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オーケストラ・アンサンブル金沢第236回定期公演PH
2008/02/24 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/交響曲第38番ニ長調,K.504「プラハ」
2)モーツァルト/シェーナ「どうしてあなたが忘れられましょうか」とロンド「恐れないで愛する人よ」,K.505
3)モーツァルト/アリア「あなたは恋で熱くなっているから誠実だけど」,K.217
4)モーツァルト/ミサ・ソレムニスハ短調,K.139「孤児院ミサ」
●演奏
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:佐々木正利)
カロリーナ・ウルリヒ(ソプラノ*2-4),ウィーブケ・レームクール(アルト*4),藤井雄介(テノール*4),有馬牧太郎(バス*4)
プレトーク:池辺晋一郎
Review by 管理人hs  
公演の立て看板です。
この時期恒例の雛人形が飾られていました。隣にはベートーヴェンというミスマッチも一興です。
上から写すとなかなかシュールな雰囲気です。
この日の金沢は,一日中,雪が降ったり止んだりでした。その中をロルフ・ベックさんの指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。この日のメイン・プログラムは,モーツァルトの孤児院ミサという,比較的演奏される機会の少ない作品でしたが,いろいろな意味で”驚くべき傑作”である,この曲を見事な演奏で聞けたことが今回の公演のいちばんの収穫でした。

この曲の凄さというのは,やはりモーツァルトが12歳の時に作った作品だという点にあります。年齢を知らずに聞いても充実した曲だと実感できますが,その年齢を聞くと(小学校6年生!),「やっぱりモーツァルトは天才だ」と思わざるを得ません。

この曲に先立って,前半は,「プラハ」交響曲とコンサート・アリア2曲が演奏されました。今回は,後半のミサが大曲でしたので,前半は比較的さらりと流すのかなと思っていたのですが,そういうことはなく,どの曲も大変聞き応えがありました。演奏時間的にも後半と同じぐらいの長さがあったのではないかと思います。

今回の楽器の配置はコントラバスが下手に来る対向配置,弦楽器のヴィブラートは控えめ,ティンパニはバロック・ティンパニということで,このところOEKが古典の曲を演奏する時の標準スタイルによる演奏でしたが,ベックさんの作る音楽には常に立派さが漂い,全体に重みのある演奏となっていました。

「プラハ」交響曲は,第1楽章の序奏部から慌てることのない,落ち着きのある演奏でした。オーケストラの音が芯のある音でしっかりと鳴っており,ドイツの音楽だな,と実感させてくれました。呈示部の繰り返しを行っていたこともあり,楽章の後半に向けて,じっくりじっくりと盛り上がって行くような演奏でした。浮ついた部分はないのですが,気がつくといつの間にか華やかさが出ている,といった演奏でした。

第2楽章は,比較的速目のテンポですっきりと演奏されていました。弦楽器のヴィブラートが少なかったこともあり,全体にクールな雰囲気がありましたが,慌てた感じはしませんでした。スッと流れていくような運動感があるのに落ち着きがあるバランスの良い演奏となっていました。

第3楽章も呈示部の繰り返しを行っていました。快適なテンポで演奏されていましたが,前のめりに進む感じはなく,がっちりとタテの線が揃った演奏となっていました。音の強弱やアクセントもしっかり付けられているのですが,愉悦感よりは律儀さを感じさせてくれる点は,やはりドイツ的だなと思いました。

次のコンサート用のアリア2曲では,チリ出身の若いソプラノ歌手,カロリーナ・ウルリヒさんが登場しました。この方は,後半のミサ曲のソリストの一人でもあったのですが,どの部分を取っても瑞々しさと伸びやかさのある声で,とても印象的な歌を聞かせてくれました。古典派のアリアに相応しいすっきりとした美しさがあるのですが,型にはめられているような所がなく,思う存分歌っている気持ち良さがそのまま聞き手の方に伝わってきました。

最初に歌われたシェーナとロンドは,ソプラノに加えピアノも加わる曲でした。歌劇「フィガロの結婚」のエコーが聞こえてくるような雰囲気の曲で,同様に「フィガロ」の気分を持った「プラハ」交響曲の最終楽章を受けるにはぴったりの作品だと思いました(今気づいたのですが,「プラハ」交響曲がK.504,アリアの方がK.505ということで,続き番号だったのですね!)。見事な選曲でした。

この曲は,ピアノも活躍します。独奏者として名前は上がっていませんでしたが,おなじみの松井晃子さんが担当していました。キリっとした清潔感と装飾的な華やかさとを感じさせてくれる演奏を聞かせてくれました。ピアノの響きがスパイスのようにちょっと加わるだけで,音楽がたっぷりとした感じになり,優雅な気分になるのがとても面白いと思いました。

2曲目のアリアの方は,歌詞の内容を見ていると(この日は,舞台横に字幕が出ていました),どこか「コシ・ファン・トゥッテ」を思わせるようなところがありました。しっかりとしたコロラトゥーラも交え,前半を華やかにまとめてくれました。ウルリヒさんは,ベックさんが発掘した若手歌手だと思いますが,黒髪が印象的なラテン系の方ということで,オペラ歌手としても活躍できるのではないかと思いました。

