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弦楽四重奏曲でめぐるモーツァルトの旅 その9:モーツァルトとホフマイスター
2008/02/18 金沢蓄音器館
1)ホフマイスター/2つのヴァイオリンとチェロのための三重奏曲
2)ホフマイスター/弦楽トリオのための「テルツェット・スコラスティコ」
3)モーツァルト/弦楽四重奏曲第20番ニ長調,K.499「ホフマイスター」
4)(アンコール)モーツァルト/弦楽四重奏曲第20番ニ長調,K.499「ホフマイスター」〜第4楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介(ヴァイオリン),大村一恵(ヴァイオリン*1,3-4),大隈容子(ヴィオラ*2-4),福野桂子(チェロ))
Review by 管理人hs  

この日の金沢は,この冬いちばんの積雪でしたが,その中をクワルテット・ローディによるモーツァルトの弦楽四重奏曲の全曲演奏シリーズの第9回に出かけてきました。前回でハイドン・セットが終わりましたので,このシリーズもいよいよ終盤に入ったことになります。

今回演奏されたモーツァルトの作品は,弦楽四重奏曲第20番「ホフマイスター」の1曲で,それ以外はこの曲のタイトルになっているホフマイスター自身の作品が演奏されました。この選曲は良かったと思います。モーツァルトの弦楽四重奏曲は,大体は6曲または3曲セットで作られているのですが,この「ホフマイスター」は,例外的にポツンと1曲だけで出版されています(ちなみにもう1つの例外が,第1番「ローディ」です。)。そのことが反映されたような選曲となっていました。

今回はこの「ホフマイスター」に先立って,ホフマイスターの曲が2曲演奏されましたが,どちらも弦楽四重奏ではありませんでした。これには事情があり,演奏会までに予定していた曲の楽譜の到着が間に合わなかったというのが理由とのことです。このホフマイスターという人ですが,作曲家としてよりは,彼が興した同名の出版社の方が有名です。モーツァルトとの付き合いも深く,年齢的にも同世代の方です(ホフマイスターが1754年生まれでモーツァルトが1756年生まれ)。

ハイドン・セットを発表し終わったこの時期,モーツァルトは,ピアノを含む傑作を沢山書いています。このホフマイスターとはピアノ四重奏曲を3曲書く契約を結び,第1番を書いたのですが,その曲の調性がト短調ということで,売れ行きが芳しくありませんでした。そして,ホフマイスターが渋ったのかモーツァルトの方が契約を破ったのかは分かりませんが,その後に作られた第2番は,ライバルのアルタリア社から出版されることになりました。そのお詫びとして,モーツァルトがホフマイスターに提供した曲がこの弦楽四重奏曲第20番と言われています。この時期モーツァルトは,ホフマイスターから借金をしていたようで,借金の返済替わりに書いたという説もあるようです(大村さんが,借金を依頼するモーツァルトの手紙を紹介されていましたが,まさに”勝手な言い分”という感じでした。この手紙は,2人がそういう仲だったことの反映とも言えそうです。)。

今回はまず,このホフマイスターによる,三重奏曲が2曲演奏されました。最初に演奏されたのは,2つのヴァイオリンとチェロのための作品でした(ヴィオラの大隈さんはお休みでした。)。4楽章からなるとても親しみやすい曲で,アマチュアが演奏することを想定して作られた曲なのではないかと思います。大村さんのお話では,当時は自分の家の中でこういう曲を演奏することが流行っていたそうなので,金沢蓄音器館で聞くのにぴったりの曲と言えます。2曲目の方も三重奏曲でしたが,こちらの方は,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロのための作品で,大村一恵さんがお休みでした。先の曲同様,気楽に楽しめる作品でした。

ちなみに,当初演奏予定だったホフマイスター作曲の弦楽四重奏曲の一部がCDで紹介されました。大村さんが語られていたとおり聞き手の耳を弾き付けるような「埋もれた名曲」的な作品でした。この曲は,次の第10回にでも是非紹介して欲しいと思いました。

ちなみにこのホフマイスターですが,フルートの曲をとても沢山書いているそうです。また,オーケストラのヴィオラ奏者のオーディション用の曲の定番がホフマイスターのヴィオラ協奏曲だとのことです。なかなか聞く機会のない作曲家ですが,非常に多作の方のようなので,いろいろと「隠れた名曲」を発掘して,機会を見て紹介して欲しいものです。

後半は,モーツァルト作曲の「ホフマイスター」が演奏されました。この曲は,ホフマイスターから出版されているのですが,現在では上述のアルタリアから発売されているということで,皮肉な巡り合わせになっているようです。

■弦楽四重奏曲第20番ニ長調,K.499「ホフマイスター」
この「ホフマイスター」という曲は,上述のとおり例外的に単独で出版されている曲ですが,こうやって1曲だけが取り上げられると特に集中して聞くことができます。

  • 第1楽章 アレグレット,ニ長調,2/2,ソナタ形式
  • 第2楽章 メヌエット,アレグレット,ニ長調,3/4
  • 第3楽章 アダージョ,ト長調,3/4
  • 第4楽章 アレグロ,ニ長調,2/4,ソナタ形式

第1楽章は,とても流れの良い演奏でした。それでいて,このシリーズでこれまで演奏されてきた曲同様,アットホームな穏やかさがありました。第2楽章のメヌエットは,厚みのある響きを楽しむことができました。第3楽章は,特に聞き応えがありました。モーツァルトの弦楽四重奏曲の中でも特に深い情緒を持った楽章なのではないかと思います。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を先取りする感じの曲でした。第4楽章はどこかユーモラスで暖かみのある演奏でした。

この日の演奏会は,昨年10月末以来,約4ヶ月ぶりに行われたのですが,こういうゆったりしたペースも良いですね。今回のホフマイスターの作品のような寄り道をしながら,残り3曲もじっくりと楽しませて欲しいと思います。

PS.今回のトークコーナーでは,「ホフマイスター」と同時期に書かれた「フィガロの結婚」をミラノ・スカラ座で聞いたという思い出から話が始まりました。続いて,「フィガロ」が大うけだったプラハの話題,プラハと言えば,とてもよく響くホール,そしてビール...と相変わらずの多彩さでした。大隈さんがメキシコに住んでいたことがある,というのも意外でしたが,そのヴァイオリンの先生がメキシコ在住の黒沼ユリ子さんだったというのも面白い因縁です。黒沼さんと言えば,チェコ音楽の専門家ですので,結局はプラハにつながって行きました。そして,今回のワインは「フィガロ」でした。

PS.この日は金沢蓄音器館のオーディオ装置で室内楽のCDが掛けられましたが,とても良い音でした。我が家にもこういうリスニング・ルームがあれば,最高と思ってしまいました。
(2008/02/21)