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金聖響×OEKブラームス・チクルス第4弾CD特別公開録音
2008/03/01 石川県立音楽堂コンサートホール
ブラームス/ハンガリー舞曲第1番ト短調
ブラームス/ハンガリー舞曲第3番ヘ長調
ブラームス/ハンガリー舞曲第10番ヘ長調
ブラームス/交響曲第4番ホ短調,op.98
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
Review by 管理人hs  
この企画の立て看板です。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,本当に次々と新しい企画を出してきて,常に目が離せないオーケストラですが,この日はCD録音の現場を,定期会員向けに公開するという面白い企画が行われました。今回公開されたレコーディング・セッションは,金聖響さん指揮OEKによるブラームスの交響曲全集の第4弾です。

昨年の4月以降,金聖響さんとOEKはブラームスの交響曲のチクルスを大阪のザ・シンフォニー・ホールで行っており,第1番から第3番までの公演は終わっています。その時期に併せて,石川県立音楽堂でレコーディングも行ってきました。残るはレコーディングの翌日(3月2日)に大阪で行われる第4番だけという状況なのですが,「金沢で4番は演奏しないのか?」という声にお応えするような形で,今回,第4番のCD録音が特別に一般公開されることになりました(リハーサルの公開という意味合いもあったと思います)。

もともと,金沢でのブラームスの公演については,第1番と第3番だけが定期公演の曲目に含まれており,第2番は入っていなかったのですが,これが能登半島地震復興のためのチャリティコンサートという予想もしなかったような形で実現してしまいました。こうなってくると,金沢でも4曲全部を聞きたい,という声が出てきます。実は,この第4番については,昨年12月のPFU主催のチャリティコンサートでも演奏されたのですが,この演奏会は一般向けとはちょっと違う内容でしたので,(私自身も含め)OEKの最もコアなファンである,定期会員の中には,聞きたかったのに聞けなかったという方も多かったようです。

今回の定期会員(の中の希望者)を無料でご招待,という企画は,ファンの気持ちにきっちり応えてくれる素晴らしいアイデアだったと思います。結果的に,普通の演奏会とは一味違った新鮮な体験をすることができ,金聖響さんとOEKの”粋な計らい”に感謝したいと思います。

まず,今回のステージのセッティングですが,次のような感じでした。


指揮台の後にはかなり大きなマイク・スタンドがあり,客席の前方が空席になっているなど普段と一味違う雰囲気だったのですが,それよりも大きな違いは,金聖響さんもOEK団員も普段着だった点です。皆さんがステージに登場する様子は,カジュアル・ウェアのファッション・ショーといった趣きでした。

演奏前に事務局の方からまず,「拍手は行ってもらっても良いが,音が消えてからお願いします」といった注意事項があった後,金聖響さんとエイベックスの担当者の方が登場しました。「これは滅多にない企画ですね」と,機材の説明や企画の経緯についてのちょっとしたトークがあった後,楽団員が入ってきて,レコーディング・セッションが始まりました。録音の方は,曲中,1回も止めることはなく,通しで演奏され,最初に演奏されたハンガリー舞曲3曲と合わせて,ぴったり1時間で完了しました。

まず,演奏されたのはハンガリー舞曲第1番,第3番,第10番でした。恐らく,ハンガリー舞曲全21曲中,ブラームス自身がオーケストレーションを行ったのがこの3曲だけ,ということで選ばれたのだと思います。メインの曲の「つけあわせ」「埋め草」的な位置づけ的な収録になりますが,3曲の構成が丁度,「急−緩−急」になっていたこともあり,3曲バラバラというよりは10分程度の1つの曲といったまとまりの良さがありました。

最初の第1番は第5番,第6番に次ぐ有名な曲で,アンコールなどでもよく聞く作品です。泥臭い感じはなく,すっきりとしたしなやかな演奏でした。滑らかに流れていく中にも微妙なニュアンスがつけられており,ゆとりを持って楽しむことができました。公開レコーディングということで,聞く方も少し緊張する面もあったのですが,この音を聞いて,気分がほぐれました。

次の第3番はとても穏やかで,可愛らしい曲です。水谷さんのオーボエのソロに続いて,素朴でマイルドな響きがホールに染みわたりました。この日の聴衆数は,全座席の半分程度で,しかも前方の座席が立ち入り禁止になっておりすっきりと空いていましたので,音が吸収されることが少なく,通常の定期公演の時より残響が多かったような気がします。音響面からすると,普通の演奏会の時よりも心地よく響く面もあったと思いました。

第10番は,再度,急速なテンポに戻ります。シンバルなどの打楽器が加わる曲で,素朴で民族的な野性味のある曲でした。この曲でも各楽器の音が大変鮮やかに音が聞こえて来ました。