後半の孤児院ミサは,上述のとおりどこを取っても充実した響きのする作品でした。モーツァルトの宗教曲の代表作であるレクイエムと一部を交換しても分からないのではないか,と思わせるぐらいの素晴らしい曲だと思いました。この曲は,非常に合唱の出番の多い曲で,合唱団の皆さんは,最初から最後まで立ったままでしたが,これも珍しいことです(お疲れ様でした)。ベックさんの指揮姿や立ち姿自体,とても立派なのですが,それがそのまま音になって現れたような充実感のある合唱を聞かせてくれました。

第1曲の最初の音からとても重量感のある合唱が飛び込んできたのですが,それが非常にクリアに響いていたのが素晴らしいと思いました。ベックさんの作る音楽には重みがあり,しかも,常に折り目正しい感じがします。各曲とも歌詞内容に応じて,さらに幾つかの部分に分けられるのですが,それらがしっかりと構造化されて,がっちりとまとめあげられたような力強さのある演奏となっていました。まさに正統的なミサ曲という感じの演奏でした。

また,力強さだけでなく,随所に4人の独唱者によるオペラ・アリア風のメロディが出てくるのも魅力的でした。前半に登場したウルリヒさん以外の歌手も若い方ばかりでしたが,精鋭と言っても良い方たちだったと思います。それぞれの歌手が新鮮な歌を聞かせながらも,一人の歌手だけが突出するのではなく,ベックさんの作る音楽の気分にマッチしているのが素晴らしいと思いました。

どの曲も聞き応えがありましたが,演奏時間的にも特に中間のグロリアとクレドの2曲が充実していました。中でもクレドは変化に富んでいました。中間の「十字架にかけられ...」の部分では,思わずぞっとしてしまうほど葬送行進曲風に気分が変わりました(この曲は全曲中でもちょうど中間あたりかもしれません。どこか象徴的な感じでした)。この部分では,ミュートを使った金管楽器の鋭い音が特に効果的で,現代的でちょっと神経質な気分を感じさせてくれるくらいでした。

第4曲のサンクトゥスは,レクイエムとよく似た感じだと思いましたが...考えてみると,順番は逆ですね。この曲ではベネディクトゥスの部分に出てくる,ウルリヒさんの透明なソプラノの声も印象的でした。

終曲では,序奏部に出てきたトロンボーンのソロがお見事でした。プログラムによると,箱山芳樹さんが担当されていたようですが,とても柔らかな音がホールに染み渡っていました。この部分以外にも,重奏などでトロンボーンの出番は多く,奏者としても大変演奏しがいのある曲だったのではないかと思います。曲の終わり方は,大曲の割にはさり気ないのですが,その余裕たっぷりの雰囲気は,ベックさんの落ち着きのある指揮ぶりにぴったりだと思いました。

いずれにしても,12歳の少年が書いたとはとても思えない大人っぽい作品です。美しいメロディが後に残るというよりは,大曲を聞いたぞ!という充実感がずしりと残るような曲であり演奏でした。この日はアンコール曲は演奏されなかったのですが,これで良かったと思います。そのことによって,本格的な宗教曲をしっかり堪能したという気分のみが残る演奏会となりました。

この日の出演者の皆さんは,指揮者の衣装も独唱者の衣装もほとんど黒づくめで,ステージ上は見るからに厳粛な感じでした。演奏の方もこの雰囲気そのままで,「正装の美」といった気分を味わうことができました。OEKの定期公演では,昨年12月以降,ワルツ集や映画音楽集など楽しい「色物」的な公演が続いていましたが,今回のような真面目な公演も良いものです。そのコントラストによって,どちらの公演も引き立ったのではないかと思います。

PS.この日は,今度の連休中に行われるラ・フォル・ジュルネ金沢のチケット発売日でした。これから春になるに連れて,どんどん音楽堂付近も華やかな感じになっていくことでしょう。とういわけで,もうしばらくは雪の中でじっと待ちたいと思います。

PS.この日の定期公演は,オール・モーツァルト・プログラムということで,プレコンサートの方でもモーツァルトが演奏されていました。演奏されたのは,「音楽の冗談」の全曲でした。フロリアン・リームさんが語られていたとおり,「少年が作った大人っぽい曲と大人が作った子供っぽい曲,どちらもモーツァルトの曲」ということで,これもまた素晴らしい選曲だったと思います。

PS.プレトークを担当された池辺晋一郎さんは,この日,JRで大阪から来られたのですが,雪のために大幅に到着が遅れたとのことです。が,こういう雪の時にこそ,「金沢駅のそば=濡れずにホールまで来られる」という音楽堂の立地条件の良さのメリットが実感できたのではないかと思います。
(2008/02/25)

この日のサイン会
ロルフ・ベックさんには,OEKと録音したモーツァルトのミサ曲のCDにサインを頂きました。


カロリーナ・ウルリヒさんとウィーブケ・レームクールさんのサインです。


藤井雄介さんと有馬牧太郎さんのサインです。お二人とも素晴らしい声でした。


アビゲイル・ヤングさんのサインです。



この日はラ・フォル・ジュルネ金沢のチケット発売日でした。音楽堂正面にも立て看板が出ていました。


こちらは公演のチラシです。


金沢駅のもてなしドームですが,この辺に「熱狂の日」の大きな垂れ幕が飾られるのでしょうか?


雪吊りのされた木に美しく雪が積もっていました。