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東芝グランド・コンサート2008 シュトゥットガルト放送交響楽団演奏会
2008/02/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ヴォーン=ウィリアムズ/劇音楽「すずめばち(むずかし屋)」序曲
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調,op.58
3)(アンコール)ショパン/ノクターン嬰ハ短調遺作
4)ブラームス/交響曲第1番ハ短調op.68
5)(アンコール)ブリテン/マチネ・ミュージカルまたはソワレ・ミュージカル(推定)の中の1曲
6)(アンコール)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」間奏曲第3番(一部)
●演奏
ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
小菅優(ピアノ*2)
Review by 管理人hs  

毎年,この時期恒例の東芝グランド・コンサートに出かけてきました。このコンサートでは,毎年,ヨーロッパの一流オーケストラの演奏を比較的安価で楽しむことができますが(過去振り返ってみると,全部ヨーロッパのオーケストラのような気がします。しかも放送交響楽団が多い),今年はロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏会でした。これまでドイツの放送局のオーケストラでは,ケルン,フランクフルト,バイエルン,北ドイツの各放送交響楽団の演奏を聞いたことがありますので,今回のシュトゥットガルトで主要なところは制覇したことになります(その他,ベルリン放送交響楽団というのもありますが)。

今回の演奏会は,まず,ロジャー・ノリントンさんの指揮を目当てに出かけてきました。これまで金聖響さん,ニコラス・クレーマーさん,エルヴェ・ニケさんなど,古楽器奏法を取り入れた演奏をOEKでいろいろと聞いてきましたが,今回の指揮のノリントンさんは,その大御所的な存在です。以前から一度聞いてみたかった指揮者でしたが,その期待どおりの何が出てくるか予想がつかないような意外性に満ちた演奏会となりました。

弦楽器の奏法はノンヴィブラートが徹底しており(ヴォーン=ウィリアムズでも?),透明な響きが一貫していました。それでいて冷たい感じはありません。響きは明るく,どこかウィットを感じさせるところがあります。というわけで,「ドイツのオーケストラ=重厚」という先入観を裏切るような新鮮さがありました。

最初のヴォーン=ウィリアムズの「すずめばち」序曲は初めて聞く曲でしたが,冒頭の蜂の羽音を思わせる音をはじめ,とても鮮やかでした。中間部以降は人懐っこい雰囲気になるのですが,どこか日本的な気分があるなぁと感じました。純粋なサウンドと暖かみのある雰囲気というのがノリントンさんの音楽の特徴だと感じました。

続く,ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は小菅優さんとの共演でしたが...意表を突く配置でした。何と次のような感じでした。


数年前に聞いた,ペーター・シュライヤー指揮OEKによるマタイ受難曲の時の配置に少し似ていましたが,ピアノ協奏曲の演奏でピアニストと指揮者が向かい合うような配置というのは,初めて見るものでした。楽器の数も1曲目よりはかなり少なくなっており,弦楽器については,OEK+αぐらいの室内オーケストラに近い編成でした。それにしても,ヴァイオリン奏者たちの背中を見ながら実演を聞くというのは今回が初めてのことかもしれません。

小菅さんのピアノは大変センスの良いものでした。この曲の第1楽章は,「ターン,タタタタ,タタタタ」という感じのピアノ独奏で始まりますが(運命の動機を反対にした感じ),まず,最初の和音がアルペジオになっていたのが独特でした。「ジャラーン,タタタタ,タタタタ」という感じになりますが,これは,数年前の東芝グランド・コンサートに登場したエレーヌ・グリモーさんも同じように演奏していましたので,何かの根拠のある奏法なのかもしれません。このちょっと崩した感じが,とても粋でした。

小菅さんは,鮮やかな赤のドレスで登場しました。予想していたよりも小柄な方でしたが,ノリントンさんと互角に渡り合うような見事な演奏でした。とても知的な雰囲気があり,どの音からも,瑞々しさと同時に深みを感じました。続いて出てくる弦楽器の音は,ノンヴィブラート奏法ならではの透明感があり,ピアノにすっと寄り添っていました。

