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ルドヴィート・カンタ・チェロ・リサイタル
2008/02/11 石川県立音楽堂コンサートホール
ショパン/序奏と華麗なポロネーズハ長調,op.3
ショパン/チェロ・ソナタト短調op.65
バルトーク/ルーマニア舞曲
ラフマニノフ/ヴォカリーズ嬰ハ短調,op.34-14
ラフマニノフ/東洋風舞曲op.2-2
モンティ/チャルダーシュ
ポッパー(ローズ編曲)/ハンガリー狂詩曲
ピアソラ/ニ調のミロンガ
ピアソラ/ル・グラン・タンゴ
(アンコール)ショパン(グラズノフ編曲)/練習曲第19番ホ短調op.25-7
(アンコール)シューベルト/即興曲変ト長調,op.90-3(D.899-3)
(アンコール)ピアソラ/リベルタンゴ
●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),鶴見彩(ピアノ)
Review by 管理人hs  

公演のポスターです。
毎年,2月上旬に行われるのが恒例となっているオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席チェロ奏者,ルドヴィート:カンタさんのチェロ・リサイタルに行ってきました。今回のピアノ伴奏は鶴見彩さんで,石川県立音楽堂コンサートホールで行われました(この日は,1階席だけにお客さんを入れていました)。

このカンタさんのリサイタル・シリーズも金沢ではすっかり定着していますが,毎年毎年,かなり歯ごたえのあるプログラムが並ぶのが恒例になっています。昨年は,ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲を一晩で行うというものすごい演奏会でした。

そういう観点からすると,今回は,例年とは少し違った趣向が凝らされていたと言えます。前半ではショパンのチェロ・ソナタなどが演奏されたのですが,後半はチェロ小品集となっており,気軽に楽しむ内容となっていました。この小品集なのですが,東欧系の民族音楽,ピアソラのタンゴなど,少しエキゾティックな雰囲気をもった曲が集められており,バラバラという印象はなく,後半を通じて一つのムードを作り上げていました。この選曲がまず素晴らしいと思いました。

カンタさんの演奏は,いつもどおりの美音をこれ見よがしでなく,さりげなく駆使した見事なものでした。チャルダーシュやポッパーの曲では,お得意の超高音を楽しませてくれましたが,こういう技巧的な曲を弾いても,曲芸的にならないのが,カンタさんの演奏の格好良いところです。

今回のピアノの鶴見さんの演奏も見事なものでした。特に前半のショパンでのキラキラした音は,落ち着いたチェロの音にアクセントを加えていました。演奏会は,まず「序奏と華麗なポロネーズ」という,いかにもショパン的なタイトルの曲で始まりました。ポロネーズと言いつつ,それほど荒々しい感じはせず,大変優雅に響いていました。この曲は以前,同じカンタさんの演奏で音楽堂の交流ホールで聞いたことがあるのですが,コンサートホールの方だと,音のダイレクトな迫力が減る分,響きが柔らなくなり,とても上品に響きます。

次のチェロ・ソナタも,聞くのは2回目です。こちらの方は20分を越える曲ということで,かなりスケールの大きな作品です。特に第1楽章などは,渋い雰囲気があり,ショパンの音楽としては馴染みにくい楽章だと思いました。少々疲れがたまっていたこともあり,演奏者には申し訳ないのですが...ちょっとウトウトとしてしまいました。ただし,それ以降の楽章は,親しみやすい音楽が続き,十分に楽しむことができました。

第2楽章は,スケルツォなのですが,躍動感よりも中間部に出てくる,美しいメロディの滑らかな歌わせ方が印象的でした。第3楽章も,たいへんリリカルで,カンタさんの美音に浸ることができました。第4楽章は,タランテラ風で,スケール感たっぷりの勢いのある音楽を楽しませてくれました。全曲を通じて,カンタさんの演奏は大変かっぷくの良いものだったと思います。機会があれば,ちょっと親しみにくかった第1楽章を含め,もう一度じっくりと聞き返してみたいと思います。

後半のプログラムは上述のとおり小品集でした。ただし,小品といっても10分近くかかるものがあったり,技巧的な作品も含まれていましたので,大曲1曲を演奏するよりも大変な部分も多かったのではないかと思います。カンタさんは,これらの曲を余裕をもって,しっかりと聞かせてくれました。こういう小品集の演奏については,悲壮感の漂う演奏よりは,ゆったりとした大人の気分がある方が似合うななぁと改めて実感しました。

後半の最初に演奏されたバルトークのルーマニア舞曲(通常,ルーマニア民俗舞曲と呼ばれている曲です)は,昨年末以来,弦楽合奏,弦楽四重奏などいろいろな編成で聞いています。過去にはヴァイオリンとピアノ二重奏でも聞いたことがありますが,今回のチェロとピアノ版も大変楽しめました。チェロという楽器は非常に音域が広く,表現力が豊かなので,6曲の舞曲のそれぞれが鮮やかに描き分けられていました。数人が分担して演奏しているような面白さがありました。通常,最後の舞曲では一気にテンポアップするのですが,カンタさんの演奏は,変幻自在のテンポ設定で,ラプソディックな雰囲気がありました。