その後,団員の入れ替えなどによる中断があった後,交響曲第4番の収録になりました。CDでの収録順は,交響曲第4番の後にハンガリー舞曲となると思いますが,レコーディングの手順には慣習があるのだと思います。短い曲から片付けて,交響曲で出番のない人をすぐに開放してあげるというのは普通かもしれませんね。それとハンガリー舞曲でウォーミングアップした後,重厚な曲を演奏する方がいかにも良さそうな気がします。

さて,交響曲第4番ですが,冒頭から大変美しい響きに満ちていました。前述のとおり,残響が豊かだったこともあると思いますが,ノンヴィブラートですっきりと切り込んでくる最初の音の新鮮さが特に強く印象に残りました。音楽堂では,2月前半にノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団による透明なブラームスを聞いたばかりですが,弦楽器の数が一回り少ない分,重苦しさがなく,余計な脂肪分がさらに少ない演奏という感じでした。ただし,筋肉質で禁欲的という感じではなく,しなやかさや潤いも十分持っており,一言で言うと大変魅力的な響きに満ちた演奏となっていました。楽章後半での十分計算されたクライマックスの盛り上げ方も見事でした。

第2楽章はホルンのクリアな響きで始まり,遠藤さんのクラリネットが受ける形で始まりました。とても落ち着きのある楽章で,たっぷりとした弦楽器のピツィカートが心地良く響いていました。その後,しっかりとした響きのカンタービレになるのですが,「熱く/厚く」なり過ぎることはありません。間をたっぷりとっており,豊かなスケール感も感じさせてくれる演奏でした。

念入りなチューニングに続いての第3楽章は,大変若々しい演奏でした。「バッチリ決まった」という感じの演奏でした。音が引き締まっていて澄んでいる点はこれまでの楽章同様で,さらにスポーティな感覚が加わっていました。この日の金聖響さんはTシャツ姿でしたが,この雰囲気にぴったりという感じの演奏でした。楽章の後半では,渡邉さんのティンパニが念を押すような感じで強い音を決めてくれていたのが大変印象的でした。演奏後,金聖響さんは,一瞬,ガッツポーズのような動作をされましたが,”言うことなし”の演奏だったのではないかと思います。

第4楽章に入る前ですが,かなり時間を掛けて,ティンパニの渡邉さんがチューニングをされていました。今回のレコーディングでもバロック・ティンパニを使用していましたが,楽章によって調性が違うと,この作業にかなり手間がかかるようです。聴衆のいる中での作業ということで,渡邉さんも緊張されたかもしれません。

この第4楽章ですが,第3楽章の勢いをそのまま持ち込んだ感じの演奏でした。満を持して登場したトロンボーンの重奏のハーモニーのバランスの良さは,”お見事”という感じでした。中間部で,フルート,オーボエ,クラリネット,金管楽器といった順でソロが続く部分がありますが,こういう部分は,定期会員にとっては特に楽しめる部分です。穏やかさの中に緊張感をはらんだ気分を味わうことができました。ちなみにこの曲での管楽器のトップは,次の方々でした。
フルート:岡本さん,オーボエ:加納さん,クラリネット:遠藤さん,ファゴット:柳浦さん
楽章の後半になるにつれ,アビゲイル・ヤングさんがリードする,弦楽器群もさらに力がこもり,ティンパニの力強く引き締まった響きとともに全曲が締めくくられました。

定期公演ならば,間髪入れずに「ブラーボ」と入るところですが,レコーディングということで,ぐっと抑え,しばらくして盛大な拍手が起こりました。今回,聴衆の方は特に何をしたというわけではないのですが,最後の間を作ったというだけで「ちょっとレコーディングに協力したかな」という気分を味わうことができたのではないかと思います。

今回のCDは今年の秋にエイベックスから発売されるということですが,そのCDを見た時には,ちょっと感慨を持つかもしれません。楽しみに待ちたいと思います。CDの解説書にも今日のことが触れられていると嬉しいですね。発売時には,その辺にも注目したいと思います。

PS.今回の「1時間で終わるコンサート」に参加してみて,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」の予行演習ぽいところがあるなと感じました。これぐらいの長さだと疲れが全然ありません。ステージ上の皆さんも普段着ということで,”1時間以内で終わる,普段着コンサート”というのは,気軽に聞けて良いな,という気もしました。”レコーディングに参加”というイベント性もありますので,特に若い人たちには通常の演奏会よりも面白がられる面もある気がしました。

PS.今回のレコーディング光景は,公式サイトのニュースでも紹介されています。聴衆の側からは分からないような「裏側も見せる」というのは,OEKに対する親しみや興味を増してくれますので,良いアイデアなのではないかと思います。
http://www.orchestra-ensemble-kanazawa.jp/news/2008/03/post.html#more
(2008/03/02)

金聖響さんの
CDと本の紹介