ノリントンさんが上の絵のような位置にいると,ピアニストが主役というよりは,ノリントンさんの作る音楽にピアノも加わるという感じになります。それでもノリントンさんが全てを支配するというような強引さはなく,協力的な雰囲気が感じられました。ピアノだけではなく,オーケストラの中の各楽器ものびのびと,しかしノリントンさんの息のかかった演奏していました。というわけで,親密な雰囲気の演奏を目指す,室内オーケストラ編成を指揮するには,この場所は意外に良いのではないか,と感じました。

その一方,カデンツァでは小菅さんの世界が全開でした。とてもアグレッシブでとても個性的なアーティキュレーションの演奏を楽しむことができました。なお,演奏していたのは,いちばんよく演奏されているベートーヴェン自身によるカデンツァでした。

第2楽章は,いきなりぶっきらぼうなオーケストラの強音で始まります。これとピアノのデリケートな音の対比が面白く,どこかバロック音楽的な雰囲気がありました。第3楽章は,とてもリズミカルな音楽です。最後列のトランペットとティンパニが満を持して登場,という感じで新鮮な音を聞かせてくれました。一体になった音のバランスが見事でした。ティンパニはとても乾いた音を出していましたが,ヴォーン=ウィリアムズの時とは違う楽器でしたので,バロック・ティンパニを使っていたのではないかと思います。トランペットの方も古楽器っぽい感じでした(3階席で聞いていたのでよく見えなかったのですが)。ところどころで,チェロのソロがオブリガードのように入るのですが,指揮者の本当にすぐ隣で演奏していましたので,こちらもまたバロック音楽の通奏低音風の感じがありました。この楽章のカデンツァも大変生き生きとしたものでしたが,全体がノリントンさんの指向する明快な音楽に自然にまとめられているのが素晴らしいと思いました。

数年前,ノリントンさん指揮HNK交響楽団がヴァイオリンの庄司紗矢香さんと共演して古楽奏法を取り入れたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏して,話題になったことがありますが,ノリントンさんという方は,若手の独奏者に対しては一種,指導者的な影響力のある方なのではないかと思いました。不思議な吸引力をもった指揮者といえそうです。

鳴り止まない拍手に応じて小菅さんが演奏した曲は,ショパンのノクターン(映画「戦場のピアニスト」で有名になった遺作)でした。とても遅いテンポで瞑想するような演奏で,一つの詩的な世界を作っていました。途中に入る大胆な休符がものすごい力を持った演奏で,甘さよりは哲学的な気分を感じさせてくれました。小菅さんの演奏を聞くのは今回が初めてでしたが,これからますます個性的な活躍を続けていくだろうと感じさせてくれるような演奏でした。

後半のブラームスの交響曲第1番は,まず,第1楽章序奏部の速さに驚きました。私自身,これまで実演で聞いた演奏の中でもいちばん速いテンポだったと思います。重々しくなく,すっと駆け抜けていく感じでしたが,とてもニュアンス豊かで単調さはありませんでした。

主部に入ると,テンポはどっしりと落ち着きましたが,それでも前半のプログラム同様,明るく透明な響きが中心で,とても見通しの良いクリアな雰囲気の演奏でした。弦の音は軽く透明で引き締まっており重厚な感じはしないのですが,その分,管楽器が4管編成になっているのが面白いと思いました。古楽奏法といえば「過激」という印象もあるのですが,そういう感じはなく,まろやかな管楽器と透明な弦楽器が良いバランスを作っていました。呈示部の繰り返しを行った後,展開部になり,しだいに深みに入っていきます。明るいのに深いという演奏でした。

第2楽章も深沈とした気分で始まります。ここでも弦楽器はすっきりクリアで管楽器は透明でまろやかです。その溶け合いが聞きものでした。オーボエが活躍する楽章ですが,大変しっかりとした音で,この辺はやはりドイツのオーケストラの音だなぁと思いました。オーケストラの中からすーっと伸びて突き抜けてくる鮮やかさがありました。最後の方のコンサートミストレスによるソロもまた見事なもので,細いけれどもとてもよく通るノンヴィブラートの音が印象的でした。こちらも暖かな管の合奏の中から一筋の光が浮き上がってくるようでした。