続いて,ラフマニノフの曲が2曲演奏されました。おなじみのヴォカリーズは,その名のとおり,人の声そのものでした。カンタさんの音を聞いているうちに「アァア〜...」という母音を聞いている気になってしまいました。かなり速目のテンポで演奏されたので,甘い歌というよりは熱く力強い情熱的な歌に感じられました。東洋風舞曲は,初めて聞く曲だったのですが,実にエキゾティックでした。作品番号からも分かるとおりラフマニノフの最初期の作品なのですが,良い曲だなぁと思いました。

モンティのチャルダーシュは,カンタさんの独奏で過去何回か聞いたことがありますが,カンタさんの十八番なのではないかと思います。冒頭,たっぷりしっかりと濃い音を聞かせてくれるのですが,その後,テンポが速くなってくると軽妙な感じに切り替わります。どこまで高い音が出るのか!?」という感じのフラジオレットの部分の繊細さは,カンタさんならではです。隅から隅まで手の内に入った見事な演奏でした。

ポッパーのハンガリー狂詩曲は,チェロ界のパガニーニ(それともサラサーテ?)と呼ばれている人の曲だけあって大変技巧的でした。曲中には,どこかで聞いたことのあるようなメロディが出てきたのですが,同じタイトルのリストのハンガリー狂詩曲と似た発想の曲と言えます。このポッパーという人は,ボヘミア出身ということで,カンタさんにとっても特に思い入れの大きい作曲家なのではないかと思います。技巧的な部分だけではなく,親しみやすい民謡風の歌などとても楽しそうに演奏されていました。この曲は,カンタさんの最新のCD「メロディーズ」の”トリ”にも入っていますので,是非,お聞きになって下さい。

演奏会の最後は,ピアソラ2曲でした。ニ調のミロンガは,OEKのヴァイオリン奏者の坂本さんとコンララバス奏者の今野さんのデュオで聞いたことがあります。今回のチェロ版の深々とした歌も大変魅力的でした。ル・グラン・タンゴは,昨年亡くなったロストロポーヴィチのために書かれた作品ということもあり,タイトルどおり重量感のある曲でした。確かにタンゴではあるのですが,どこかジャズを思わせる雰囲気もあり,ピアソラならではの曲だと思いました。曲の最後は,鶴見さんのピアノのグリッサンドで鮮やかで締めくくられたのですが,こういうのは実に格好良いものです。この日はカンタさんも鶴見さんも黒い衣装でしたが,まさに大人の音楽という感じでした。

これで,正規のプログラムは終わったのですが,当然の如く,アンコール曲が演奏されました。カンタさんが「アンコールは3曲です」とおっしゃられると,会場は大いに盛り上がりました。まず,ロマン派のピアノの小品をチェロ用に編曲した2曲が演奏されました。どちらもチェロで演奏するのに相応しい息の長い歌に満ちていました。3曲目のピアソラのリベルタンゴについては,「絶対アンコールで演奏されるだろう」と読んでいたのですが,やはりそのとおりでした。速目のテンポでぐいぐいと押してくる演奏で,とても情熱的でした。

というようなわけで,今回はアンコールを含めて12曲もの曲を楽しむことができました。カンタさんのリサイタル・シリーズが素晴らしいのは,毎回毎回,違った曲が取り上げられている点です。カンタさんとともに,チェロのレパートリー巡りの旅をしているような趣きがあるのが楽しい点です。これからもまた,別の旅に連れて行って頂きたいものです。

PS.アンコール1曲目で演奏されたショパンの練習曲の編曲版ですが,恐らく,グラズノフ編曲によるものだと思います。大変暗いムードの曲で,練習曲というよりはノクターン風の曲です。この曲がすっかり気に入ってしまいました。

PS.この日の演奏会の後,「カンタさんを囲む会」のパーティが行われたようです。チラシによると「金のお祝い(50歳のお祝い)」をされたとのことです。日本の還暦と似たようなお祝いなのでしょうか?

PS.同一内容のリサイタルは,2月18日に東京文化会館小ホールでも行われます。東京近辺の方は是非お出かけ下さい。
(2008/02/12)

関連写真集
演奏会の後,カンタさんと鶴見さんによるサイン会が行われました。

大きいのがカンタさん,左上の小さいのが鶴見さんのサインです。

カンタさんを囲む会の会報が置いてありました。その名も...「カンタービレ」でした。


※以下,カンタさんのCDを紹介しましょう。




※なお,昨年録音されたノルベルト・ヘラーさんとのベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集(2枚組,3000円)が2月28日に発売されるとのことです。この録音は石川県立音楽堂での録音ではなく,カンタさんの地元の津幡町文化会館での録音のようです。メジャーレーベルからの発売ではありません。