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ピアノ再炎上:山下洋輔ライブ/粟津潔映像作品とともに
2008/02/17 金沢21世紀美術館 展示室11
山下洋輔/ダイヴァーズ・コスモス
山下洋輔/トリプルキャッツ
山下洋輔/即興演奏:粟津潔「風流」による
山下洋輔/即興演奏:粟津潔「コンポジション」による
山下洋輔/即興演奏:粟津潔「ピアノ炎上」による
●演奏
山下洋輔(ピアノ)

Review by 管理人hs  

この日は17:00まで金沢歌劇座で石川県学生オーケストラとオーケストラ・アンサンブル金沢の合同演奏会を聞いていたのですが,その終了後,お隣の金沢21世紀美術館に移動し,ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんのライブを聞いてきました。少々慌しかったのですが,美術館の展示室内で山下洋輔さんの演奏を聞ける!という機会はめったにありませんので,出かけることにしました。

今回の企画は例によって現在行われている「粟津潔展」の関連企画です。それにしても充実したコンサートの連続です。今年になってから,金沢21世紀美術館の展覧会場では,一柳慧,ayuo,林光,沢井一恵といったアーティストが演奏を行っているのですが,今回,このラインナップに山下洋輔さんが加わったことになります(しかも,どれも展覧会の入場料だけで演奏会自体の料金は無料というのがすばらしい!)。この展覧会のプロデューサーの企画力に脱帽です。

というわけで,山下洋輔さんのライブですが,17:00まで金沢歌劇座にいましたので,5分ほど遅刻してしまい,会場に入った時には,1曲目が始まっていました(このライブは,入場整理券がないと入れないのかと思っていたのですが,後からでも入れました。これにも感謝です。ただし,立ち見でした。)。

この日のメインは,イベントのタイトルにもなっている「ピアノ炎上」だったのですが(この意味は後で説明しましょう),それに先立ち,山下洋輔ニューヨーク・トリオの新譜CD「トリプル・キャッツ」の中からピアノ独奏版で2曲が演奏されました。私が会場に入った時に演奏されていた曲は,「ダイヴァーズ・コスモス」という曲で,山下さんのピアノ協奏曲第3番の凝縮版とのことです。「ビッグ・バンのイメージ」を表現しましたということで,誇大妄想的なところのある曲だったようです。

次の「トリプルキャッツ」は,アルバムのタイトルと同じものです。ここでのキャッツというのは業界用語で,ジャズマンを意味するとのことです。山下さんは,「猫を両手に抱えるのが至福の時」とおっしゃられていましたが,ピアニストにはどうも猫好きが多いようです(クラシック・ピアノの世界では,中村紘子さんが有名ですね)。

この2曲の印象は,(「ピアノ炎上」の後だと)実はあまり残っていないのですが,山下さんのピアノについては,激しさの割に,それほどうるさくないなぁと思って聞いていました。これは今回の会場の響きもあるかもしれません。

その後は,粟津潔さんの実験映像に合わせての即興演奏になりました。最初の「風流」は,1月に一柳慧さんと寒川晶子さんのピアノ・デュオ演奏と合わせて見たものと同じでしたが,今回は即興演奏ということで,ジャズ・ピアノの本領発揮という感じの演奏でした。タイトルが「風流」というモノクロ映像でしたので,ラウンジなどに流れる穏やかで気持ちの良い雰囲気で演奏は始まりました。それが次第に凄みを帯びてくるところが面白いと思いました。

続く「コンポジション」の方も1月に見たものと同じでしたが,こちらの方は,スライド映像ということで,静止画の連続ということになります。各スライドの間にシャッター音が入るのですが,それがピアノ演奏にも影響しており,音楽が流れず,ゴツゴツした感じになっていました。それが面白い味を出していました。後半は,なぜか印影のスライドが続くのですが,この部分では,前半とは一味違った気分になり,より音楽の流れがよくなっているようでした。

最後に演奏されたのが粟津潔さんの1973年の映像作品「ピアノ炎上」に合せての即興演奏でした。この「ピアノ炎上」というのは,火をつけて段々と崩れ落ちていくグランド・ピアノを弾く様子を16mmカメラで撮影した作品です。この映像に映っているピアニストが山下洋輔さんで,ピアノが燃やされた現場が粟津潔さんの自宅の庭です。山下さんは,演奏に先立ち,なぜこのような企画が出てきたのか説明されたのですが,もともとの発想は林光さんによるものだったのではないか,とのことです。「燃えるピアノをどこまで弾けるか?」というのは,冗談のような罰当たりな企画ですが,それを実際にやってしまう辺り,前衛精神の産物のような企画と言えます。

この映像には,「横にヒラヒラのついた消防士用ヘルメット」をかぶった山下さんが映っているのですが,こういう状態でピアノを弾いた人というのは,後にも先にも山下さんだけかもしれません。35年前の自分のピアノ演奏に合せての演奏ということになりますが,この半分狂気に満ちた映像は今見ても迫力があります。それに山下さんによる,熱く激しい生演奏が加わります。間近で山下さんのピアノを聞くだけでも凄いのですが,それに生々しい映像が加わることで,会場内の空気も一段と熱くなったように感じました。山下さんは既に還暦を越えている方ですが,そのピアノのタッチの持つエネルギーと冒険精神に衰えがないのが素晴らしいと思いました。

#「ピアノ炎上」のダイジェスト版が,粟津潔さんのサイトで見られます。→「ピアノ炎上」ダイジェスト版

この作品を撮影した後,山下さん自身,「自分がオブジェとして扱われていることを実感した」とのことですが,今度はその映像作品の方を素材として,山下さん自身が即興演奏を美術館の中で行う時代が来るとは,ピアノを燃やしていた頃には予想もしていなかったことでしょう。

演奏後,盛大な拍手が鳴り止まなかったのですが,山下さんはそのまま退場してしまいました。約1時間のライブでしたが,文字通り「燃え尽きた」のかもしれません。得難い体験のできたライブでした。

PS.山下さんのお話によると,t今回も当初は本物のピアノを燃やすイベントを考えたのだそうですが,やはり,今の時代実行するのは難しく,実現できなかったとのことです。しかし,その代わりに,粟津さんのお父さんの実家のある石川県能登半島方面で,3月8日に「ピアノ炎上」を再現することになりました。石川県内で行うというのも驚きなのですが,美術館関係者の過激な行動力には感心するばかりです。怖いもの見たさで行ってみたい気もしますが...。詳細は次のページをご覧下さい(PDFファイルになっています)。
ピアノ炎上2008@能登リゾートエリア増穂浦(3月8日)
(2008/02/19)

雪の21世紀美術館
21世紀美術館の周りの芝生も雪で覆われていました。


21世紀美術館の屋根の上にいる「雲をはかる人」にも雪が積もっていました。


ちなみに「雲をはかる人」は,このロッキンギチェアのある無料ゾーンから見えます。


山下洋輔さんのCDから