第3楽章は,対照的に大変軽やかでした。ブラームスの第1番の中間楽章については,両端楽章の印象が強いせいもあり,区別がつき難いことがありますが,第2楽章と対照的な気分を作っていたのは素晴らしいと思いました。

第4楽章でも全楽器の音の溶け合いが美しかったのですが,ここでは,各楽器のソリスティックな演奏も印象的でした。特に要所要所でのティンパニが存在感のある音が効果的でした。ただし,バロック・ティンパニではなく,通常のティンパニを使っていたようでした。この辺はオーケストラの編成及び時代に合わせて選択しているのかもしれません。

序奏部では,まず,ホルンの音が聞き物ですが,大変堂々としており,ダイナミックなものでした。歌わせ方がとても颯爽としていたのですが,続くフルートのソロも同様でしたので,ソリスティックであると同時に統一感があるなぁと感心しました。続くトロンボーンのコラールも大変バランスの良いものでした。

第1主題は,流れるような感じではなく,ちょっとためらうような歌わせ方で,ノリントンさんの個性が感じられました。その後はコーダに向けて高揚していきます。この辺はプロオーケストラの実演で聞けば,100%満足できる音楽が続くのですが,終盤になってワンランク上に上がったような熱気が出てきたのがすごいと思いました。序奏部では穏やかだったトロンボーンのコラールが圧倒的な力を持って出てきて,気分が開放されます。そのまま,一気に終わってしまうのかな...と思わせつつ,最後の最後の部分で,ちょっとためがあり,ガツンとティンパニの一撃で締めくくってくれました。この最後の音には,とどめを刺すような迫力があり,すっかり打ちのめされてしまいました。熱気と計算とがピタリと合致した見事なコーダだったと思います。

アンコールで演奏された曲は,聞いたことがあるような無いような曲で気になったのですが,ロッシーニの曲をブリテンが編曲した曲とのことです。どこかバレエ音楽のような感じのある曲で,気楽に楽しめる作品でした。打楽器が活躍し,最後は指揮者がくるっとまわって客席を向いて終わり(ちょっと井上道義さん的ですが...ミッキーの方が軽やかです)ということで,曲・演奏ともに英国的なユーモアセンスが感じられる作品でした。

さらにもう1曲演奏されたのが,おなじみシューベルトのロザムンデの間奏曲でした。とてもゆっくりしたテンポで演奏されたのですが,これがどんどんどんゆっくりになり,ついに止まって終わりになりました。通常ならば,この後,クラリネットとオーボエが大活躍する中間部になるはずなのですが,それが全部カットされた形になります(というよりはこの間奏曲の後半だけを演奏したということですね)。アンコール2曲目ということで,これで丁度良い感じでした。この人を食ったような,それでいて満足感を与えてくれるような選曲も良いなぁと思いました。

数年前のN響アワーで,上述の庄司紗矢香さんとノリントンさん指揮NHK交響楽団による演奏会が年間ベストコンサートに選ばれていたことがありますが,「なるほど」と納得の演奏でした。機会があれば,是非,OEKにも客演して欲しい指揮者の一人です。

PS.シュトゥットガルト放送交響楽団と言えば,私にとっては,1970年代後半から80年代前半にかけてセルジュ・チェリビダッケ指揮のライブ録音のFM放送でお馴染みです。金子建志さんの解説を聞きながらエア・チェックをしていた時代などを思い出します。そのオーケストラが古楽奏法による演奏を行っているとは,時代の流れを感じます。(2008/02/09)

演奏者のサイン
今回はサイン会はなかったのですが,楽屋口でしばらく待っていたところ,簡単なサイン会を行ってくれるということになり,お二人からサインを頂くことができました。

ヘンスラーから出ているモーツァルトの交響曲集です。オーケストラはシュトゥットガルト放送交響楽団です。



こちらは小菅さんのデビューアルバムです。リストの超絶技巧練習曲集です。

*お二人のCDの中から幾つか選んでみました。以下か購入できます。