン」などですっかりお馴染みの準団員的なエキストラの皆さんが中心でした。先ほどのプレストの部分をはじめ,バチっとはじけるような充実のアンサンブルを聞かせてくれました。恐らく,ダウスさんも「打楽器部分は任せた」という感じで難技巧の独奏部に専念できたのではないかと思います。

ダウスさんの演奏は,この曲でも大変冴えており,過不足のない安定した音楽を聞かせてくれました。以前この曲を聞いた時よりも,暖かみを感じたのですが,演奏全体に余裕があることの反映だと思いました。

全曲中では,最終楽章でジャズ風の音の動きが出てくる部分が,やはり楽しめました。ピツィカートで演奏するコントラバスの音の動きなどはジャズのセッションのような感じでした。弦楽合奏でブルース風のメロディを演奏する部分で音も体もウワッという感じで揺れ動く感じも良かったのですが,以前岩城さん指揮で聞いた時よりあっさりしている気がしました。この辺はもう少し濃厚な方が良いかな,と思いました。

後半の最初のコリリアーノの「レッド・ヴァイオリン」は,映画音楽なのですが,非常に聞き応えのある音楽でした。この曲も弦楽器と打楽器と独奏ヴァイオリンのための曲ということで,先ほどのセレナードとの取り合わせはぴったりでした。演奏時間も通常の映画のテーマ音楽よりはかなり長いものでした。

ヴァイオリンを題材にした映画ということで,パガニーニを思わせる曲想だったのですが,もっと古い時代のバッハの無伴奏ソナタのような気分になったり,反対に不協和音を含む現代的な雰囲気になったり,「一体どの時代の音楽だろう?」と思わせるような不思議な迫力に満ちた音楽でした。この映画は観たことはないのですが,曲を聞く限りでは,ミステリー風味,サスペンス風味を持った大河ドラマという感じでした。ダウスさんの演奏には,その雰囲気にぴったりの熱い歌と貫禄がありました。

途中,カンタさんによる見事なチェロ独奏の部分もありましたが,その後,非常に強烈な音で打楽器の音が入ってきたのには驚きました。こういう部分を聞くとやはり現代の曲だなぁと思います。基本的には最初に出てきたメロディに戻っていくような構成でしたが,曲中ずっと解決しそうで解決しなかったすっきりしない音の動きが最後の部分で静かに解決しました。音楽だけでドラマを表現しているようでしたが,是非一度,映画の方も観てみたいと思います。

その後の映画音楽集は,気軽に聞ける小品ばかりした。通常の定期公演では,最後の曲が重いのが普通ですが,最後に行くほど,リラックスできるという配列も悪くないな,と思いました。

「レッド・ヴァイオリン」の演奏は大変な重労働でしたので,続く「シェルブールの雨傘」は,ダウスさん抜きによる演奏でした。編曲者名は書かれていなかったのですが,アルビノーニのアダージョのパロディのような感じで始まっていましたので,榊原栄さんによる編曲だと思います。1曲目のガーシュインについては,プレトークの際に浅井暁子さんによるアレンジという説明があったのですが,この曲についてもプログラム中に編曲者名を入れて頂いた方が親切だと思いました。

ただし,演奏会全体の流れから見ると,この曲だけちょっと異質な気がしました。プログラムの解説を読むと,ミシェル・ルグラン(1932年生まれ),ジョン・ウィリアムズ(1932年生まれ),エンニオ・モリコーネ(1928年生まれ)という「映画音楽の大御所」という共通項はあるのですが...コリリアーノの曲との落差が大きかった気がしました。

次に「シンドラーのリスト」のテーマ曲が演奏されました。この曲は,もともとヴァイオリン独奏とオーケストラのための作品ということで(サントラ盤では,イツァーク・パールマンが独奏していたと思います),こちらの方は演奏会のコンセプトにぴったりでした。あの派手な「スターウォーズ」のテーマを作った作曲家の曲とは思えないような抒情性に満ちた曲ですが,恐らく,この作曲家の本心が表現された作品なのではないかと思います。ダウスさんの演奏もさり気なく深い味を伝えてくれるような見事な演奏でした。

演奏会の最後のコーナーは,渡辺俊幸さん編曲による映画音楽が2曲続きました。「ニューシネマ・パラダイス」のテーマは,テレビのCMでは,ギターによる演奏によるものをよく耳にしますが,渡辺さんの編曲は,ヴァイオリン,ピアノ,フルートが中心となっていました。渡辺さんのCDアルバムの「浪漫紀行」の中に収録されているドラマ「夢みる葡萄」のテーマに共通するような,幸福感に満ちた”渡辺トーン”になっているのが面白いと思いました。

最後に演奏された「サブリナ」(オードリー・ヘップバーン主演の「麗しのサブリナ」のリメイク版)のテーマは,品の良いワルツということで,ダウス&OEKのニューイヤーコンサートに親しんできたお客さんには,「やっぱりダウスさんのワルツは良い」と感じたかもしれません。この日のダウスさんの雰囲気にぴったりの粋な演奏でした。

というわけで,これで予定のプログラムは全部終わったのですが,「ここはもう少しデザートを食べたい」という気分でしたので,すぐにアンコールが始まりました。独奏が続いたダウスさんが一旦引っ込み,まず,OEKだけで,映画「シャレード」のテーマが演奏されました。この曲の作曲者のヘンリー・マンシーニは既になくなっていますが,1924年生まれの映画音楽の巨匠ということで,今回のラインナップに相応しい作曲家ということになります。過去,ファンタジー公演でも何回か聞いたことのある曲ですが,スピード感溢れるパーカッション,気持ちよく歌うトランペット...とアンコールに相応しい華やかさとリラックスした気分がありました。

そして,「やはりダウスさんのヴァイオリンをもう一度聞きたい」ということで,もう1曲アンコールがありました。「一体何が演奏されるのだろう?」と思っているうちに始まったのが,「第三の男」のハリーライムのテーマでした。チターによる演奏で大変有名な曲ですが(最近ではエビス・ビールのCMで有名?),「ナイス!」という選曲でした。オリジナルはチターで演奏される曲ですが,今回の独奏ヴァイオリンとオーケストラ版の編曲も大変楽しめるものでした。何と言ってもスウィングするリズム感が心地よく,会場の気分をさらに和ませてくれました。打楽器奏者の皆さんが指を鳴らしていましたが,これがノリの良さの秘密だったかもしれません。私のまわりには,手拍子をしたくてたまらないという感じの人がいましたが,一つきっかけがあれば,会場全体が手拍子になったと思います。

というわけで,最後に行くほどリラックスして楽しめる演奏会になっていました。疲れが全く残らず,ダウスさんの柔和な表情が残る演奏会でした。 (2008/02/02)

今回のサイン会
丁度,1年前の定期公演のライブ録音CDにサインを頂いてきました。



関連CD:以下から購入できます。